オリジナル童話

ナタリーとキースの魔法茶屋~雨降りアンジー①~

2021年2月18日

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 閉め切ったカーテン。薄暗い部屋。何だかいつもより身体が重い。寝ころんだまま、ゆっくりと伸びをする。じっと目を凝らしても、カーテンの下から太陽の光が漏れることはない。窓の向こうで、止まることなく水のぶつかる音が響いている。

「……もしかして」

 そう呟きながら、シエナはゆっくりと身体を起こす。自分の髪をきつく押さえつけながら。けれども、抵抗むなしくシエナの髪はぶわっと広がっていく。

「やっぱり……」

 髪の感覚で今日の天気を確信する。

 今日は雨だ。

 ベッドから降り、机の上に置かれた鏡に目をやる。ブルネット色の髪の女がしかめっ面をしている。

 シエナの髪はやんわりとウェーブがかかっている。それに加えて髪が柔らかいので、今日のようなジメジメとした雨の日は広がりやすい。おまけにうなじに合わせて少々右にうねるので、外はねしやすく、ウェーブもアンバランスになりがちだ。
 ぎゅっと引っ張ってみるも、髪が真っすぐになることはなく、ただただ痛いだけで悲しくなってくる。
 
 今度はじっと、鏡に映る顔そのものを観察してみる。二重の瞳に少したれ目気味の青い瞳。それなりにスッとした鼻、そこそこの厚みの唇。別に特段悪いという訳ではないのかもしれないが、ずば抜けて美しいという訳でもなく、一人の女が呆然と鏡をみつめているに過ぎない。

 何度も何度も心の中で特段悪い訳ではないと言い聞かせているのに、いつの間にか眉は、弱弱しくハの字に下がっており、自信の無さが滲み出ていた。

「……こんな髪、嫌だな」

 うなだれる声と共に身体の力は抜けていき、再びベッドへと倒れ込む。ぼすんという鈍い音と同時にベッドが揺れる。ぼんやりと天井を見上げながら、シエナは例の出来事を思い返していた。

 あの日のことはよく覚えている。ちょうど、今度の課題のグループが彼と一緒になって有頂天だったのだから。

 

 

「では、次の課題はこちらのグループで進めてください。発表は一カ月後です」

 そう先生に告げられ、さっそくグループで課題のテーマを決めかかる。シエナの斜め前に腰掛けるのは、タク。

「シエナ、よろしく」
「うん、こちらこそ」

 彼は微かに微笑むと、すぐさま横のジャックやトビーと挨拶を交わす。今回は五人のグループだ。あと一人は誰だろうか。そう思っていたところでちょうど肩を叩かれる。

「やっほ、私も同じグループ」
「わ、アンナ! 嬉しい!」
「それにしても、このグループは大当たりね!」

 アンナはシエナの気持ちを知っている数少ない友人の一人だ。ニマニマと笑いながら、シエナの頬をつつく。

「ちょっ、アンナ……! べ、別に……」

 慌てて弁明しながら、チラリとタクの方を見る。聞かれていたらどうしようかと思ったものの、彼には聞こえていなかったようで、ジャックとトビーと話を進めている。

 ホッと胸をなでおろすと、肩を竦めてウィンクするアンナと目が合った。

「何を慌ててるの? 私は大親友のシエナと同じグループで大当たりって言っただけよ?」
「わ~、意地悪~」
「私が同じグループなの、全然気づいてないからじゃない」

 そう言われてしまうと何も言い返せない。グループで自身の名前を確認した後、すぐさまタクの名前が目に入ってしまったのだ。ついうっかり、その他のメンバーを確認するのを忘れてしまった。

 むくれつつも反論できないシエナを見てアンナがクスクスと笑う。

「冗談よ、さ。課題頑張りましょう。この先生のレポートはいつも厳しいからね」
「そうね」

 こうして徐々にグループ全体の自己紹介が始まり、いよいよ課題のテーマを決めようとした頃、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。

「わ、また天気が崩れだしたわ」

 ジャックがすかさずこの話題にのる。

「ああ。この感じだとしばらく雨の日が続きそうだ」

 この隙にシエナは鞄からシュシュを取り出し、慣れた手つきで髪を束ねていく。雨や曇りで湿気の多い日は髪が広がりやすいので、こうするのがシエナの中で決まりとなっていた。

 あっという間にポニーテールができあがる。

 束ね終わると、ふとタクと目が合い、ドギマギしてしまう。何か、変だっただろうか。

「シエ……」
「なぁなぁ、俺らの課題、水質調査にしようぜ」

 一瞬、タクに名前を呼ばれたような気がしたが、ジャックの声でかき消されてしまった。タクの方を見るも、緩く首を振られ何でもない、といった様子だったので、気になるもののシエナもジャックの話に集中する。

「水質調査?」
「この調子だとしばらくは雨だろ? 雨の間に過去のテムズ川の水質と歴史的な関係を調べ上げて、晴れたら今の水質の調査しようぜ」
「ああ、いいかもな」

 ジャックの案にタクをはじめ全員が同意した。こうして私たちグループのテーマが決まった。

 その後いくつか分担を決めたのち、流れでグループメンバーでランチをとることとなった。シエナはグループが一緒なだけでなく、ランチまでタクと食べられることに浮かれてしまっていた。少し、いつもより足取りも軽やかだったかもしれない。

 学食までアンナとシエナを先頭に、タクたちが後ろに続く。

「そろそろクリスマスよね。クリスマスカード、準備しなくっちゃ」
「そうね、可愛いのはすぐ売り切れちゃうから早めに買わないと」

 アンナがこっそりと耳打ちしてくる。

「もちろん、タクにも渡すんでしょ?」
「うん……。課題のグループも一緒だし、不自然じゃないよね?」

 アンナがにっこりと微笑みながら大きく頷いてくれる。

 するとそこに、ふと耳に入ってきてしまった、男子たちの会話。

「アンジーみたいな髪の子が好き」

 紛れもなく、タクの声だった。その前の会話が何だったのかはわからない。ただ、何となく想像はつく。

「アンジーってあの女優の?」
「綺麗なストレートヘアーだよなぁ」

 瞬時に女優のアンジーを思い浮かべ、自分とは正反対のサラサラの髪に心が重苦しくなる。何というか、クリスマスカード以前に、告白を前に振られてしまったかのような、そんな気分だった。

 思わず、足を止め、うつ向いてしまう。

「シエナ……」

 アンナがそっと声をかけ、それに合わせて急に止まったことに驚いたジャックたちがどうした、とこちらにかけてくる。
 慌ててシエナは顔を上げ、無理やり笑顔を作って言い切る。

「ごめんなさい、私次の講義に必要な本がもう一冊あったの。だから、やっぱりランチはパスして図書館へ行ってもいいかしら?」

 ジャックたちがもちろんと応えてくれたので、そのまま、じゃっと言って図書館の方へと足早に向かった。上手く誤魔化せたかはわからない。ただ、振り返るとアンナが任せてと言わんばかりに頷いてくれたので、素直に甘えることにした。こんな形で去るのはよくないという罪悪感もあったが、それ以上にまともにタクと顔を合わせて、みんなの話を聞く気力が湧かなかったのだ。

 その日から、シエナは課題こそ着々とこなすものの、タクのことを避けるようになってしまった。生憎、雨続きで心も髪も乱れがちだから。

 

 

「シエナ? シエナ??」

 遠くで母親の声が響き、ハッと目を覚ました。どうやら、思い返しているうちに二度寝してしまっていたようだ。慌てて飛び起き、スマホに目をやる。時刻は7時30分。これはまずいかも。

「シエナ!! 遅刻するわよー? 今日どこか出かけるんじゃなかったの?」
「はーい」

 階段下にいるであろう母に返事をし、急ぎ着替える。ドタバタと駆け下りると、リビングを通り過ぎ、洗面所に直行する。
 まずは生ぬるい水道水で顔を洗う。タオルからする柔軟剤の匂いはとてもフローラルで今日の天気とは正反対だ。
 次に手にするのはドライヤー。その熱風に合わせながら髪をとかしていく。もちろん、髪は纏まらないのだが。

「はぁ……」

 思わず、大きな溜息がでる。シエナはサラサラで艶やかな髪ではないものの、晴れの日は手入れさえ怠らなければウェービーくらいに纏まるのだ。しかし、今日のような雨の日は、ドライヤーやアイロンだけではどうにもならない。おまけに天気はいつ崩れるのか分からないのだ。変にセットをするよりもポニーテールが一番自然にくせ毛を活かせる、ような気がしていたのだ。あの時までは。

 またもため息を零しつつ、今度はくせ毛用のヘアミストで全体の広がりを抑えていく。そして、少しでも真っすぐに見えるようにと祈りながら、いつもよりきつめに縛ってみる。
 仕上げは前髪。浮きがちなのでアイロンでしっかりと伸ばしてワックスをつける。はねやすい毛先にも気持ち程度にワックスで調整しておく。
 鏡の前でくるりと回転してみるも、きついウェーブの掛かった髪が揺れるのが目立って、シエナ自身の姿は全く入ってこなかった。じっと顔そのものをみつめるも、やはり弱弱しく眉をハの字に下げた女がどんよりとした表情で立っているだけだった。

「ストレートにはならないよね……」

 どれだけ手入れしても、限界というものがある。毎朝美容院へと行けるわけでもない。せめてもの気休めにお気に入りのシュシュを選んでつける。

「何とか、なるよね」

 そう言い聞かせて、急いで朝食を食べ、待ち合わせ場所へと向かう。

 今日は水質調査の日だ。

「シエナ、こっち」
「私が最後だね。お待たせ」
「いや、僕らもちょうど着いたところだよ。ね、タク?」
「ああ。天気も持ち直してよかった」
「うん、そうだね」
「でも、すぐに崩れそうだし、急ごう」

 タクとトビーと合流しテムズ川へと歩いていく。今日は残念ながらジャックとアンナは欠席だ。アンナがいないのは心細いが、前回のランチの件もある。何度も何度も逃げる訳にも行かず、意を決してやってきたわけだが。

 正面にトビーが、そして斜め前にタクがいる。雨の間はなんて思って避けていたのに、結局会えるとどうしようもなく嬉しくなってしまう。

「シエナの担当箇所は予定通りに進んでる?」
「うん、今のところ順調。次の講義の時間にシェアするわね」
「トビーの方はどうだ?」
「僕も順調、と言いたいけどちょっと悩んでる箇所があるんだよね。また次の講義の時間に相談させてもらうよ」

 タクが振り向いてわざわざ声をかけてくれた。飛び上りたくなる程嬉しいが、ついつい髪が気になってしまう。目を合わせられたのはほんの一瞬。そして、ひとたび会話が始まれば必要以上に頭を撫でつけてしまっていた。こんなことなら帽子を被ってきた方がよかったかも。

 タクの課題の進み具合はどう?

 そう一言、聞けばよいのになかなか声が出ない。後ろで揺れるポニーテールにまるで引っ張られているかのように、何かがシエナを踏みとどまらせる。

「それで、タクの方は順調なの?」
「ああ、俺は……」

 あれやこれやと考えているうちに、トビーに先をこされ前二人で会話が始まってしまった。そのことにホッとしたような、とても残念なような複雑な気持ちのまま、いそいそと二人の後に続き、水質調査を開始する。

 といっても今日できることはそこまで多くはない。サンプルの水をいくつかとり、景観の写真撮影や水嵩の簡単な確認程度だ。それらをお互いにチェックしあいながら進めていったのだが、シエナはそこまでおしゃべりな方ではなく、タクもどちらかと言えば無口な方だ。それ故に時々トビーがあたりさわりのない話題を提供してくれる以外は課題以外の話にはならなかった。

「何とか無事に終わってよかったな」
「そうだね。後はお互いの分担をシェアして、次はサンプルの分析になるね。僕、分析とかワクワクしちゃうよ」

 後ろを振り返り、シエナは軽く頷いた。帰り道、シエナは運悪く先頭を歩くことになってしまったのだ。それどころか、なるべくタクの後ろを歩くようにしようと努めているのに、水質調査中も何かとシエナが前を歩くことが多く、シエナは髪を隠したくて仕方がなかった。

 駅までもう少し。そう思っていたところで、トビーがとんでもないことを口にする。

「あ、そういえばタク。アンジーの写真みせてよ」
「ああ、ちょっと待って。確かこれが一番可愛い」

 後ろを振り向くと、いつの間にか二人は立ち止まっていた。タクがとても優しい笑顔でスマホをいじり、それをトビーが嬉しそうにのぞき込んでいる。

「あ、これこれ」

 そう言って、今度はくしゃりと顔を崩してタクが笑う。時々、微笑んでくれるけれど、あんな風に笑う姿は初めて見た。その笑顔は普段寡黙な彼とはあまりにもギャップがあり、良い意味でシエナの胸をときめかせる。

 あんな笑顔、反則よね。

「……で、アンジーが……」

 それと同時にアンジーという名前がまたも耳に入ってきて、シエナの胸は切なさでいっぱいになった。

 彼をあんな笑顔にさせるのは違う女性なのだ。例えそれが女優であっても。
 そして、彼の好きだというストレートな髪はいくらシエナが頑張っても手に入らないものである。

 ぼんやりと少し離れたところから二人の様子を眺めていた。ああ、早くこの恋を諦めなければ。傷の浅いうちに。そんなことを考えながら。

「あ、シエナごめんごめん」

 そういってトビーがこちらへと駆けてくる。
 ううん、というようにシエナは首を振る。タクもまたゆっくりとこちらへと歩いてくる。

「シエナも見せてもらう? 可愛いよ、アンジー」

 トビーにそう言われ、シエナは慌ててさらに激しく首を振った。そして急ぎ付け加える。

「私、ちょっと寄り道して帰るから。ここで一旦解散でもいい?」
「うん、いいよ。どこいくの?」
「えーっと……。買い物して、ちょっとお茶でもして帰ろうかな、なんて」
「それなら僕も……」

 そこに追い付いたタクが会話に入ってくる。

「シエナ、気を付けて。俺たちは用事があるからこのまま帰るよ」
「うん、お疲れ様。ごめんね、それじゃあ!」

 短く挨拶を済ませ、シエナは辺りをキョロキョロとする。別に買い物の用事なんてないし、一人でお茶するタイプでもないのだから、困ったものだ。言ってしまった手前、後には引けない。
 駅までまだ少しあるのに、変なところで解散を申し出てしまった。まだこの辺りは店が少ない。

「どうしよう……」

 背後でまだ微かにトビーとタクの声が聞こえる。

 早いところどこかに入ってしまいたい。そう思ったところでふと、茶屋という文字が目に入った。店のドアにもオープンの札が掲げられている。先にお茶でもいいか。そう思い、店に足を踏み入れた。

 

「いらっしゃいませ、魔法茶屋へようこそ」

 店に入ると、ターバンを巻いた背の高い男性と、ミステリアスな雰囲気の美しい女性が迎え入れてくれた。

 

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