オリジナル童話

ナタリーとキースの魔法茶屋~雨降りアンジー③~

2021年2月21日

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 涙を流して、ようやく自分がどれほど傷ついていたのかを自覚する。そして、この恋は自分が思っているよりももっと大きなものだったのだと、今更分かった。

 キースさんがそっとドアの方へ行き、カチャリと看板を裏に向けた。何も言わずにナタリーさんはシエナの横に腰掛け、泣き止むのをじっと待ってくれている。

「すみません……」

 謝ると、二人は「大丈夫」と言って、二杯目のお茶と軽食や菓子を持ってきてくれた。
 今度は馴染み深い紅茶のティーセットで、違う意味でリラックスできて、ふっと笑みが零れる。

「ちょうど、泣いたらお腹が空いてきてしまったところだったんです」

 こうして、シエナは二人とティータイムをすることとなった。不思議なもので、今なら何でも話せそうだ。

「実は……」

 シエナは簡単に、自分の髪がくせ毛であること、彼がストレートヘアーの女の子が好きだということ、どれほど頑張っても自分の髪はストレートにならないことを打ち明けた。

「なるほどねぇ」
「私もくせ毛ではあるけど、気にしたことはなかったわ」

 ナタリーさんもキースさんも神妙に頷きながら話を聞いてくれる。

「でも、わかるわ。私もキースにストレートヘアーがいいって言われたら確かに悩むもの」
「ナタリー……」

 慈しむような目で、キースさんがナタリーさんの名前を呼んだ。ナタリーさんはそれに気づかぬフリをしていそいそと紅茶を口へと運ぶ。照れている姿がなんだかまた可愛らしい。

 二人のような夫婦になれたら素敵だろうな、とシエナはぼんやりと思った。そして、シエナにもくせ毛でもいいと言ってくれる男性がいつか現れるだろうか。

 そんなことを考えていても、思い浮かぶ男性はタクだけで、頭で納得しようとしているのに、心が追い付かない。

「どうやったら、気持ちの整理がつくんだろう」

 そうぼそりと呟く。

「ねぇ、あなたの想い人は別に彼女がいるとか、特定の女の子が好きだとかは言ってないのよね?」
「はい」
「ストレートヘアーの女優さんが好きって言っただけでしょ?」
「そこなんです。私だって女優さんが好きってだけなら、ここまで悩まないというか」
「ふむふむ」
「タクはアンジーみたいな髪の子が好きって言ったんです」

「「アンジー……」」

 ナタリーさんとキースさんが声を揃える。

「ね、シャンプーのCMまで出てて、ストレートヘアーの代表格じゃないですか」
「あ、本当にそんな女優さんいるんだ」

 キースさんにそう言われ、シエナは首を傾げる。

「ああ、続けて続けて。ちょっとテレビとかの知識はまだ浅いだけだから」

 シエナは促されるまま、自分の悩みをさらに露土していく。

「その……アンジーが好きってだけならまだしも、アンジーみたいな髪の子が好きって明言されてしまってるんです。それってストレートヘアーの女の子がタイプってことですよね?」

「「ストレートヘアーねぇ……」」

「最近、雨続きだし、私、自分の髪が恥ずかしくなってきちゃって。傷つくのが怖くて、タクのこと避けてしまうんです」

 今度は先ほどとは違う神妙な顔つきで、二人が頷いている。やっぱり、こんなことで悩んでいるなんて、と呆れられてしまっただろうか。

 

 

 すると、キースさんがちょっと待っててというと、奥へと引っ込んでしまった。

 思いがけずナタリーさんと二人きりになり、ずっと気になっていたことを思い切って聞いてみる。

「キースさんとナタリーさんってすごく仲が良いですよね。どんな感じでお付き合いされて、結婚されたんですか?」

 ナタリーさんがとっても妖艶な笑みで、頬杖をついて言う。

「私、ずっと目標があって、自分の恋心にもキースの気持ちにも気づかないフリをしてたの」

 その答えは思いがけないものだった。

「でも、今は一緒にいるんですよね。何がきっかけだったんですか?」

 ふふっと笑いながらナタリーさんが言う。

「それがちょうど、さっき話してた通り、行動よ」
「行動……」
「始めにキースが行動してくれて、その後で二人で一緒に行動したの。そしたらね、一緒にいられる今になったわ」

 そう語る瞳はとても力強いもので、それだけでとても大変な道のりであったことが感じられる。

「とってもすごい魔法だったんですね」

 その言葉にナタリーさんは何故か大笑いし始めた。

「そう。もう本当にすごい魔法だったわ。でも、思い返してみたら、やっぱり勇気っていう魔法が一番大事だったかもしれないわ」

 そうこうしているうちにキースさんが戻ってきた。お盆にのせられた玉露のお茶と共に。

「ナタリーのあんな笑い声久しぶりに聞いたなぁ。何の話をしてたの?」

 ナタリーさんと目が合うと、しっと口に人差し指をあてながらウィンクされてしまった。

「内緒よ」
「やれやれ、まあティータイムは楽しいのが一番だからね。さ、シエナ。まだお茶は飲めるかな?」

 もうお腹はタプタプだ。それでも、あの玉露のお茶はもう一度飲みたい、と強く思う。

「はい、飲みたいです」

 キースさんが小さく頷くと、再び玉露のお茶を目の前に置いてくれる。それをそっと取り、ゆっくりと口に運ぶ。
 口の中で、渋みを甘みが追い越していき、ゴクリと飲み込んだ後も、優しい芳香さが舌と心を満たしてくれている。

「甘いし、美味しい」

 また心が軽くなったような、そんな気がした。

「シエナはさ、日本茶は飲んだことないって言ってたよね?」
「はい」

 そう答えるシエナに、キースさんは満足そうに頷く。

「でも、玉露のお茶、予想外に甘くて、また飲みたいって思って今飲んだでしょ?」
「……はい」
「俺はね、人も同じじゃないかなって思うんだ。違うかもって思ってても、中身を知ったら好きになるって。そういうの、あると思うんだよね」
「違うと思ってても、中身を知ったら好きになる……」
「そう、だから、タクに彼女がいなくって、シエナが彼のことを好きなら、避けずにまずはシエナを知ってもらって、シエナもタクのことを知っていったらいいんじゃないかな」

 そう言われ、シエナは俯く。

「でも……」

 タクはあまり、自分のことを語らない。ましてや好みの女の子の話なんて初めて聞いたのだ。そんな彼が明言するのだから、よほどのことではないだろうか。

 そう強く思い込んでしまうのは、シエナの中で日本の女の人は黒髪のストレートのイメージが強いからもある。

 タクは高校から父親の仕事の関係で渡英したというのを聞いたことがある。子どもの頃は日本で過ごしていたわけで、そうなれば今まで好きになった女の子はストレートヘアーの子なのではないだろうか。そう変に勘ぐってしまうのだ。

「まぁ、もちろん、行動したって上手くいかない時はあるよ」
「そうですよね……」
「でもさ、もっとシンプルに考えてみない?」
「シンプルに?」
「もし、タクに彼女が出来たら嫌じゃない?」

 そうキースさん言われ、タクの横にサラサラのストレートヘアーの女の子が笑っているのを想像して、ぎゅっと胸が締め付けられた。

「……嫌です」

 今度はナタリーさんが前のめりになり、シエナに詰め寄る。

「シエナ、今あなた、ストレートヘアーの女の子を想像して、一瞬仕方がないとか思わなかった?」
「うっ。でも、そうでも思わないとやってられないです」

   今度はキースさんが、やれやれと言うように肩を竦めながら言う。

「だから、もっとシンプルに考えて」
「シンプルに?」
「いいかい? 横に他の女の子がいたら嫌だ。まず、その気持ちが第一歩目だ」
「はい」
「次に彼の横に立つのが、君ではない、君と同じようなくせ毛の女の子だったら、どうする?」

 そう言われ、ドクリと嫌な汗と感情が湧き出てしまう。
 なんだか、それは……。

「ストレートヘアーの女の子と付き合うよりもっと嫌って思わなかった?」
「はい。そんな風に思ってしまいました」

 自分でも受け入れがたい複雑な感情を言い当てられてしまい、なんだかすごく恥ずかしくなって、シエナは身を縮こませる。

 その姿をみたナタリーさんとキースさんが小さくため息をつく。幻滅されてしまった、そう思い恐る恐る顔をあげると、手のかかる猫でもみるかのように、とても優しい顔で二人がぽんっと肩を叩いてくれる。

「だから、シンプルに考えてみて。何も悪くないわ。根本は彼の横に他の女の子が立っていたら嫌だってこと」
「でも……、自分と同じくせ毛の女の子だったらもっと嫌だと思ってしまいました」

 ナタリーさんが笑いながら、言う。

「そうね。だから、その感情をもーっとシンプルにしていったら、くせ毛でもいいならシエナも本当はタクの彼女に立候補したいってこと。髪型が関係ないなら私も行動したのにって思ってしまうってことじゃない?」

 シエナは目をぱちくりさせる。

「そもそもストレートヘアーだからいいとか、くせ毛だから悪いとか、そんなものはないんだ。例えば、シエナはナタリーのこと、くせ毛だからダメな女! って思ってるの?」

 そう言われ、慌てて首をふる。

「そんなこと欠片も思ってません!」
「ええ、分かってるから大丈夫よ。ね、シエナの周りにも、同じようにくせ毛の女の子っていないの?」

 そう言われ、数人の友人の顔を思い浮かべる。でも、決して、彼女たちに対してくせ毛だからダメとか、そんなことは一切思ったことがなかった。

「います。でも、皆、とっても素敵な子ばかり。私、皆のこと大好きです」
「うん。そうなんだろうね。きっと同じようにシエナのくせ毛なんて気にしないで、シエナのこと大好きな子がいっぱいいるはずだ」

 そう言われ、じわじわと胸が熱くなってくる。優しい家族、いつも一緒にいてくれるアンナ、他にもたくさん、シエナの周りにはくせ毛なんて関係なく大切にしてくれる人たちがいる。

「ね? 確かに好みってあるかもしれないけど、髪だけでその人の良し悪しなんて決まらないわ」
「……はい!」

 今日一番の明るい返事が自然と発せられた。

「さて。ストレートヘアーかくせ毛かという条件付けを外してみて、シエナはどうしてみたいって思った?」
「この恋を諦めたくないと、思いました」
「そうか。なら俺たちはシエナのその気持ちを応援するよ」

 結論が出ると、いつの間にか心にかかっていた雨雲が取り除かれたかのように、気分はスッキリとしていた。

 そして最後に、キースさんがお土産にと、玉露の茶葉を分けてくれたのだ。

「ありがとうございました。とっても素敵な魔法を分けてもらった気がします」

 丁寧にお礼を言うと、二人がとびきりの笑顔を返してくれる。

「どういたしまして。勇気が足りなくなったら、またいつでも、魔法茶屋へどうぞ」

 

 

 こうして、シエナの不思議なお茶会は幕を閉じた。

 店を出て、シエナは一人になり、ボソリと呟く。まるで、確認するかのように。

「本当は私、行動したかったのね」

 例えば、タクがストレートヘアーの女の子がタイプなら、シエナには少し分が悪いのは間違いないだろう。それでも、チャンスがあるのなら頑張りたい。それが、正直な気持ちだったのである。

 シエナが行動することで、未来がどう動くかは分からない。ただ、動くことできっと何かが変わるのだろう。もし仮に、振られてしまったとしても、それが行動した後ならばきっと傷ついた後にもっと前に進めるような、そんな気がした。

「グループの課題、頑張らないと」

 力強く、空を見上げる。行動するのなら、目指すのは彼の横に立つ未来だ。

 すると、ぽつりと小さな水の粒が頬にぶつかった。

 雨だ。

 けれど、シエナの心の中はもう、雲一つない晴れ模様。

 そっと振り返ると、魔法茶屋にちょうど次のお客が入っていくところだった。
 玉露の茶葉をぎゅっと抱きしめて、シエナは再び前を向く。

 歩く度に、外はねの可愛らしいポニーテールが元気よく揺れた。

雨降れアンジー①

はるぽ
次回、この続きとなるタク目線です!

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