オリジナル小説

星のカケラ~episode2.8~

2021年11月22日

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はるぽ
こちら時系列的には2.8となりますが、構成上、episode7まで読了後にお読みいただけましたら幸いです!
守りたいカケラ~sideレイン~

 

 ほんのりと太陽の光にオレンジが差し掛かる頃、その美しい髪を靡かせながら、彼女が振り返る。逆光で思わず目を瞑りたくなるも、そんな惜しいことはしない。彼女の背後に差し込む日の光がピンクのブラウスにあたり、その色が反射して、まるで彼女の髪そのものがピンクであるかのように周りに映り、より一層彼女を神秘的に魅せた。

 伏せ気味の瞳に緩くあげた口角。彼女が静かに微笑む。彼女はあまり多くを言わずに、いつも表情だけで語って見せる。でも、それだけで十分に伝わり、そして、それだけで十分すぎるくらいに全てを惹きつける。だから、時々、腹が立つ。

 その瞳に俺以外を映すことなんて許さない。本当はそんな想いで、いつも彼女を想っているから。
 もちろんそんなこと、決して口には出してはやらないけれど。

 彼女がそのまま前を向いて歩き出した。その後ろ姿まで、様になっている。きっと、モデルの仕事はある意味天職だろう。
 けれど、これから本人がどう生きたいのか、何をしたいのかでもそれは変わる。だから、俺は自分のしたいことをしながら、彼女のしたいことを応援すると決めている。彼女を美しく生かすことが、俺のしたいことのひとつでもあるからだ。

 彼女の姿が建物の中に消えるのを見守って、レインはぼそりと呟く。

「やっと泣いたな」

 彼女と出会ったその瞬間から、いつか絶対に泣かせると決めていた。それを今日はようやく果たすことができた。これからも、目一杯、事あるごとに泣かせると心に決めている。

「さて、行くか。やっと、目標も達成できたしな」

 出会った頃のことを思い出しながら、レインはとある場所へと歩き出す。

 

 

✾✾✾✾✾

 

「はぁ? なんでそんな無理な約束したんだよ」

 普段は父に向ってこんな口は聞かない。別に言葉遣いが綺麗な訳ではないけれど、父のことは尊敬している。だから、少々乱暴な物言いになっても、どこかで敬意の残る話し方をしている……つもりだ。普段は。しかし、今日ばかりはもう、それが出来ないくらいに呆れてしまったのだ。

「……あの大学にせっかくならば戻してあげたいと、思ってしまったんだ」

 父のお人よしにため息をつき、「俺は絶対に手伝わない」と言って、そのまま立ち去った。

 家の経営するアンティークショップはただアンティーク品を取り扱うだけの店ではない。行方知れずになった品物を見つけだす、という仕事も王族や著名人、懇意にしている方の紹介でのみお忍びで行っている。
 こういうのは、労力の方が大きく、あまり儲けにはならない。だから、余程でない限り引き受けない。けれど、こういう仕事を行うのは、人脈作りや顧客からの信用を得るためだ。そしてそれらはいつの日か巡り巡って必ず、なかなか出回らないアンティーク品の情報や交渉へと繋がる。

 まだ家業を手伝い始めたばかりのレインは、なかなか自分一人で仕事を任せてはもらえない。けれども、この手の依頼に関しては人出が足りなさ過ぎて、まだ子どもとも言えるレインも戦力として狩りだされるようになっていた。そして、これをきっかけにレインはめきめきと頭角を現していった。

 今では、この手の行方不明のアンティーク品の捜索や回収は、レインなしでは出来ないくらいに、レインの得意分野と化していたのだ。

 けれど今回、紹介とはいえあまりにも自分たちには縁がなく、そして今後の人脈にも繋がらない、しかも厄介な仕事を父は引き受けてきてしまったのだ。

 いくら得意な分野であっても、あまりにも厄介すぎるそのアンティーク品は回収するまでに自分たちの店が潰れかねない。尊敬している父の意向であっても、レインは首を縦に振ることはできなかった。

 そのうちに、レインが手伝わなければ、父も回収は無理だったと断るだろう。そう、思っていた。

 

 けれどある時、依頼されていた商品を間違えて持っていくという、とんでもないミスを父がおかしたのだ。
 貴重であれば貴重であるほど、どれほど遠くても父は手渡しを行う。そこまでする品であったのに、父は今回、間違えてしまった訳だ。
 父が不在の今、他の信頼できる従業員や母が店から離れる訳にはいかない。誰が父を追いかけるのかとなったその時、ちょうど夏休みであったこともあり、まだ学生ではあるものの、レインに白羽の矢が立った。

 最初は断ったものの、レインには父が何故こんなミスをおかしたのか心当たりがあった。

 すぐに諦めると思っていたあの依頼を、父はなかなか諦めなかったのだ。そのため、日ごろレインが手伝っていた作業も父一人で行っていたが故に、無理がたたったのだろう。すぐに回復したものの、先日、倒れしまったのだ。
 さらにこのミスに気づき、再び往復するのでは関税も父の労力も二重にかかってしまう。レインが届けて、父が間違えて持って行ってしまった商品も現地で何とか売ってしまうのが得策だろう。

 レインは父を追いかけて、日本へと飛び立った。

 けれど、それこそが店ぐるみで企てた罠だったのだ。

 

 

「こちらは息子のレインです。まだ学生ながら、目利きは確かです。一族で群を抜いている。どうか、お任せください」
「……レインです」

 父が商品を忘れたなんて嘘だ。どうやら、商品の引き渡し自体がでっちあげだったようだ。無謀とも言える依頼されたアンティークの壺の在り処を突き止めたらしく、今日はその報告のようだった。そして、レインは紹介されてしまった手前、もう手伝わざるを得ないだろう。

 ぶっきらぼうな顔で、ただ挨拶をする。これで印象が悪くなっても、別にレイン自体は困らない。それで向こうが信用ならないというのなら、それまでだ。

 子どもだと見くびって、この話を蹴るのなら、蹴ればいい。父がこんな手を使ってまでレインを呼び出した理由が、父の話を聞いてすぐさま分かったからだ。

 父が突き止めたこの壺の在り処は、アンティーク収集好きで有名な富豪の家だった。しかも、その富豪のお気に入りの壺だ。この富豪はレインの仕入れをかなり贔屓にしてくれている。この壺を手放してもいいというくらいに、富豪の気に入るものを入手しなければいけない。
 そんな代物を手に入れるために、一体いくつのアンティーク品を売買していかなければならないのか。こういう類のものは、物々交換に近い形で相手の望むものを希望価格で入手して、こちらの希望価格でこちらの望むものを譲ってもらう、という形をとる。
 そして、そういうものは手続きも厄介だし、裏取引きなどがされていないという証明をとるのにかなりの労力を割く。王族や著名人御用達の店として通っているのは、決してやましいことなく、法的な手続きはもちろんのこと、裏取引の一切されていない確認のとれたものしか仕入れないからだ。

 いくら素晴らしい品物であっても、少しでも仄暗いものがあれば、レインたちは一切交渉さえ行わない。

 

 

「さて、例の物は持ってきてくれたかな?」
「例のもの?」

 父が目を細めて、眉を軽く上げ、得意げに笑う。やはり、父は健在だ。この表情、疲れてなど全くもっていない。

「私がそんな無駄なことをするはずがないだろう?」

 なるほどな、そう思い、レインは父が本当は持っていくはずだったものをアタッシュケースの中から取り出す。

「……こちらになります」

 そう言いながら、レインは手早く手袋をして、箱から出した大きなブラックオパールのブローチを丁重に依頼主へと見せる。

 有色が素晴らしく美しく、ブローチを揺らすと、その緑とオレンジが楕円の石を綺麗に斜めに二頭するかのように、絶妙な配分で交互に輝くのだ。

「これは……」

 そのブローチの周りは錆びてしまってはいるけれど、精巧な作りの金属で、まるで何かの花びらかのようにも見える細工であった。

「そうなんです。偶然にも、息子が仕入れて参りまして。これも何かのご縁かと」
「一体、どこで……」

 これは本当にレインが見つけてきたものだ。とあるバザーで安価で出されていたものの、この精巧な金属細工と、何よりオパールの質が最高だった。そのままの値段で譲ってもらうには申し訳ないくらいの価格だったので、レインはいくらかチップもおまけして、これを仕入れて帰ってきた。

 もちろん、まだ見習いのレインはこれを父に得意げにみせた訳である。そうしたら、珍しくというか、初めてといってもいいくらいに褒めてもらったのだ。レインはまだ、金属細工や宝石の鑑定ができるくらいで、家紋までは把握していない。けれど、父の鑑定ではこれはどこか有名な一家の家紋が入っているとかで、特別に店に置いてもらえることになったのだ。

 そのブローチを今、この依頼主が、目を揺らしながら見つめている。

「……仕入れ場所はお伝え出来ませんが、いかがでしょうか」
「ああ、ああ。ぜひ、購入させて頂きたい」

 父が笑って言う。

「いえ、こちらは壺のおまけということで大丈夫です。先にどうぞ、こちらをお使いください」
「……いえ、そんな訳には」

 レインは内心、「はぁあ!?」と叫びそうになった。いくらバザーで仕入れたとはいえ、宝石だ。実際の価格よりもかなりの安価で購入しただけで、決して安かった訳ではない。

 目を見開いて驚いてやりたかったけれど、依頼主の前である手前、表情には出さない。

「……お嬢さんに、こちらをお渡しになってください。もうすぐ、お誕生日だとお伺いいたしました」

 依頼主が、さらに目を揺らす。

「……どうして、分かったのですか?」

 父が穏やかな笑みで言う。

「アンティークショップを運営するには、情報が命ですから」

 その一言で、依頼主はどこでブローチや情報を入手したかをそれ以上は聞いてこなかった。そして、この父の穏やかな笑みでレインもまた確信する。ああ、あの壺は本当に、手元に戻さなくてはならない品物なのだろうと。

 レインが父を一番に尊敬する理由。

 時にそれは商売以上に、尊いものがある。
 どんな時でも誇りを忘れるな。原点へと帰れ。特別な一品は、然るべき場所に飾られてこそ美しい。

 父の誇りと信念が、レインは幼い頃から大好きだった。もちろん、美しいものを見るのは好きだ。けれど、この、特別な一品を見つけて、それを手に取るとき、何ともいえない感動が全身に走る。そして、この特別な一品を然るべき場所で飾って輝かせたその時、品物もその所有者も、とても素晴らしい表情をするのだ。その瞬間に、今度は何とも言えない感動が稲妻のように心に打たれるのである。

 美しいものを扱うには強さが必要だ。それを守り抜く強さが。そうした美しいものを守るということは即ち、然るべき所でそれを輝き続けさせることができる力量があるということ。だから、この依頼主は壺を輝かすのにふさわしい強さを持つ人物なのだろうと、レインは悟る。

 それでも、今回はあまりにも危険すぎる。あの一癖も二癖もある大富豪相手に取引となると、店は潰れかねない。だから、レインは撤退のラインは敷くつもりだ。否、恐らく十中八九、無理だろう。誇りを守ったとしても、店の危機に陥るのであればそれは本末転倒もいいところだ。

 例えば、一度軽く声をかけてみて、富豪が断れば、それは十分に最善を尽くし、誇りも店も守ることになるのではないだろうか。

 そんなことを心の中で考えながら、父たちの会話が終わるまでレインはぶらぶらとその大学内を散策することにした。

 そんな中、目に飛び込んできたのは、自分よりも背の高い、凛とした美しい女性だった。釣り目がちなのに目が離せなくなるような可愛さを残す、円らな瞳。どこまでもパーツの整ったその顔は一見、きつく見えてもおかしくないのに、どこか可憐さも残すのはきっと、フワリと優しく笑うから。

 そんな彼女が長い髪を靡かせながら、歩く。ちょうど彼女の後ろには噴水があり、猛暑の日差しとその水しぶきが、より一層、彼女を美しく引き立てた。

 とても、夏の似合う女性だと、そう思った。宙を舞う水滴に、それを照らす日の光。そんな幻想的な背景に、それらを霞ませてしまう程に優雅に笑うその美しい人は、まるで海の中で舞う人魚のようで、レインの目と心を一瞬で釘付けにした。

 そこに、彼女の声が響いてきて、その声を聞いた瞬間に稲妻が走るかのような感覚に陥った。

「……ね、いいでしょ? 夏のちびっこ海空キャンプへ一緒に参加しましょう?」
「楽しそうだけど、大丈夫かな?」
「しほ、お願いよ! 来年度からのイベントに組み込めないか、下見をしたいの。だから、大学からでなく、私としほの個人で参加したいの」
「うーん……わかった! うん、行こう!」

 彼女が今度は、可愛らしくチャーミングにウィンクしてみせる。

「決まり! じゃあ、申し込んでおくわね!」
「うん!」
「あ、お父様が呼んでる……! じゃあ、また連絡するわ!」

 そう言って、彼女は足早にそこを去っていく。行く先をみると、それは自分の父と先ほどの依頼主の所で、レインは瞬きをしながら、そっと彼女の後をつける。

 少し離れたところから、様子を伺う。そうしたら、彼女はブローチを見て、その釣り目気味の円らな瞳を瞬かせて、それで一瞬、泣きそうな顔をした。
 眉を顰めて、今にも泣きだしそうな、まるで叫んでいるかのような表情をするくせに、涙を一滴も流さずに、そのまま笑ってみせたのだ。先ほどレインが見惚れてしまった、フワリと優しく笑うような、そんな微笑みで。

 その瞬間に、レインの胸が熱く焦がれるように燃えて、苦しくなった。彼女は、平気で嘘をつく人なのだと、そう思った。

 とても愛しそうに、切なそうにそのブローチを自身の胸元に着けて、泣きそうな瞳をしているくせに、ずっと笑っているのだ。

 
 それを見て、心に誓った。絶対に、絶対に、あの壺を回収してみせると。
 そうしたら彼女は、泣くのだろうか。

 

 

 そして、本当に店が潰れるか潰れないかのギリギリで、あの壺をレインは回収してみせた。きっとあの時、あの女性に出会っていなければ、ここまでしなかったと思う。

 依頼主に壺を渡しに行く。父と一緒に。

 けれど、説明するのは、レイン。手渡すのも、レイン。それが、父と交わした約束。

 レインが回収の手伝いをしても、品物の説明や手渡すのは父というのが決まりだった。けれども、今回の手伝う条件として、レインは最後まで自分にさせること、というのを提示した。そして、父はいつもの、目を細めて、眉を上げて得意げに笑うあの表情で、快諾した。

 ああ、きっと、全てお見通しなのだろう。

 依頼主は壺をみた瞬間から、泣きそうな顔をしていた。けれど、依頼されたからといって、買い取ってくれるかというと、それは絶対ではない。

 何故、父がわざわざ一度報告へと赴いたのか。
 それは、時間がかかり過ぎたからだ。

 恐らく、あの依頼主はあの壺をあの美しい女性の入学式に間に合わせたかったのだと思う。それが叶わなかったから、そして、その当人の女性が壺を買うことを快く思っていなかったのも課題のひとつだったのだと思っている。まずは信じてもらうために、あのブローチを届けたに違いない。

 そしてあの女性を納得させるのがどれほど難しいことなのか、部屋に案内されてすぐにビシビシと伝わってきた。

 レインと父が入室したその瞬間から、彼女がこちらを鋭い目つきで睨みつけていた。それも、男の自分たちが思わずブルリと震えてしまいそうになるくらい、威嚇するような、冷たい目つきで。

 正直、ゾクゾクとした。今から、この自分を今にも目だけで射貫きそうな勢いの攻撃的な視線の彼女を、自分は泣かすのだから。

 

 レインは、平静を装って、淡々と壺の説明をしていく。

「これ、本当にそんなに価値のある壺なの?」

 けれども、彼女はちっとも靡かない。

 だからこそ、レインはあえて、得意げな顔で言い切る。彼女の射貫くようにこちらをみる瞳を同じように彼女の心を射貫くつもりで見つめ返しながら。

 一見、シンプルなチャイコグレーの壺。確かに、誰がみても、どこに価値があるのか分からない。けれども、それにこそ、この壺には価値があるのだ。

「シンプルなチャイコグレーの壺ですが、よく近くでみてください。ヒビひとつは入っていません。現代ではもう、採掘禁止になった幻の粘土と呼ばれるもので焼かれた一品です。そして、これは粘土があれば良いというものではありません。焼く温度が少しでも狂えば、ヒビが入る。けれど、完璧な温度でヒビが入ることなく焼き上げることができれば、壺とは思えないくらいの強度を誇るんです」
「ふぅん。でも、強度があっても、チャイコグレーの壺って、華やかさもないし、ただそれだけじゃ……ね」

 さらにレインは笑って見せる。父と同じように、眉を上げて、ものすごく得意げに。だけど、目は細めない。むしろ、しっかりと開く。目の前の美しい人の姿を焼き付けるために。

「華やかでないからこそ、この壺には価値があります。よく見て頂くのは、ヒビがないからではありません。この壺には精巧な彫刻が施されています。この女性は、女神アフロディーテであると言われています。中でもこの壺の作家は、アフロディーテの姿をそれは忠実に再現した、とも言われている有名な彫刻家でもあります」
「……女神、アフロディーテ」
「はい。そして、この女神はとても美しい髪飾りをつけていました。その部分の彫刻にのみ、アメジストの宝石が埋め込まれているんです」

 彼女がようやく、壺に興味を示す。

「……どこ?」
「ここです。チャイコグレーの壺に紫の宝石は目立ちにくく、本来ならば使用はしません」
「そうね。せっかくの宝石なのに、ちっとも目立たないわ」
「はい。それこそが、この壺の美しさなのです」
「……目立たないのに美しいなんて、とんだ営業文句ね」

 レインはわざとらしくため息をつき、また得意げな笑みを作って、説明を続ける。本当は、心が折れそうだった。けれど、絶対に、この女性を泣かして見せる。その一心で、説明を続ける。

「……胡蝶蘭。ここに、胡蝶蘭の家紋が一緒に彫刻されています」
「そう、ね。お母さまの家の家紋だわ」
「胡蝶蘭の学名の由来はアフロディーテ、なのをご存じですか?」
「……いいえ。でも、それと目立たないから美しいことと、何の関係があるの?」
「アフロディーテは大変美しい女神として有名でした。どこにいても目立つくらいの。その女神が彫刻されているのに、目立たないように造られているんです。大変、珍しい一品ともいえます」

 レインはあえて、声色を変えて言う。

「若者よ、気高くあれ」
「……っつ」
「この大学の校訓と伺いました。胡蝶蘭の花言葉は日本では清純などがあげられますね。英語では愛情、美しい、豪華、優雅と言った意味が花言葉として使われている。そしてアフロディーテは愛と美の象徴とされる女神。その女神が彼女にピッタリな胡蝶蘭の花の家紋の印を手に浮かべ、息を吹きかけている」
「……それで?」
「ここからは推測でしかないのですが、この壺は気高く生きろ、ということを家紋の花と掛けて造られたのだと、思います。気高く生きるとは、華やかに生きるということに限らないのです。生き方を貫くということではないでしょうか。この女神アフロディーテは目立たないように彫刻されていますが、それでもこれほどまでに穏やかな笑みを浮かべ、そして、実りを祈り続けている様が描かれているんです。本来ならば、日の光があふれる、輝かしい場所で祈るような女神でしょう。それでも、この壺のように目立たない場所であっても、この女神は美しい笑顔で、こうやって変わらずに実りを祈っている、そんな姿が描かれているのです。気高いとは、どんな状況であっても、どんな場所であっても、こうして貫くということなのだと、壺全体で表しています。細部にまでわたって」
「……そう、ね。そうかもしれないわ。それで、細部というのは、まだ何かあるの?」

 あと少しだ。そう強く思いながらも、それを見事に隠して、レインは続ける。

「先ほどお伝えした、髪飾りの部分に使われているアメジストの宝石です。アメジストもまた、愛の守護石として謳われる宝石です。石言葉にも誠実といった優しいものばかりが使われている。そして、アメジストは宝石としては流通の多い石です。そういう石が使われているのが、愛は多く配るもの、そういった心配りがあるようにも感じられて、私は素晴らしいと思います。さらに言うなら、流通が多いアメジストではあっても、ここに使われているアメジストはかなり質が高い。わかる人にはわかる。そのように造られているのもまた、何かしらの意味が込められているのだと、思います」
「本当……。近くでみたら、すごく美しいアメジストだわ。チャイコグレーと色が重なって、宝石であることも分からなくなりそうなのに、深く、吸い込まれそうな輝きが宝石の奥底に秘められている……」
「はい。そして、日本では祝いの花として、よく胡蝶蘭を飾ると聞きます。この大学に、この壺で、祝いの席に胡蝶蘭を飾られるのは、とても美しいと思います。あの校訓を謳うのであれば、尚のこと」

 この本当の意味で美しい壺は、きっと、この美しい人なら依頼主から引き継いでも輝かすことができる。

 そう、レインは確信している。

「……そうね。本当に、見事な壺だわ」

 

 彼女のその一言で、依頼主はこの壺の購入を最終決定した。

 そして、彼女はまた泣きそうな表情をしているのに、「よかったわね、お父様」といいながら、完璧に笑って見せた。

 ものすごく、腹が立った。

 だから、商談がまとまって彼女が威嚇するような目をやめ、穏やかな笑みを浮かべてきたけれど、射貫いてやるつもりで威圧的に睨んで、そのままその場を去った。堂々と、自信満々に見えるように。

 それで、父との金銭のやり取りの終わった依頼主が、改めてレインに礼を言いに来た。

「レイン君、君のおかげだ。本当に、ありがとう」
「……いえ」

 そう言って、去ろうとしたその時、依頼主が思いがけないことを口にする。

「……娘を、好いてくれているのかい?」

 穏やかに笑っているその人は、顔は全くあの女性に似ていないのに、彼女が完璧に笑って見せる時のその表情と、笑い方がとてもそっくりだった。けれど、この笑みは彼女のそれよりも、とてつもなく広くて、深かった。まるで、大海原のように。

 この人に嘘はつけないと、瞬時に悟った。

「……はい」

 今度は、ふっと声を漏らして、依頼主のその人は笑った。

「そうか。でも、君ではダメだ」
「……はい。年下ですし、まだ一人で仕事を任せてもらえる程の器でもありません」
「いや、そうじゃない」

 その人を見上げると、とても真剣な眼差しで、レインのことを見つめていて、自然とレインの背筋は伸びる。

「……あれを泣かすことは出来るか?」

 そう問われ、レインは目を揺らす。

「いえ、今回、泣かすことができませんでした」

 そう素直に言うと、その依頼主は、そっとレインの肩を叩いた。

「……そうか。うん、そうか」
「あの……」

 その人はレインの肩をそのまま強く握って、まるで縋るように、言う。

「あれを泣かしてみろ。それが出来る男になること。それがあの子を嫁へと出す、条件だ」
「……はい。必ず」

 

 その日から、日本語の猛勉強をした。それで、家業の方も担当させてもらう仕事を増やしてもらった。
 まずは今回の大富豪からの壺の回収に伴う赤字を自分一人で黒字に変えるところから。
 それが終わったら、必ず、日本に留学して、あの美しい女性を泣かせる。

 あの、泣けない、美しく人を惹きつけるのに、誰も懐には寄せ付けないトゲのある大輪の薔薇のような、あの人を嫁に攫うために。

 

✾✾✾✾✾

 

 そうして、辿り着いたのは例の壺の依頼主がいるであろう大学の門の前。いつもこの時間に、ここを出る。情報収集は、お手の物だ。

「……お願いです! そちらの大学に、しほという学生がいらっしゃいませんか?」
「だから、個人情報は教えられない」
「……では、夏のちびっこ海空キャンプに参加されていた学生の方に話をする機会を下さい」
「……何度も言っているだろう? 我が大学からは参加していない。そんな記録は一切ないんだ」
「……ですが! では、手紙だけでもいいので、届けてください」
「君があの手紙の送り主だったのか。何度も、そんな事実はないと、返信したはずだ」
「そんなはずっ!」

 先客がいたようで、言い合っている。よくよく見れば、それはアメフト部のキャプテンだった。

「いいかい? 君たちがこの間、街で騒ぎを起こしたのも耳に入っている。これ以上は我慢の限界だ。うちの大学から、そちらの大学に抗議を入れさせてもらう。そうなれば、アメフト部は活動停止になるだろうね」
「……っつ。これは俺が個人で行ったことで、この間の騒ぎもキャプテンの俺に責任があります。大学への抗議は俺個人に入れてください」
「……いいだろう。直ちに去り、これ以上余計な詮索をしないのなら、アメフト部へは抗議を入れない」
「はい。申し訳ありませんでした」

 そう言って、隼人は去っていった。タイミングが最悪だ、と思いその後ろ姿を陰から見ていると、突然声がかかる。

「待たせたね。いるんだろう?」

 先ほどまで言い争っていたとは思えない落ち着き払った声に驚きつつも、レインはそっと物陰から姿を現す。

「はい。盗み聞きするつもりはなかったのですが、申し訳ありません」
「いや、いいんだ。それで、レイン君。君はどうしたのかな?」

 瞬時に自分が誰であるかが分かり、戸惑うことなく名を呼ぶその人にレインは心から敬意を示す。穏やかな笑みを浮かべるその人に、背筋を正して丁寧に一礼する。

「お嬢様と……杏奈さんとお付き合いをさせて頂いています」
「……そうか。あれは泣いたか?」
「はい」

 すると、またあの時と同じように、その人はレインの肩をそっと叩く。

「君なら、泣かせてくれると、信じていたんだ」

 その声は、初めて聞くもので、どこか力の抜けた弱々しい、そんな声だった。いつもいつも遠目から見る、堂々としている理事長としての声ではなく、ただの父親しての声であった。

「……ありがとう、ございます。お嫁に攫う気で、これからも泣かせます」
「ああ。よろしく頼むよ」

 ずっと張りつめていた緊張の糸が、その一言で切れることなく、自然と緩まっていく。

「それで……お付き合いのご報告と共に、お願いがあって参りました」
「うん、何だろう? 結婚は卒業してからにしてほしいんだがね」

 それにははっと笑みを漏らしながら、続けて言う。

「いえ。実は杏奈さんはモデルのバイトもされていて。目立ちますし、帰りが遅くなることも多い。なので、私に送り迎えの許可をもらえたら、と。そして、杏奈さんはモデルのお仕事を隠されているつもりのようなのですが、そちらも……」

 レインが言いきらぬ前に、理事長は鞄から一冊の雑誌を取り出して、言う。とても優しい声で、目を細めて笑いながら。

「これが隠せていると、本当に思っているのかね……」
「……私も、そう思います」
「全部、スクラップしているんだ。この表紙になっている雑誌は何冊も買って、知り合いにも配ったよ」
「……私も買いました」
「ははは、だろうね。これは本当に、いい表情をしている」
「はい。どのモデルよりも、美しいと思います」

 美しいものを見抜くのに自信があるからこそ、恋人贔屓ではなく、本当に心からレインはそう思う。

「ありがとう。送り迎えの件も、娘を心から想ってくれることも」
「いえ。ですが、宣言させておいてください。卒業したら、すぐに掻っ攫います」

 穏やかな笑みを崩さなかった理事長が、目を丸くして、そして声を上げて笑い始めた。

「はっはっはっはっは。嫁に出せるかどうか心配していたのに、そうか。もういつまで一緒にいてくれるかどうかの心配をせねばらなんのか。はっはっはっはっは」
「すみません。でも、よろしくお願いします」
「ああ。そうだね。杏奈のことを、よろしく頼むよ」
「はい。約束します。いっぱい泣かせて、それで、彼女が一番美しく輝けるように生かします」

 理事長は、否、杏奈のお父さんは優しく頷いてくれた。

 だから俺は堂々と、お前を迎えにいく。彼氏として、バイト先に。男として、嫁に貰うために。

 

 だから安心して、泣け。
 天邪鬼なお前には、笑えとしか言ってやらないけどな。

 

episode2.888

※episode2.888は、長くなったため区切りましたが理事長目線の番外編となります。流れとしてはレインとのやり取りの続きとなります。星のカケラの構成上、大切なepisodeとなりますので合わせてお楽しみ頂けましたら幸いです。

 

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