オリジナル童話

earth to earth~古の魔法使いepisode3~世界の子どもシリーズ―現代編―

2021年12月2日

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「久方ぶりに大地の巫女を選出する。此度の巫女はアンジェリシカだ」

 そう族長に決められたのは、父と母を亡くしてすぐのことだった。

「それは……」

 やりたくありません。そう言おうとして言葉を飲み込んだ。族長たちの目が、年の離れた弟に向いている。こんなの、卑怯だ。

「誰かがせねばらなん。このままでは我が種族は滅んでしまう」
「はい……」

 こうして、アンジェリシカは成人してすぐの16歳の頃から2年以上、大地の巫女としてたった一人で昼に星を詠んでいる。

 純粋に祈り、星を詠むため、大地の巫女は古来から伝わる不思議な石で作られた首飾りをぶら下げて若さと美しさを隠すのが習わしだ。

 どのように隠すのかというと、この首飾りをぶら下げるだけで、周りからは老いた時の姿にしか見えなくなるのだ。人生最期のトキの。

 そしてこの首飾りは自分では取り外すことができない。

 若いものが、何の経験も積まずにただ老いただけの姿になることの、どこに美しさがあろうか。
 ただただ、皆の目にはアンジェリシカはしわしわの姿で、若さもその一瞬一瞬の美しさもなく、映るのだ。

 だから、アンジェリシカは村人から敬われることなく、ただ一番老いたものとして扱われている。

「長老、おはようございます。おやすみなさい」
「おはようございます。……おやすみなさい」
「長老、おはようございます。おやすみなさいませ」
「おはようございます……。おやすみなさい」

 皆、すれ違い際に恭しく礼をして、矛盾する挨拶を口々にする。目を合わせることもなく、敬意も親愛もなければ、義務的に。

 キースだけが、切なげにこちらを見つめている。男たちに引っ張られながら。

 声を掛けたい。
 キースにだけは心からおはようと言い、おやすみと言いたい。

 けれども、それをわざとさせぬかのように、私が他の者と意味のない挨拶を交わす間に、大切な弟を連れ出していく。

「姉さん、おやすみなさい!」
「キース、やめないか!!!」
「うわっ、はなせよ」
「いいから行くぞっ」

 遠くで、キースの声が響く。

 おはよう、キース。
 昨日はどんな一日だった?
 私はね、ちゃんと倒れずに乗り切ったよ。
 そして、おやすみ。

 たくさんキースに言葉をかけたいのに、かけられない。
 たくさん笑いかけたいのに、笑いかけられない。
 せめて一目みるだけでもいいのに、見ることも叶わない。
 振り向きたいのに、振り向けない。

 アンジェリシカは知っている。自分が反応する方が、周りのキースに対するあたりが強くなることを。

 だから、ぎゅっと唇を噛み締めて、気づかないフリをする。

 私はもうちゃんと眠るから。だからお願い、大切な弟に乱暴しないで。そう強く願いながら。

「皆さん、おやすみなさいませ」

 全員とすれ違ったところで、精一杯の強がりで、もう一度、そう告げる。
 特段、誰も振り向きはしない。キース以外は。遠くでまだ、こちらを見ている。私の愛しい年の離れた弟が。

 自身のテントに戻り、アンジェリシカはぐったりと椅子に腰かける。

「はぁ……はぁ……」

 テーブルにはキースが用意してくれた手紙と、熱冷ましの効果のあるアイスハーブティーが置いてあった。

「ふふ、ありがとう」

 アンジェリシカは愛おし気にその手紙をそっと持ち上げ、封を切る。あれからバレずに戻ったことや、どの星が詠めるようになったかなど、ズラリと書かれていた。

 キースはアンジェリシカのために、どんなに嫌でも、他の男の魔法使いたちに付いていって星を詠む練習をしている。そこから理を得て、魔法を上達させるだけでなく、知恵を蓄え、女たちから薬草を教わり、毎日、毎日、お茶を入れてくれる。

 手紙をそっと置き、キース特製のお茶を口に運ぶ。身体の中で暴れ回っていた熱が、すっとお茶と共に引いていく。そして、アンジェリシカのボロボロだった心を埋めてくれるのだ。このキースの愛と思いやりが。

「美味しい」

 一生懸命、冷やしてくれたのだろう。まだ習得したての氷の魔法が使われた形跡がある。

 そんなお茶を飲みながら、アンジェリシカは返信の手紙に筆を走らせる。

「声が聞こえた気がしたのは、黙っておきましょうか」

 ふふ、と笑みを漏らし、そこでグラリと身体が揺れて、椅子から倒れこんでしまう。

「うっ」

 今日も意地だけで耐え抜いた。身体が悲鳴をあげている。もし、キースのお茶がなかったら、アンジェリシカの命はもっと前に限界が来ていたに違いない。

 四つん這いになり、荒い息を整える。そうして落ち着いたら、アンジェリシカは膝を立て、テント越しに斜め上、空を見上げる。

 そして、目を瞑り、星を詠む。今度は本当に。

✵✵✵

 魔法族は星を詠んで生きる。それ故に体質が夜に特化している。地下と地上のこの二つの世界は違う理の宇宙で繋がっている。どう違うのかというと、私たちが見ている空は、地上世界の空とは少し違い、太陽や、月や、星たちが起きているのだ。

 だから、私たちは恒星の放つ光から意思を読み取り、理を得て、魔法を使う。時折、遠くの星同士の意思疎通の手伝いをすることで、沢山の知恵を借りるのだ。

 このようにして、魔法族は夜を月と星と共に生きてきた。

 そして、星と縁が深い私たちにとっての例外。それが、太陽。

 太陽と月は交互にこの二つの世界を守っている。けれど、太陽は近すぎて、私たち星を詠む魔法族にはその光がキツ過ぎる。要は、太陽の光を浴びることができない。

 星たちは理としてたくさんの知恵と情報を授け、私たちに多くを与えてくれる。けれども、私たち魔法族はいつも孤独だった。何故なら、夜を生きるのは自分たち魔法使いだけだったから。

 だから、大昔、大魔法使いウィルは禁忌をおかした。彼は人魚の秘薬を元に体質を変え、昼を生きられるようにしたのだ。あろうことか、その秘薬を元に、仲間の魔法使いにも体質を変える方法まで教えて。

 こうして、昼を生きる新星の魔法使いが誕生した。

 けれど、同じ魔法族の中でも私たちは古の魔法使い。自然を愛する。私たちの祖先は体質を変えることを是とせず、新星の魔法使いと決裂した。

 さらにその時、月を見捨てて昼を生きることにした魔法使いたちに太陽が怒ったのである。怒った太陽は自分の光を浴びさせないと、もともと二つだった世界をさらに分けてしまった。

 こうして世界は三つになった。もともとあった地上世界と地下世界のサンムーン。そして、太陽の光の届かない新星の魔法使いの世界、ブライトアース。

 ブライトアースという新しい世界が生まれた時、私たち古の魔法使いはサンムーンに残り、この未開の地へと辿り着いたのだ。少数民族として。

 妖精や精霊の多くは新星の魔法使いの世界、ブライトアースへと渡った。一方で、同じサンムーンにいる人魚やケンタウロス、竜族や鳥族はみな、自分たちの領域に籠った。

 他の種族と一切顔を合わさぬこの世界で、私たち古の魔法使いは衰退の一途を辿ってきた。もう、次世代はキースしかいない。
 その次に若い者がアンジェリシカになる。それを危惧した父と母が、村の掟に反して、どこかにあるという新星の魔法使いの世界、ブライトアースを探しに行き、その途中、命を落とした。

 大魔法使いウィルがおかした禁忌。
 そこから生まれた、太陽のない世界。

 あちらの世界では、太陽に倣い、星たちが光を放つのをやめたらしい。とある二つの星を除いて。
 だから、太陽のない世界で昼を生き、星を詠まずに夜はただ眠るのだとか。

 アンジェリシカは自身の知りえる歴史を思い起し、ため息をつく。

 本当にブライトアースが存在するのかは、わからない。
 人魚もケンタウロスも竜も鳥族もみたことがない。そして、人間も。
 どこかで繋がっているという地上世界だって、本当にあるのか、分からない。
 全部、心のどこかであると信じているのに、目にしたことのない真実はどうしたって分からないのだ。

 そしてさらに、アンジェリシカは思う。
 太陽はないが交流のある世界か、太陽があるのに交流が全くない世界か。
 あの時、どちらを選べば正しかったのかなんて、誰にだって分からないだろうと。

 ただ、次世代がキースしかいなくなった今、私たち滅びゆく種族は確実に焦っているのだ。昼の星を詠もうとするくらいには。

 

「一体、どこにあるの……」

 アンジェリシカはいつも、昼に星は詠まない。
 星詠みは集中力を要する。日の光を浴びられない体質の中、外に出るのだ。それだけで、かなりの体力を消耗する。そこにさらに何かをしようものなら、確実に意識が遠のく。

 村のために捧げる命など、アンジェリシカは持ち合わせていない。

 けれど、幼い弟と2人では村から与えらえた役目をこなさぬ限り、生きるすべが見つからなかったのだ。
 だから、せめて昼は星を詠むフリをして、ただ大地に祈る。日々の感謝とキースの幸せを。

 そして、一日の最後、すっかり空が星色になった時、一度だけ、自分のために星を詠むのだ。

 どうすれば、ここから抜け出せるのか。真実に迫る何かを求めて。

 大昔、大魔法使いウィルはどの星を詠み、何をみて、あんなことをしたのか。
 アンジェリシカはまだ、そんなに遠くまで星を詠めない。

 けれど、ある時、どこかの星の声が聞こえてきたことがある。
 もうすぐ、運命の子らが交差する時が来ると。だから、ここにいてはいけないと。命を大事にしろと。

 アンジェリシカは星詠みを終え、ベッドにバタリと倒れこむ。今日も特段、収穫はなかった。

 そっと手を天井に伸ばして、誰にでもなくただ宙に訴えかける。どうか、私とキースをここから連れ去ってと。

 いつもの彼は一体、誰なのだろうか。きっとアンジェリシカのまだ知らない何かであり、出会いたくて仕方のない誰かなのだろう。あの背中から伝わる温かさや優しさは、アンジェリシカの心を軽くする。たった一人でも夜まで生き延びようと、そう思えるくらいに。

 そっと伸ばしていた手を額に当て、自然と零れ出た涙を隠す。

「逃げたい……」

 でも、逃げる場所がみつからない。
 ああ、今日も同じ日々の繰り返しのまま、私は眠る。

 

 

earth to earth~古の魔法使いepisode4~

 

 

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