オリジナル小説

死神のホワイトチョコレート

2022年3月8日

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 ここは駅の改札前。俺は今日もここで働く。ちょっと、憂鬱になりながら。

「大丈夫。怖くないですよ。行先に間違いはないですか?」
「な、なんだよ、お前」
「……案内をする者です」

 男はじっとこちらをみて、その後、手元の切符に目をやる。

「……俺は、死んだのか?」
「……そうですね、そうとも言うかもしれません」

 小さくそう答えると、男はみるみる表情を変えて、叫び出す。

「な、なんなんだよ。お前は。俺は! 俺はまだ、しなくちゃいけないことが、たくさんあったんだ!!!!」

 こんなことには慣れっこ。

 男との間には長方形のテーブルがひとつ。俺はパイプ椅子に座っているから、男はこちらを見下ろすような形で、すごい形相で喚き続ける。

「い、嫌だ!! 嫌だ!!!」

 小さく息をついて、俺は仕方なく、言う。

「気持ちが落ち着くまで、待合室にいてください」
「ああん!?」
「あなたの……楽しかった思い出は何ですか?」
「は!?」
「一番嬉しかったことは? 一番、楽しかったことは?」
「な、なんでそんなこと今言わなきゃいけないんだよ!!」

 すばやく男の切符を取り上げると、その乗車時刻を確認して、言う。

「もう時間がない。少し、記憶をみさせてもらいますね」

 そして、男の一番嬉しかったこと、楽しかったことを何となく見て、小さく頷く。

「……可愛い、お子さんですね」

 そう言うと、みるみる表情を崩し、50代半ばくらいの、深く眉間に皺が刻まれた、少し強面のその人は、子どものように声をあげて泣き出す。

「……本当は、分かってたんだ。働き過ぎだって、よく言われてて……それで、倒れて……」
「はい。あなたはとても優秀な方だった……」
「ああ、ああ。もう、あいつの結婚式には、出られないのか」

 男がその場に膝をつき、顔を俯けて、尚も声を漏らしながら、泣く。

「さぁ、あちらへどうぞ。あなたのための、時間です」

 男は小さく頷いて、そっと自分の名前の書かれた待合室へと向かっていく。
 中は小さなシアターになっていて、そこで、一番嬉しかったこと、一番楽しかったこと、一番感動したこと。それぞれのその人だけの幸せだった時の想い出が上映される。

 本当は誰だって、ここに来た瞬間には、不思議ともう、全てが分かっていて、手に持っている切符の行先に合わせて、この列車に乗車する。

 その乗車までの時間、それぞれの待合室で、走馬灯ゆめをみるのだ。生涯のご褒美として。

 色んな記憶があるけれど、基本的に、幸せな記憶で走馬灯は構成するようにしている。ここに来た時点で、心配事はあったとしても、未練なんて本当はないはずなのだから。

 けれど時々、タイミングが悪いと、どうしても今日の男性のように分かっていても、分かりたくないという人が、戸惑ったり暴れたりする。

 だから、なるべく幸せな時の記憶を引き出して、俺は導く。できることなら、しっかりと走馬灯をみて、心安らかな気持ちで、次の行先へと乗車してほしいから。

「どうか幸せな走馬灯じかんを」

 みんな、最期を迎えると、この列車に乗る。この列車の行先は人によって違う。みんな、それぞれの大切な人や大切な場所、次に魂が行きたい場所へと向かうのだ。

 男を待合室まで案内し終わると、俺はまた長方形のテーブルとパイプ椅子の置かれた自分の指定席へと、戻る。

「大変だったねぇ。私は、どこに行けばいいかねぇ。もうあんまり、目が見えなくってね」

 すると、既に次の乗車人が待っていた。

「お待たせしてしまいました。すみません。確認しますね」
「ええ、ええ。お願いしますね」

 目の前にいるのは一人の高齢の女性。白髪はくはつを綺麗に一つにまとめて、丸まった背中で、穏やかに笑みを浮かべて、藤色の花の刺繍の入ったカーディガンを着ている。

「……行先に間違いはなさそうですね。発車時刻までも、まだゆっくりできる」
「そうですか」

 女性に切符を返しながら、俺は微笑んで言う。

「そのカーディガン素敵ですね。きっと、ご主人がお喜びになる」
「ふふふ。そうなの。これはあの人が初めて買ってくれた、お誕生日プレゼントだから」

 若い時も、今も、とても美しい女性であった彼女。その美しさは身にまとっているものではなく、こうやって愛おしそうに何かに対してむことができるからだろう。

「貧しくてね。それなのに、あの人ったら、無理して買ってくれたのよ」

 もうボロボロのそのカーディガンの肩の部分を少し摘み、女性は嬉しそうに見せてくれる。至る所に穴が開いて、ほつれて、刺繍の花の色は既に変わってしまっている。それでも、何とか着られるくらいに保たれていて、あまり目立たないようにされているけれど、よくみたら、何度も何度も修繕された形跡がある。

 きっと、何も知らない誰かがこのカーディガンをみたら、これはもう着られないと捨ててしまうだろう。

 もし、何も知らない誰かがこのカーディガンをみたら、可哀想だと新しいものを買ってあげると言うかもしれない。

 だけど、全てを知っているご主人がこのカーディガンをみたら、こんなに大切にしてくれてありがとうと思うに違いない。

 想い出の詰まったこのカーディガンは、シルクで出来たどんなに高価な服よりも、この女性にとっては大切で何にも代えがたい一張羅なのだ。

「手間を掛けさせて、ごめんなさいね。待合室はあっちでいいのかしら」
「はい、あちらです。どうか、ゆっくりとあなたの時間をお過ごしください」

 走馬灯は長く生きれば長く生きた程、上映時間もたっぷりある。

 短く濃いものもきっと悪くないのだろうけれど、たっぷりと想い出を持っていくのも良いと思う。
 こういう想い出はきっと、次の行先でも、例え覚えていないとしても、本能的に何かの糧になると俺はそう思うから。

「さて、今日はさっきの人で終わりかな……」

 ポケットからごそごそと名簿リストを出して、確認する。

 シアターでの上映が終わると、自然と座席が列車の指定席へと変わるので、もう俺の出番はない。今日はさっきのご婦人で最後だろうし、後はこの椅子にかけてぼんやりと過ごそう。

 そう思ったその時、ふっと一人の女性が現れて、俺に尋ねる。

「あの……すみません」
「え?」

 その女性の声に合わせて、名簿リストに一命いちめい、名前が加わる。
 けれど、その名前は光っては消えてを繰り返している。

 初めてのことで戸惑うけれど、そんな俺にはお構いなしに、案内人である俺よりも冷静に、彼女が言う。

「あの、列車に乗るのは何となくわかるんですけど……」
「え、あ、はい」
「その……待合室もまだ扉が閉まってるし……」

 そう言いながら彼女が指差す方向を見ると、確かに新たに一室、待合室が追加されていて、彼女の名が刻まれているのに、その扉は閉められている。

「本当だ……」

 唖然とする俺をよそに、尚も彼女は平然と続ける。

「別に待合室じゃなくて、ホームで待ってるのでも全然大丈夫なんです」
「え?」

 その言葉に俺はさらに驚くも、彼女は本当に、いつもの通勤の途中であるかのように、黙ってホームを見つめていて、数秒考えてから、また俺に尋ねる。

「……その、待合室も閉まってて、それで仕事終わりに申し訳ないんですけど、その……」
「は、はい」
「……その、これ……」

 そう言いながら、今度はその手にもった乗車券を彼女は躊躇いながら俺に見せる。

 それを見て、俺はまた声をつまらせる。

「え?」
「……そうなんです。もう、行き先さえ書かれていなくて……。時刻も書かれてないし、だけど、切符はあるし……」

 俺は慌ててまた、名簿リストをみる。
 尚も彼女の名前は、光ったり、消えたりを繰り返している。

「……待合室にも入れないし、ホームで待ってようかなと思ったんですけど、なんか、勝手にホームにも入ったらダメな気がして。そもそも、列車にも乗っていいのかさえ、分からなくって……」

 この仕事について初めての事態で正直、混乱していた。
 けれど、俺に文句を言うでもなく、純粋に申し訳なさそうに尋ねる彼女のその寂し気な笑みをみた瞬間に、ああ、何とかしないと、と強く衝動的に思った。

 だから、俺は、最もらしい嘘をつく。

「すみません……俺の勘違いで、今日の仕事を終了にしてしまったので、きっとあなたの分は明日に回されてしまったんだと思います」
「え? そうなんですか?」
「はい。俺のミスなので、特別な待合室へとご案内します。少々お待ちください」

 多分、今日の分の仕事は終わったと思うから、俺は個人的に動くことにした。

 

 俺は死神。

 といっても、死を与えるのではない。ただ、次の行先へと導くだけ。なるべく、安らかに。
 そう言っても、みんな恐れて、誰も信じないけどね。

 

 

死神のホワイトチョコレート

 

 

「こちらへどうぞ」

 とりあえず、女性をなるべく駅のホームから離そうと、改札とは反対側の方向へと歩くように促す。

 ホームにはいれないことは、ない。けれど、ホームから乗車してしまったら何処に辿り着くかの保証がないし、そもそも走馬灯は生涯のご褒美なのだ。次の場所へと持っていくことのできる、とっておきの。

 人は母親のお腹に宿ったその瞬間から、一分一秒であっても、生きている時間は何にも代えがたいもので、それは褒美を受け取るのに値する。

 もちろん、もらえる褒美以上に悪いことをする奴は知らないけど。

 だけど、悪いことをしていない人がご褒美もなしに、望む場所へと辿り着くか分からない状態で、列車に乗るのは、何か違う気がする。

 何とか、しないと。

「特別な待合室って……別の、待合室を用意して下さるってことですか?」

 そんなことを考えながら一緒に無言で歩いていると、女性がそう尋ねてきた。特に行先を考えていなかった俺は、慌ててまた最もらしい嘘を重ねる。

 つづきは本にて

◆死神のホワイトチョコレート◆

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