フィフィの物語~秘密のミルクコーヒー~

こっそりとあの人がいつも飲むコーヒーを注ぐ。
確かこの辺に、豆を挽く道具があって……
それで確か、変な紙みたいなのを使うの。
そうそう! それでこのヘンテコな形のものをコーヒーポットの上にのせる!
わ、なんか、かっこいいかも。えへへ。
それでお湯を注いでっつ、ととと。溢れちゃう、溢れちゃう。
ドリップって言うんだっけ? 意外に遅いわ、お湯が落ちるのって。
もういいかな? もういいかな? もう次のお湯、注いでいいかな?
まだ少しお湯が残ってるのに、何だか待てなくて次のお湯を注ぐ。
その繰り返しで出来上がったコーヒーを、あの人がいつも使うコーヒーカップに注いでみる。
「よしっ」
薫りは、いい感じ。あの人がいつも淹れるのと同じ感じ。
えへへ。なんか、やっぱり、かっこいい。
そして一口、初めて淹れたコーヒーを、口に運んでみる。
「うえー」
確かに苦いのに、なんか薄い。
それでやっぱり、全然おいしくない。
苦いのになんで、あの人はいつもあんなに美味しそうに飲むの?
そして、ちらりとポットの方を見て、グググと息を呑む。
「……まだいっぱいある」
仕方がないから、キッチンの奥の、私では背の届かない棚の所にえっさほいさとイスを運んで。あの人が隠しているお砂糖を取り出す。
お砂糖は特別な時しか入れないって、言ってた。
だからね、一つだけ。ひとつだけ、特別に頂戴ね。
だけど、四角いお砂糖を一つ、ポットに入れてみるけれど、全然甘くならない。
なんで? お砂糖って本当は、甘くないの?
それで、ごめんなさいって思いながら、もう一つ、入れてみる。
それでも全然甘くならないから、もう一つもらってみて、さらにもう一つもらってみる。
あれ? 全然、甘くならない。もうやめよーっと。
諦めてお砂糖をまたこっそりと直そうとしたその時。
「フィフィ……?」
「ひっ」
キッチンの扉の向こう、ちょうど私の背後であの人の声がして、思わず手を放してしまう。
ボトボトボト――……。
「「あっ」」
⚘⚘⚘
「……ごめんなさい」
「いいよ」
そうしたらね、不思議。
お砂糖を落っことして、今度は甘すぎるコーヒーが出来上がった。
それで私も一口もらったけれど、もう十分に甘いのになんかやっぱり苦くって。
全然美味しいとは思えなくて、それで、やっぱり、飲めなかったの……。
「俺が飲むからいいよ? 本当に、大丈夫」
そう言って、私の頭を軽くポンポンってして、コーヒー片手にあなたはいつもの書斎部屋へと入っていく。
「お仕事……。帰ってきたところなのに、まだあるのかな?」
チラリと扉の隙間から、あなたを覗いてみる。
そうしたらちょうど、コーヒーを飲んでるところで、「うっ」って呟きながら、穏やかな顔のまま、一瞬だけピクリと眉が動いた。
私、この顔知ってる。私が一人でご飯を作って失敗したときの、それを口に入れた時の一口目にする顔。
絶対に嫌そうな顔なんてしないし、いつもの穏やかな顔を崩したりもしない。
でもね、ちょっとだけ、ぴくって一瞬、眉が動くの。
しゅんとして、扉から離れよとしたら、コツンと、ついうっかり、扉に足をぶつけちゃって。
「フィフィ?」
「あっ……!」
そうしたら、みつかっちゃった。
それで、あなたはこっちを見ながら、コーヒー片手に、ニコリと笑ってくれるの。
「大丈夫。おいで?」
「…………」
おずおずと、あなたが腰かける書斎机の前に立つ。
「どうしたの?」
優しく聞いてくれるから、だから正直に、もう一度言うの。
「……ごめんなさい」
だって、お砂糖まで使っちゃって、それなのに、美味しくもないんだもの。
チラリとあなたの方を見たら、またすごく優しく微笑んでくれる。
「じゃあ、ちょっと悪いことしてみる?」
「え?」
それで、あなたはコーヒー片手に、再びキッチンの方へと向かう。
お砂糖たくさん入れちゃったのに、捨てちゃうのかな?
そうしたら、あなたが今朝もらってきたばかりの牛乳を取り出してきて、言う。
「いい? みんなには内緒だよ? 外でしたらダメだからね?」
「…………? うん」
それで、人差し指を唇にあてて微笑むと、あなたはその甘すぎるコーヒーを半分ほど、私用のマグカップに注ぐ。
そして今度はその両方に、たっぷりと牛乳を注いでいく。
「はい。これなら、フィフィも飲めるよ」
「……! うん」
優しく微笑むあなたに見守られながら、一口、飲んでみる。
全然苦くなくて、それで、まろやかで甘さも程よくって、ちょっと心がポカポカってした。
「これなら、美味しい!」
「うん、よかった。……でも本当に、外でしたらダメだからね?」
「うん。約束! ありがとう!」
二人でキッチンに立ち、笑いながらこの美味しい飲み物を、飲む。
ちょっと、普通とは違う私たちの内緒のコーヒーの味。
⚘⚘⚘
あなたがまた、書斎でコーヒーを飲んでいる。
その姿をこっそりと、扉の隙間から覗き見る。
そしたら今度は窓から風が吹いて、あなたが見ていた書類が一枚、ふわりと私の足元に飛んでくる。
「あれ? フィフィ、どうしたの?」
「……何でもない」
またあなたが、優しく微笑んで言う。
「またコーヒー飲みたくなった?」
でもこれは、からかう時の笑い方。ちょっとクスクスって、下向き加減に笑うの。
「別に、違うもん」
「そうなの?」
「そうなの!」
「……おいで?」
そのまま書斎に入って、私はコーヒーなんて飲まずに、あなたの近くで本を読みながら、あなたの仕事が終わるのを待つ。
それで、二人でまたキッチンに入って、一緒に夕飯を作る。
「フィフィ、これよそってくれる?」
「うん」
一緒に作るんだけど、私に任されるのはちょっとだけ、簡単な仕事の方が多かったりする。
だけどね、ちょっとずつ、ちゃんと観察して、覚えてるんだよ?
コーヒーは大失敗しちゃったけど。
それでね、コーヒーはもう淹れないし、飲まないって決めてるの。
じっと、あなたをみる。
「フィフィ?」
視線に気が付いたあなたが、また優しく笑う。
だから私も微笑み返す。
「ううん。何でもないの」
「そうなの?」
うん、そうなの。今はね、まだ何でもない。
だって、まだご飯は一人で上手に作れないし、コーヒーは上手に淹れることができても、私はきっとあなたと一緒には飲めないから。
だからね、まずは一品。あなたの好きな料理を作れるようになるね。
これは、そのための観察。
あなたが一度も眉を動かさずに食べられるくらいの料理が作れるようになったら、そうしたら、ちゃんとお嫁さんにしてね。