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私の頭の中~痛みと傷とLove or Money~

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 先日、サーバーの更新時期を迎えまして。何気に、ここのホームページを始めてから2年が経とうとしています。このホームページをしようと思ったきっかけは、大きな意味で言うと、自分が自分であるためでした。
 ずっと、この話は誰にも言わないだろうなと思っていたのですが、2年間続けた今、このタイミングで言葉として綴るのが良いだろうなと思って、今、綴っています。

 私は『死』というのを感じたことが幾度かあります。それも身体的な意味と、精神的な意味と、経済的な意味と、3つの視点で感じたことがあります。
 プライベートなことなので具体的な事柄は割愛して書かせてもらうのですが、その『死』というものを自分の中で感じた時に『痛み』がつきものでした。

 人生の中で手術を2度ほどしたことがあります。誤解のないようにお伝えすると、私は今、とても健康なのですが、当時の自分にとっては必要な手術でした。
 その手術にはどちらとも、強い痛みが伴うもので、今でも一番の恐怖として残っているのが、その時の痛みです。どれくらいの痛みかを言葉にするならば、痛みが強すぎて、こんな痛みに耐えるくらいなら、いっそ楽になりたいと、生まれて初めて心の底から思うくらいでした。麻酔が効きにくい体質も影響したかもしれませんが、救急搬送中や手術までの間というのは、気絶してはダメなので、失神する一歩手前で、現実に引き戻されます。それが何度も続くと、私を助けようとしてくれているのに、拷問のように感じられ、もう楽になりたいと、そう思ってしまいました。

 これを聞いて、人によっては大げさな、と思うかもしれないですし、人によっては分かる、と思うかもしれません。
 それくらいに、人によって痛みというのは感じ方が違い、人によって我慢ができる程度が違い、他者に自分の痛みを伝えるというのは難しいです。
 例えば、切り傷や骨折といったものは、痛みが想像しやすく、伝えやすいかもしれません。ですが、私は目に見えない痛みだったので、どれだけ痛いと叫んで伝えても、なかなか伝わりませんでした。

 それでも、私の痛みは一時的なもので、乗り越え、健康に今を生きています。
 そして救急搬送されて回復したのちに、ああ、健康に生きているだけで幸せなのだなと、心から思いました。だから、自分にできることを頑張ろうと、そう思って生きていました。

 けれど、手術や通院もしんどかったのでしょう。人生には色々あり、たくさんのものがつもりつもって、今度は心の死というものを、自分の中で経験しました。そして、これもまた私は有難いことに、今こうしてブログを綴れるくらいに、回復し、元気に過ごさせてもらっています。ただ、心が壊れると、どれだけ身体が健康でも、思うように動けません。誰しも先ほどの痛みのように、自分の感じていることを伝えようとしても、他者に完璧に伝えられないことなど多々あると思います。そんな中で心が壊れると、さらに、自分の思っていることが上手く伝えられなくなります。相手が自分の話を聞こうとしてくれていたとしても、上手く伝えられなくなります。健康であるのに、何もできない自分がとても嫌でしたし、周りに迷惑をかけるくらいなら、このまま眠って目が覚めなければいいのにと、あの時は毎晩そう思っていました。あれほどまでに、手術の経験をして、健康に生きているだけで幸せだと、心の底から思ったことがあるにも関わらず、です。

 それでも、私は回復して、今があります。程度が軽かったのだろうと思われるかもしれませんが、人によって程度は違うので、重かったとは言えないし、軽かったとも言えません。
 ただ、手術の件も、心が壊れてしまった時のことも、私は詳細を言葉にしたくないと強く思うくらいに、どれもが深い心の傷となるものでした。

 例えば、手術の件でいうと、体質的に数%に該当するようなものでしたので、書くというお仕事をさせてもらっていたからこそ、個人発信であったとしても、それらの経験を綴れば誰かの役に立つかもしれないと、何度も思いましたし、実際に薦められたこともあります。けれども、どうしてもそれらを言葉にできない自分がいました。どれだけ時間が過ぎても、言葉にすることさえ辛く、誰彼構わずに話そうとは思えませんでした。それくらいの心の傷として、私にとってそれらの痛みは深く刻まれています。

 そして、心身共に元気に過ごさせてもらっている今、心が壊れた時の私を止めていたのはきっと、痛みだと改めて思いました。あの手術をした時の痛みが恐怖となって、痛い思いをするのが嫌だから、目が覚めなければいいのにと思ってもなお、私は動かずに踏みとどまったのだと思います。そして、私の心を壊したのもまた、目に見えない心の痛みに自分自身が気づかなかったからだと思います。

 それらの経験から、生死というのはとてもよく出来ていると、思うようになりました。心が壊れると、人は身体が思うように動かせないし、身体が壊れてもまた、痛みが強すぎたら耐えられなくなるように、心も容易に壊れてしまうからです。
 そして、痛みというのは簡単に心も身体も壊すのに、死の抑止力となるのをまた、痛みをもって知りました。死をもって身体も心も終わりとするならば、心が壊れてしまった時、痛みを恐怖に身体を守ることができ、身体が痛みを感じている時、心までもが痛みを叫び諦めそうになるならば、絶対にそれは誰に何と言われようとも、痛いと主張して身体を守りに入ったらいいのだと思います。

 これらの経験を経た自分は、他人の痛みが分かるのかと言えば、きっと、近い経験をした方の痛みは想像はしやすいかもしれませんが、到底、わかるなんて言えないというのが正直なところです。私は今、心身共に健康に過ごさせてもらっていて、現在は当事者ではないので、本当の意味で現在それらと戦っている方のそれを的確には想像できないだろうし、人によって感じ方が違うということを知っているからです。だから、偉そうなことは言えないし、役に立ちそうな具体的な案も、情けないことに思い浮かびません。

 けれど、ひとつだけ、かつての私のように何かに悩んでいる方に言えることがあるとすれば、食事です。衣食住ちゃんとしましょうなんて、キレイごとを言っているのではなく、身体的な目に見えない痛みのSOSのサインは、嘔吐だからです。あまりにも痛みが強すぎて、私は手術の前や救急搬送されたとき、嘔吐しました。でもそれは必ず、診察する上で、病院では痛みが伝わる目に見えるサインになります。なかなか伝わらなかった痛いが、言葉にしなくても、嘔吐した瞬間に一発で伝わって、先生方が動いてくださるんです。けれど、食事をとらずに嘔吐するものがなければ、そのサインが見逃されてしまうことがあります。自分自身にとっても、他者にとってもです。そして、普段から食事をとり、自分が日常的に食べる量というのを把握していたら、食欲がない、というのもまた、身体や心からの何かしらのサインであると気付くきっかけにもなると思います。

 そして、心に関しては、人によるかもしれませんが、食欲がない、からすぐに自分自身へのSOSのサインにしてあげたらよいと私自身は思って過ごすようにしています。本当に心が壊れてしまうと、関心がなくなって食べることも流れ作業になってしまう恐れがあるからです。
 日頃から私はご飯大好きなのですが、それでも、心が壊れてしまった時期の食事は覚えていません。けれど、一度目の手術の後に、壊れかけたことがあって、その時の食事のことは鮮明に覚えているんです。食欲がなくて、お菓子などを適当に食べて、過ごしていました。そして、あまり食べたくないのに、最低限のお腹が空く自分がいて、そんな自分を心の中で笑っていました。一度目の手術の時は、教育関連の仕事をしており、本格的に保育の仕事がしたいと思い、受験生並みに猛勉強して国家試験を受けて。保育士免許とった直後でした。手術後の体調管理も含めて、体力勝負の保育の仕事は難しいという結論になり、他にもプライベートで辛いことが重なって、あのときは悲しすぎて、涙がでなくなりました。そんな中でも食欲がないなりにお腹が減り、適当に食べようと思って、白ご飯に祖母が作ってくれた手作りの味噌だけをのせて一人で黙々とただ口に流し込んでたんです。

 だけど、子どもの頃から祖母の作ってくれるこのお店では買えない味噌が大好きで、私が好きだからと離れて暮らすのに、わざわざ、持たせてくれて。それを口に放り込んでたら、涙が出てきて、そこで初めて泣けて、そこから食欲が戻ってきて、私は二度目の手術まで乗り越えることができました。もちろん、食事だけが全てとは、言いません。コロナの後遺症では味覚障害もあり、辛い方はたくさんおられると思います。だから、私のこの言葉さえ、おこがましいのかも、しれません。けれど、お腹に何かを含んでいると、少なくとも痛みのサインとして、嘔吐、を目印に助けを求める可能性に繋がると私は信じています。

 そして私は、身体だけでなく、心を守ることも大切だと知り、自分が自分であるために、ホームページを作りました。私は具体的な経験を言葉にして書くことはしないけれど、自分の好きな創作では書くことを続けたいと思ったからです。病院を選ぶ際、誰かの経験談を参考にさせてもらったことも多々あったけれど、小説やゲームや映画など、物語に救われたことも多々あったからです。悩まないということを上手にできない私は、物語の世界に入り込むことで、悩む時間を自分に与えないようにして、当時は心を守っていたからです。

 こうして、創作という自分の時間を持ち、今度は心身を守りながら生きていくことにしました。そして心身を守るために、環境を大きく変える決断を、しました。そしたら今度は、確かに心身を守って生きていたのに、経済的な面でもうやっていけないかも、という状況に直面したんです。それを今も脱したかと問われれば、今私は生きているので、なんとかなっているけれど、これからも生きていかなくてはならないので、心身だけでなく、経済的な面でもなんとかし続けて、自分を守っていかなければなりません。
 そして、不思議なもので、馬鹿の一つ覚えのように、まずは身体を守り、それだけではだめだと学んで心も守ろうと奮闘していたのに、経済的な面でもうやっていけないかも、という状況になると、一周回ってどちらも危ない、ということになるのですごく笑えて、全く笑えません。(笑)正直、心を守るために始めたこのホームページも維持できるか分からなくて、今回よくサーバーを更新するところまで持ってこれたなと、しみじみ思いました。(笑)

 こうして、心身を守るためには、自分の経済的状況も守る必要があることを体感し、生きることについて、私はまたひとつ考える機会を得ました。

 身体と心は密接しています。どちらか一方が壊れると、容易にもう一方も壊れてしまう恐れがあります。そして、そんな心と身体を守るために何が必要なのかというと、そのひとつが経済力なのだと痛感しました。今の日本では、一般的にお金がなければ何も買えません。身体を守るために食事をしようと思えば、飲食店に食べに行こうが、自宅で作ろうが、そもそもお金がなければ成しえません。ではお金がたくさんあればいいのかというと、その獲得の仕方はとても重要で、身体や心が壊れるほどまでに働いてもまた、それはどれほどお金を得ることができても、ダメなのです。そして、最低限の衣食住の確保だけでいいのかというと、それもまた、心を守るためには、私は難しいと、思っています。
 恐怖が死を抑止するのならば、喜びや愛情が生きることを促進するからだと、思うからです。こういう感情を回しながら私たちは生きているので、もちろん、時にそれらが逆転するときもあり、明確な答えもないのですが。

 私が今書いているのもまた、心のために好きなことをするというのに繋がります。経済力が心を守るというと冷酷に聞こえるかもしれませんが、好きなものを買うというのは喜びや、時に愛情に繋がっていき、やはり心を守るのだと思うのです。そして、いつの日かのブログでお金と時間の関係についても綴らせてもらったのですが、好きなことに時間をかけるとうのもまた、お金や愛を注ぐというのに繋がると思うので、結果、心を守ることに繋がると思います。
 そして、時間とお金が密に繋がる関係性ならば、お金と愛も密に繋がる関係性だと思うようになりました。

 学生の頃、love or money というお題でディスカッションをしたことがあります。どちらかというと、愛と答えた子の方が多かった印象がありますが、お金と答えた子ももちろんいました。当時の私は愛と答えましたし、経済的にもうやっていけないかも、というのを経験する前ならば変わらずに愛と答えていました。そんな今の私は、両方と、堂々と答えます。

 例えば、昼ドラのようにお金を権力という形で、相手を追いやり、無理矢理YESという答えを導き出すとき、それはお金の力で相手の選択肢を狭めており、お金を100で例えたら、愛が0なのだと思います。
 けれどその逆もあり、使えるお金を増やすことで、選択肢を増やすことができます。お金で大学へ行く、専門学校へ行く、好きな習い事をする、相手の好きな場所に遊びに行く、相手の好きな物を贈る。もし、自分や相手の選択肢を増やすことにお金を使えた時、それはお金を100で例えても、愛もまた100で収まらないものになる時があると思います。
 また、社会的に大学へ行くのは当たり前だから、デートは食事が高級であればあるほどいい、と相手が使ってくれたお金に愛があるのを忘れてしまったら、それもまた、お金も0になり、愛も0になるのだと思います。
 そして愛とお金は何が難しいかというと、愛の為にお金を稼いでいるんだと忙しく過ごし、相手のことを蔑ろにしてしまった時、愛が0になり、結果お金は残るのに、お金も意味としては0になってしまうことがあるということです。

 では昼ドラの逆バージョン、愛が100でお金が0の場合が成り立つのかというと、これはYESでありNOであると思います。
 例えば、私が心身の調子が優れなかった時期を経ても今生きているのは、私からはお金が0でも愛を100貰ったからだと思います。そして、子育てをしている今、当たり前ですが娘からはお金が0でも、愛を100注いでいます。事象としてはそれが起こり得ても、愛を守っていこうとした時に、お金が0では、成り立たない時があります。私は家族の支えで病院へと行けましたが、そもそもお金がつきれば病院に行けないし、今までもこれからもお金が0になれば、衣食住を子どもに満足に提供してやれなくなります。時に愛が100あっても、その愛を100守ろうとした時に、お金が50しかなければ、思うようにいかない時もあるかと思います。
 そして、誰しもがその人が稼いだお金であり、尊いものであったとしても、お金を1000持っている大富豪が買う一切れのケーキと、お金を20しか持っていない人が買う一切れのケーキというのは、確かに価格は一緒でも、意味が変わってくる時があります。

 どこか一部だけを切り取ると愛とお金の関係は違って見えると思います。そして、love or moneyの答えもまた、どちらか一方をとっても間違いではなく、両方をとっても間違いではなく、さらに言うと、自分が導き出した答えと同じ結果を掴み取れるかどうか、それもまた誰にとっても保証のないことなのだなと改めて思いました。

 この時代に、この世界で生きるということは、自分の身体と心と経済を守るということなのだと、私なりに思って、今に至ります。

 恐怖心で自分を守るというと、弱く聞こえるかもしれませんが、全然弱くていいのだと思いました。身体も心も、痛みを恐れることで、弱くあることで守ることはとても大切なのだと私は思っています。
 それと同時に、人は恐怖心だけでは生きていけず、また痛みを防ぐためにも、喜びや愛情が必要で、そのためには経済を回す必要があるなとも、思いました。そして経済を回すためには、強くあらねばならない時もあり、強くあることもまた、守るためにとても大切なのだと思っています。

 こんな風に綴っている私ですが、これだけの生きるか死ぬかというのを自分の中で経験したからこそ、今を生きることを大切に思う気持ちがある一方で、自分はあとどれくらい生きないとダメなんだろう、とふとした瞬間に思う時があります。
 それくらいに、自分にとっては身体と心と経済を生きるために回していくのは、大変だと思うからです。

 そしてそんな自分にとって、痛みを伴う手術での経験から、直感的にこれはヤバイという本能が働き、出産のときに緊急で帝王切開に切り替えてもらうということがありました。これを含めると、実は手術は3回になります。ただ、この時緊急で帝王切開にしてもらっていなかったら危なかったと、今でも思っています。これを先ほどの痛みの話に入れなかったのは、私の中で手術であっても、痛みの先に命が生まれる出産は、意味が違うと思ったからです。もちろん、帝王切開も肉体的にはとてつもない痛みを伴うのは事実です。思い出すだけで普通にブルっとします。

 ですが、そんな痛みのその先に生まれてきてくれた娘は、私がふとした瞬間に、自分はあとどれくらい生きないとダメなんだろうと思った時の、今の自分に答えを与えてくれます。
 まずは、娘の成人まで、と。そして、まずは娘の成人までは生きると決めたのだから、せっかく生きるのなら楽しく生きよう、と自分に言い聞かせています。楽しく生きる中で増やした好きなものを大切にする習慣を身につけておいて、娘が成人したその先に、今度はその好きなものを自分の生きる答えのひとつにしていたいからです。

 全然完璧な育児なんてできていませんが、それでも、命がけであの時娘を出産できてよかったと思っていますし、素直に自分が弱いと認めることができます。私は弱いから、娘がきてくれたんだなぁと。そして、娘がいてくれるからこそ、守るために強くありたいなと、思っています。

 これを綴ろうと決めたのもまた、私が自分の好きなことを続けるためです。私は自分の経験を具体的に言葉として綴ることができず、創作で文章を書き続けることに決めました。それは、傷というのが、例え目に見えなくても、時に癒えずそのまま傷として残ることがあると、身をもって知ったからです。そういう傷は治すのではなく、乗り越えるのだろうなと漠然と思うようになりました。そしてその為に何ができるのかと考えた時に、傷口に塩を塗らない、他者に塗らさせないというのが私なりの答えでした。

 傷について考えた時に、私は魂という言葉が自然と思い浮かびます。もちろん、みたことはないけれど、魂と言われて、私は丸い球体をイメージします。それも落としたら割れてしまうような、ガラス玉のようなものです。何故だか分からないけれど、そんなイメージが自分の中にはあり、それを思った時に、アクセサリーを作る私は、魂とは石のようだな、と思うようになったんです。
 石もまた、同じ種類の石であったとしても、天然のものなので、それぞれで色味が違い、どれひとつとして同じものはありません。そんな中で高い石もあれば、入手しやすい石もあるのに、高ければよいというものではなく、石好きからすればそれは本当に好みです。そして同じ種類の石の中でも透明度や傷やインクルージョンという内包物で価格が変動します。インクルージョンを嫌がる人も多いですが、一方で、そのインクルージョンを魅力的だと好む人がいます。石に傷がつくと、それは決して、戻ることはありません。だから、価格としては下がります。そして、石というのは毛布と比べればもちろん、傷がついただけでは壊れません。けれども、その傷は気を付けなければ、傷に衝撃を与えれば、簡単に割れて壊れてしまいます。そして、壊れた石というのは、割れ方によっては、粉々になり、接着剤ではくっつかないですし、そこまでしてでも直そうという、深い愛情がなければ、修復もそもそもしようとさえ思わず、壊れた、で終わってしまうことの方が多いと思います。

 魂とは心も身体もその先のもの全てをひっくるめた、心よりも深い何かを表す言葉のように、私は思っています。だから、ひとつとして同じものがなく、まるで心と身体を全てひとつにしたような石というのは、魂のようだな、と。
 そして魂を石に例えたのは、傷のその先があるからです。石とは傷がつくと価格が下がるのに、それでも大切に削り続けたその先に、カットを乗り越えた石たちには、宝石という名前がつき、価格が跳ね上がります。でも不思議で、宝石を好む人もいれば、丸いまま、もしくは原石のままの石を好きだという人もいます。そして、傷がついていても、その色に魅入られた時、絶対に傷があるから嫌なんて言わずに、傷のある石でさえ、大切に扱われます。もしその石がその石を必要とする場所へと迎えられたら。
 だから、傷に塩を塗らずに、宝石になるまで自分を大切に進んでもいいし、別に宝石にならなくとも、必要とされるところに辿りつくまで、壊れないように、魂を守り続けたらいいと私は思っています。

 そんな私は、文章を書き続けた中でも、ずっとずっと一番書きたかった物語が、今書いている「その手に触れられなくても」です。先日、本に1冊目をまとめた時に、誰に何を言われてもやりたいと思ったことをして作るこの作品は、私にとって、魂を込める、ということだなと、思ったんです。
 そして、そんな私が生きようと思う理由をくれる娘に残したい物語が、「フィフィの物語」です。この二つを書くにあたって、ちゃんと、自分のこの完全には言葉に出来ないけれど、物語を書く上で大切なこの想いを、綴ることでしっかりと自分に落とし込んで、作品を書こうと思いました。

 痛みも傷も愛もお金も魂も、決して答えのあるものではないので、特にまとめなんてないのですが、私は私なりに、私の身体と心と経済を回していきたいなと思っています。時に弱く、時に強く。

 でもひとつ明確に言えることは、無事にサーバーが残せてよかったです。(笑)とても悩んだのですが、今はまだ、せっかく続けてきたので、もう少しホームページを続けていけたらいいなと、思います。

 ご閲覧ありがとうございました。

 ☆余談~私の中のわかる!~☆

 ブログで綴っている言葉に嘘偽りはないですし、私なりに人の気持ちや、人の痛みをわかるなんて、人によって違うので、やはり到底言えるものではないな、と思っています。
 けれども言葉とは曖昧なもので、友達と会話するとき、私は普通に「わかる!」と言ってしまいます。私の中で、わかる!=一緒!という使い方をしている時もあるし、友達が辛そうな時、わかるかも、的に共感を伝えたくて言ってしまいます。
 でも逆に、友達と話していて、わかる、と同意してもらえたら嬉しいし、私が何かを相談した時に、わかるよ、と聞いてくれたら安心します。だけど全然関係ない人に、全然辻褄があってないのに、わかる、と適当に言われた時に、ムッとしてしまいます。
 同じ言葉でも関係性や声色はとても大事だなぁとよく感じます。
 なので、わかるなんて到底言えないと綴りつつも、会話ではよく使ってしまうし、それは自分にとっても他者にとっても悪い事ではないとも思うので、ここに自己申告もしておこうと思いました。
 一緒にわかる!と笑い合い、わかるよ、と話を互いに聞こうと思いあえる周りの人たちを大切にしたいなと思います。

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