オリジナル小説

かぼちゃを動かして!⑮

2023年4月30日

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かぼちゃを動かして!⑮ ―フィフィの物語―

 

 納屋に一歩足を踏み入れると、ツンとハーブの香りがフィフィの鼻につく。けれど、それは決して嫌なものではなく、いくつもの種類のハーブの香りが交じり、どこかほっとするような、フィフィを落ち着かせるもの。

 今日はたくさんのことが起こって、フィフィにとっては運命を分けるような大切な日なのに、このいつも嗅いでいる匂いはどこか日常を感じさせた。

 納屋はフィフィの部屋の半分くらい、そこまで広くはないけれど、右をみても左をみても、棚がついているものだから物が至る所にひっきりなしに置かれていて、まるで未知の宇宙のよう。
 何度もこの納屋を漁っているけれど、フィフィはこの納屋の全てをみたことがない。

 特に屋敷から繋がる扉からみて左側はミス・マリアンヌの魔女の道具が床が見えないくらいに所狭しと置かれているから、どこに何が置かれているのかフィフィにはさっぱりだった。
 
 何が難しいって、どれも同じように見えるような道具ばかりなのに、全て用途が違うこと。

 そして、何をするのも完璧なミス・マリアンヌに苦手なことがあるとすれば、それは片付け。こんなにも道具があり、この屋敷で使い方を知っているのはミス・マリアンヌだけだというのに、絶対に整理をしたがらないのだ。

「………………」
「相変わらず、すごいわね」
「……道具が……また増えてる」
「ええ、絶対に増えてるわね」

 サディとフリーと三人で呆然と立ち尽くす。

 納屋の整理をしたがらないミス・マリアンヌは道具を使うときが来てはどこしまったかを忘れ、探すよりも新たに作る方が速いと、次々に道具を作るものだから、同じように見える道具ばかりに加え、本当に同じ道具がどの種類も各5~6個くらい存在する。

「フィフィ! 大丈夫!! ヤモリの罠はここよ! ちょうどこの前、見かけたの」
「本当!? どこ!?」
「ほら、ここ! あと、あっちとあっち!」

 そう言いながらサディがピュンピュンと忙しげに飛び回る。

「えっと、1、2、3……4……」
「全部で6個!? あれ、7個?」

 すると、ふわりと可憐にフリーが納屋のちょうどど真ん中に位置する大きな布を引っ張る。

「この巨大な台替わりにされてるのもそうよ」
「え、これもヤモリの罠だったの!?」
「ええ。……フィフィは嫌だろうけれど、これは……この辺りにはいないけれど、巨大ヤモリを捕獲するときに使うものね」
「う、うーん。今回は大きいのはいい……かな? 私じゃ隙間から逃げられちゃいそう。……時間がないから設置が難しいわ」
「確かにそうね……私たちでこれを運ぶのは少し大変だわ。じゃあ、大きいのではなく、一番頑丈そうなものを選んで使う?」

 フィフィはニコリと笑いながら、一番近くにあったヤモリの罠を持ち上げる。
 フィフィの動きに合わせて埃が舞って、サディとフリーが大慌てでフィフィの背へと隠れる。

「……相変わらずすごいわね」
「あはは、二人とも埃に気をつけて」

 この納屋は屋敷の中で一番に古い場所だから、木の板と木の板に微かに隙間があって、そこから差し込む光が舞ったばかりの誇りをキラキラと輝かせる。

 それはなんだか希望の光のようで、フィフィが今持ち上げたばかりのこのヤモリの罠は、フィフィの希望通りの木が使われていて、本当に幸先がいい。

「……うん。やっぱり、そう。うーんと、サディが最初にみつけてくれたものをメインで使うわ」

 お行儀は悪いけれど、両腕でヤモリの罠を抱え込んでいるフィフィはコツンと足で納屋の扉の下方部に取り付けられているストッパーを軽く蹴り上げて、肩で押すように、扉を開ける。

「メインで使うってどういうこと?」

 すかさずサディが扉が開いたところでストッパーをまた下げてくれて、納屋と庭へと繋がる扉が開きっぱなしになるようにしてくれる。

「……なるほどね。何となく、わかった気がするわ」

 フリーの声に合わせて、一つ目の罠を庭の森寄りの位置、明るめのところに置き、フィフィは次の罠を取りに戻る。

 サディがきょとんとしたまま、フィフィの肩に止まるので、フィフィは次の罠を運びながら、言う。

「ねえ、サディ。やっぱりハーブや木の実の保管庫の方も開けるわ。キッチンから鍵をとってきてくれない?」
「そうなの? 分かった、とってくる!」

 サディが鍵を取ってきてくれる間に、フィフィは黙々とヤモリの罠を運び出す。

「それで、他にいるものは何かしら?」

 今度はフリーがそんなことを聞いてくれるものだから、へへっと笑いながら素直にお願いする。

「じゃあ、いつものレースのハンカチと、洗濯バサミをひとつ、お願い」

 フリーが可憐にお辞儀して、花びらのようなワンピースのフリルとツインテールの髪を揺らしながら言う。

「仰せのままに。私たちの可愛い魔女。私とサディへのお礼はフィフィがこの間集めた栗がいいわ。だから今日は何でも、魔法を使わないお願いを言ってね」
「うん。たくさんの物々交換をありがとう」
「もちろん。栗はたくさんあるし、何個でも食べれちゃうから、何個でもお願い聞けちゃうわ」

 フリーがわざとらしく旋回して、フンと言いながら屋敷の方へと飛んでいく。
 何となく、フリーがフンと言ったその先に、賢そうな人の気配と、意地悪そうな妖精の気配がするけれど、今は忙しくって、私はそっちを向けないの。

 気づかないフリをして、フィフィは最後、一番に薫りの強いヤモリの罠をちょうど日陰になっている所に置いて、再び納屋に戻る。

 今度は屋敷へと繋がる扉からみて、右側。ミス・マリアンヌの道具で埋もれる未知の宇宙ではなく、見習い少女でも分かるようにと、きちんと並べられた薬草や蜜の棚の方をみる。

「えっと、ラベルを間違えないように」

 フィフィが使うのは、ほとんどが薬草。ミス・マリアンヌも使うけれど、薬草はお互いの管理を分けている。
 とういうのも、日頃からミス・マリアンヌが魔女の薬を、フィフィが人間へと売る薬草のほとんどを担当する役割分担があるからだ。

 もちろん、人間へと売る分もフィフィはまだ見習いだから、必ずミス・マリアンヌが最終確認をして、売りに行くのももちろん、ミス・マリアンヌ。けれども、この人間用の薬を作るまでのお手伝いが、この屋敷でみんなと暮らす、フィフィの大切な役割だった。

 そんな二人のそれぞれの薬草の棚の間にあるのが、蜜のコーナー。この多くは、魔女の薬へと使われることが多いから、ミス・マリアンヌが保存していて、必要なときは自由に使っていいと言われている。
 時折、人間用の薬にも混ぜることもなくはなかったから。

 けれども今回使うのは、人間へと売る薬ではない。
 だからコウベニアの実との物々交換を願い出たのだが。

「ああ、また春と夏の花の蜜の置き場所が変わってる……!」

 フィフィは似ている薬草があると、しっかりと見分けなければ、間違ってしまう。だってフィフィは魔女ではないから。

 けれど、ミス・マリアンヌは見た目が似ていようが、何だろうが、それをみずとも感覚で分かるらしく、棚にわざわざ並べる意味がないから、空いている場所にただただ全てを置いていくのだ。
 きっと、これが先ほどからディグダが言っている、魔力の痕跡、とやらのことなのだろう。
 注意深くラベルを確認し、5つほどの花の蜜の瓶を見つけ出したところでサディが戻る。

「フィフィ! 鍵を持ってきたわ!」
「サディ! ありがとう!」

 花の蜜の瓶を、いつも通り台替わりとして使っている、今日は使わない巨大ヤモリ用の罠の上へと置いて、フィフィは自分の方の薬草の棚の鍵を開ける。

 別に薬草はフィフィだって分けてもらうことがあるのだから、ミス・マリアンヌと一緒に自分が集めた分も使えばいいのだが、もしここの鍵を開けていようものならば、ミス・マリアンヌは開いているスペースに何でも置いてしまうから、フィフィの分はずっと、鍵をかけて管理していたのだ。

 魔法の使えないフィフィは、感覚では分からないから。自分の目で見極めて、きちんとそれらを並べて覚えるしか、できなかったから。

「今日は人間の薬は作らないのに、何を使うの?」

 そんな棚を見つめていると、サディの不思議そうな声がして、魔女の薬を作るのに、人間の薬を作るために集めていた薬草を使うのが改めておかしくなり、フィフィはふにゃりと笑う。

「この間とってきた、サブリナの実とハーブをひとつ。人間用のものだけれど、知識をそのまま応用してみようと思うの」

 サブリナの実は日頃使うことがないから、在庫は二つ。けれど、使うときは緊急の怪我のときだから、今日全てを使う訳にはいかない。

 だから使えるのはひとつだけ。一発勝負。

 実を左手に握りしめ、右手でお目当てのハーブを一つまみし、クンクンと匂いを嗅いで、念のため、種類を間違えてないかを確認する。

 ハーブの中でも、まるでハチミツのようにひと際甘く香るのを感じ、フィフィは頷く。

「うん。材料はこれで間違いない」
「よくわからないけれど、それとそれを使うのね?」

 サディの声に笑顔で頷き、また庭へと出て、フィフィはサブリナの実を日陰に置いた一番薫りの強いヤモリの罠のど真ん中へと置く。
 そして、その足で納屋の裏側にある、昨日洗って干していた石鉢へと直行し、ほんの数滴、今朝井戸から汲んだばかりの真水をたらし、ハーブをすり下ろしていく。

 ほんのりと香る甘い香りはつい嗅ぎたくなってしまうけれど、これはあまり直接嗅がない方がいい。
 すると、すり始めてすぐの頃合い、今度はフリーが飛んできて、フィフィの鼻と口を覆うようにレースのハンカチの端と端を頭の後ろで結んでくれる。

「ありがとう。じゃあ、二人はちょっと離れててね」
「うん、わかった」

 チラリと空を見上げると、まだ十分に明るいけれど、先ほどよりは日の位置が真上からはかなり動いていて、すっかりと午後を過ぎてしまったことを感じる。
 時間がないから、すり下ろすのはほんの数滴分でいい。だけど、蜜としっかり合わさるように、粘り気だけは調整を怠ってはいけない。
 数分ほどしっかりとすり込んで、フィフィは石鉢の横に保管していた小さな匙で、そのハーブのとろりとした液体を数滴ほど、小さな皿の上へと落とす。

「うん、悪くないわ」

 今度はそっと、大切なこの数滴が零れてしまわぬよう、歩いて納屋に戻り、もう一回り大きな匙で、蜜をとってはちゃんと布巾で匙を拭いて、次の蜜を入れるというのを5回ほど繰り返す。

 例えば、お上品に振舞うのは本当は好きじゃないし、得意でもないけれど、そういった優雅に静かに動くトレーニングというのは、薬草を扱うときに、大いに生きていると、フィフィは思っている。
 慎重に動くことができるかどうかというのは、すごく、すごく、薬を作るときの成功率に響くのだから。
 出来上がったフィフィ特製ハーブ入りの蜜を、素早く、けれども動きは静かに、納屋の外へと運んでいく。

 あえて庭に落ちていた木の枝を拾い、それに蜜をのせて、ヤモリの罠から一番に遠い、庭と森を繋ぐ道の木の数本、その根元につけていく。

 さて、準備は整った。

 レースのハンカチをつけたまま、フィフィは視線を再び庭の方へと戻し、ようやくにエプリアとディグダの姿を捉える。
 突然に視線が合ったものだから、二人はパチパチと瞬きをするけれど、フィフィは瞬きをせず、じっと二人の方をみつめる

 うーん、どうしようかな。

「フィフィ、もう準備はできた?! 早いとこ出発しましょ!」

 サディの声に合わせて、視線を自分の顔の横に浮かぶ二人の女の子の妖精に移し、フィフィは聞いてみる。

「ねえ、男の子の好きなものって何?」

 すると、今度はフリーが驚いたように目をパチパチとさせながら、フィフィに聞き返すのだ。

「……ねぇ、男の子って、どっちの?」

 だからフィフィは、当たり前のようにまた聞き直す。

「「どっちって、男の子が好きなものは2種類あるの?」」

 その声がサディのものと重なって、二人で首を傾げていると、フリーが苦笑いをしながら言う。

「うーん、きっと、二択かな。甘いものか、便利なものじゃないかしら」

 それを聞き、フィフィは唸る。でも、二種類あるのならば、逆にちょうどよいかもしれない。

 フィフィは意を決し、エプリアとディグダの方へと走っていく。

 ディグダはすごくわざとらしく、足を組みなおして、エプリアはすごくわざとらしく視線を空へと向けるものだから。
 とってもとっても言いにくいけれど、もう時間がないから、フィフィは言う。

「エプリア!」
「あ、う、うん」

 青い瞳が躊躇いがちに、ゆっくりと視線をこちらへと向ける。

 ちょっとエプリアにとって便利なものが思い浮かばないけれど、これは在庫もあったし誰だって持ってて損はないから。それに秋の甘い物ならばこれ一択だから、間違いないはず。

「かぼちゃケーキと、一番効く風邪薬を用意するから」
「え?」
「甘いものと、便利なもの。ひとつずつちゃんと用意するから、さっきのマントと黒い眼鏡をもう一度、貸してくれない?」

 エプリアが寒いからと貸してくれていたマントは、庭で揉めているうちにズレおちてしまって。いつの間にか再びエプリアが拾って、今まさに、その手に握られている。
 そして洞窟の時に借りたあの黒っぽい眼鏡も、きっとエプリアが例の不思議な空間にしまっているのだと思う。マントの透明薬の効果もちょうど切れているし、空間から出してもらえばあの眼鏡自体には魔法は使われていないから、きっとギリギリ、セーフだと思うんだ。

 だからちゃんと、お願いの物々交換は、フィフィにとってのラスボス、目の前の植物の妖精、ディグダの前で成立させなければ。

 ねえ、馬鹿ではダメで、賢くなら、いいんでしょ?

 物々交換は魔女の基礎。それで、契約の言葉は、しっかりと!

 

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