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月の子どもと月の王子~世界の子どもシリーズ―過去編―

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月の子どもと月の王子 世界の子どもシリーズ―過去編―

 

 少しずつ慣れてきた、お城への道。
 5本目と6本目の柱の間を通り抜けて、奥にある扉を開けて、さらにそこから二つ目の扉を繋いで、それでこの赤い絨毯の廊下を十メートルほど進んだ所にある壁の絵画を三回ほど叩く。
 そうすると現れるのは、本当の城の中へと繋がる、王族に仕える魔法族だけが立ち入ることを許される領域へと達する。

「……今日こそはカイネ様に会えるかも」

 抑えきれない声が漏れたところで、背後からガシリと頭を掴まれる。

「……ウィル、熱心だな。こんなに早く来るなんて」

 振り返ると、笑顔なのに全然笑顔じゃないネロ様がいた。

「えっ、約束の時間よりもこんなに早く来たのに」
「ああ、そうだろうな。そんな予感がしたから俺も仕事を早く終わらせて、来てみたんだ。やる気に満ち溢れてるじゃないか。みっちり教えてやるよ」
「えええっ。ネロ様、絶対に詠みましたね?」
「まさか。詠んだりはしない。これは普通に、お前の行動を読んだんだ」
「そんなぁ。僕もカイネ様に会ってみたいです」
「ダメだ」

 少し頬を膨らませるも、チラリと見上げると、ネロ様はふっと優しく微笑んで頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。
 そのまま上目遣いで一縷の望みをかけて見つめてみるも、返ってくる言葉は一緒。

「絶対にダメだ」
「うう、はい」

 魔法族は6歳ごろから魔法学校へと入るのが習わしだ。
 けれども、ウィルはもうすぐ7歳になるというのに、学校には通っていない。厳密に言うと、通えないでいた。
 6歳になった時点で、魔法学校への入学条件を満たすことができなかったのだ。

 力の強いウィルは成長を重ねても今日こんにちまで、魔力のコントロールが上手くできないでいた。さらに、魔法族の中でも珍しい能力を持って生まれたがために、星詠み自体が全く出来なかった。

 そんな状況の中、当たり前に入学試験に受ける条件さえ満たすことができずに、ウィルは6歳を過ぎても魔法学校はもちろんのこと魔法を使わぬ子たちが通う学校にも行かず、ひとりで過ごす日々を繰り返していた。

 というのも、魔法学校に6歳で入れなかったからといって、入学自体が無理なわけではないからだ。父母に強く言われたこともあり、諦めて通常の学校に行くのではなく、一年遅れの次年度での魔法学校の入学を目指すことに決めたのだ。

 ウィルは子どもながら懸命に家や森で魔法の練習を続けていた。けれども、7歳を目前にしても入学試験を受ける条件を満たすまでの魔力コントロールがどうしてもできず、ウィル自身も家族もウィルの魔法学校入学を諦めかけていた。基本的に、魔法学校は10歳までチャレンジはできるものの、7歳までに入学できなければ素質という意味で難しいと、言われていたから。

 家族は魔法族に生まれたのに魔法学校に入れないウィルのことをひどく恥じ、一族の者はウィルに冷たく当たった。
 というのも、ブラウン家はただの魔法族ではなく、魔法族の中でも一、二を争うと言われるくらいに魔力が強く、王族に仕える中でも特に名家と言われていたから。

 そんな一族の中でも優秀な父と母は二人揃って城に勤め、あまり家には帰ってこない。既に兄は魔法学校でも頭角を表していて、将来を期待されていた。

 ウィルも物心つくまではとても期待され、一族のみんなに可愛がられていたらしい。
 お腹の中にいる頃から桁外れに魔力が強いのが分かっていたから。

 それなのにいざ、魔法を使い始める頃くらいに成長して蓋を開けてみれば、桁外れに強い魔力を上手く扱うことができず、さらには持って生まれた力が特殊なことが加わり魔法族として致命的な星が詠めないということが判明した。

 いつ頃かなんて明確には覚えていない。けれどもあからさまに、周りの態度が一変したのは思い出さなくとも、事実として常にウィルの傍につきまとった。
 桁外れに強い力を持っているのに役に立たないということが、普通に魔法が使えないという状況よりも、癇に障ったに違いない。

 一族の者はもちろんのこと、父も母も兄も、ウィルと目さえ合わせようとはしない。

 誰も、何も、教えてくれない。

 けれども、幼いながらに感じてもいた。
 誰も何も教えてくれなくとも、自力で覚えてでも、魔法学校に入学しなれば、この先もっと生きていけないのだろうと。

 けれど、子どもの自分に一体何ができるというのだろうか。
 必死に周りの真似をして、本をたくさん読んでも、どうにもこうにも魔法が使えるようになる気配はなかった。

『お前、俺に教わってみないか?』
『え?』
『誰から教わったかを誰にも言わないと約束するなら、俺が教えてやる』
『ほ、本当ですか?』

 途方にくれていたそんなとき、王立図書館で声をかけてくれたのは、まさかのこの国の王子のネロ様だった。

 一番近しい家族にさえ見放されたのに、一番遠いと思っていた王子が直々に教えると、言ってくださったのだ。

 このことはもちろん、家族にも隠し通した。

 秘密の通路を教えてもらって、魔力が強い者が訓練に使う特別な空間魔法の施された城の一室で、ネロ様は決まった時間、ウィルにたくさんのことを教えてくれた。

 魔力のコントロールから、力の使い方、星詠みの仕方まで。さらには、本来6歳で学校で教わるべき勉強内容も、全部、教えてくれていた。

『大丈夫。この調子だと、そのまま7歳から編入として同じ年齢の子たちと一緒に学べる』
『そんなことできるんですか?』
『ああ。皆使わないが、飛び級制度がある。……ちょっと過酷だけどお前なら大丈夫だ』
『……はい』

 ネロ様はとても優しいけれど、とてもスパルタではあった。この人が過酷というのだから、きっととてつもなく過酷なのだろう。
 けれど、ネロ様は嘘をつかない。だから、ネロ様が大丈夫と言ってくださるのなら、自分も家族の……魔法族の仲間入りができるような、そんな希望が持てるようになっていた。

 ただ、ネロ様は嘘はつかないけれど、魔法のことなら何でも教えてくれたけれど、あえて言わないことは、多々あった。

 例えば、どうしてウィルにここまでしてくれるのか。

 そのことを教えてくれないのは、もしかしたら王子としての立場があるから仕方がないのかもしれない。

 けれど、何故かカイネ様にも会わせてくれないのだ。

「よう、ウィル。今日も早いお出ましなのに、また無理だったのか」
「うう、はい」

 ネロ様にわしゃわしゃと頭を撫でられているところに通りかかったのは、キルハルン家の人だった。この特別な空間の警備を任せられている魔法族である。

 ここに訪れる魔法族の人たちは、みんなカイネ様を知っていて、カイネ様に会ったことがある。

 というか、カイネ様は度々街や城に来られるので、アヴァロンの国の者であれば運が良ければ会えることがある。そんな中、ウィルはひとり家や森で魔法の練習にこもりきりだったため、まだ街や城でもお会いしたことがなかった。

 けれども、この特別な空間魔法の施された一部の者しか入ることのできない部屋は、実は2つある。小さい方がウィルが訓練している部屋。その真横にある、ウィルが使わせてもらっている部屋とは比べ物にならないくらいに広い部屋で訓練しているのが、カイネ様だった。

 ここにいる大人たちにブラウン家の者はいないから、ウィルをただの子どもとしてみてくれる。だからこそ、普通に会話をしてくれて、いつの日かカイネ様に会ってみたいと言うと、みんなが笑いながら教えてくれた。ウィルが知らないだけでいつも真横の部屋にいるよ、と。

 それを聞き心躍らせたのだが、横の部屋を覗こうとすると、決まってネロ様がそれを禁ずるのだ。

 けれども、ウィルだって街で偶然に会う可能性もあるのだから、会ってはいけない理由も恐らく、ないはずなのだ。
 それなのに禁じられるので、ウィルは余計に一目カイネ様をみたくなり、約束の時間よりもわざと早く来てみたりしてみては、必ずそれを察知したネロ様が既に待っていて、絶対に会わせてくれなかった。

 カイネ様とはいつか街で運良く会えることを願おう、そう思い小さく息をついていつもの訓練部屋へと入ろうとしたその時、伝達係の者が突然に空間魔法で現れ、ネロ様に何かを耳打ちする。

「……わかった。すぐに行く」
「申し訳ありません」
「いや、大丈夫だ。先に行っててくれ」

 その人は小さく頷くと、再び空間魔法を繋いですぐに姿を消してしまった。ネロ様はまたウィルの方に向き直ると、ごそごそとポケットから一粒の白い飴玉を取り出して、ウィルにそれを握らせる。

「悪い。仕事が入った。いつもの時間には戻ってくるから、自主練しといてくれ」
「わかりました」
「絶対に、横の部屋には行くなよ?」
「……ネロ様にそこまで言われたら、行きませんよ」
「ああ、絶対にダメだからな。帰ってきたらチェックするからな」

 その声と同時に、ずっと傍で控えていたキルハルン家の人が吹き出して笑い、それにブスっとネロ様が顔をしかめてひと睨みしてから、あっという間に空間魔法で消えてしまった。
 そしてネロ様が姿を消してすぐの頃だろうか、ずっとずっと入ってみたかった真横の部屋の扉が、バンっと勢いよく開かれたのだ。

「ネロ!?」

 声がする方をみると、白いドレスに身を包んだ美しい女性が立っていた。
 キョロキョロと左右を見渡して、その女性は盛大に叫ぶ。

「ああ~もう、また間に合わなかった!」

 すると、部屋の奥からドッと笑い声が響いて、その女性の傍にひとりの男性が現れる。

「まあ、いつものことですな。ですが今回は置き土産があるようですよ」
「え?」

 その男性の声に合わせて、ようやく女性の視線がウィルの方へと向き、透き通るようなピンクがかった紫の瞳と目が合った。
 左右均衡のとれた整った顔立ちに、厚すぎも薄すぎもしない形の良い唇。ぱちぱちと瞬きするのに合わせて、長いまつ毛が揺れ、白い肌にそのピンクがかった紫の瞳と、ほんのりとピンクに染まった頬が映え、とても神々しくみえた。
 けれど、とても美しいのに、きょとんと首を傾げるその仕草と表情は愛らしく、綺麗な金色の腰元まである髪が、さらりと揺れた。

「あなたがウィルね! 私、ずっと会ってみたかったの!」

 あまりにも美しくて、息をのんで固まっているウィルのところに、その人は躊躇うことなく近づいてきて、ぎゅっと手を握る。目を優しく細めて、顔をくしゃりと崩してとても可愛らしく笑いながら。

「え……あ、はい……」

 ブンブンと手を振りながら一方的な握手をするその人の後ろを、褐色がかった肌に、深く黒い瞳をした男性が、クスクスと笑いながら近づいてくる。

 フードを被っていて、あまりその容貌全ては分からなかったものの、子どものウィルにでもその男性がとても魔力が強いことが瞬時にわかった。
 もちろん、この目の前の美しくて可愛らしい人も。

 驚いてポカンと口を開けるウィルに、ずっと女性は手を握ったままニコニコと笑っているだけで、余計に戸惑ってしまう。

「カイネ様、ウィルが困ってますよ」
「あ、そうね。ごめんなさい。いつも早く来ても、わざとゆっくり訓練を終えても、ウィルに会わせてくれないものだから、悔しくって。あと絶対に先に帰っちゃうのよ。酷くない?」

 カイネ様、確かに男性はそう言った。
 ウィルは驚いて、もう一度、目の前の女性をじっと見つめる。
 すると再び目があって、ピンクがかった紫の瞳の奥がさらに虹色がかって神秘的に揺れた。まるで、光に反射して魅え方を変える宝石のように。

 見つめていると吸い込まれそうで、慌てて目を逸らし、下を向く。

 けれども、それ以上に嬉しくって、何度か瞬きして、もう一度、その女性の方を向きながら、小さな声で聞いてみる。

「カイネ……様?」

 そしたら、またウィルの方を向きながらとびきりの笑顔で、言ってくれる。

「そうよ! 私たち訓練仲間ね、よろしくね、ウィル!」
「は、はい……!」

 嬉しくて、握ってくれていた手を、思わず握り返してしまう。
 そうしたら、もう一度笑いながら、カイネ様も手を握り返してくれて、さらに嬉しくなった。

 噂のカイネ様にお会いできて、さらには握手して下さって、さらには訓練仲間なんて、言ってくださるのだから。

 カイネ様は噂で聞いていた以上に美しく、神々しく、けれどとても親しみやすくて、何よりも……元気いっぱいだった。

「さて、カイネ様、そろそろ戻りますよ。この感じ、ネロ様はすぐには戻ってこないでしょうし、ウィルも自主練がありましょうに」
「そうね、そうだわ。じゃあ、もう少しお願いするわね」

 男性がそう言うと、ようやくカイネ様は手を離し、わざわざウィルと目が合うくらいにかがんで、背丈を合わせた状態で、今度は柔らかく微笑みながら言ってくれる。

「ウィル、会えてよかったわ。ネロはしょっちゅう意地悪なこと言うけど、本当は優しいから。かなりスパルタで意地悪ですごく意地悪だけど、最後まで信じてね。きっとウィルなら編入試験に受かると思うわ」
「……っつ。はい。めちゃくちゃスパルタですが、ネロ様のことすごく大好きです」
「うん、私も。よかった」
「……っつ。僕、カイネ様も大好きです!」
「うん! 私も! すごく嬉しい」

 そうしたら、また扉の向こうでドッと笑い声が響いてきて誰かが言う。

「あーあ、ネロ様がまた怒るぞ」

 それを聞いて、カイネ様が慌てて、「私、戻るわね!」と言って手を振ってそのまま戻ろうとして、何かに気づいたように、笑顔でウィルの所に戻ってくる。

「今日会ったの、内緒にしてて」

 そう言いながら、ウィルの手に、一粒の白い飴を握らせてくれた。

「あ、あとよかったら、叫んだりとかしちゃったのも、見なかったことにしてくれる? 一応ここ、お城だから。お上品にしてなかったことがバレたら、私ちょっと困っちゃうの。ごめんね?」
「は、はい」

 えへへっと笑いながら、カイネ様はその美しい髪を靡かせて、扉の向こうへと今度こそ行ってしまった。
 呆然としているところに、ずっとカイネ様の傍にいたフードの男性が、ウィルに補足で説明をしてくれる。

「……ネロ様も悪気はあるのですが、ないのです」
「はい……」

 その男性は小さく息をつき、カイネ様が戻った部屋の方を見つめながら、言う。

「ブラウン家のご子息よ。あちらの部屋では、我らハミル家がカイネ様に星詠みをお教えしています。あの方は桁外れに力が強く……特別は星詠みを、されますので」
「……そうなんですか?」

 確かにカイネ様からも強い魔力を感じたけれど、この辺りにいる人はみんな、魔力が強くその桁外れに強いということがウィルにはまだ分からなかった。けれども、よくよく考えてみれば、ウィルとは比べ物にならないくらい広い部屋で訓練をされているのだから、そうに違いない。そして、ハミル家と言えば、ブラウン家とアヴァロンを二分すると言われるくらいに魔力が強く、有名な家。そのハミル家の人が複数人付きっ切りでの訓練を行うのだから、それは相当なものなのだろう。

 ハミル家の人が、少し微笑みながら、続ける。

「……驚くくらいに美しく、可愛らしい方だったでしょう?」
「はい」
「だからね、ネロ様はまだ子どもであっても、男の子であるあなたには会わせたくなかったのですよ」
「え?」

 今度はキルハルン家の方が盛大に笑いながら、言う。

「ほんと、ネロ様も大人気ないよなぁ。まあ、あの人もまだ子どもなんだけど。ウィルはカイネ様に会うの、初めてだろ?」

 訳が分からずに進む話についていけないでいると、ハミル家の人が大丈夫、とでもいうように頷きながら続ける。

「……あれが、本来のカイネ様のお姿なんだよ。星詠みはかなりの力を使うから、本来の姿で臨まれるんだ。街や城に来られるときと少しお姿が違うんだ。普段も顔立ちは変わらないのだけれど、瞳の色や髪色などは力を抑えると同時に、本来の色を封じておられるから」
「は、い……」
「まあ、ウィルも大きくなったら分かるだろうな。要は、子どもであっても誰であっても、カイネ様の本来の姿を見せたくないっていう、ネロ様のね、独占欲的なやつかな?」
「……ネロ様が?」
「あの人、カイネ様のことになったらすごいからね。だから、ここに集められてる魔法族はみんな、結婚してるんだよ。それも永続魔法で契りを交わした者ばかり」

 キルハルン家の人がそう言いながら、左右で違うイヤリングをわざとらしく揺らしながら見せてくれた。
 ちらりとハミル家の男性を見上げると、フードのその向こうで左右で違う二色の石がキラリと光ったように、見えた。

 じわりと胸が、温かくなる。

「素敵……ですね」
「だな。このままアヴァロンにお嫁に来てくれたらいいんだけどねぇ」
「はい!」
「ふふふ。ネロ様に頑張ってもらわないとダメですね」

 そのまま挨拶をし、ウィルは一人、横の部屋で自主練を開始する。
 程なくしてネロ様が戻ってこられて、予想を裏切らないスパルタなレッスンで、げっそりとした。

 けれど、カイネ様にお会いして少し気が大きくなってしまったのかもしれない。わざと、けれどもいつも通りの調子でさり気なく、ネロ様に聞いてみる。

「この飴、ネロ様のですか? 甘い物、お好きでしたっけ?」

 そうしたらブスっと一瞬顔をしかめて、諦めたように息をつきながら、ネロ様は言う。

「……カイネ用に持ち歩いてるやつ」
「じゃあ、街でお会いすることがあったら、自慢しますね」
「なっ、絶対に言うなよ。俺が飴持ち歩いてるって」
「……まだ本人にあげたことないんですか?」

 すると、ネロ様が手を額に添えて、盛大なため息を吐く。

「……あいつ、切らすことないんだよ。あげようと思って俺も飴買ったのに、ずっと自分でも飴持ち歩いてんの」
「……カイネ様なら確かに、ずっと持ってそうな気がします」
「だろ? 絶対に常に何か持ってるんだよなぁ」

 そう言いながらも、きっとネロ様も、常にカイネ様のために、カイネ様の好きな飴や何かをずっと持ち歩いてるんだろうな。

 こっそりと、左右に握る全く同じ白い飴を見つめる。

 大切な人の笑顔のために、いつでもあげられるようその人の好きな飴を持ち歩いてしまうくらいに想えるっていいなって、感じながら。
 自分もちゃんと魔法族として魔法学校に入学して、いつの日か、イヤリングを交換できるような人に巡り会えたらいいな、と思いながら。

✶✶✶

 夕暮れ時、いつもの丘の上の一本の木に特別な魔法をかけた手紙を隠して、ウィルはミアを待つことなく、海岸沿いへと向かう。

 サンムーン側からみつめるのは、レムリアの領域と呼ばれる海の方。

「……ネロ様と、カイネ様の魔力を感じる……」

 先日から星々が呼ぶんだ、危機が近づいている、と。
 このタイミングで、ネロ様がこちらに来られて、ずっと行方知れずだったカイネ様の魔力が微かに反応するようになった。

 ネロ様に教わった方法で、他の魔法族ではしないような、少し変わった星詠みを行う。

「なんだろう……これ以上は、詠めない」

 だけど、このままでは、世界が滅びる――……。

 一度目の世界の危機は、カイネ様とネロ様がたくさんの人々を救ってくださった。
 王家に、特にネロ様に仕える魔法族の多くは何もできなかった式典のあの日を境に、アヴァロンには戻らず、サンムーンに残った。自分を含む、ブラウン家も。

 あの時に忠誠を誓った一族は、カイネ様が回復されるそのトキまで、ずっとずっと、ネロ様の一声を待ってたんだ。

 子どもの頃は、ただただ悲しかった。
 サンムーンでも学校には通っていたけれど、星が詠めるようになっても、それはそれで孤独だったから。

 あのままカイネ様とネロ様がいてくれてたら、何かが違ったのかなって、何かあればすぐに思ってしまっていたから。

 それでも、僕もちゃんと出会えたよ。
 イヤリングを交換したいと思えるような、そんな子と。
 その子の笑顔を守るためなら些細なことでも何かしたいと想える、大切な女の子。

「大切な子ができて……お二人がどれほどの想いであのトキ、みんなを守ってくれたのかを、痛感しました」

 視線を再び空から海へと戻し、ウィルは悲痛な独り言を呟く。
 ウィルの動きに合わせて、左右で色の違う大切なイヤリングが、揺れる。
 そして、その揺れをしっかりとその身に感じながら、強く思う。

 今回は、守られる側じゃなくて、守る側になりたい、と。

「ミア……君を守りたい」

 だから、世界が滅んだら困るんだ。

 

 星が詠めなかった。
 星が詠めるようになった。
 でも、星を詠むのをやめようと思った。
 それでもまたもう一度、星を詠もうと思った。

 海が荒れる。天が嘆く。地が、割れる。
 まだ詠めなくとも、諦めない。
 未来は一分一秒で、変わるから。

 星を詠む。
 これからも僕の大切な羽が自由に空を飛べるように。

 遠くの星を詠みたい。
 もう太陽の姫と月の王子が涙を零さなくてもいいように。

 

 僕はサンムーンに住む、アヴァロンの魔法族のウィル。

 

 きっと、カイネ様とネロ様の次に、遠くの星が詠める。

 

 いや、きっとじゃなくて絶対に、詠んでみせるんだ。

 

太陽の子どもと太陽の姫・その手に触れられなくてもにつづく

 

※こちらは試し読みになります。連載は不定期更新・2週間前後の掲載期間で進みます。お見逃しのタイトルがある方は、最新話からお楽しみいただく、もしくは本で全話追っていただくことができます♡本では書き下ろしの番外編も一緒にお楽しみいただけます。よろしくお願いします✶✵✷

 

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