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その手に触れられなくても~episode7②~世界の子どもシリーズ―過去編―

2024年6月28日

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その手に触れられなくても~episode7②~

 

 

 ひっ、とレンナの声が漏れ出て、側近たちが真偽を確かめようと一歩前のめりになる。リアも思わず瞬きを忘れてしまい、目の前にある巨大な水晶玉の装置を見つめ続けた。

「……これが前王の承認紋様だ……」

 胡蝶蘭の浮かび上がった美しい真っ青な紋様が、装置の一部に浮かび上がった。それと同時に、四人の魔力が跳ね上がったのがわかり、リアは反射的に、街の人魚だと思われる二人の方に目をやる。
 一見、自然と肩に手を添えているようにみえるものの、もしかすると、男の子はどうにか女の子が倒れないよう支えているのかもしれない。先ほどまでと違い、男の子の表情にどこか焦りが滲み、女の子の顔は真っ青であるのだ。
 そして視線を移すと、チシリィは凛とレンナを見据えたまま、けれど、何かを隠しているように。紫の人魚の子の方は微かに息を乱したのが分かった。

「な、なな、なんじゃ。前王の所持品であったとて、緑の持っていたリボンが我に怪我を負わせたに違いはないのじゃ……! 故に、」
「それは、」

 レンナが騒いで長引かすとよくない、直感的にそう思い、この場を収めければとリアがレンナに声をあげようとすると、凄まじいエネルギーと、少し威圧的な声が、突然廊下に響き渡る。

「ふうん。父様の水晶記録機が扱えるなんて、見直したわ」

 声がする方を向くと、水晶記録機のすぐそば、本当にいつの間に現れたのかなんて分からない。ずっと姿をみせなかった女王陛下が、そこにいたのだ。

「じょ、女王陛下……! どうか、どうか我をお助けください。この者がピンクの我に怪我を負わせました! 厳重な処罰をっ!」

 全員が突如、予兆もなくこの場に現れた不気味さと、女王が放つ圧に凍り付く中、レンナの声だけが今まで通りに響き続ける。
 レンナを挟む形で側近たちが綺麗に並び直し、恭しく一礼する。
 リアも仕方がなく、礼をとる形を繕おうと、他の四人の動きに合わせるべく、静かに様子を覗った。同じタイミングで、同じように礼をとり、例えば女王の出現によって彼らが主張を変えざるを得なくなったとしても、受け入れようと、どこか一歩引いたような心持で。
 けれど、意外にもチシリィは堂々と立ったまま、冷静に女王を見続けていた。それは紫の人魚の子も同じで、けれど街の人魚の二人は礼こそしなかったものの、敬意を示すためか一歩ほど、後ろに下がったのがわかった。

「……あら、私も嫌われたものね?」

 女王はふふっと、どこか反応を楽しむかのように笑ったのがわかり、リアは何かがおかしいことに気が付く。
 すると、街の女の人魚の子が大きく身体のバランスを崩し、男の人魚の子がそれを慌てて支え、歯を喰いしばるようにして、女王を強く睨んだのが分かった。
 チシリィの方を見ると、彼女はずっと堂々とした振舞いと表情をしているけれど、顔の色が明らかに悪くなってきており、さらに紫の人魚の子が微かによろけたのが分かった。

「ふうん、まだ耐えられるの? すごいじゃない。ふふ、そう、そういうこと。変だと思ったわ。四人の力をどうにか合わせて水晶記録機を使ってるのね? ふふ。誰が繋いでいて、誰がメインの操縦者かしら。あなたではなさそうだし……」

 女王の視線が紫の子に向くと同時に、彼が小さく呻きながら膝をついたのがわかった。それでも、決して、水晶記録機を落とすこともなければ、手を離すこともなかった。

「さあて。あなたは……この四人の中だと一番魔力が強そうだけど……そう、ずっとひとり私の魔力探知に反発してる子がいると思ったけど、あなたね? でも……もう限界なんじゃない? あら? ふふ、まだ耐えるの? いいわ。あなたは最後の楽しみにとっておく。弱そうだから最後にしてたけど、先にあっちの子から……」

 チシリィの鼻から真っ赤な血が流れ落ち、ピンクの絨毯に数滴の赤模様を落とす。それでも彼女は一言も声をもらすこともなければ、身体をよろけさせることさえしない。どれほどを耐えているのだろうか。それなのに、女王の視線と、何か目に見えない恐ろしいものが街の人魚の子の方へと向いたとき、彼女の瞳が焦るように揺れ動いたのが分かった。

「……さあ、どちらがメインの操縦者? ふふ、四人の魔力を合わせるなんて考えたわね……まずはあなたから」
「う、ぐあっ」

 女王の瞳孔が開くのに合わせて、男の人魚の方が苦し気に叫んだ。女の人魚はもう、いつ倒れてもおかしくないくらい、途切れ途切れの呼吸は浅く、その視線はもはや定まっていない。

「ふふ、どうする?」

 不気味な女王の声。血の気のひいた顔で立つチシリィに、息を切らしながら何とか水晶記録機を落とさずに担ぎ続ける紫の人魚の子。今にも倒れそうな街の人魚の二人。女の子の方は意識がもう途切れそうで、男の子の方も苦痛で顔を歪めながらも必死に女の子を庇いながら耐えている光景に、リアはひどく胸が締め付けられた。

「やめ……やめて」

 小さく漏れ出た声は、もはや女王には届かない。きっと、リアの声が届いていたとしても、聞き入れてなどくれないのだろう。
 自分よりももっと苦しむ人が目の前にいるというのに、情けなくも勝手に浮かび上がるリアの涙の泡は、何の役にも立たない。感覚的に覚えたエネルギー探知のようなものを試してみても、何故か先ほどまでのような、女王の圧や魔力が分からず、目に見えない何かが彼らを苦しめるのをただ見ていることしかできないでいた。

「ふふ、やっぱり、青い子がすごいわね。まだ抵抗して、みんなを守ろうとするのね? でも、もう時間の問題……」
「うあっ」

 とうとうチシリィが声を漏らし、リアは焦りだす。
 傍からみれば、ただそこに女王はいるだけなのだ。探るような、とても心をざわつかせるような声を響かせながら、目に見えて何かをするのではなく、本当に、ただそこにいるだけ。それなのに、何かが起こっており、その何かが、分からない。
 それはリアにだけでなく、レンナや側近たちにとっても、同じなのだろう。
 レンナはもちろんのこと、側近たちもが、ぽかんと口を開いて、瞳だけを恐怖で揺らしているのだから。

 助けたい。でも、どう動いたらいいのかが分からない……!

 それでも、一番に苦しそうな街の女の子の方へと駆け寄ろうとしたそのとき、女王のとある声がくっきりとリアの耳に、脳に、入ってきたのだ。

「四人で繋いだところで、一人が倒れれば終わりなのに」

 その言葉はひどくリアの心をざわつかせ、血が巡ると共に、怒りを全身に浸透させたのだ。

「ふざけないで! 魔力を繋いでいる状態に圧がかかることがどれだけ危険か分かってるでしょう!? あのときだって、四人でっ」

 口から勝手に言葉が零れ出て、切り裂かれるように、切なく叫ぶように、胸が痛んだ。
 それらは連鎖するように、ズキリと頭に痛みを生じさせ、リアに記憶の断片のようなものをみさせる。

 正方形の特殊な羅針盤が、青に、ピンクに光を放ち、何かを知らせるのだ。四人で手を繋いで、そう、すごく苦しいの。息ができなくて、これ以上詠んだら、彼が……!

「ふふ、ふふふ。あはははは。ねえ、何かしら? 続きを言って? あのとき四人で、何?」

 女王の声に引っ張られるように記憶の断片から現実へと戻るとき、最後に強く脳裏にフラッシュバックしたのは、茶色がかった、透き通るような紅い瞳だった。瞬きと共にその残像は消え、リアの瞳に映るのは愉快気に、問うような視線を向ける、女王の顔だった。

 ……ピンク? ……赤じゃない?

 記憶の中のあの人の瞳の色に引っ張られたのかと思ったものの、じっと女王の瞳を睨み返すと、彼女のオレンジがかったピンクの瞳がしっかりと映り込んだ。同じ色の髪が大きく揺れ、問うまでもなく彼女は全身でピンクを主張し、不敵に笑っている。
 見間違うことのないそのピンクに疑問を浮かべることの方が変だというのに、それでも、リアには何故かそもそもの彼女の色が、本来と違うような、そんな違和感を覚えたのだ。

 何も答えないリアに、女王はひどく美しくも不気味な笑みで、躊躇うことなく言ってのける。

「あら、どうして急に固まっちゃったの? もしかして、あのときのこと、忘れちゃったかしら? なら、やっぱりこの四人からいくわ。この子たちが苦しむ姿を見てたら、思い出すかも、ね?」

 再び女王が瞳孔を開いたのをみて、リアは反射的に、彼女の手首を掴む。

「ダメっ」
「……!」

 何故だか分からないものの、女王のエネルギー自体は感じられるというのに、力のようなものを使うとき、いつ、どのように使われているのかが、エネルギーの動きも含め、全く追えないのだ。
 けれど、クセのような、小さな合図はある。必ず、誰かが苦しそうにする前、女王の瞳孔が開くのだ。

「……ふうん。さすがね、リア。完全に止めるなんて」

 自分でもどうやってそれを止めているのかが分からないものの、本能的に、リアは女王の手首を掴み続けた。

「いいわ。もうしないから、離してちょうだい」

 その声にゾワリと鳥肌がたち、ひどく不快なエネルギーが感じられ、リアの心は揺さぶられた。
 彼女に触れているだけでとても心地悪く、そして彼女は何をするか分からないから一刻も早く離れろと、本能が恐怖を叫ぶのだ。その反面、冷静さを保つ理性的なリアの思考が、彼女は何をするか分からないから、手を離せば危険だとも、強く言う。

「…………」
「…………」

 じっと、二人で睨みあったままでいると、やはり色に違和感を覚え、リアの口からまたも、言葉が勝手に零れだす。

「カーナ?」

 リアが知る女王陛下の名前はレムであるのに、どうしてか女王のことをそう呼んでしまったのだ。
 すると、ぐらりと大きく女王のエネルギーがブレ、彼女は完全に圧をかける力のような何かを止め、慌てて手を引っ込めるようにしてリアを振り払う。

「いいわ。父様の水晶記録機は誰にも改ざんできない。それを提出するといい。そうすれば、今持ちあがっているリリーへの罪は晴れることでしょう」

 女王は手首を摩りながら、踵を返す。突然現れたのが嘘のように、女王の間へと向かって廊下をちゃんと、泳ぎ出ながら。

「……でも、そうね。魔法陣は破れるかも、ね。……父様を越えれば」

 最後に一度ほど振り返り、凍り付くような圧のある笑みと言葉を残し、完全に女王は去っていく。誰も、レンナでさえも、女王を引き止めようとはせず、動くことさえできないまま、じっと、女王の間の扉が閉まる音がするのを待ち続けた。
 けれど、待ち続けた割に扉が閉まる音はとても静かで、凍てつくような女王の気配が、威圧的なままどこか扉の向こうに収まったのが肌で感じられるその瞬間まで誰も気を抜くことはなかった。

「……終わった」
「チシリィちゃん!」

 真っ先にしゃがみこんだのはチシリィで、リアが駆け寄ると、チシリィは一度ほど強くリアを抱擁し、耳元で言うのだ。

「行って。私たちのことは心配ないから。……大丈夫」
「でも、でも……」

 リアを庇うことでやはり、みんなに迷惑がかかるのではないか、そう思うと、ここにいてもどうしようもないというのに、足が動かなくなる。けれど、街の女の人魚がリアの方へと泳ぎ、先ほどの苦しそうなのが嘘のように、ニコリと笑いながら声をかけるのだ。

「急いでたんでしょう? 大丈夫だから。そこの図々しいエセ薬師のことも任せてくれていいよ」
「た、体調は!? 大丈夫!?」

 リアが慌ててその子の手を握ると、今度はチャーミングにウィンクをし、見事に泡一つ立てず、その場で優雅に回転してみせるのだ。

「役者をしてるの。こう見えても、主役を任されたり、街じゃ結構有名なんだよ? 彼もそう。あっちの彼も王様のほどじゃないけど、舞台用の小さな水晶記録機で撮影担当をしてる」
「……うん。うん、みんなの舞台、主役の演目……みてみたい、な」

 ひとりひとりの顔を見ながら、思い出せない懐かしさを感じながら、リアは言葉が見つからないなりに、呟いた。
 すると、割って入ってくるのは紫の髪の子で、水晶記録機の魔法陣を指しながら、言う。

「いいか、ここに触れろ。……これは四人で扱っていたんじゃない、お前の危機にあわせて記録されるように、魔法陣が勝手に反応する。何を記録するかは俺たちには選べない。俺たちができるのは、この水晶記録機を記録機が望む場所へと運ぶことだ。……女王に知られる前に、早く鍵をかけろ」

 その言葉に合わせて、街の男の人魚が念押しに頷き、リアは青い胡蝶蘭の模様に触れる。すると、その魔法陣の色が紫がかったピンクに輝き、黄、青、と色を変え、最後にリアの瞳と髪と全く同じ淡い緑に光った。
 触れた方の掌に熱を感じ、視線を手に移すと、最初にみた青の胡蝶蘭の模様が浮かびあがり、それはたちまち、すうっと吸い込まれるように消えたのだ。

「え?」

 水晶記録機の方をみると、もう魔法陣は光っておらず、ただそこに巨大な水晶が水晶らしく輝いていた。

「……行くといい。これで本当に誰も改ざんできないし、例えこの先、この水晶記録機の魔法陣が破られたとしても……王様がお前のために残した記録とやらは昨日やその前のものも含め全部、お前が持っている」
「え、よく分からない……私の掌にどうやって記録が……」

 すると、チシリィがぐいっとリアの腕を引き、リアの身体を無理矢理に王宮の外へと出る扉の方へとむける。

「行って! 私たちのことは本当に大丈夫だから。今は過去のことも、魔法陣のことも全部、分からなくてもいい。ちゃんと……ちゃんとリアちゃんを守ってくれる人が、分かってくれるから」
「う、うん」

 リアは手早く金貨を拾い、黄色い鞄へと詰め込んで、それを背負う。そして一度ほどぐっと姿勢を正し、精一杯、微笑んでみる。

「……会いたい人がいるの。行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」

 リアは門に向かって泳ぎ出すも、最後にもう一度、振り返ってみる。すると、チシリィの周りに小さな泡がたくさん浮かんでいて、少し伸びた濃い青の髪の揺れが綺麗で、覚えていないはずの思い出までもがのしかかるように、胸がぎゅっと締め付けられた。やっぱり曖昧であっても、きっと、今のリアが伝えなければ後悔するのだ。
 立ち止まったリアに気づいた四人が顔をこちらに向けたのをみて、リアは叫ぶ。

「あのね! リギのときのこと覚えてないの。でも、すっごく、みんなのことが懐かしい。みんなの舞台、みたかった。心の奥底の自分が叫ぶようにそう言う気がするし、今の私もね、助けてもらって素直に、みんなの舞台みてみたかったって、そう思うの。それから、チシリィちゃん! 子どものお世話係ね、リアとしてもすっごく楽しい時間だった! 本当に、ありがとう」
「もう~。我慢できなくなるから、早く行って!」
「本当に馬鹿なのは変わりないな。はやく行け!」

 街の人魚二人も手を振ってくれて、リアは頷き、今度こそ王宮の外へと向けて、全速力で泳ぎ出す。
 途中、涙の泡がいくつもいくつも零れでたけれど、それはトビウオのように蹴り泳ぐ移動の泡に飲み込まれていった。

 

 

Secret episode7.5①

 

 

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