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その手に触れられなくても~Secret episode7.5①~世界の子どもシリーズ―過去編―

2024年7月6日

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その手に触れられなくても~Secret episode7.5①~

 

はるぽ
予告ではepisode7③と言っておりましたが、③→Secret episode7.5①と②の表記にさせていただいております。内容に変更はございません。よろしくお願いいたします!

 

 リアが王宮から出るのを見届けると、チシリィ以外の三人も倒れ込むように膝をつく。
 特に顔色が悪いのはエミィで、必死に呼吸を整えている。

「よく耐えたな」
「……見栄で有名とか嘘ついたけど、役者だから。……将来、主役に抜擢される予定のね?」

 エミィとシルドウのやりとりを聞きながら、ダルシィは無言で言葉の代わりに吐血する。ようやくに運ぶだけでとんでもない量の魔力を持っていかれる王の魔法陣付き水晶記録機を、床へと置くことができる。
 これは一人はおろか、四人で扱うのではなく、四人が扱われる魔法具なのだ。実はずっと、水晶記録機が記録したい事象がおこっている場所へと運び出す際に消費する魔力が、四人足しても足りず、何もできない苦い一年を過ごさざるを得なかったのである。けれど、運命やそのタイミングというのは本当にあるのだろう。今回、一番魔力の強いチシリィが機を逃さないよう王宮勤めへと移ったこと、リリーが事前にリアと女王へ直談判すると伝えてくれていたこと、役者二人が偶然、休暇であったこと。たくさんの偶然と条件と情報が、交差した。

 ずっとずっと、全員がなんとか装置を運べるだけの力をつけられるよう、密かに努力していたのをダルシィは知っている。
 すぐに努力の結果はでず、記憶のない彼女への接触は女王がきつく禁じており、遠くからひとり苦しむリアをみることしかできないでいた。けれど、女王の言いつけを守るフリを続け接触を避けたことにより、小さくとも続けた努力は、たくさんの交差が起こった今日、ギリギリであっても、彼女がこの海の底の檻から出る最低限のものを、繋いだ。

 ダルシィは口の周りについた血を拭いながら、王宮の図書室の扉をみつめた。前王の、自分たちだけが知る、王とは思えない茶目っ気のある笑顔を思い浮かべながら。
 今回、ギリギリでどうにか装置を運ぶだけ耐えられ、タイミングよく動けたのは偶然にも場所がよかったからだ。王宮の廊下の、さらには図書室付近で事件が起こったからである。

 前王は特殊な魔法が使えるからこそ、常に忙しそうで、力があるからこそ、平等に誰にでも優しかった。
 けれど、誰にでも優しいということはある種、誰にも本音を言えないのだろうとも、ダルシィはとあることをきっかけに知ることとなったのだ。

 この図書室は、その場にいるだけで、この扉をみつめているだけで、ダルシィにたくさんの、あの頃のことを思い出させる――……。

 

χχχ

 

『……リギ、ひとりでどこへ行っていたのかな?』
『ひっ』

 夕飯時間を過ぎた頃合いで、図書室はもう、閉じられたあと。この時間帯にこっそりと一番奥の棚の死角になっている所で隠密の能力を使い、司書たちの目を欺いて夜の貸し切りの図書室で過ごすのがダルシィのお決まりだった。それなのに、今日は自分以外にもこの図書室への侵入者がいるらしい。ダルシィは再び隠密を使い、気配を消して、仕方がなく、図書室を去ろうとしていた。

『テト君と一緒じゃないのに、ひとりで海流の繋ぎめをくぐったね? リギ、何も私たちは君が色別式で緑になったから、外出を禁じている訳ではない。本当に海流の繋ぎめは危ないんだよ』
『……はい、王様』

 ひとりの落ち着いた男性の声と、少し高めの少女の声。それらは特に気にすることではなかったものの、少女が放った言葉はダルシィに衝撃と冷や汗どころではない焦りを与えた。

 王様――!? 確かによく考えたらこの声はそうかもしれない。だが何故こんなところに。

 夜の図書室といっても、司書たちがいない、本が多く置かれた部屋に過ぎない。受付時間を過ぎれば街の店のように、表向き、営業時間外は立ち入らないでください、と軽く言われる程度だ。
 禁書はしっかりと魔法で鍵がかけられているし、流石に夜間であっても、官僚や王族関係の人たちは資料が必要なときもある。王宮の図書室自体に鍵がかけられることはなく、もし官僚たち以外で時間外に使うことがあるとすれば、王宮勤めの、忙しい間を縫ってでも会おうとするカップルくらいだ。ダルシィは特に悪びれることもなく、夜の図書室に忍んでは、カップルなどがいなければ、ひとり夜の図書室で勉強をしていた。
 警備の巡回の時刻は人によって様々だが、おおよそ、閉館してすぐからの数時間は平均的に誰もわざわざ確認にはこない。本格的な警備が始まるのは王宮の食堂が完全に閉まり、夜勤組が交代をする真夜中手前くらいの時間からなのだ。
 もちろん、官僚たちがわざわざ夜の図書室にくるくらいの緊急時は、どことなく王宮の空気がピリついているから、それはそれで、最初から昼間であっても図書室には近寄らないようにしている。
 だいたいの警備の巡回時間や王宮内の様子を把握していれば、難なく、時間外の図書室で過ごすことができし、万が一に見つかったとしても、厳重な処罰がある訳ではない。隠密の能力のある自分ならば大丈夫だと、ダルシィは高を括っていたのだ。
 けれど今、図書室にいるのが官僚どころか、この国の王となれば話は別だ。

 王が、王宮の図書室に、いる――……!

 本来、王は必要な書籍があれば、魔法でそれを召喚するか、禁書は官僚が運び出すか。王が図書室へと直接訪れることなどダルシィが図書室に通う中で一度もなければ、過去にそのようなことがあったとも聞いたことがなかった。
 ダルシィは隠密でひっそりと出ようと思っていたものの、果たしてそれでよいのだろうか。そもそも、民のために開放してくれている王の図書室であるこの場所を、無断で時間外に利用しようとしている事実に、今更ながらにダルシィは震えあがってしまったのだ。

 ……バレたらやばいじゃすまない。隠密でやり過ごすのか、即座に去るのか。どちらが正しいのか、判断がつかない。

『リギよ、リリー君はどうした?』
『……昨日も今日は仕事が忙しかったから、もう休んでる。リリーはすごく疲れてるとき、一度眠ったら絶対に朝まで起きない』
『なるほど。テト君は昨日、夜勤だった。ということは、昨夜、リリー君が眠り、テト君が仕事に向かったあと……夜中にひとりで海流の繋ぎめをくぐったのかい?』

 リギと呼ばれる少女はしょんぼりとした様子で首を振り、腕に抱ええていた数冊の書籍をぎゅっと抱えなおし、素直に言うのだ。

『夜に出歩いたらバレたときにものすごく怒られると思って。ちゃんと早朝に行きました』

 思わず吹き出しそうになったものの、今、まさにダルシィ自身もここにいることがバレては困るため、集中して隠密の維持に意識を持っていく。

『……怒られるのが分かっているならば、早朝にもいかないでほしかったがね。そもそも……テト君と一緒でも本来なら海流の繋ぎめをくぐるのは禁止なのを覚えているかい?』
『あ……えっと……うーんと、テトはくぐってません』
『そうだろうね。今、ちょっと言葉を誤魔化しただろう? 確かに今回はテト君はくぐってないだろうね。リギだけだろう。でも、いつもはテト君も一緒に二人で海流の繋ぎめをくぐっている。間違いないね?』
『…………』

 成り行きで聞いてしまったこの会話の繰り広げられるテンポはあまりにも軽やかなのに、飛び出す言葉はよくよく考えると物騒であった。

 海流の繋ぎめ……? あそこをくぐって、生きて帰ってこられるものなのか? それも、内容的に一度や二度じゃない。この少女は常習犯っぽい。

『はっはっは。君が黙るということは、イエスということだ。相変わらず、嘘はつけないようだね。……いいかい、テト君が一緒だと思って黙認していたが、今回のようにひとりでくぐるようなことがあるのならば、テト君が一緒のときであっても、私は二人をきつく叱って、禁じなければならない。……さて、どうして海流の繋ぎめをくぐったりしているのかな?』

 少女は視線を左から右へと動かし、何やら考え事をしている素振りをみせる。そして、意を決したように王に向き直ったかと思うと、あっさりと言ってのけるのだ。

『テトとだけの秘密なの』

 あまりにも清々しく、それも王に向かっていうものだから、ダルシィは隠密を使っているというのに呆れと驚きで息を漏らしそうになってしまった。

 こいつ、すごいな。テトが誰かは知らないけど、普通は王に問いただされたら正直に全てを話すだろうが。

 けれど、王はその返答を分かっていたかのように、我が子をみるかのように雄大な笑みを浮かべ、声をさらに和らげて、問うのだ。

『ああ、そうなのだろうね。そうでなければリギはいつも、私とカーナには全てを話してくれるからね。私が知りたいのは今回、なぜ一人で海流の繋ぎめをくぐったかということの方だ。……いや、やはり先にもうひとつの質問の方からしよう』
『……はい』
『まず、今、どうしてひとりでこの図書室にいるのかな? 寝ている間はさておき、リリー君がリギをひとりにして休むはずがない。ということは、リリー君にはテト君と一緒にでかけると言って出てきたんじゃないのかな? だけど君はテト君とは一緒におらず、ひとりでここにいる。そして、テト君も君をひとりにするはずがない。ということは、テト君にはリリー君と一緒に寮に戻るか何か言ったのではないのかね?』

 リギと呼ばれる少女は、再びしょんぼりとしながら、小さく頷いた。淡い緑の髪がそれに合わせてゆったりと揺れ、改めて彼女の髪色が、階級にはない緑であることを、認識する。

『……三人で食堂で食べて、リリーにはテトに用事があるから先に帰っててって言って。テトはこの間怪我をしてたから、新しい薬を渡したかったの。それでその……テトに薬を渡す用事が済んだので、テトには寮に戻ると伝えて……寮の前まで送ってくれるっていうから……扉のところまで送ってもらって……テトが戻ったのを見届けたあと、別の用事を思い出したので、寮の中には入らずにちょっとだけやっぱり寄り道を……しようかなーと』
『突然用事を思い出して時間外の図書室にふらっと、寄り道をしたくなったのかい?』
『えっと……どちらかというと、計画的に用事を思い出して、寄り道したくなりました』
『はっはっは、本当に嘘がつけないね』
『あ、で、でも。ちゃんと二人にはあとで言うつもりだったの。テトに海流の繋ぎめ、ひとりでくぐったのバレないような理由が思い浮かんでから。だけどそれがすぐに思い浮かばなくて、あと、その……夜の図書室への計画的な寄り道だったので……怒られるかもしれないから、二人を巻き込めないし、ひとりで寄り道しようかなーって……』

 少女は本当に嘘がつけない性分らしく、正直に話してはいるものの、本人なりに正直に話すとまずいという自覚はあるらしい。どこか誤魔化すように、慌てるように尾を小刻みにぱたぱたとさせては、定期的に俯いて、けれど王の目をみようと、顔をあげて、というのを繰り返すのだ。

 すると、王は少女の方を向いたまま、少し声を張りあげて言うのである。

『だ、そうだよ。テト君。そこにいるんだろう? そう、扉から右に三つほど進んだ棚の付近。……ああ、分かるけれどそう怒らずに。この子は私がどれほど聞いても、君との秘密は絶対に口を割らない。早朝のことはさておき、今の計画的寄り道も話すつもりだったらしい、君とリリー君にはね』

 ダルシィが慌てて言葉通りの箇所に目をやると、すっと、ひとりの高身長の男の人魚が現れた。その男は確かに王の言葉どおり、ムッとした表情ととれない顔をしていた。印象的なのは意志の強そうな黒い瞳で、ゆるくパーマがかったくせ毛の髪もまた、瞳と同じ黒だった。
 その男の人魚は姿を現したというのに全く移動する気配というのを感じさせず、少女と王の前へと泳いできたかと思うと、王の前で角度こそ軽いものの、背筋の伸びた綺麗な礼をしてみせた。

『……盗み聞きのような真似をしてしまい、申し訳ありません』

 すると、礼と共に彼の髪は淡い水色とピンクのメッシュへと変わっていき、王の前だからだろうか。黒髪に戻すことなく、その姿のまま、会話に加わり始めた。

『いや、いいんだ。君は盗み聞きではなく、私と同じく、こそこそするリギを心配して追ってきたのだろう? そして、君が声をかける前に私が先に声をかけてしまった。君の方が少しばかり到着が早かったのに、私が順番を抜かしてしまった。すまなかったね』

 テトという男は王の言葉にペコリと頭を下げ、ツンとした表情で王でも少女でもなく、あえて壁の方を向いている。
 一方の少女は、どこかあたふたとした表情でテトという男を見上げては、彼がずっとツンと壁の方を向いているものだから、時折王に困ったような視線を向けては、またテトの方を向いて、というのを繰り返している。
 その様子をみて、王はとても愉快そうに、声を出さない笑みを漏らしていた。最初こそ、王が寛大な心で笑っているのかと思ったものの、ダルシィもその笑みが、それだけでないことが、自身の息が再び漏れそうになるのを堪えることで、分かってしまったのだ。
 テトという男はツンとした表情をしているクセに、リギという少女が彼の機嫌を伺うかのように顔を覗きこむ度に、先ほど少女が誤魔化すときにしてみせたように、尾を小刻みにぱたぱたと動かすのである。

 こいつ、怒ってるけど、喜んでもいるんだな。
 あとこの二人、動きそっくりだし、二人とも誤魔化すの下手だな。

 すると、突然に王がダルシィの方へと近づいてきたかと思うと、ダルシィが構える間もなく、あっさりと隠密魔法を解かれたのである。

『あ……』

 しまった……。もう俺の人生、終わりだ。

 けれど、硬直するダルシィに王が向けるのは厳しい表情ではなく、少女たちにみせていたような雄大な笑みで、ダルシィにかける声もまた、どこか柔らかなもの。

『いやあ、待たせてしまったね。君はダルシィ君だね? 真面目な君にとっては不運だっただろうが、ここに居合わせたのも何かの縁だ。ちょっとばかり、付き合ってもらうよ。ここのね、リギという少女は目を離すとどこにいくか分からなくってね。聞いていた通り、海流の繋ぎめまでくぐってしまう。これが他の者にバレてはまずいので、君も共犯になってもらうよ』
『え……バレて……あ、いや……その、本当に申し訳ありません』

 どうして少しでも王にバレないように去ろうだなどとおこがましいことを思ってしまったのだろうか。バレないようにするどころか、最初からバレていないはずがなかったのだ。
 ダルシィは青ざめた顔で、眼鏡がズレるのも厭わず跪き、深く頭を下げる。気を緩めると肩が震えそうだったが、意外にもその震えを止めてくれたのは、リギという少女の声だった。

『……ごめんね。リギのせいかも』

 ああ、絶対にお前のせいだ!

 反射的に恐れよりも怒りがこみ上げてくる。けれども怒るよりも前に、王がダルシィの肩を軽く叩き、心を落ち着かせるような、いつもと変わらない口調と雄大な笑みでさらに言ってくれるのだ。

『私は怒ってなどいない。……むしろ、勉強の邪魔をしてしまってすまなかった。ちゃんと把握しているつもりだよ、無論、良い意味でね。熱心に官僚を目指し、頑張ってくれている若者がいると』
『え?』
『……君はあえて階級なしでのスタートを選んだと聞いている。すまない、不測の事態だったとはいえ、変な制度を取り入れてしまったばっかりに』

 王は静かにダルシィをみつめ、深く青い瞳の中にダルシィの髪の紫色を鏡のように映していた。王の瞳をこんな風にみつめるのは失礼だと思うのに、どこかいつもとは違う寂し気な揺れ方が、ついその瞳から目を離せなくする。そしてじっとその瞳を覗きこんでしまっていたかこそ、王が次にテトの水色とピンクのメッシュの髪色をみつめたかと思うと、最後に鮮やかな緑をその瞳に捉えたのが分かった。

『人工の色が悪い訳ではないが、天然の色が階級制度で潰されるのが私は悲しくてならない』

 ダルシィでは理解しきれないその呟きは、ダルシィにしか聞き取れないくらいに小さなものだった。けれど王の言葉の真意を問う間もなく、リギという少女が突然近づいてきたかと思うと、いきなりダルシィの手を握ってくるのだ。

『あなたも階級がないの? リギと一緒?』

 期待のような眼差しと問われた内容に、ムッと腹が立ち、ダルシィは握られた手を反射的に振り払う。そして、気が付けばトゲのある声で言っていた。

『俺は階級なしじゃない。ちゃんとすぐに自分の力で階級を得る』

 けれど、すぐにきつく言いすぎてしまったと反省し、顔を反らす。しかしながら、どれだけ待っても反応のない少女のことが気になり、気まずげに再度少女の方を向くと、目をパチクリとさせ、ダルシィの顔をみつめていた。そしてテトという男もまた、ツンとした表情から一転、ふうん、とでも言うように、緩く頬をあげ微笑んだのだ。

『すごいわ。私もそうする! それにあなた、優しいのね。私のこと、緑だって、差別しないわ』
『……はあ? 聞いてなかったのか? どこもすごくない。俺も……あとで階級を得る……予定なだけで、階級はない』
『だけど、あなたはリリーと同じ、すごく綺麗な紫だわ』
『別に色そのものに、特別綺麗とか、すごいとか、何もないだろ。そんなの好みの問題だ。俺は生まれつき紫だし、俺の住んでた街ではみんなが紫だった。それが当たり前だったし、何も特別なことじゃない。ここでは紫ってだけで高い階級を与えられるけど、別に俺は紫だからって魔力が高い訳でもなければ、特殊な能力が使える訳でもない。隠密なんて、特に役に立たない。……ただみっともなく、隠れるだけの能力だ』

 少女はあまりダルシィの言う意味が分かっていないらしく、きょとんと首を傾げる。かわりに続くのは王の声で、そこでようやく、王の目の前であったことを思い出し、ダルシィは固まるのだ。どうも、この少女が口を開けば、つい、ペースを持っていかれてしまうのである。

『彼はね、ずっと向こうの海から流れ着いた人魚のひとりなんだ。……色別式に関係なく、生まれたときから紫だったんだよ。リギたちより少し前にここで暮らすようになったかな。……彼は官僚を目指し、ずっと勉強を頑張ってくれている。本当なら今年の試験を受けられたはずなんだが、色別式……階級制度が入ったからね。彼もピンクの階級をもらってそのまま試験をパスして王宮勤めになってくれてもよかったんだが……わざわざ階級なしで、試験を受けて受かったら、改めて階級をもらうと言っていてね』

 それを聞き、テトは何かを考えるように、けれど馬鹿にするような様子も、真面目すぎると煙たがるような様子もなく、静かに頷いていた。一方のリギも何かを考えているようで、視線を右から左へと動かし、意見がまとまったのかダルシィの方を向いたかと思うと、予想の斜め上のことを、話し出すのだ。

『……どうして? 隠密ってよく分からないけど、さっきみたいに気配を消したり、隠れたり、何かを隠したりでしょう? それってすごくない? どうして役にたたないの?』
『はあ?』
『テトも隠れるのが上手いの。二人ともどうやってるの?』

 真剣に問われ、思わず反射的にダルシィはテトの方を向く。けれど、テトはくいっとわざとらしく顔を天井の方へと向け、ダルシィが言おうとしていたことを、前もって否定するのだ。

『俺は隠密は使ってない。近いものはあるかもしれないけど、そういう能力じゃない』

 だから仕方がなく、問われたリギ本人に向かって、ダルシィは聞き返すよりほか、なかった。繰り返し瞬きをして、眼鏡をかけ直して、君は何を言っているんだ、という意を添えて、問う。

『いや……お前も今、図書室に忍び込んでるじゃないか。隠密か何か、そういう能力を持ってるんだろう?』
『能力? 魔法ってこと? そう、その隠れるような魔法のやり方、私も教えてほしいんだけど』

 すると、ぶふっとテトから声が漏れでて、慌ててそれらを抑えこむように口に手を添えたのが分かった。そして、黙ってこのやりとりを聞いていた王が、初めて聞くような大きな声を出して、腹を捩らせて、笑い出したのだ。

『だっはっはっはっは。そうなんだ。普通はね、どこかに忍び込むときはそういった魔法を使うんだがね。この娘は何も使わずに、普通にこっそり抜け出したり、忍び込んだり、海流の繋ぎめをくぐったりしてのけるんだよ』

 それを聞き、ダルシィは不思議な生き物をみるような心持で、自分と同じ階級なしの、こっそりと夜の図書室へと忍び込んだ少女をみつめる。

『……お前は魔法を使わずに夜の図書室に忍び込んだっていうのか?』

 確かに受付時間を過ぎれば司書は去る。警備の者も図書室の中まではしばらくの間は来ないが、わざわざ中に来ないだけであって、廊下や図書室付近には普通にいるのだ。ダルシィは閉館前から隠れてやり過ごし、図書室の中に残って、時間外の利用を行う。けれども、あとから図書室に忍び込むとなれば、この時間、まだ廊下には食堂を使う者や王宮勤めの者など、たくさんの人が行き交っているはずだ。それらの誰にも見つからず、そしてダルシィがリギと王の声を聞くまで全くに気づかないでいるほど、隠密系の魔法を使わずに動けることなどできるものなのだろうか。

『え? そうよ?』

 ただ、そのダルシィの問いに、リギもまた何を言っているの、とでも言うように、きょとんと首を傾げてから、大きく頷くのだ。
 ダルシィが驚いてテトと王の方を向くと、テトは慣れたように、王はまた愉快そうに笑うのである。

『大丈夫だ。テト君とダルシィ君の能力の高さは私が保障しよう。手練れの大人を含んでも、二人の気配を消しての移動はこの王宮内で一、二を争う。……否、正直に言おう。テト君はこの国に関わらず、余程でないと、バレないくらいに隠れるのは上手いだろう。だから、ダルシィ君、君はこの国でいうと、まだ若いのに一番に優れた隠密の使い手だと思ってくれて構わない。そして、リギは魔法を使わずにこっそりと移動する達人だ。……昔からのクセだろう。魔法を使って隠れる方が、逆に魔力でバレるんだ。ぐふっ、はっ、はっ、何度城から脱走して騒ぎを起こしたか分からないくらいさ』

 このときに、王は本当はこういう笑い方をするお方なのだと、ダルシィは思ったのを、何年経とうともよく覚えている。最後の方の言葉は、あえてダルシィにしか聞こえないよう、小声で耳元で話してくださったのだ。
 そのときは深く追求せず聞き流したものの、後にこの水晶記録機を託されたときに、改めてそれらの意味に気づかされるのである。
 王はうっかりと言葉を漏らしたのではなく、ダルシィをあのときから信じて、本当の笑みをみせ、あえてリギの昔の話というのを聞かせてくれていたのだと。

 

Secret episode7.5➁

 

 

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