ループ・ラバーズ・ルール_レポート7「自由」
『……いない』
それは思いがけず、生まれて初めて経験した、一人だけの、それも本当にリファだけの、自由な時間であった。その状況を理解した瞬間に、見える景色は全く変わらないというのに、どこか視野が広がったような気がして、何かがリファの胸の中で小さく弾けたのだ。
さらにリファは、見張りを撒いてはいけないというルールがないことをも同時に認識していた。
途端に、足取りが自然と早歩きに変わっていき、気が付けばガチャキューブまで駆け、その前にしゃがみ込んでいたのである。
リファの中でモゴロンを手に入れたいという想いが強くなり、ショップ店員との間に勝手に作ったルールの優先順位が、各段にあがったのだ。
見張りのいない買い物の時間というのは、リファのこっそりとモゴロンを手に入れるという目的を遂行しやすくなるのが、即座に頭の中で計算できた。
けれども、ガチャキューブはリファが思っているよりも、ルールが難しかった。リファなりに確率というのを計算したけれども、どうにも、計算通りに目当てのモゴロンが、でないのだ。こっそりと、ひとつ入手できればそれでいいというのに、初日の四回でモゴロンを引くことができなかったために、後日、再び引きにこなくてはならなくなったのだから。
そこでリファは熱心にガチャキューブを引いているのがバレないよう、戦略を張り巡らせた。
まずは定期パスの使い方を知ったことで、ファルネに夢中になっているフリをすることにし、その上で、自宅へと帰宅する日はランダムに、本当にその日の思いつきで下車しては、見張りを撒くようにした。そして、誰もいないのを確認してから、時折一駅分徒歩を混ぜたりして、ジョウセイ駅へと戻っては、高架下へと赴き、ゴーカリマンのガチャを引き続けたのだ。
けれども、どうしても、リファにとってガチャキューブのルール、というのは理解が追い付かなかった。高架下では一向にゴーカリマンとレディーマン以外、でないのである。
『場所が……悪いのかも』
そこでリファは、高架下でのモゴロン入手計画を諦め、最初にガチャキューブを引いた、セントパークに目的地を移したのだ。けれど、初めて下車したのがセントパークであること、そしてあそこは人気のエリアであるから、リファが今後も利用すると目をつけられたのだろう。リフの跡をつける者と別に、どうも研究所関連らしき人たちが、最初から駅に配置されているように見えたのだ。
というのも、リファが乗車するファルネがセントパーク駅へ到着する度に、追跡者が必ず、ポータブルデバイスを操作するのである。そこで注意深く、ファルネの窓から駅の向こうを確認したところ、毎回、追跡者のポータブルデバイスの操作タイミングと同じ頃合いにそれらを操作し、絶対にファルネに乗らない者、明らかに買い物目的でない、誰かを探す者が現れたのだ。それが確信に変わったのは、偶然に同じジョウセイ高校の制服とそっくりな服を着た子がセントパーク駅のホームにいたことがきっかけだ。ジョウセイ高校の生徒は基本的にファルネは利用しないので、遠目から制服だけを見て、リファがセントパーク駅で降りたと勘違いしたのだろう。追跡者も慌てて下車し、全員がその制服の子を追いかけだしたのだ。
程なくしてファルネが発車し、全員がその少女がリファではないことに気づいたようであった。リファは良い機会だと思い、あえて先ほどいた車両からすばやく移動し、セントパーク駅側から死角になる位置に腰かけて、彼らの様子を、向かいの席の窓に映るぼんやりとしたシルエットを追うことで確認した。彼らは慌てて周りをキョロキョロと探すような動作をみせ、どこかに連絡しているようであった。
大きく追手を撒けたその日、リファはセントパーク駅を堂々と使う方向で計画を練り直した。逆にセントパーク駅だけを下車しないのも不自然であると考えたのだ。それに意図的に撒こうとしていることを気づかれない方が、本当に撒きたいときに、撒きやすいとの思いもあった。
そこでリファは、追跡は相手が思うように成功していると認識させた上で、お目当てのガチャキューブのみをこっそりと引くことにプランを変えたのである。次の自宅滞在日から、途中下車をせずに、今度はあえて帰宅してから、両親と呼ばれる人にバレぬよう家を出るということを繰り返し始めた。
自宅に関しては、両親が鍵を締め切るのが、彼らが眠る前、二十二時頃のため、それまではリファもバレさえしなければ好きに動きまわることができるのだ。さらに言うと、自分で食事を用意する必要があったので、以前はサントウ口駅前の弁当屋で夕飯を購入してから帰宅していたが、それをやめたのである。本当のお目当てはガチャキューブであるものの、見張り含め、両親に外出したことを問われても、リファは夕飯を買う目的で外出していると主張することができるからだ。そしてそれは同時に、リファがセントパークへと行く理由を強めた。身体を動かすには、エネルギーとなる食事がいるとう人間の絶対的なルールがある。リファにとって、ルール内ならば、堂々と、やはりセントパークへと向かってもいいこととなるのだ。
リファは登校時のファルネにいる間中、ポータブルデバイスでセントパークの大型モールの施設図を確認した。そして、一軒の素晴らしい店をみつけたのだ。そこは人気のレストランであるのだが、テイクアウトも行っており、何より、店がゴーカリマンのガチャキューブの斜め前に位置していた。そこで注文をし、レジ横に腰かけると、店内に入らない限り、リファの姿は分からなくなる。さらにそこから手洗いに行くフリをして廊下を抜けると、店内からも店の外側からも、リファの姿が完全に見えなくなるのである。このルールの抜け道というのを最大限に生かすため、リファは準備も怠らなかった。
例えば、両親が自宅の前に人がウロつくのを拒んだために、表向きは、本当はリファの見張りをすることは禁止されている。だからあえて、リファは面識のない、研究所の用意したであろう一般人に紛れ込む追跡者の一人に接触してみたのだ。道を尋ねるフリをして。
『すみません、このお弁当屋さん、どこにありますか?』
選んだのはサントウ口の、既に潰れてしまった、駅から少し離れた弁当屋。見張りはリファから接触してきたことで、相当に焦ったのだろう。リファにリファを見張っていることを、本来ならば気づかれてはいけないのだから。
『あ、ああ。そこは……確か……』
話しながら、イヤホンで何かしらの指示を聞いているのをリファは興味のないフリをしながら、しっかりと盗み見た。すぐに答えずに指示を確認するあたり、この見張りはサントウ口駅付近の土地勘はないのだろう。この指示待ちの不自然な間を、リファは日頃のコミュニケーションに慣れていない自分の性質を存分に生かし、リファがいつも通りの振舞いをすることで、不自然にみえないようこちら側から装った。
『あー、お、思い出した。ここ、もう潰れちゃったんだよ』
『……そうですか……』
(きっと、この人なら……撒ける)
リファがセントパークへと向かうことを遂行したのは、この直後。リファは小さくお辞儀をし礼を言うと、堂々と素晴らしい定期パスを利用し、ファルネの改札をくぐったのだ。
このリファの行動は見張りはもちろん、指示を出している研究所の者でさえ、予想外であったのだろう。リファは偶然を装い、弁当を買いに行く時間を、ファルネの到着時刻に合わせていた。改札をくぐってすぐに来たファルネへとリファが乗ったため、見張りはリファと共にファルネに乗車することができなかったのだ。そして、リファが帰宅後であったがために、その日は駅の向こうに配置されていた見張りは既に解散後であったようで、セントパークに到着さえできれば、ガチャキューブを引くのは容易であった。
そしてそのことをきっかけに、リファに近づけさせ過ぎず、あえて追跡させることで、リファはこの素晴らしい一軒の店から手洗い、手洗いからガチャキューブまでの死角を確実にものにしたのである。
直接的な接触を恐れるため、見張りたちも手洗いまではついてはこない。一度ほど、ガチャキューブが並んでいて、あまりにも手洗いから戻るのが遅くなり、様子を見に来た見張りと遭遇しそうになったこともある。
あの時は流石のリファもヒヤリとしたが、咄嗟にあえてモールをウロウロとしたうえで、本当に別の買い物をして誤魔化すことで、リファは自分の真の目的を隠し通したのだ。道に迷うフリをしてドラッグストアへと赴き、男性の見張りが多いのを利用して、本当はその日すぐに必要ではなかったけれど、近いうちに使用することになるので、ルールには反していないため、生理用品を購入することで、追手をいつもの配置へと押し戻したのだ。さらにこのことは、以降の見張りに距離を保たせることへとも繋がった。そう、リファはちゃんとルールを守りながら、モゴロンを求め続けたのだ。
それでもどうしても、セントパークでもゴーカリマンとレディマンしか出ず、最終日を目前にして、セントパークのガチャキューブが売り切れてしまったのだ。それは偶然にも、リファがその日の四回分を引いてすぐのことであった。
『やだ、売り切れだなんて~』
リファの次に引いた人が、二回目を引こうとして、嘆いていたのを耳にしたのだ。
『……ここは、もうない……』
リファはそれを忘れぬようにしっかりと記憶し、ガチャキューブの最終日、あの高架下も売り切れてしまっては困るため、ユーキに申し訳ないと思いつつも、最終日だからこそ、研究所の者にバレても、防犯目的にひとつ追加したことにすればよいと、誰も撒かずに引きに行く決意をしたのだ。
けれどもどれほどに強い決意であっても、ガチャの結果というのをリファはものにすることができなかった。やはり、ゴーカリマンしか引くことができなかったのだ。最終日のあの日、もうモゴロンは手に入らないのだから、ガチャキューブを引くために色々と記憶をする必要は本来ならばなくなっていた。
『別にさ、買い過ぎたら人に分けることだってあるだろ?』
『そこで俺らバンドの練習してるから、よかったらいつでも遊びに来て。余ってるモゴロン、分けられるからさ』
けれども思いがけず、もう手に入らないはずのモゴロンを優しい人たちが分けてくれたのだ。
眉と笑顔が印象的な人と、柔い声の人。
二人とも手をポケットに突っ込んで、のそのそと、似たような歩き方をする。
きっと、もう会うことはないと思っていたのに、あの人たちがモゴロンを分けてくれると、言うから。
リファはこの二人を、記憶したのだ。
2025.3.8 am10 open
∞先読みはこちらから(レポート6~10収録中)∞

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