小説・児童文学

かぼちゃを動かして!⑬―フィフィの物語―

2025年4月20日

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かぼちゃを動かして!⑬―フィフィの物語―

 

 フィフィが屋敷に向かって走り出そうとすると、エプリアに腕を掴まれる。そのままエプリアの顔がどんどんとフィフィの方に近づいてきて、フィフィの耳元でピタリと止まった。
 ドキリと胸が跳ねるフィフィをよそに、エプリアは至近距離のまま、きっとディグダに聞かれないようにだろう、耳元で話し出すのだ。

「フィフィ、いいかい? 約束だ。試験は人間を脅かすことだろう? かぼちゃを動かすのなら、今日の夜から次の日、二十四時を過ぎるまで、必ず、日付を跨いで脅かし続けること」
「え?」

 今から採りに行く材料のことではなく、試験のことを言われたのでフィフィは驚いて、わずか数センチの距離にいるエプリアの方を振り返る。

「大丈夫、フィフィならきっと、材料を集められるよ。俺も魔法を使わない範囲で手伝うから。だけど、手伝う条件はこのかぼちゃを動かす時間を守ること」
「う、……ん」

 訳が分からず曖昧に返事をすると、フィフィの腕を掴むエプリアの手にさらに力が入る。

「……俺を信じて。もう絶対に、傷つけるようなことはしないって誓うから」

 じっとその海のような瞳をみつめる。吸い込まれそうなその青い瞳の中に、フィフィとフィフィの赤い瞳が映り込む。けれどこの距離だとエプリアの青の方が勝り、青に飲まれて、フィフィの瞳もまるで普通の人と同じかのように、赤色には見えなかった。
 ほんの一瞬だけれども、普通のようにみえる自分自身を想像したところで、完全に夢へと引き込まれないよう、ゆっくりと瞬きをして自分を現実の世界へと戻し、フィフィはエプリアに向かって頷く。

「わかった。兄弟子のこと、ちゃんと信じる。約束」

 そのままニコリと微笑むと、エプリアが慌てて掴んでいた手を放し、一歩後退る。それと同時に、エプリアの瞳に映るフィフィの瞳の色は、本来の赤に戻っていった。

 フィフィ、魔女に……なりたい。

 試験終了時刻まであとほんの僅か。それなのに、ディグダとは契約はおろか、契約の条件として採ってくるように言われた材料も、何一つ、揃っていない。
 でも、どうしても、魔女になることを、諦めきれないのだ。
 だからどれほど恥ずかしくとも、情けなくとも、今ここに残ってくれたエプリアやフリー、サディに言われたことは何でも参考に、できること全てをするのだろう。
 再び屋敷の中へと走り出すと、そのまま左にフリーが、右にサディが平行して飛んでくれていた。
 二人を順にみて微笑むと、二人もまた同じように微笑み返してくれる。

「ついにあの帽子をかぶるのね」
「うん」
「みんなフィフィが帽子被るの待ってたの!」

 屋敷に入ってすぐにある階段を駆け上がって、一番手前にあるラベンダーのリースのかけられたフィフィの部屋へと入る。
 窓に面するところに勉強机があって、そこにはいくつものミス・マリアンヌからお手伝いの度に渡されていたお金の入った貯金箱が置かれている。その貯金箱の列の一番端に、フィフィが毎日みる大好きな色と同じ、黒紫の魔女帽子が今か今かと、フィフィの頭にのせられるのを待っていた。そっとその帽子をとり、しっかりと自分の手で、頭に被せてみる。

 私は、魔女なの。ちょっとだけ、賢くなくて、魔法が使えない、少し怖がりな魔女。

 そう言い聞かせ、フィフィは現実と夢とを混ぜ込んだ、ちゃんと嘘ではないおまじないを自分自身にかけていく。ふと視線をあげると、窓ガラスに魔女服と魔女帽子を被ったフィフィが映り込んでいた。

 とっても不格好だけど、やっぱり最高。

「……さあ、フィフィ。この姿を、見せに行かなくっちゃ」
「うん!」

 部屋を飛び出して真っ先に向かうのは、もちろん、キッチン。

「ミス・マリアンヌ!」

 キッチンに入るとふわりと甘い薫が漂って、テーブルにはフィフィの大好きなドレンチェリーのクッキーが大皿に並べられていて、その横には二組のティーカップが置かれていた。

「フィフィ、待ってたのよ♪」

 ミス・マリアンヌがティーポットを片手に、フィフィに笑いかける。
 少し細められたその瞳から、大好きな唯一無二の透き通るような紫が色を覗かせる。

「休憩は大事よ★ さあ、こっちへいらっしゃい、私の可愛い魔女」

 ミス・マリアンヌがティーポットをテーブルに置くのを合図に、フィフィはその豊かな胸にむかって、ためらうことなく、抱き着く。
 もう、母を求めるような歳ではないのかもしれない。けれども、ミス・マリアンヌがフィフィにとって大切な大切な、帰る場所。
 それを当たり前のように受け入れて、ミス・マリアンヌはフィフィが少し苦しいと感じるくらいに、強く抱きしめ返してくれる。

「ミス・マリアンヌ!」
「フィフィ、よく似合ってるわ」

 気が付けば、サディが魔法でティーポットを持ち上げて、淹れ立ての紅茶をカップに注いでくれていて、フリーがクッキーを大皿から小皿へと取り分けてくれていた。

「さあ、作戦会議をしながら食べましょう」
「ここは女子会だから、ディグダは立ち入り禁止!」

 サディの声に合わせて、キッチンの窓の向こうでディグダがそわそわと様子を覗っていたことに気づく。
 フィフィは自分からもう一度ぎゅっと抱きつき返して、ようやくミス・マリアンヌから離れた。そのまま向かう先はもちろん、クッキーの並べられているテーブル。まず手にとるのは、一番に大好きな赤いドレンチェリーのクッキー。これをひょいと持ち上げて、再びディグダがいる窓の方へと近づいていく。窓を開けて、しっかりとディグダと目を合わせて、フィフィは口を開いた。

「ディグダもこのクッキー、好きでしょ?」
「え、あ、ああ……」

 そして、フィフィはわざとらしく微笑んで、クッキーを思い切り自分の口の中に放り込むのだ。
 若干の酸味とそれ以上にくる甘すぎるくらいの甘味が最高に美味しくて、フィフィは目をつむりながら、うっとりとした笑みを浮かべ、それを存分に味わう。
 瞳を開くと、わなわなと震えるディグダがいて、ごくりとクッキーを飲み込み終えたのを合図に、あっかんべをして、ミス・マリアンヌやフリー、サディたちが待つテーブルへと、腰かける。
 窓の向こうからエプリアの大きな笑い声が響いてきて、視線を向ければツンとそっぽ向きながら浮かび上がるディグダと、腹をおさえながら笑い続けるエプリアとが二人で何かを話していた。
 ほんの一瞬、笑いすぎて涙を滲ませていたエプリアが横目でこちらを見た気がしたけれど、フィフィはあえて気づかないフリをする。
 お上品じゃないのがバレちゃったのが少し気まずくて、だけど、それでいいのだと、納得するために。

 だって、これがフィフィなんだから。

 そのままミス・マリアンヌたちと笑い合いながらクッキーをさらに三つほど頬張って、あえてぬるめに淹れてくれていた紅茶を全くお上品ではないけれど、勢いよく飲み干して、フィフィはすくっと立ち上がる。

 だって休憩は大事だけれど、やっぱり時間はないから。

「ミス・マリアンヌ、フィフィ実はまだ試験の準備が終ってないの。植物の妖精と取引中。だからもう少し、頑張ってくる!」
「ええ、フィフィなら大丈夫★ 今日は真夜中のハロウィンパーティーね。準備してるから、楽しみにしててね♪」
「うん、行ってきます!」

 今度はキッチンを飛び出そうとして、エプリアの声が響いてくる。

「あー、懐かしいなぁ。俺はあの書斎部屋が大好きだったなー」

 けれどその声は、ちょっとわざとらしくて、まるで下手くそな朗読のよう。視線をそちらへと向けると、エプリアが窓のふちに肘を置いて、顔を覗かせていた。けれど視線は誰もいないキッチンの調理台の所へと向けていて、またわざとらしく、棒読みの台詞のような大きな独り言を残す。

「確か書斎部屋の左端の一番下の棚、右から三冊目の本は俺のお気に入りで、勝手に忍び込んでは読みふけってたなぁ。脱皮間近の白蛇が好きな蜜の種類とか、ヤモリを捕まえるのに必要な罠の作り方とか、コウモリの巣の保管方法とかが載ってて便利だったなぁ。字は魔女語で魔法を使わなと読めないんだけど、挿絵が分かりやすかったなぁ~」

 エプリアが一通り、台詞を言い終えた頃にチラリと視線をフィフィの方に向けてくれて、フィフィはドレンチェリーのクッキーを食べる時と同じくらいに、満面の笑みを浮かべる。

「フィフィもそういう本、好きかも」
「うん。フィフィとは気が合う気がするな」

 本当はそのまま、納屋の方へと向かおうとしていたけれど、行き先を来た道、階段の方へと戻す。
 キッチンを出るころには、背後からミス・マリアンヌのクスクスとした笑い声と、ディグダの「おい、ズルくないか?」という声が聞こえてきたけれど、ミス・マリアンヌの優しい笑い声だけを聞いたことにして、フィフィはやっぱり走り出す。

 あーあ。お上品に振舞うのをやめて、屋敷中をこんなに走り回ったのは久しぶり。とってもピンチなのに、どこか楽しくなってくるのは、何故だろう。

 フィフィは書斎部屋へと駆け込み、左端の一番下の棚、右から三冊目の本を取り出す。

「……変だわ。初めて見る……。書斎部屋の本は読めなくても全部、一度目は通したことあるのに……」

 けれどフリーとサディがフィフィのワンピースを引っ張って急かすものだから、慌ててページをめくっていく。

「あった。きっと、これ!」

 やっぱり文字は読めないけれど、確かに挿絵をみればわかるものだった。きっと、白蛇が好む蜜は、これ。脱皮をしかけた白蛇の絵に、瓶に入れられた蜜、その瓶の横に複数の花の絵が描かれている。残念ながら、これらの花は今は咲かない。けれど、蜜はミス・マリアンヌがいつも作り置きをして、納屋にしまっているのを知っている。

「……二~三って書かれてる」

 さらにその下に注意書きのような文言をみつけ、文字こそわからないものの、フィフィでも読める数字に注目する。
 例えばここに書かれている意味が『二~三時間』であれば、蜜を絵に描かれている順に近くの木にぬっていれば大丈夫だろう。
 けれど、コウモリの巣をとってきてすぐのことを思い出す。

『白蛇の抜け殻は丸一日探しても見つからない日もあるし』

 フィフィだって、本当はミス・マリアンヌが全てお見通しなことは、心の奥底で分かっていた。わかっていたのだけれど、分かっていなくて。正直に言えないまま、ミス・マリアンヌが気づいていないことを祈って、ずっと誤魔化してしまっていたのだ。
 そんなフィフィに合わせて接してくれていたミス・マリアンヌが、わざわざ丸一日探しても見つからないもある、と言っていたのである。
 ということは、魔女の方法で白蛇の抜け殻を入手するのであっても、この二三の後に続く文字が意味するのは、『二三時間』ではなく『二三日』あるいは『二三週間』と考えるのが妥当だろう。

「……でも、可能性として一番高いのは二三日。脱皮に入るまでじゃなくって、脱皮自体だけで何週間もかかるものではないはずだから……」

 頷きながら、それらを整理し、次のページをめくる。

「き、きゃあっ」

 ページを捲ってすぐ、フィフィは思わず、本を投げそうになるも、何とか留まる。

「び、びっくりした」

 そこには白蛇の個所とは打って変わって、まるで本物かのように、とてもリアルに描かれたヤモリの絵があったのだ。一瞬、本当にヤモリがいるのかと思ってしまった。

「す、すごくリアルな絵だわ」

 そう言いながらその絵に触れてみて、指の動きと共に指の腹にザラリとした感触を覚え、それらが全身に、ぶわりと鳥肌として伝わっていく。

「う、うえ。こ、これ……」

 涙目で横を向くと、苦笑いしながらフリーが、きょとんとしながらサディがフィフィを見ていた。

「あー……、目とかの部分は絵だけれど、この辺は剥製ね。魔法で本に封じる形で綺麗に組み合わせてるんだわ」
「う、うえ……。感触が……」
「大丈夫よ! ヤモリの皮に毒はないから」

 こういうのが平気なサディは特に気にしている様子はないよう。そして、サディがトンと、その本のヤモリの横に描かれている罠の絵の上に飛び降りる。

「これも納屋にしまってあるのをみたわ。場所も覚えてるし、壊れたりしてなかったから、すぐに使えると思う」
「そ、そっか。よかった」

 フィフィは息をもらしながら、その絵をじっとみつめる。
 その絵は半球に編まれた木の仕掛けのようなもの。

「……でも、これだけだと私ではだめだわ。だって、これ、隙間が大きすぎる」
「……確かに」
「きっと、ミス・マリアンヌや他の魔女は一度ヤモリが入ったら出られないような、まじないも一緒にかけてる」
「そうね、偉いわ、フィフィ。ちゃんと気づいて」

 フリーが苦笑いを、今度は切なげなものに変えて、微笑んだのがわかった。たくさんを気づくことはできるし、きっと、覚えようとする気概もあるのだと思う。けれどもフィフィは、気づけたとしても、やる気があるとしても、どうしても魔法が使えないのだ。

「サディ……ちょっと、ごめんね」
「え、うん」

 フィフィが本を持ち上げるのに合わせて、サディがふわりと飛び、木の罠の絵がフィフィの瞳いっぱいに、映り込む。

「うーん、白蛇の蜜も、ヤモリの罠もそのままではダメ。だけど、エプリアもミス・マリアンヌもフィフィなら大丈夫って言ってくれてたから……多分だけど……」

 フィフィは胡坐をかいて目をつむり、腕を組んで顔を天井の方に向ける。どこかから吹き込んだ風が、ペラペラと本のページをめくっていく。

 ああ、これが本当に、フィフィにとって最初で最後のチャンスなんだ。

 本のページがめくれる音が、そのことをフィフィに強く思い知らせた。

 

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