秘密の地下鉄時刻表

秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―No.27_過去編~その手に触れられなくてもep19~

スポンサーリンク

秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―No.27_過去編~その手に触れられなくてもep19~

 

 一歩ずつ近づくルーマー王に、カイネは反射的に後退る。けれども、座り込んだ状態でそう動けはしなかった。自身のスカートが行く手を阻み、距離を作れたのもほんの数十センチくらい。
 あっという間に追いつかれ、ルーマー王がカイネの顔の真ん前へとしゃがみ込む。
 その瞳からは怒りも、焦りも、感じられはしなかった。ただただ、カイネをその瞳の中へと映し出しているだけなのだ。そして近づけば近づくほどに、ルーマー王の瞳の中に、まるで鏡のようにカイネの姿が映し出された。そしてそれは、同じ国を背負う者というよりは、カイネだけを姫の装飾をした弱い少女のように映すのである。そのことにカイネは情けなくなると同時に、これまでの姫としてあり続けた過去の全てが崩れ去り、途端に何を生きているのかが分からなくなった。

「わ、私……」
「大丈夫、もう許可なく触れはしない」
「でも、星は……」
「他の魔法族で詠めないのであれば、特別な星詠みができるあなたに、情報を掴むまで詠み続けてもらうしかないのだ。無理を承知で言っている……頼む」

 詠めない。あんなの、詠めない!

 そう口に出そうとして、先ほどの星詠みの寒さと恐怖を思い出したからだろうか、唇が震え出し、上手く言葉を紡ぎださせないのだ。

 心が、身体が、自身の命を守ろうとしているのである。

 確かにルーマー王はカイネに触れはしないが、決して引く気もないようであった。
 ルーマー王の真剣な眼差しから、カイネは視線を外すことができないでいた。乾いた口の中で、式典で食べた宇宙中の食事の味の全てが記憶と共に損なわれていくような気になってくる。カイネが手をついている床は、時間の渦の中だからだろうか、ひとたび力なく座り込んでしまっては平衡感覚はおろか、掌から感じるはずの外部の温度をも分からなくさせる。それなのに、身体は先の星詠みに引っ張られ、小刻みに震えるほどの寒さを訴えるのだ。

『……ネ……』

 もう、まともに動いているのは聴覚くらいだったのだろう。あまりにも多くが心を蝕んでいるからか、遠くの方で恋人の声が響いたかのように感じられ、カイネはその方向へと碌に動かない身体に無理矢理に指令をだして、振り返る。自分の身体であるのに、まるで動きたがらない身体は、心の叫びと脳の命令にかなり遅れてから反応を示し、それはどこか不自然にもみえるようなぎこちないものとなった。

「……っつ」

 けれども、そこまでして首を動かしたその方向に恋人はいなければ、やはりどこかしらに繋がれている時間の渦の仄暗いそれしか見えないのである。依然、緩やかになったまま、小刻みに地面は揺れていた。

 きっと、次の一手があるのだわ。ルーマー王でも父のものでもない強い魔力がいくつも重なっていて……本当に自分がバカみたい、星どころかこの魔力のそれが、何が起こっているのかも、読めない。全然身体が言うことを聞かない。全部が、分からないっ!

『……イ……ネ……!』

 けれど、やはり恋人の声がどこかから響くような気がして、カイネは辛うじて泣くのを堪えているだけで、迷子の子どものように幾度となくあちこちに首を動かしては、この場にいない恋人を探し続けた。それでも、どの方向をみようとも溢れる周囲の魔力の中に恋人のそれを見つけ出すことができなければ、きっと恋人の声も追い込まれたカイネの心が生み出した空耳なのだろう、空間の中は変わらないままであった。

「すまないが、ここからあなたを出すことはできない」

 睨む気力もなければ、抗議するのが正しいとも思えず、カイネはどうしようもなく、ただ声に反応するようにルーマー王の方に視線を戻す。すると、しゃがみ込んだルーマー王の手に握られた手鏡から、しっかりと父はここにいるとでも言わんばかりの強い魔力と共に、ムーの王の声が響くのだ。

『星を詠んだことがない者は、どれほど魔力が持っていかれるかを知らないから軽々しく星を詠めと要求できるのだっ。自然事象が起こるかどうかだけでなく、その詳細を詠むなど不可能だっ。それこそ、自然と共に生きるマルアニア国ならばそのことを十分に知っているはず。王命にしてでも娘に星を詠ませはしない!』
「……ムー王よ……あなたは本当は分かっておられるはず。こうなればカイネ王女は星を詠んで情報を提供しない限り……どのみち命はない……彼女は一切……悪くないというのに」
『だから言っている! 次元を繋いだのは私だ。私に責任が……っ』
「いいや、あなたはトキの調整がなされた時空間の外側から時計盤を見張っていた。今回の事件に直接的な責任はない。そして、アヴァロンで式典が行われ、今という時間を守りきり皆が無事に帰国したことが確認されたために……アヴァロンもまた、今回の事件に直接的な責任はない」
『……ならば』
「いや、そうはいかない。責任には問われないが、容疑者への接触も許されないということだ」

 ルーマー王が小さく息を吸う音が、一瞬でかろうじて残されていた聴覚まで奪うかのように、ひどく耳に残った。こちらを見るその瞳にカイネ自身への怒りや疑いは一切に見受けられないのに、その口から紡ぎ出される言葉はまるで真逆なのである。

「先も述べたが、ムー王とアヴァロンの者の無実が証明されている。だが……カイネ王女、あなたは別だ。ムー王とアヴァロン国の者を除くと、あのトキの調整がなされた時空間の中にそれに匹敵する力を持ち合わせていそうな者が、あなた以外に見当がつかないのだ」

 時間に介入するなど、そんなこと。そんな愚かなこと、絶対にしない!

 ふつふつと湧き上がる怒りが半ば反射的に唇を動かせようとするが、それを察知したのだろうか、ルーマー王はとても丁寧な礼と共にカイネの話す機会を遮るのである。

「……第三者管理を命じられているからこそ、時計盤の動きを把握しているつもりだ。カイネ王女が婚姻前だからだろうね、ムーは決してどの国にも次の王位継承者を明かさなかった。ムーの王位継承者は世襲制ではなく、時計盤が選ぶからね。だが、やはり王族というのはそういう宿命なのだろう……時計盤が選んだのは、カイネ王女、あなただろう? カイネ王女こそが時計盤に選ばれし者であり、次の王位継承者。王弟やその血縁者、王族に限らず力ある者が多くいる宇宙一と謳われる大国ムーの次の王に選ばれたのは、まだ成人していない美しき少女だ」

 ルーマー王は礼をしたまま、顔をあげることはなかった。その瞳にカイネではなく、手鏡のその向こう、ムーの現王を映すと決めているのだろう。そのことはもはや、カイネが隠し続けていた事実のひとつを、推測の域を越えて確信する根拠を持っていることを示していた。
 カイネの怒りは怒りとして溢れることを忘れ、力無くその場に座りこむより他なかった。

『マルアニア国は次元を繋ぐときに動く魔力だけでなく……そこまでを判別できるというのか? それは恐れいった。はは、ははははは。……それで? どこまでを知っている?』

 鏡の向こうで王の魔力が動いたかと思うと、さらに低くなった声が、とてもよく空間中に響いた。

「どこまでも。……例えば、時計には短針と長針が必要であるように……時計盤に選ばれし者が二人以上いなければ、ムーは次元を繋げない。とか」
『…………』
「ネロ王子が本当はアヴァロンの国竜であることとか」

 恋人の名が聞こえ反射的に視線をあげるも、カイネはルーマー王が鏡に向かって話す姿を見ること以外の何もできないのである。自分と恋人のことを言われているというのに、口を挟めないのだ。それは単に、話す権利がないというよりも、本当に話す隙がないと表す方が正しかった。それくらいに緊迫した空気が流れていると共に、カイネとネロの宿命というのは、時間と次元いうものが複雑に絡み、例え自分のことであっても、軽々しくそれらを口にすることは許されないものであったのだ。
 カイネはぼんやりと仄暗い時間の渦の床を見つめることで口を噤む。ここまでくれば、余計なことを話さないというのが、今のカイネにできる一番のことであると判断したのだ。

『面白い話をするのだな。どこで知ったというのだ?』
「……確かな筋からとしか言えないが……。そもそも、私たち獣族がネロ王子を見て何も気づかないとお思いか?」
『どうだかな』
「アヴァロンが時間を自由に繋げるのは、時間を守る国竜がいるからだ。そして、ムーが次元を自由に繋げるのは長針と短針の役目を果たす時計盤に選ばれし者が二人以上いるとき。……アヴァロンは国竜の存在自体を隠し、ムーは時計盤の真実を伏せる。それは何故か。逆を言うと、アヴァロンもムーも、本当は条件が揃わねば時間も次元も繋げないからだ。……国竜は絶えず生まれ、次が生まれるまで生きているとは限らない。ムーもまた、時計盤に選ばれし者がいる場合、必然的に短針が王となり、長針が王位継承者となるが……時計盤に選ばれし者が常にいるとは限らない。それも二人以上もね。時計盤が誰も選ばないときは、議会が選出していたのだろう?」
『…………』
「長い宇宙の歴史の中で、恐らくは初めてのはずだ。アヴァロンに国竜が存在するときに、ムーで時計盤に選ばれし者が二名以上いるのは。カイネ王女とネロ王子。どちらを欠いても、時間も次元も繋げなくなる。さらには今の機を失えば、次にムーとアヴァロンでここまで完璧な座標を繋げるときがくるかさえ、もはや分からない。だろう?」

 ルーマー王の話す内容は、耳を塞いでしまいたいくらいに、否定のしようがない重い事実が並べられたものだった。時折ブレる視界のそれが、地面の微かな揺れが原因なのか、はたまた身体が震えているのか。やはり、そういったものが分からないくらいには、カイネの心も状況も、その全てが追い込まれていた。

 

to be continued……

 

✶✵✷

 

星を詠む
誰の為に

星詠み(先読み)はこちらから☆彡
秘密の地下鉄時刻表Vol.6(No.26~No.30収録予定)

2025.6月中旬予定🐚

秘密の地下鉄時刻表Vol.6

 

※HPは毎週土曜日、朝10時更新中🐚🌼🤖

秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―更新日
第1・第3土曜日

先読みは「秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―_星を詠む」より🚇

 

 

秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―_星を詠む

秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―

ループ・ラバーズ・ルール

はるぽの物語図鑑

-秘密の地下鉄時刻表

© 2025 はるぽの和み書房