秘密の地下鉄時刻表

秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―No.29_過去編~その手に触れられなくてもep21~

2025年7月5日

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秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―No.29_過去編~その手に触れられなくてもep21~

 

『アヴァロンの国竜は、本来、自分が竜であることを明かさないのだ。アヴァロン国内の者も、国竜が存在することを知ってはいても、誰が国竜であるかまでは知らないのが当たり前であった』
「え?」

 私も、父も……アヴァロンの国の人もネロが竜であることは皆知っているはず。……確かに、国竜の存在自体は隠しているから、他の国々の前ではその話はしないことになってはいたけれど。

「それが、今何に関係があるというのだ?」
『時間を司る星のアヴァロンの王は、アヴァロンの時間を定める故に、自然と竜が誰であるかが分かる。竜もまた標準となる時間を定める王に忠誠を誓うのだ。だが、竜がその王よりも大切にするのが番。……竜が自ら正体を明かすのは、番にだけなのだ』
「……番にだけ、ね」

 すると、ようやくにルーマー王は、カイネの方に視線を向けるのだ。目が合った途端、ルーマー王の瞳が微かに揺れたのが分かった。仄暗いこの空間では定かではないものの、その揺れはどこか切なげで、瞳も心なし潤んでいるようにも見受けられるのだ。そして、その視線はカイネを捉えているのに、見ているのはずっとずっと遠くであることが感じられた。

『アヴァロンの国竜がその正体を隠すのは……命が狙われやすいからだ。正体を明かしてはいけないという制約がある訳ではない。ただひとつ決まりがあるとすれば、竜は竜の姿でしか求婚できないことだ』

 ……竜は竜の姿でしか求婚できない?

『カイネ、お前はまだ物心つく前であったから覚えていないだろうが、お前が初めてアヴァロンへと挨拶に向かってすぐのことだった。ネロは会ったばかりだというのに、堂々と私の目の前で竜の姿になって、いきなりお前に求婚したのだ。あのとき……子どもだろうが、アヴァロンの国竜だろうが、容赦なく叩きのめしてやろうと思ったが、あれは曇りなき瞳で真っすぐに私に向かって言ったのだ。命を賭けて守るから、チャンスをくれ、とね。まだ子どものお前に何ができるというのだと一蹴しようとしたら、あれは竜の姿のまま、お前を背に乗せてアヴァロン中を飛び回った』

あのときのそら

 途端に、カイネの瞳いっぱいに、雲ひとつない真っ青な空が映し出されていく。けれど、その日は洗濯日和だったのだろう。至るところで、真っ白なシーツが干されていて、雲の代わりにその白がとてもよく青に映えたのだ。風が頬を撫でる度に、シーツが一斉に同じ方向へと靡いていくのは圧巻の光景で、飛ぶ勢いは凄まじく、あまりもの突風に寒さを感じそうなのに、きっと位置が太陽に近いからだろう。降り注ぐ太陽の日差しがとても温かいのだ。風も、光も。全てが心地よかった。
 耳を澄ませば、豪快な、けれどもどこか優しさの残る風を切る音が響く。その音は、翼。竜が翼を動かし、宙から空を駆け巡る軌跡の音なのだ。
 その全てが豪快であるのは竜としての本能から来るものだろう。けれど、必ずその中に優しが残るのは、カイネを背に乗せているからに違いなかった。
 言葉にはせずとも、風と光がそれらを竜の代わりに教えてくれるのだ。
 手に触れる少しゴツゴツとした竜の肌は、どこに触れても熱く、けれども決してカイネの手を燃やしはしないもの。むしろその熱がカイネにまで伝わり、まるでカイネも竜の一部になったかのごとく、一緒に空を飛んでいるような感覚をもたらすのだ。

「……て……る……」

 私は、知っている。竜を。竜と飛んだあの日を。

「私……覚えて、る……」

 決して覚えてはいないはずだった記憶の彼方の出来事は、カイネの脳裏にしっかりと、大切な思い出として蘇っていくのだ。
 子どもの頃に見た夢だと思っていたあの空を貸し切ったような特別な光景は、既にカイネの大切な一部であったのである。
 カイネがネロが竜になるのを見たのは、恋人となって初めての夜。いつもの花畑で、月光に照らされて、ほんの一瞬だけそのシルエットを捉えたくらいであった。決して他国の者に見られてはいけないからだ。
 けれど、カイネは見たどころか、彼の本当の姿に触れたことがあったというのだ。
 身体がその全てを隈なく思い出そうとしているのだろうか、カイネは痺れるように全身に震えと熱い血の巡りを感じていた。

『竜が番と結ばれる保証はない。だが、竜にとって、番は絶対的な存在なのだ。竜は番がいなければ生きられないからな。古の時代、アヴァロンの時間を繋ぐ力を羨む者たちは、こぞって国竜の命を狙った。だが、竜はあまりにも強い。到底、敵うものではなかった。そこで、番がいなければ竜は生きられないという事実を知った者たちは、竜の番を探し始めたのだ。番がどれ程に優れた力の持ち主であったとしても、竜を狙い撃つよりは容易いからな。……ある悲劇から、アヴァロンでは国竜の存在自体を隠し、アヴァロンの国内でも竜は正体を明かさなくなった。一般人に紛れて過ごすというのが、国竜にとっての番を守る一番の術であり、アヴァロンにとっても国竜を守る一番の術であるからだ』
「……だが、此度の国竜はよりにもよって一般人に紛れることさえ許されないアヴァロンの王子であり……その番が大国ムーの姫であったということか」
『時に、宇宙は信じられないくらいの試練と運命を与えるのだと、驚いたものだ。ただでさえムーの姫というだけで命を狙われるというのに、アヴァロンの国竜の番だと何処かに漏れれば、命がいくつあっても足りない。もう二度と会わせぬつもりだった。だが、あの男は子どもながらにそれを逆手にとって、自らアヴァロン中に自分の正体を明かしたのだ。“俺はアヴァロンの時間を守る国竜だ。アヴァロンは竜がいなければ時間魔法が使えない。そして、竜は番がいなければ生きられない。……確かにまだ子どもの俺に力はない。でも代わりに堂々と味方には正体を明かして、大人になるまでは、アヴァロンの大人みんなに番を守ってもらうから、チャンスがほしい”と言ってね』
「結局のところ、一緒になろうがなるまいが、番として生まれた以上、番である事実は変わらないからな。番として生まれ、さらにはムーの姫である限りいずれにしろ危険は付きまとう。……それならばアヴァロン国に裏切り者はいないという前提で、竜とその番を公言する方が安全、か。確かに信頼から成り立つ命がけの宣言だが……そうか、竜が番を背に乗せて飛んだか……それも王子が自ら竜であることを明かしたのか。……国民はその信頼に応えたくなるだろな。アヴァロンという国が誠実であるのがよく分かる気がする。ははははは、子どもながらに行動それをやってのけたのか」
『ああ。……それを目の当たりにして、賭けてみない理由はないだろう? だから私は約束をしたのだ。再度竜であることを明かして恋人となること、竜の姿だけでなく、男の姿でも堂々とそれに値する者となって求婚すること』
「……!」

 竜であることを明かしてはくれていたけど……ネロもアヴァロンの皆も決して私が国竜の番だとは言わなかった。

 きっと純粋に、運命に関係なく、立場に関係なく、共に過ごし、恋人にしてくれたのだろう。
 その上で隠れることが許されないのならば、堂々と生きられるようにと、王子として迎えにきてくれたに違いないのだ。
 痺れるような血の巡りと震えは、熱を帯びたまま、カイネの胸へと広がっていった。それは痛みを伴ったままに、けれど抜け殻のようにぽっかりと開いた心を満たしてくれるのだ。
 カイネはそっと、自身の手をその胸へと添えてみる。初めて知る事実は、これまでの切ない想いさえも、より切なさと愛を増して、大切に、大切に、心と身体に刻み直されていく。

『いいか、カイネ。よく聞くのだ。ルーマー王が証人だ。……ムー国はアヴァロン国からの婚姻の申し入れを承諾する。父としても、王としても、な』
「ははは、そう来たか」

 カイネが驚いて顔をあげる頃には、鏡から黄金色の光が溢れ出て、それらはカイネの手の甲へと広がっていた。アヴァロンの紋様に濃くムーの紋様が重なり、熱い光を放つのだ。そして、その魔力に反応するかのように、きっとアヴァロン王も承諾くださったのだろう、ネロから贈られたアヴァロンの紋様が確かにその印を濃くしていくのである。
 ムーの黄金色とアヴァロンの赤色の光が混じり合うそれは、太陽を彷彿させた。まるで、太陽からの祝福のような光は、確かにネロとカイネの愛として、アヴァロンとムーの深い絆として、カイネの手の甲へと、王族の婚約の証という目に見える形で刻まれていったのだ。

『ふっ、やはりアヴァロン王も応えてくださったか』
「……なぜ……今?」

 喜びに満ちる瞬間は、たった数分前の自分であれば想像さえできない状況下で行われ、カイネは食い入るように手の甲を見つめた。
 けれども紋様はしっかりと、カイネがそれをみたいと願うからだろう、アヴァロンのそれとムーのそれが重なり、まるで一凛の花であるかのように、美しく浮かび上がるのだ。

『たった今、言ったばかりだ。あれは竜としても、男としても、王子としても十分過ぎるくらいの愛を示した。お前が言った通り……先に約束を違えてはいけない、だろう?』
「……はい。ありがとうございます……」

 今のカイネの位置からは、鏡の中はよくは見えない。故に父の顔は見られないはずなのに、その声はひどく優しく、父が珍しく微笑んでいるであろうことが、表情を見ずとも感じられた。
 カイネはそっと、手の甲を上に、まるでそこに恋人がいるかのごとく、縋るように自身の額に押し当てた。

『ルーマー王よ、アヴァロンの国竜は番がいなければ生きられない。時間を自由に行き来できるからこそ、番がいる時間を、自分の生きる場所として定めるからだ。故にアヴァロンはネロだけでなく、カイネを失ってももう時間を繋げなくなる。そして、それはムーも同じ。次元を繋ぐとき、次元には終わりがないからこそ、始まり……戻る場所がいるのだ。どの可能性の世界を垣間見ようとも、絶対に信頼できる愛の、な。……カイネもまた、ネロがいなければ時空間で迷子になって壊れる。戻る場所が分からねば、生きられはしないのだ。……二人が生まれたときから、アヴァロンとムーは同じ道を辿る運命だった。ならば、一番愛のある道を選んで、その運命の先を行く方が良いとは思わぬか?』
「……番を失えば生きていけぬことは身に染みてよく知っている。アヴァロンとムーが同じ運命を辿ることも、その覚悟が王たちにもあることもよく分かった。だが、このままでは宇宙そのものが終わる規模の戦になることは変わらない」
『現時点でどれくらいの国が平和同盟から抜けた?』
「まだどこも抜けてはいない。が……すぐに手を打たねば呆気なく半数は抜けるだろう」

 喜びと、焦り。愛しさと、恋しさ。嬉しさと、不安。
 今しがた聞いた事実と、今置かれている状況。

 自身の紋様が光る手の甲と、王たちが交す言葉はまるで正反対の感情でカイネを揺さぶった。
 けれど、ふと、ムー王が明確に、父ではなく王として、カイネに突然命ずるのである。

『カイネ。お前はもう婚約者がいる。だから大丈夫だ。……ネロのように、堂々と本来の姿へと戻るといい。……責任は私がとろう。星詠みをすることではなく、こちらを正式に命ずる』
「……っ!」

 カイネが驚いて息を飲むと同時に、ルーマー王もまた、虚を突かれたように目を丸くして鏡の中の父へと視線をくれ、ゆっくりと、カイネの方へとそれを動かした。
 カイネはこれまで、本来の姿というのを封じて過ごしていた。それは自国ムーでも、アヴァロン国で過ごす時であっても、そうであった。本来の姿に戻るのは、定期的に身体を休ませるために精霊郷を訪れるときだけ。さらに言えば、身体に負担のかかる特別な星詠みを練習しているときだけであった。
 それはただ能力を隠しているというに留まらず、アヴァロンの国竜と同じように、守るためにはそうせざるを得なかったからであった。
 婚約といっても、王族の場合、それぞれの王が承諾しているものは、ほぼ婚姻が成立していると言っても過言ではない。
 婚約の状態で正体を明かすのはリスクこそ伴うが、味方に明かすのであれば、それは十分にカイネを守る契約やくそくであると言ってもいいだろう。
 カイネは鏡の向こうの父に伝わるよう、魔力を乗せて、大きく頷いた。そして、小さく息を吸い込み、封じている魔法を解こうと、神経を集中させていく。

『ルーマー王よ、私は王としてだけでなく、あなたをこの宇宙に生ける者同士として、信頼する。……その規模の戦を防ぐためにも……愛を捨てさせる訳にはいかない。実はカイネにはもうひとつ……秘密がある。カイネは時間に介入することは決してない。この子が生きているということが、そもそも時間に介入していない証拠なのだ。どうしても、成人前では明かすことができなかったが……婚約者が定まれば、公にはできぬが、あのときのネロのように、信頼できる者には明かすことができる。……この子の母親は……』
「待て、今この空間は……!」

 カイネがその髪を揺らし、魔力を解き放とうとしたそのとき、父とルーマー王の声が突然に遮られていく。それぞれの声はまるで地が割れるかのごとく、ドゴゴゴゴと響く騒音に呑まれていき、それ以上は誰もう聞き取れはしなかった。

「きゃっ」
『…………』

 そして、それは音だけに留まらず、激しい揺れをも伴ったのだ。しばらく続いていた微振動は明確に地面どころか側面、空間そのものを揺さぶった。
 カイネは座っている状態でも激しく身体が投げ出され、もはや魔力を解き放つどころか、この場に保っていることさえ難しくなっていく。できることは、反射的に頭を守るくらいだろう。
 けれども、ルーマー王はここまでの揺れにも耐えられるのだろうか、その身体をふらつかせるどころか、鏡も落とすことなく、その場にじっと立っているのだ。それも、堂々たる笑みを浮かべて。

「……やっと来たか」

to be continued……

 

はるのぽこ
あと4話で過去編の第一部が終了します🐚いよいよ時間が巡っていくので、ぜひぜひお楽しみいただければ幸いです⌛✨その後、Secret episodeを2本予定しています🐚🐚構成上かなり重要なepisodeとして書いていて、リニューアル前に書き上げていた全てのSecret episodeの中で最もお気に入り&特別仕様のものとなっております🎙🖼✨こちらもお見逃しなくお願いします🖊✨今後としては、現代編に関してはストックがかなりあって修正で進めていく予定のなので、一気に先読みとしてどこかのタイミングで開放したいなと計画中です🚇過去編の第二部もかなりストックがあるので、未来編を挟みつつ、一定量の修正が終わった段階で一気に他タイトルのループやフィフィの第ニ部の制作を進める予定です♪

 

お知らせ??

HPの広告表示がもしかすると、変わるかもしれません。広告の種類は私が選べるものではないため、なるべく最低限の表示の設定をしていたのですが、今回何かしらの規定が変わったようで、自動でそれらが切り替わるようなので(もしかしたら切り替わらないかもしれない)、一旦流れに任せてそのままにしたいと思います。よろしくお願いします。

 

✶✵✷

 

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