オリジナル小説

放課後に降るサイコロの雨

2022年5月15日

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 サイコロを、振る。

 手から零れ落ちた瞬間に、その小さな箱は机の上に跳ねて、さらに勢いを増して床へと転げ落ちていった。

 視界に映りこむのは赤いひとつの点。

「いち」

 しゃがみこんで、その赤い丸をじっと見つめる。

 もし、机に跳ねて床へと落ちていなかったら、この数字は2にも6にもなっていたかもしれない。

 そんなことをぼんやりと思いながら、その小さな箱を拾い上げる。

『間もなく、下校時刻になります』

 そうしたらちょうど、下校を促す放送が流れ始めて、つい無意識にスピーカーを見上げてしまう。スピーカーをみたって、その向こうにいる相手が、見える訳ではないのに。

 落ち着いた低めの声は、ゆっくりと穏やかに話してくれるから、安心して聞くことができる。すんなりと違和感なく、自分の時間に溶け込むその声を聞きながら、サイコロを鞄へとしまう。

 放送は定型文で、一般的に、録音のものを流すものだと思うし、きっと、この放送を聞いているほとんどの人は、録音が流れていると思っていると思う。

 だけど、多分、これは録音じゃないと思うんだ。

『すみやかに下校してください』

 ほら、若干だけれど、声が掠れた。

「…………」

 鞄の中にしまったサイコロの横で、またひとつ、数を増やしたのど飴が、たまっていく。

「帰ろっと」

 この放送を聞いて、いつも最後に、私は教室を出る。

⚀⚁⚂

 そして朝、いつも通りの時間に、教室へと向かう。
 ドアについているガラス窓越しに、既に彼が登校しているのを視界にとらえる。

 また、今日も二番目。

 一番に教室に入ったであろう彼は、席についてうたた寝をしている。

 だから、一旦ドアの前で立ち止まり、深呼吸をする。そして注意深く、そっとその扉を開く。
 そのまま足音が響かないように、自分の席まで歩き、腰かける。

 前に椅子をひく音で起こしてしまったことがあるから、その時から下校の時に、椅子は横から滑り込んだら座れるギリギリの隙間を残した状態で、机に戻すようにしている。

 音を立てることなく、無事に座ることができたので、そっと、自分の好きな本を開いて、自分の朝の時間を楽しむ。

 時折、窓際の席でうたた寝をする、彼を盗み見しながら。

 ちょうど、教室で一番離れている席の配置だと思う。私はドア側の、一番端の後ろの席。彼は窓際の、一番端の前の席。

 対角線上にいる彼は、席だけでなく、全てが私からは遠い人。

 彼は生徒会長で、放送部と兼部している。あまり詳しくは知らないけれど、放送のコンクールみたいなので、全国優勝していて、将来も有望みたい。

 だから、みんな録音だと思っているけれど、彼は毎日、練習のために自分の声で、放送している。お昼の放送も、登下校の放送も。
 生徒会のお仕事も、忙しそう。彼の周りにはいつも人がいて、とっても人気者。すごく、華やか。

 

 

 そのまま十分も経たずに、三番目に登校してきたクラスメイトが、教室へと近づいてくる。

 だから私はわざとらしく音を立てて椅子を引き、何食わぬ顔でお手洗いへと向かう。

「あ、嶺岸さんおはよう」
「斎藤君、おはよう」

 すれ違い様に挨拶をする。そうしたら、すぐに教室の中からも「おはよう」なんて声が二つほど響いてきて、彼がちゃんと起きたことを確信する。

 少しだけ微笑みながら、適当に髪をとかして、すぐにお手洗いから教室へと戻る。

 まだ他の生徒は来ていなくって、二人の話し声が耳に残る。スピーカー越しではない彼の声は、友達と話しているからだろう。少しだけ、いつもの放送よりもテンポが速くて、落ち着いているのに、ところどころ声が嬉しそうに弾けてる。

 程なくして、他のクラスメイトもひっきりなしに教室へとやってきて、いつの間にか、この空間は音で溢れる。

 だからもう、彼の声だけを拾うことはできない。

 そのまま私はひとり読書を続け、斎藤君のように声をかけられたら、挨拶を返して。そうでなければ、そのまま、本に集中する。

⚀⚁⚂

 それでいつも通り、お昼の放送を聞きながら、お弁当を食べる。だけど、友達とおしゃべりしながらだから、何て言うか、聞いているけれど、聞き流す感じになる。

 それでも最後の一言は聞き逃さないように、してる。

『お昼の放送を終了します』

「…………」

 昨日よりも、掠れてる気がする。

「ねー! やっぱり生徒会長の声って素敵だよね」
「うんうん! 選曲もいつもセンスいい!」

 そんなことを考えていたら、他の席の女子がそう言っているのが耳に残って、彼の声がわからなくなった。

 やっぱり、いつも通りなのかも。それか、私の勘違いで、登下校の放送も録音なのかも。

 そのまま午後の授業が始まって、またまたいつも通りに、それらをこなしていく。

 ちょうど私は後ろの席だから、先生が窓際に行く際に、ちらりと前の席にいる彼の姿も視界へと入れてみたりしながら。

 あまり、気にしないようにしているのに、どうしてか、気になってしまう彼は、真面目に授業を受けていて、その姿はいつも通り。

 だからやっぱり、私の思い違いかも。

 使い終わった教科書を鞄にしまい込んだら、内ポケットからサイコロがのど飴に押し出されて零れ落ちた。そのままころりと鞄の奥へとサイコロは逃げていって、どの数字がでたかも分からないまま、手だけでサイコロを探り当てて、また内ポケットへとしまう。

 のど飴が、たまっていく。

⚀⚁⚂

「めるちゃん、またね」
「うん、りかちゃん、またねー」
「嶺岸さん、またね!」
「うん、またね」
「あ、遊里ちゃん、また連絡するね!」
「めるちゃん! 待ってる! またね」

 それで放課後、みんな次々とある子は部活動に、ある子はアルバイトに、ある子は自宅に早々に教室から去っていく。

 以前はそのまま。声をかけられたら、返すだけ。
 それなのに今は、私からも声をかけるようになって、それで、声をかけられる回数も増えた。

 実はこれは、マスクのおかげ。流行り病で、世界がマスクの世界になったから。

 いつも、私は一番に登校して、最後に下校するようにしていた。
 人と話すのは嫌いじゃないけれど、タイミングがよく、分からないから。
 だから、最初に教室に来て、じっと座って。それで、声をかけられたら、挨拶を返す。
 帰りも一緒。のそのそとゆっくり準備をして、最後に教室をでる。それで、のそのそと準備している時にわざわざ声をかけてくれた人にだけ、挨拶を返す。

 その繰り返しだった。

 だけど、マスクをつけるようになって、みんなしっかりと話を聞いてくれるようになった。

 私は声が小さめで、話すのも上手くないのだけれど、マスクだと誰だって聞き取りにくいものだから。
 だから、みんな、怒らずに「もう一度言って?」と聞き返してくれる。

 小さな声でも、前よりも聞こうとしてくれるようになった。

 そうしたら、人と話すのが、今までよりも少しだけ好きになった。
 タイミングは相変わらず分からないけれど、何となく、過ごしやすくなった。

 それで、マスクをしてると誰だって話しにくいものだから。
 だから、みんな、少し声を大きくして話すでしょう?

 小さな声だと、前よりも聞きとりにくいから、私も声を前よりも出すようになった。

 そうしたら、人と話す機会が、自然と増えていった。
 タイミングは相変わらず分からないけれど、何となく、怖くなくなった。

 それでも、私は今まで通り、最初に教室に来て、最後に教室を出る日課を守り続けていた。
 彼と、同じクラスになる前まで。

 彼はとても早起きで、私は別に、朝は本当は強くないから。
 どれだけ頑張っても、二番目。

 最初の何回かは、彼から挨拶をしてくれたから、何となく挨拶を返したけれど。
 自分からはタイミングがやっぱり分からなくて、声がかけられない。
 そうしたら、彼はいつからかうたた寝をするようになったから、何となく、起こさないように気を付けて、それで、放送を前よりもよく聞くようになった。

 教室でも彼の声がつい、入ってきてしまって、困ってる。
 気にしないようにしてるのに、つい、目で追ってしまう。

 前は最初に教室に入りたくて、時間を調整したりしてたけれど、それでもやっぱり早起きの彼の方が絶対に先に教室にいるから、いつからか、もう諦めたの。

 だけど、最初に教室に入るのは諦められたのに、どうしても、気にしてしまうのは止められない。

 毎日、私よりも先に登校しているし。
 毎日、放送が流れるし。
 毎日、彼の座席は前だから、うっかり視界に入れてしまうの。

 気にしてしまっても仕方がないのに。
 だって、人気者の彼と、目立たない私に共通点はないから。

 唯一の共通点は、出身中学が一緒ってこと。多分、この高校の同学年で同じ中学出身は彼と私だけ。だけど中学の時は同じクラスになったことがなくて、私は目立つタイプではないから、彼が私と出身中学が一緒だって知っているかは、分からない。多分、彼は、知らないかも。

 でもね、彼はコンテストで全国優勝しちゃうくらいに有名人だったから。
 私は彼のこと、中学の時からなんとなく知ってた。

 それで一度だけ、会話したことがある。

 あれはまだ流行り病で世界がマスク一色に変わる前。
 彼が使っていたマスクの紐が切れちゃったの。

 彼は諦めて、そのままマスクなしで学級委員の仕事を続けてて。

「あ、金田。これも頼めるか?」
「あー……、う、ん」

 それで、何となく、気づいていたことがあって。

 彼がマスクをしている時って、風邪気味の時だなって。
 マスクをしている日は、放送が違う人なの。

 彼がたまにマスクをするようになる前はね、時々、掠れ声で放送してるなって思う時があったんだけど。
 マスクをしている日にすれ違ったことがあって、そうしたら、彼が同じように何か頼まれごとをしていて、それで言っていたの。

「風邪気味なんだ、ごめんね」って。

 それで、ああ、マスクは真面目で断れない性格の彼の、唯一の武器。SOSのサインなんだなって、その時思ったんだ。

 だからその日、私は花粉症が酷くて、予備のマスクを偶然持っていたから、彼に声をかけた。

「金田君。これ、よかったら使って? 余ってるの。風邪大丈夫?」
「え?」
「なんだ、お前、風邪なのかよ! 早く帰って休めよ~」
「ああ、いや、風邪気味なだけだから、大丈夫」
「いやいや、風邪気味でも帰れよ。やっぱりこれ、他の人に頼むわ。ごめんな、お前手際いいからつい、頼んじゃったけど、何とかするから」
「……うん、ごめん」

 そのまま他の人と会話が始まってしまったから、それきり。

 だけど、聞こえてくる会話が、なんとなく大丈夫そうだったから。
 きっと、あの時の私は、役に立てたのだと思う。

 

⚀⚁⚂

 また、誰もいなくなった教室に残って、時間をつぶす。
 別に家に帰ってもすることは読書だから、教室で読もうが家で読もうが、あまり変わらない。

 いつも通り、本を取り出そうとして、また鞄の内ポケットから、のど飴に押し出されてサイコロが転げ落ちる。

 今度はそのまま鞄から飛び出して、弾けるように、床へとステップを踏んでいく。

 サイコロが、止まる。

 視界に映りこむのは、黒い二つの点。

「に」

 ちゃんと手で振っていたら、この数字は1にも3にもなっていたかもしれない。

 いつも、サイコロを振る。

 彼を気にしないことができないから、サイコロに世界をゆだねるの。
 せめて、彼が過ごしやすい世界になるように、願いを込めて。

 もし、奇数がでたら、マスクのない世界に戻る。
 そうしたら、本当にしんどい人が、しんどいってSOSを出しやすくなるから。

 でも、私は怖がりだから。
 マスクのない世界に戻ることに、怯えている。

 せっかく、前よりもみんなと話しやすくなったのに。
 マスクがなくなっても、ちゃんとみんなと話せるのか、自信がない。

 だから、もし偶数が出たらこのまま、マスクのある世界。
 そうしたら、すぐに隠れたくなる私は、今まで通り、ちょっとだけ、過ごしやすい。

『生徒会からのお知らせです』

 突然、スピーカー越しに彼の声が響いてくる。

「……予告にない、放送」

 それは部活動をしている生徒へ向けての、生徒会からの部活動に関するお願い事項の放送。

 私には全く関係がないのに、やっぱり、彼の声が耳から離れなくなる。

「……やっぱり、掠れてる」

 しゃがみこんで、黒い二つの丸を見つめる。

 彼の放送が終わりを告げ、ぐっとサイコロを握りしめる。

 いつもは、下校の時刻まで教室にいるけれど、今日はやっぱり、帰宅することにした。

 もう、いつも通りに動くのをやめようって、思った。

 私は走って、家まで帰る。

「お母さん!」

 それで、家中にあるありったけのサイコロを持って、スーパーで大量の飴を買って、再び、学校へと向かう。

 忘れ物、しちゃったんだ。

 一度帰ってからまた誰もいない教室に、戻る。

「こんなの、初めて」

 誰もいないから、マスクを外してみる。

 それで、鞄からごそごそと両手から溢れるサイコロの数々を持って、深呼吸をして、それらを天井にむかって投げる。

 サイコロの、雨が降る。

 派手にあちこちに飛んで行ったサイコロは、自分の机の上、誰もいない教室の床、誰かの机の下、誰かの机の上、あちこちで数字を掲げている。

「いち、ろく、いち、に……」

 また誰かの机の上、他の誰かの机の下、やっぱり誰もいない教室の床から、サイコロを拾っていく。

「に、よん、さん……」

 奇数、偶数、奇数、偶数。偶数、偶数、奇数……

 まだまだ、サイコロは転がっている。

「ふふ、あははは」

 昨日は奇数だから、マスクのない世界。今日は偶数だったから、マスクのある世界。

 それで今、明日以降の分として大量のサイコロの雨を降らせたから。

「未来は、マスクもあるし、マスクもない世界」

 どっちでも、大丈夫。
 そんな、未来になったらいいなって。

「散らかしちゃったから、掃除しないとね」

 一人でたくさん独り言を呟いて、またマスクをつけて、コツコツと清掃していく。

 彼は生徒会長で真面目だから、朝一番に、よく教室の掃除をしている。
 前に一番に教室に入ろうと勝手に張り合っていた時に、偶然、彼が掃除をしているのを何度か目撃したことがあった。

 きっと私が放課後に掃除をしたって、誰も気づかないし、彼は気づいても気づかなくても、きっと朝の清掃を続けるのだろう。

 だけど、私が掃除をしたら、汚れが少し減って、彼の朝の清掃が少し楽になるかもしれないから。

 マスクで隠れるのをいいことに、鼻歌を歌って笑いながら、誰もいない教室で掃除をする。

「これで、よしっと」

 そうして最後。

 教室の後ろの棚の上のフリースペースに、ひとつの籠を置く。
 中には大量の、小分け袋に入った飴を入れている。

 果物の味に、流行りのヨーグルトとかサイダーとかオシャレな味のやつ、それから無難にレモンのやつに、私が好きないちごミルクの飴。

 その籠の横に、メモを置く。

『ご自由にどうぞ』

 それで、気づく。ソーシャルディスタンスっていう、マスクとセットの決まり事。

「…………」

 私は怖がりだから。怒られたりしたら嫌だから、念のため、さらに一言添える。

『手を消毒してから取ってください☆』

 横に小さなアルコールスプレーを置いて。

「これでよしっと」

 そして、最後に一番目立つところに、一粒だけ、鞄の中にたまっていたのど飴を、置いてみる。

 これが、私の精一杯。

 彼が少しでも過ごしやすい世界になるように、願いを込めて。
 もうサイコロを振るのはやめる。

 だけど、代わりに、放課後に清掃をして、のど飴を置くことにした。
 たくさんの飴の中に一粒だけ紛れ込ませて。

 

 放課後に振るサイコロの飴。

 

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