世界の子どもシリーズNo.13_過去編~その手に触れられなくてもepisode6~
アヴァロン城の大広間へと繋がる扉の前には、国を二分すると言われているハミル家とブラウン家からの代表の魔法使いが一名ずつ、厳重なる時間番を行っていた。さらにその横には竜騎士が二名程、宇宙最高峰と言われるアヴァロン製の鎧を付けた状態で警備に勤めている。
今日の式典は宇宙中の星々の国の王族や要人が参加するものだ。警備も最大級に厳重であれば、どの星の来客にとっても時間が平等に動くよう、アヴァロンでトキの調整が行われている。魔法使いの二人は特別なトキの調整された空間への時間守をしているのである。
「……これを」
カイネが招待状を差し出すと、とても丁寧にお辞儀をし、ブラウン家の者が受け取った。すると、聞き取れるかどうかの絶妙な音量で詠唱を開始し、赤い絨毯の敷かれた廊下をさらに赤く、アヴァロン特有の魔法陣の光で染めていく。カイネの護衛が警戒を強めるも、数十秒もせずにブラウン家の者の詠唱は終わり、それと同時に人が一人通れるくらいの大きさの、眩い白い光の渦が現れたのだ。どうやら、暦の時間封を開けてくれたらしい。そして、恭しく一礼すると、今度はハミル家の者が、またも聞き取れるかどうかの絶妙な音量で詠唱を始めるのだ。床にはアヴァロンらしからぬ青い魔法陣が浮かびあがり、絨毯の赤とブラウンの発動した赤い魔法陣を青く照らし、周りの色を紫へと変えていく。詠唱が終ると共に、白い光の渦に重なるようにして黒い影の渦が現れ、それらは混じり合ったかと思うと、床の魔法陣の赤と青の光を散りばめさせ、宇宙のような輝きをした渦へと姿を変えた。ハミルの者が、時刻の時間封を開けてくれたのだ。
招待状に記載されている集合場所そのものはアヴァロン城の大広間ではあるが、集合時間はそれぞれの国の暦に合わせたものだ。例えば、ムーではゴソベル暦6ヘルツの時刻で招待されているが、一番遠い星の暦とは、調整が未設定のサンムーンのトキ、いわば、地球という惑星の時間そのままで換算するならば、軽く1000年という時間の違いが生まれる。その違いを埋めるため、宇宙中の星々で集まりや会議がある時は、決まってアヴァロンの星で行われ、どの星の時間軸にも影響がでない、特別なトキの調整がなされた時空間で、それらが執り行われるのだ。
サンムーン開放の今日の式典も例外ではなく、招待客は自分の国の暦でアヴァロンへと繋がれた控室へと赴き、アヴァロンの城内を移動し、それぞれの星の暦で指定された時刻にアヴァロン城の大広間へと向かう。けれど、それぞれが自分の星の暦の時間でアヴァロン城内を動くということは、誰もがアヴァロンという国の同じ空間の中にいながら、違う時間軸を生きることとなる。そのため、アヴァロンの城では例え同じ控室を与えられていたとしても、部屋で過ごす時間そのものが違うため、他の招待客と顔を合わすことはない。無論、アヴァロンの国の者とも用事がある時以外は顔を合わすことはない。
アヴァロンの国は時間を司る星に位置する。そのため、こうして時間を繋ぐことができるものの、アヴァロンはアヴァロンの王が秘密裏に定めたどこの星とも同じではない時間軸で、星の巡りに合わせながら生きているのだ。彼らは彼らの時間軸で生き、国の仕事としてこうした宇宙中の集まりがある時に限り、魔法で招待客の時間を管理し、必要に応じて必要な瞬間だけ、招待客の前に現れるのである。
「ゴソベル暦6ヘルツ。……ムー星ムー国カイネ王女。お待ちしておりました」
「……ええ。どうもありがとう」
ブラウンとハミルの者は、二人が生じさせた時空間の渦を挟むようにして、一歩さがり、恭しく礼をしてみせた。
それに合わせて竜騎士たちも敬礼をし、短く風を切る音と、甲冑がぶつかり合う金属音が響いた。
竜騎士たちの顔は兜で隠れて見えない。さらに言うと、カイネは基本的にアヴァロンで過ごす時であっても竜騎士と接触することを禁じられている。そのために魔力やエネルギー的なものからも、誰が誰かは判別がつかなかった。けれど、魔法族の二人は別だ。特に、今日時間守をしている二人はハミル家とブラウン家からの代表である。アヴァロンで多くの時間を過ごすカイネが知らないはずがなかった。
とてもよく知っているのに、互いに知らないフリをして、扉を潜り抜ける。それを寂しく思う心はあるものの、カイネもまた、やはり一国の姫として、とてもよく知っている者に対しても警戒を強めねばならなかった。常に護衛は威圧的な魔力を最大限に放っており、いつでも戦闘体勢に入れる状態で、カイネの傍から離れなかった。そしてカイネ自身も凛と、優雅に澄ましてはいるものの、その内にはあえてアヴァロンの者への牽制ともなるよう、アヴァロン式の魔法にあわせた魔力を相手にも伝わるよう、巡らせていた。というのも、時間を繋ぐことができるというのは、便利なようで、とても恐ろしいことでもあるからだ。ひとたび彼らがこの城の招待客の時間管理をやめてしまえば、誰だって自分たちの星はおろか、自分が生きる時間に戻ることはかなわなくなる。知った仲であっても、公務である場合、互いに警戒し警戒されることを許すことが、ある意味で互いを守ることとなるのを、ほんのりと感じる寂しさ以上に大切であることを、カイネもまた知っているのだ。
もちろん、アヴァロンの国の者が時間に関する魔法を悪意を持って使ったことなど一度もなければ、これからだって絶対にないだろう。そのことに周りも理解を示しているからこそ、こうした催しがアヴァロンで行われるのだ。けれど次元を繋ぐことのできるカイネは、そんな周り以上に、全てが自分のことのように、深い理解を示していた。時間を操るなど、してはいけないし、誰にだってできはしないのだ。仮にできたとしても、必ず宇宙のどこかでそれらは元に戻ろうとする力が及び、無となるのだから。
時間も次元も、宇宙に流れる全てのものは決して操るものではなく、ただただ膨大な宇宙の中の小さなひとつとして、摂理に従って純粋に繋ぐ。よく、魔法族は星詠みという未来予知ができるため誤解が生じがちだが、未来は周りと造り上げるものであり、誰かの一存で勝手にこの世の全てを変えられるものではない。アヴァロンの魔法族は時に危険を察知し、特定の未来への導きへと働きかけることもあるが、不必要に予知することもなければ、未来を自分たちにとって有利な状況にコントロールしようとしたことは一度もない。その証拠に、彼らは決して、起きてしまった事象、過去に介入しない。過去に介入していないということが、現在進行形で今に表れて証明となり、それらが彼らへの信頼となって、結果、この式典もとい、サンムーンの開放が実現したのだ。
双方とも警戒を緩めることのない状態で、カイネと護衛はほぼ同時ともいえるタイミングで、その渦の中へ入って行った。
一歩を進むと、それは渦の中に広がる小さな宇宙で、四方八方が真っ暗であるのに、白い光が溶け込んでいて、どこか明るい。さらには青と赤の星々の光が散りばめられているから、むしろ幻想的だった。よく、他の国のものがこの空間を通る際、あまりもの美しさに見惚れて感嘆の息を漏らす。次元の繋げるカイネは見慣れてはいるものの、それでも、確かにここは何度通っても見飽きることのない綺麗な空間であった。
けれど、この美し過ぎる空間は同時に不安感も植え付けるのだ。現実の世界ではしっかりと地面を歩いているのに、周りを囲む宇宙間がその平行感覚というのを飲み込み、まるで宙に浮いているかのような錯覚を起こすのだから。初めて通る者は、特に魔法を使わない星の出身の者は、度々この空間に酔って、招待された空間に辿り着く頃には、動けなくなることが多かった。無論、そういうのも加味して、招待時間や式典そのものの本当の開始時刻というのが、定められているのだが。
会場につき、カイネが最初に聞いたのは、自分の足音だった。ネックレスや髪飾りに合わせた黄金色のドレスシューズは、舞踏用だからそういう会場であれば、とてもよく音が響く。無論、あらゆる場面を想定してマナーや立ち居振る舞いを身に着けたカイネに抜かりはない。最初の一歩はどのような地面でも大丈夫なよう、力加減は調整済みだ。自分の耳にだけ感触と共に小さく響いた足音で、会場の床が大理石であると即座に判断し、歩き方を調整して進み続ける。
音をカツカツと鳴らすのは優雅ではない。けれど、最低限の注目というのを、カイネは集めねばならなかった。
音は何も考えずにそのままに響かせるか、むしろほとんど立てない方が容易い。上品に、けれども程よく響かせる方が圧倒的に難しいのだから。
カイネが繋がれた場所は、ちょうど、正面の舞台からみて左側に位置する中央扉だった。時刻通りに赴いたが、カイネは立場上、早すぎる登場はよろしくなければ、遅刻だって許されない。受付も終盤に差し掛かるであろう頃合いを見計らったつもりが、最後にされてしまったようだ。招待客の視線の集まり方が、そうであるから。
「…………」
時間守の二人に、いいえ、招待状の紙の方の用意者にしてやられたわ。時間を本当の意味で調整されてしまった。
恐らく、カイネが周りとの兼ね合いを見て定めるであろう入場時間を計算した上で、カイネが最後となるよう、そもそもの招待状に記載される時刻を、ムーの暦の時点でカイネだけズラされていたのだ。
……目立ちすぎるのは好きではないのだけれど。今回ばかりは仕方がないのかもしれない。
零したくなる溜息を抑え込み、カイネは歩み続けた。カイネが進むにつれ、会場の視線は集まる一方である。
カイネは普段、必要最低限しか公の場に顔を出さない。顔を出すのは自国で行われるものか、隣国の親しい姫たちからの招待といった、女性だけで行われる催しのみ。それ以外のどうしても避けられない大きな催しでの参加は、必ず、王の供としての参加であった。
カイネには婚約者が定まっていないからだ。
自国や近隣国であれば、王が席を外せない場合でも、従兄弟たちの誰かがカイネをエスコートしてくれる。そして、王の供としてであれば、問題なく、全てが滞りなく進む。
けれど、今日はカイネ一人での出席だ。今日のようなトキの調整のなされた宇宙中から人々が集う大きな集まりの場合、どの星の国も、会場に入るまではどの時間のどの空間で行われるのかは分からない。そのため自国から二名以上で出席するか、他国に婚約者がいる場合は、女性よりも早めに男性が会場入りし、女性が入場後すぐにエスコートするのがだいたいの決まりなのだ。
今回、王はどうしても国を離れられず、けれども重要な式典であるため、ひとり娘であるカイネが出席せざるを得なかった。そして、王位継承権を変に勘繰られる訳にもいかなければ、成人を控えたこの時期、兄弟ではなく従兄弟である彼らにも、もうエスコートを頼むことはできなかった。これまでとは意味が変わってきてしまうのだ。そして、従兄弟にも頼めないというのに、他の国の王子に、どうして頼むことができるだろうか。
婚約者を定めないのは、一人でも歩くのは、こんな環境の中で、こんな環境の中だからこそ、大人になるには、嘘のない愛の時間が、最後の一秒までだって諦めずに……必要だから。
カイネは熱い決意と想いを胸に、どれほど秘密の恋人に惹かれようと、公の場でそれを表情に出しはしなかった。
アヴァロンは空間を定め、時間を繋ぐ。一方でムーは、時間を定め、空間を繋ぐ。ムーは次元を司る星に位置する。そのため、ムーの星の者は空間を捉えることに長け、ムーの国は次元を繋ぐことができる。けれど、次元というのは、ある意味で果てしなく続くのである。そのため、事前にどの時間に繋ぐのかを定め、時間の定まった空間に次元を繋ぐのだ。そしてアヴァロンは時空間を繋ぐ時、羅針盤で方向を定める。一方のムーは次元を繋ぐ時、時計盤で時刻を定める。過去、現在、未来というトキの時間軸というのを横に例えるのならば、果てしなく続く次元、空間というのが縦となる。時空間を繋ぐ時、それらが交差する座標が必要となるのだ。
どれほどアヴァロンやムーが時空間や次元が繋げるといっても、その根底には膨大な魔力を持って行かれる羅針盤や時計盤が必要となり、魔法具の使用により、他の国がある種、察知できる。
けれど、時間を繋ぐ王子と次元を繋ぐ姫が一緒になりたいと願ったその時、ただ二人は純粋に想い合っているのであったとして、周りはどう思い、どう動くだろうか。
昨夜の何でも聞いてくれるというお願いを、素直に、ムーの姫として、アヴァロンの王子にエスコートをねだることが、どうしてもできなかったのだ。その勇気が、カイネにはなかったのである。
ネロは決して嘘をつかない。約束も破らない。本当に、子どもの時からそれは一度として破られたことはなかった。けれど、その代わりに本当に、どれだけ頼み込んでも、確実に約束できないことは、絶対に約束してくれなければ、嘘でもいいから言ってほしい言葉も、冗談であっても聞かせてはくれなかった。
その彼が何も言わないのに、我儘を言ってもいい境界線。それを本当に越えて口に出した時、一瞬でも困った顔をされたら、これから先、たとえその手に触れられなくても、せめてこれまでの思い出をもって生きることさえも難しくなる気がしたのだ。
僅かでも視界を動かせば、カイネはすぐにネロの姿を見つけてしまうだろう。カイネにとって、彼の瞳はこの会場のどれほどに可憐な姫たちがつけている宝石よりも、美しいのだから。
カイネは背後で時間守の二人が繋いでくれた渦が完全に消えたのを感じた頃合い、ピタリと立ち止まると、ドレスを摘まみ、右足を斜めに大きく下げ、会場中の全ての視線を受け止めて、ムーの挨拶となるお辞儀をする。
王の供としておまけでいる姫ではなく、王の代理として参じた姫として、凛々しく、力強く。たとえエスコートしてくれる男性がいなくとも、恥じることなく、可憐に、優雅に微笑みながら。
「ムー星、ムー国より参りました。カイネにございます」
to be continued……
※毎週土曜日、朝10時更新予定🐚🌼🤖