小説・児童文学

かぼちゃを動かして!⑪―フィフィの物語―

2024年12月9日

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かぼちゃを動かして!⑪

 

 ディグダの言葉と共に全身に血が巡り、身体全体が熱を帯びてくる。特に熱く感じるのは顔で、鼻の奥がつんとして、悲しいわけではないのに、目が勝手に潤んでいるのが鏡をみずともわかった。今のフィフィは瞳に負けないくらいに顔も赤くなっているに違いない。
 いやに胸がモヤモヤドキドキとして落ち着かない気持ちと、何かを言わなければという焦りで口を開いては閉じてというのを繰り返す。
 みっともない表情と動きになっているのを、フィフィ自身も自覚していた。先ほどから、口をパクパクとさせるだけで何一つ言葉がでてこないし、口の動きに合わせて、手を握ったり開いたりと動かしてしまうし、全身に巡る熱を、顔の赤みを、抑えることも隠すことができないでいたから。

 頭も回らなくて、次にするべきことも、何一つ思い浮かばない。

 けれどそれでも、絶対に目だけは逸らしたくなくて、眉にぐっと力をいれたまま、瞬きもせずに、目の前の植物の妖精を睨むように見続ける。
 首元まである焦げ茶の髪に、濃い緑色の半袖半パンで上下を揃えた服はまるで、葉っぱのよう。身体はフィフィの掌くらいに小さいのに、その服よりもさらに濃い緑の瞳は、浮かび上がるかのようにとても大きく見える。ディグダも真剣そのもので、意地悪をするときの表情でも、馬鹿にしているときの表情でもなく、フィフィから目を逸らすことなく、視線を返してくる。
 ゴクリと唾を飲んで、ようやく絞り出せたのは掠れるような小さな声で、そんな小さな声でさえ震えながらでなければフィフィは出すことができなかった。

「でも、自分で採ってこいとは……。材料を……採ってこいとしか……言ってない」

 情けないけれど、これがフィフィの精一杯だ。

 なんでこんなにも胸がモヤモヤして、顔が赤くなるくらいに全身に血と感情が巡っているのかを、本当はフィフィ自身が一番に分かっている。
 それでも、そう言うしかなかった。
 ただそれを言ってみても、身体の熱は収まるどころか、もっともっと、全身に血が巡って、感情が巡って、より苦しくなっただけだった。フィフィは思わずディグダから目を逸らしそうになってしまう。けれど、ディグダはいつものように弱虫フィフィだと馬鹿にしたりはせず、真剣な表情のまま。

「ああ、言ってない。一緒に八色蜘蛛の洞窟に行くような人間が現れるなんて思ってなかったんだ。だからこれは俺のミスだ。悪かった。けど、自分で採ってきた材料でないなら、俺は認められない。あとでケーキの分、他のお願いを聞いてやる。だから契約は……」

 ディグダがそう言い切るのを遮るように、反射的にフィフィは叫ぶ。

「待って! 待って! みて! ……みて? コウモリの巣は、ちゃんとね、ちゃんと自分ひとりで採ってきた!」

 慌てて自分で採ったコウモリの巣の藁の方を、ポケットから取り出す。

「ねえ、これはちゃんと自分で採ってきたの。八色蜘蛛の涙も、ちゃんと、本当に、ちゃんと、見てただけじゃなくて……助手をした。助手をさせてもらった。ひとりじゃないけど、ちゃんと自分で本当に採ってきたの。だから……だから、待って……!」

 そうしたら、顔を背けて、今度はディグダが震えるような声で、言ってくるのだ。

「お前は本当に……馬鹿だな! コウモリの巣は、空気に触れたらダメなんだよ! 地面に落ちてるのを拾うんじゃ、意味がないんだ!」
「え?」

 ゆっくりと、視線をディグダから自分の掌へと移す。
 そうしたら、風に揺られて、コウモリの巣の藁が、フィフィの手から零れ落ちていく。それを、先ほどまでのように落とすまいと慌てて握りしめようとは思わなかった。

「……そうなの?」

 ディグダの口調はわざとらしい、いつも通りの意地悪なもの。けれど唇は微かに震えていて、その瞳は飛んでいく藁をみつめている。それはまるでフィフィの代わりに大切な何かが飛ぶのを見届けるかのよう。

「……本当に、お前は馬鹿だなぁ。魔女になりたいくせに、魔女のこと何にも知らないじゃないか。いいか? そんなに簡単に魔女の薬の材料が手に入るなんて思うな? だから魔女の薬は貴重なんだ」

 思わずこぼれ出そうな涙を抑えながら、ちゃんと思ってることを言う。

「簡単なんて、思ってない」

 ディグダがやれやれと言わんばかりに、ずっと背筋を正してこちらをみながら飛んでいたのに、今度はわざとらしく足を組んで、いつものようにふよふよとフィフィをからかうときのように、浮かび出す。

「お前、コウモリが藁の巣で暮らすと思ってるのか? 藁で巣を作って暮らしてるのはこの辺りを縄張りにしてるコウモリたちだけだ」
「…………」

 知らない。そんなの、初めて聞いた。

 フィフィはこの屋敷の周りのこと以外、きっと、何も知らない。この屋敷の周りのことでさえ、本当の意味では何も知らないのだろう。

 普通、コウモリは藁の巣を作って暮らして、怖いボスがどこにでも一匹くらい、いるものじゃないの?

 ぼんやりと目の前をふよふよと浮いているディグダを視界に入れることしかできず、喉も魔女の薬で声を奪われたかのように、すっかりと閉まってしまった。いつの間にか全身を帯びていた熱は収まりつつあり、胸の奥のモヤモヤはもっとぽっかりと心に穴が開いたようなものへと、変わりつつあった。固まっているフィフィを見て、ディグダがわかったならいい、とでもいうように肩を竦めて「なら……」と言い出したところで、エプリアの声がそれを阻む。

「……だけど、コウモリの巣を採ってきたことには変わりない。材料に不備があった。でも、まだハロウィンは終わってない。魔女の材料は簡単には手に入らない。だからこそ、もう一度作り直すときもある」

 今度はゆっくりと、視線をディグダから後ろで様子を見守っていたエプリアの方へと、移す。
 青い瞳と目が合って、そうしたらエプリアが、すごく苦しそうな顔をしていて、さらに自分の置かれている状況が、知りたくなくても分かってしまった。
 エプリアがフィフィの方へと近づいてきて、まだ遠くへは飛ばされずに地面へと落ちたコウモリの巣の藁を、拾い始めた。
 視線を地面に向けたままに、エプリアは言葉を詰まらせながら、言う。

「……ごめん。本当はフィフィが……コウモリの巣を採ろうとしてるのを……傍で見てたんだ……。屋敷から飛び出してきた女の子がいるのに……気が付いて、……跡をつけてたんだ。……落ちたのを拾うのではだめなのを知ってたのに……俺は教えなかった。ただ、見てた……」
「……………」

 それを聞いた瞬間に、また胸が嫌にモヤモヤドキドキとして、再び全身に血と感情が巡るのが感じられた。先ほど以上に顔に熱が帯びて、もう全てを抑えきるのに唇を強く結ぶよりほか、ない。

 自分はなんて愚かで、なんて恥ずかしい奴なんだろう。

 本当は滲みでる涙をこぼしてしまいたかったけれど、ここで泣いてしまったら、愚かさ以上に、ただの馬鹿な少女になってしまう気がした。恥ずかしささえ手放し、小さなプライドをも捨てたら、フィフィはきっと、救いようのない、本当に何もできない者になってしまうのが、無知のフィフィなりに、分かっていたから。
 傍からみて、あんなにも必死になって、何にも使えない藁を掴み、誇らしげにしていた自分は滑稽でしかない。

 ああ、本当に、恥ずかしい。すごく恥ずかしい。

 今までも恥ずかしい経験などたくさんあったのに、これほどまでに恥ずかしいと、本当の意味で感じたのは初めてのことだった。
 賢いエプリアが、フィフィに声をかけなかった意味が、分かる。
 ディグダが、フィフィに提示している条件の意味が、もう身に染みて分かるようになっている。

 採り方を知らない者が、使い方など知る由もないのだ。
 魔女の材料を集められないものが、魔女の薬を作れるはずがないのだ。

 ディグダの方もエプリアの方も向けなくて、ただただ足元のもう真新しくはない黒い靴を見るしかできない。鼻の奥がツンとするけれど、喉がひゅっと鳴るけれど、泣くことだけはしたくなかった。
 二人がどんな気持ちでフィフィの滑稽な様子をみていたのかなんて、正直、知りたくないし、むしろ言われなくても十分すぎるくらいに想像がつくから、せめて何も言わないでほしいと、漠然と考えていた。
 けれど黙ったままのフィフィに、ディグダが言ってくる。

「お前は魔法が使えないから、魔力の痕跡が見えない。だから藁の違いが分からないんだ。別に、ただの馬鹿じゃない」

 そんな気休めを言われても、自分が愚かで、馬鹿で、滑稽なことをしていた事実は変わらない。けれど、黙ったままではこの惨めな慰めの言葉を受け入れるかのようで、だけど何かを反論するのももっと惨めであることが分かるから、フィフィは視線をようやくにディグダの方に戻し、一言だけ、返す。

「そう?」

 震える声で、ディグダの気休めの言葉を肯定も否定もせず、ディグダがフィフィに向けて言った言葉の意味が、そのままに返るように。
 そうしたらディグダが眉を切なげにひそめて、そのまま顔を逸らした。
 入れ替わるように拾ったって意味のないはずの藁を集め終えたらしいエプリアが立ち上がり、俯き気味に無言のまま、フィフィへそれを渡そうと距離を詰める。
 確かにフィフィは馬鹿だけれど、二人がどんな気持ちでその様子をみていたのかくらい、想像はつく。恥かしさを感じないほどにまで、愚かではない。
 意地だけで涙をこぼさないようにしているフィフィは、立ち上がったエプリアに逆らうようにその場にしゃがみ込んで、顔だけは泣いてないと分かるようにしっかりとあげて。愚かな自分を守るよう、格好だけは保とうと、膝に肘をおいて、ディグダもエプリアも視界に入らない安全な屋敷の方に顔を向けて、頬杖をつく。
 けれど、エプリアはあからさまなフィフィの態度に構うことなくそのまま近づいて、フィフィの傍にしゃがみこんだ。

「俺はこんなに後悔して、自分のことをこんなに愚かだと思ったことはない」

 そう言いながら、エプリアは頬杖をついていない方のフィフィの手をぐっと掴んで、無理やりに拾ったその藁を受け取らせる。

 きっとこの場で、この藁に何の意味もないことを一番に知っているのに。ふんっ。

 どうしてもエプリアの方をみたくなくて、エプリアから逃げるように、首が回る限界まで捻って、顔を背ける。

「……本当に、ごめん。言い訳を許してくれるなら、試験だなんて知らなかったんだ。それで、俺は人を疑うことしかしてこなかったから……まずは様子を覗おうと……声をかけることができなかった。見ていたら一生懸命なのは、すぐに分かったのに……」

 エプリアの方を向きたくないのに、その声が少し切なげで、藁を握らせるその手はとても温かいのが感じられるから。だからつい、ほんの少し首を動かして、視線をエプリアの方に向けてしまう。
 そうしたら一瞬目を見開いて、何故かエプリアが嬉しそうに笑って、ちょっと意地悪な声色で、続けるのである。

「だから今は正直に言うよ。フィフィは本当に賢くない」
「…………」

 慰められるよりもマシな気はするけれど、あえて言われることでもないような気もする。やっぱり、フィフィ、馬鹿にされてる?

「だけど、愚かではない」

 またそっぽ向こうとしたところで、思いがけない言葉が続くから、フィフィはついつい、完全に顔をエプリアの方へと向けてしまう。
 そうしたら今度は、ほらね、とでも言うように穏やかに微笑みながらエプリアは話し始めるのだ。

「フィフィは正直だ。喜びも、怯えも、羞恥心も、怒りも、全てを受け入れる。……無知であることも、傲慢であることも、ちゃんとプライドを捨てずに」
「………………」

 エプリアが言っていることの意味も、正直本当に褒められているのかさえも分からないけれど、その青い瞳の揺れと微笑みがとても優しくて、とりあえず、愚かではないと言ってくれているのは嘘ではないのだと伝わってくる。だからフィフィはゆっくりと、視線をエプリアから再び掌に戻ってきた、少し量の減った、土のまとわりついたコウモリの巣の藁に、移す。

「無知であることを受け入れなければ、学ぶことができない。だけどそれを受け入れることができた者にだけ、学び成長する機会が与えられる」
「え?」
「俺がお師匠様の次に信頼していた人の言葉なんだ。それで、大事なことを忘れてしまっていたのを、フィフィと一緒に過ごして、フィフィが思い出させてくれた」
「……?」

 穏やかに微笑んでいたエプリアが、洞窟へと駆けていく前に見せたような、ニッと口角をあげて、獲物を狩るときのような瞳で、力強い笑みをもらす。

「知識があるのにそれを使うべき時に使わないのは、無知よりも無知だ」

 そう言い切ったエプリアの姿は本当に、立派な魔女で、だけどやっぱり魔女ではなく、魔法が使える男の子なんだと、思わせるものだった。
 ポカンと口を開けていると、突然に立ち上がったエプリアが「さあ、行こう」と言い、フィフィに手を差し出す。

「…………」

 もう一度、掌に戻ってきた藁を数秒ほどみつめ、ぎゅっと握りしめる。

「……うん」

 小さく返事をし、エプリアの手をとると、勢いよく引っ張られ、フィフィも否応なく立ち上がらされた。
 そして、飛んで行ってしまうことだってできたのに、じっとその場で黙って様子をみていた植物の妖精に、視線を向ける。ディグダは無表情のまま、フィフィの方を向いているのに、目を合わせようとはしてくれない。俯き加減にずっと、視線を地面の方へと向けている。チラリとエプリアを確認すれば、エプリアもまた、ディグダの方を向いていた。
 フィフィよりも頭二つ分くらい高い位置で浮いているディグダと、フィフィよりも頭二つ分くらい背の高い、目の前にいるエプリアの背中とを交互にみる。

 きっと、エプリアの言う、賢くないという言葉も、ディグダが言うお前は馬鹿だという言葉も、本当。
 本当だけれど、滑稽なことをしていたフィフィを馬鹿だと思って見ていたのだろうけれど、全部がそのままの意味ではないのかもしれない。

 そう思う心はあるものの、けれどやはり、二人がどんな気持ちであの時のフィフィを見ていたのかと想像すると、フィフィの胸は確かにモヤモヤとし、逃げ出したくなる衝動に駆られてしまうのは事実だった。それでも、ハロウィンは今日だけなのだ。気持ちが整うまで時間は待ってなどくれなければ、やっぱり簡単に夢を捨てることなどできなかった。
 そのためにフィフィは、今の自分の気持ちに正直になるよりほか、選択肢がないのである。

 フィフィ、魔女になりたい。
 だから泣いてる時間はもちろん、へそを曲げている時間はもっとない。

 そこでフィフィはあえて深く考えず、素直にエプリアがコウモリの巣をわざわざ採ってきてくれた気持ちの方を、大事にしてみることに。
 ディグダが慰めの言葉をかけてくれたことの気持ちは、友情からだと、突っぱねないことにしてみることにしたのだ。
 小さく深呼吸をし、フィフィはディグダの方に向かって歩いていく。

「ディグダ、あの日のケーキの苺はすっごく甘くて美味しかった」
「ん?」
「は?」

 エプリアが首を傾げながら振り返り、ディグダがようやく、顔をあげてフィフィに視線を向ける。
 だから、ちょっとだけ、二人ともが意地悪な声を出すときの声色と口調を真似て、フィフィもまた言ってみるのである。

「馬鹿ね、すっごく甘い苺のケーキは特別だから、替えがきかないのよ。替えはきかないけど、交渉はできなくもない。……だから、もう一度、チャンスを頂戴。まだお昼過ぎだもん。お小遣いで買ってくるケーキは2個にするから、ちゃんと用意ができたら私のお願いを聞いて」
「……いいだろう。言っとくけど、俺はお前と契約する気はない。ケーキを食べてしまったから、この交換条件に応じてるだけだからな」

 ディグダもまた、どこか大人し気だったのが一転、通常運転へと半ば強引に、フィフィに合わせて戻してくれていた。
 ふよふよと浮かびながらも、足を組んで、片目をつむり、意地悪そうな笑みを浮かべている。
 だからフィフィも負けじと、いつものように元気いっぱいに、大きなな声で心のままに、言い切るのだ。

「あの時のケーキを返せないなら、ちゃんとお願いを聞いて! 私、魔女になりたいの! 今度こそ自分で材料を採ってきてみせるから、その時は絶対に契約してかぼちゃを動かして!」

 

つづく

 

かぼちゃを動かして!は完結済みの作品のため、⑪以降のこちらでの掲載は閉じさせて頂いております。
連載をお読み頂いていた方々、ありがとうございました!

⑪以降は、本よりお楽しみいただけましたら幸いです🧹🎃♡

⚘⚘⚘

製本版
―かぼちゃを動かして!―

かぼちゃを動かして!―上―
かぼちゃを動かして!―下― coming soon(年内)
フィフィの取り扱い説明書 coming soon(年内)

Special episode

かぼちゃを動かして!㉕+0.5=かぼちゃを躍らせて!①-0.5

近日こちらでも掲載予定♪

第二部

ちゃ

構成中

よろしくお願いします🎃🕷🌈

 

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