世界の子どもシリーズNo.18_過去編~その手に触れられなくてもepisode10~
―式典終了後、アヴァロン時刻・アヴァロン城大広間前―
時間守の二人は、珍しくひとつの魔法鏡を熱心に覗きこんでいた。ブラウン家とハミル家はアヴァロンでも有数の名家。さらに言うと、名家の中でも特に有名であった。それぞれの一族の歴史は長く、ハミル家とブラウン家でアヴァロンを二分すると言われるくらいに、どちらの家からも優秀な魔法使いがこぞって輩出されているからだ。
この二つの名家を筆頭にアヴァロンの魔法族は真摯に魔法に向き合い、アヴァロンという国に誇りを持って仕えていた。
ただ、ブラウン家とハミル家がアヴァロンの国のために手を取り合って他の魔法族を引っ張り仕えていたのかというと、決してそうではない。二家が争う形で、必然的に他の魔法族も刺激されアヴァロンの魔法族自体がとても優秀になった結果、ハミルとブラウンなくしてアヴァロンなし、とまで言われるようになったのである。
アヴァロンでは魔法族として生きるならば魔法学校の卒業が必須とされている。例えば、この二家から同学年の子が生まれようものなら、子どもの頃から否応がなく、熾烈な主席争いが生じてしまうのである。それは長い歴史の中でかなりの期間、かなりの頻度で、ブラウン家とハミル家の間で繰り返されてきた。不思議なもので、子の生まれる時期など合わせようがないというのに、ブラウン家に子ができれば、ハミル家も。ハミル家に子ができれば、ブラウン家も。そして大抵の場合が、同学年で生まれるのである。無論、どちらの家から生まれる子も赤子の時から疑いようのないくらいに魔力はずば抜けて強く、かつ、頭もよかった。このハミル家とブラウン家の出身の者が残した魔法学校での伝説は数知れない。ただ、彼らは成人こそすれば他の魔法使いたちから大歓迎されるのだが、学生である間は少し訳が違った。ハミル家とブラウン家の出身の子が同時に魔法学校に入学する際は、先生はもちろん、同級生もそれはそれは対応に困ったからである。授業は魔法基礎学から実技まで質問のオンパレード。テストは例年通りの問題であれば彼らには簡単すぎるし、彼らに合わせてテストを作れば他の学生には解けないのである。
彼ら自体はどちらの家の出身であろうが、優秀で真面目であることはかわりなく、嫌われているといったことはなかったが、正直なところ、学生たちからはハミルとブラウンのいる代はテストが難しければ、授業の難易度もあがり、落第生が多く発生するハズレ年の学年、なんて言われていたのだ。
そういった経緯がある中で、ハミル家とブラウン家は犬猿の仲とまではいかないが、それに近い表現と認識を周囲から受けている。その中でも特にアヴァロン史上、歴史に残る記録的な魔法学校での成績を収めたハミル家とブラウン家の同学年が、だからこそだろう、宇宙中で大切なサンムーンの開放式典の時間守を、今回任されているのだ。
「ショースター、今日くらいいいだろう。私はまだ魔力にだいぶ余力がある。もう少し大きな魔法鏡に繋がせてくれまいか」
「おい、タルバニア。私たちは最も任が重いといっても過言ではない星門の時間守を預かっているのだぞ。本来なら小さな魔法鏡を繋ぐことも問題だというのに」
「むっ、仕方がない。ならばこのサイズで我慢する故、お前は時間守の任に集中してるがいい。鏡をよこせ。一人でみるのであればこのサイズでも問題はないのでな」
「なんだと!? そんなことを言っていいのか? 私が魔法鏡から暦封を繋ぐのをやめたら映像はみれな……」
「ショースター、静かにしろ。ほら、ネロ様がカイネ様を連れて前に出られた! いよいよだ」
「何っ! お前、もっと詰めろ」
ブラウン家出身のショースターと、ハミル家出身のタルバニアは魔法学校の入学から卒業まで、どちらもどの科目も一度も満点以外の点数をとったことがなかった。それ故にアヴァロンで初めて主席が二人となり、ブラウン家とハミル家の間でも初めて、ある意味で争いなく卒業をした二人となったのだ。
無論、テストの難易度が下げられていたわけではない。どの生徒にとっても優し過ぎず、難し過ぎないテストというのが魔法学校では学法として定められている。その学年の平均魔法力と知能よりも上を目安に、座学から実技まで、全てのテストが作られるのだ。
そして、その方法で作られたテストは歴代のハミル家とブラウン家の出身の者でも満点をとることがあっても、卒業まで常にどの科目も満点をとり続けるということは、一度もなかったのである。
さらに言うと、学年自体も優秀な年であり、このショースターとタルバニアの代は、アヴァロンで有名な他の名家も多く生まれた年に該当した。故に決して、テストが簡単であったということはむしろあり得ず、その証拠に落第生もまた、ブラウン家とハミル家が同時入学した際の平均数と同じであったのだ。
けれど、ショースターとタルバニアを犬猿の仲だと思っているのは周りだけで、意外にもこの二人は相性がよく、暦と時間の封もあまりにも息ぴったりに繋ぐため、まだ若いものの、この大役に抜擢されたのだ。
「ああ、よかった。ネロ様、一時はどうなることかとご心配致しました。必ずやカイネ様をお幸せにしてくださらないと」
「それに関しては同意してやろう。万が一にでもカイネ様がお断りになられたら、ネロ様は抜け殻のようになってしまっていたに違いない。……何よりこの国でカイネ様の走り回る姿がみられなくなってしまうものならば……どの魔法族も全てのやる気をなくすだろう」
「ぷふっ、そうでしょうなぁ。アヴァロンの魔法族はみな、真面目過ぎる者しかいないゆえに、ぶふっ。何をしでかすか分からないカイネ様がおられるくらいが丁度いい」
「カイネ様がアヴァロンにおられる間に過保護なネロ様によっていったいいくつの法案が新しく申請追加されたことか……」
本来であれば公私混同もいいところだとなるものだが、アヴァロンの国の者から苦情がでることなど一度もなかった。それらはむしろ、感謝されることの方が多かったのだ。カイネは城というよりも街で過ごしたがる性分であったこと、また精霊郷を出入りしていたことも大きな理由となったのだろう。決まって真面目過ぎる魔法族では盲点となるような柔軟な視点で、アヴァロンの民の生活に必要な法案が、アヴァロンと精霊郷を繋ぐのに必要な法案が、彼女が通る道のあとに出来上がっていくのである。
カイネがアヴァロンに来てから、精霊郷とアヴァロンの魔法族の交流自体も自然と増え、それはアヴァロンにとっても、精霊郷にとっても素晴らしい発展を促したのだ。
けれども純粋に、国の発展に関わらず、カイネの周りには笑いがたえないのである。星詠みや時間守といった国を挙げての仕事は、いつもあまりにもきっちりとし過ぎていた。アヴァロンの魔法族にはどうにも、ネロも含めて笑いが足りなかったのだろう。
ショースターとタルバニアは優秀であるが故に、こうした宇宙間でおこなわれる公の行事というのにも、護衛など仕事として参加することが多かった。だからだろう、これまでの二人の街での様子から、公の場での様子までをよく知っているからこそ、二人の道筋を思えば、感慨深い想いがあったのだ。
「「本当に……ネロ様は良いお方を選ばれた」」
自然と声が被さり、ショースターは不服そうにタルバニアに視線をやり、タルバニアはそれを無視し、ここぞとばかりにさり気なくショースターを押しのけて、魔法鏡を占領するのである。
「おお、カイネ様に声をかける騎士がいると思ったら、ヴァルキス家のご息女のようだ。なんと! あの歳でこの式典の仕事の任を貰うなど優秀なことだ。……そうか、確かネロ様と同じ学年であられたな。……カイネ様とも親しかったゆえに……頑張られたのだろうな」
「ヴァルキス家だけではない。パーチス家のご子息もだ。……他にも、なるほど。今回の仕事の倍率が高かったのはこういうことか。……ネロ様とカイネ様のご学友らはかなりの努力をされたようだな。あのお二人について行こうと思えばこそ。アヴァロンの中堅たちから仕事をもぎ取れるくらいに、若いうちから実力をつけていたのだろう」
「そのようだ。あそこの騎士たちも……」
「…………」
「…………」
その様子を微笑ましく、そしてその友情を涙ぐましく見ていたというのに、ショースターとタルバニアはあることに気づいてしまうのだ。
「おい、タルバニア、おかしくないか?」
「ああ、ショースター、私も同じことを思っていた」
二人して、さらに食い入るように魔法鏡の中をみつめる。けれど、そんなものなど計算しなくても、確認しなくても記憶してしまっているくらいに、今回の仕事の人気は高く、倍率もすさまじかったので、もはや意味はなかった。
「「なぜ、私たちは審査順位一位であったのに、式典の中の任につけていないのだ」」
こういう宇宙中からの来客のある大きな仕事というのは、毎回公募があり厳しい審査がとりおこなわれる。そして、ある程度の適材適所というものから逸脱していなければ、成績がよかったものから順に希望の任につけるのが常なのだ。
「カイネ様とネロ様のご婚約の瞬間をみるため、父上や叔父上よりも良き成績をおさめたというのに」
「お二人のご婚約の瞬間をみるためならば、タルバニアと一緒の任でもいいと合意したのに」
時間守として、星門を任されるのはとても光栄な仕事ではあるが、大抵はベテランに任されることが多い。
それに加え、今回はトキの調整がなされた空間にかなりの人数の王族や要人が集まるため、基本的に中の警備に審査順位の高いものが配置されていたのだ。
「「……おかしい」」
けれどちょうど、魔法鏡の中でカイネがネロへと抱き着き、そのまま二人のダンスが始まったのだ。魔法鏡には向こうの状況がとても小さくしか映らないのに、二人が幸せそうに笑っているその表情が、はっきりと分かるのである。どちらもの笑顔が、王子としてのものでも、姫としてのそれでもなく、アヴァロンの街で過ごすいつも通りの二人のそれであることが、とても喜ばしく感じられた。アヴァロンの未来を担う王子と姫の幸せそうな姿は、滅多に笑わないショースターからも、常に穏やかな笑みを浮かべるタルバニアからも、落ち着いた小さな笑みを導き出した。それは二人が公の場で出すことはない、日常のふとした時にもらす自然体のもの。
どちらも視線は魔法鏡の方に向いたままだが、互いに互いが微笑んだのが何となく感じられ、ショースターもタルバニアも思い直すのだ。
「ネロ様とカイネ様のご婚約が上手くいったならば、それでよいか」
「そうだな。記念すべき日の星門の時間守を出来てよかったということにしておこう」
「そうだな。私たちは時間守の任に集中するとしよう」
ショースターが頷き、先に魔法鏡から離れる。それを合図にタルバニアが魔法鏡から時刻封の繋ぎを解除しようとしたその時、左目に突き刺すような痛みが走り、悍ましい光景と激痛が脳裏に流れてくるのである。
「ぐあっ、う、くっ……」
「おい、タルバニア!?」
あまりもの激痛と、信じられない光景に耐えられず、タルバニアは手に持っていた鏡を思わず離してしまう。
床が絨毯であったからだろう、それは鈍い音を立てるだけで、割れはしなかった。けれども、その鏡からはまだ時刻封の繋ぎを解除していないのに、中の様子が一切映らなくなってしまっているのだ。
「ぐっ、あああっ、くっ」
「タルバニア! 大丈夫か! 何が起こった!?」
タルバニアが思わず手を当てるのは左目で、手で目元を覆ったまま、痛みのあまり地面へと突っ伏す。その衝撃でしっかりと被っていたローブのフードが脱げ落ち、タルバニアの褐色がかった肌と漆黒の髪が露わになる。
こういった公式行事において、時間守が顔を隠さずとも、ここまで露わにするのはあまりよくない。それが分かっていても、どうにも、動けないくらいの痛みと、星が視せているのだろう、とめどなく、とある光景が繰り返し脳に流れてくるのだ。
「おい、タルバニア! 返事をしろっ! おいっ!」
「ショースター……っ! 今すぐ会場の暦封を確認しろっ!」
「なっ、無茶を言うな。式典が終わったとはいえ、まだ空間は……」
「破られたっ!」
「何をだ? それよりお前は大丈夫な……」
「破られた! 時刻封が、破られたっ!」
「なっ」
ショースターは尚も苦しそうに息を荒げ、痛みを抑えこむように蹲るタルバニアを見て悩んだが、急ぎ意識を集中させ、今、まさに式典が行われていた例の空間の暦封を確認しにいく。身体はそのままに、ショースターの時間の意識だけが、例のトキの調整された空間へと、飛んでいくのだ。数十秒もしないうちに、星々の散りばめられた宇宙間の向こうで、会場の門の光を捉える。向こう側からもまだ閉じられたままではあるものの、外側に繋がる星門を任されているからこそ、門自体に開閉がないことも、時間がズレるといった恐ろしい惨事が起こった訳でもないことも、確認できた。どの角度から見ても、何度確認しても、式典が始まる前と変わらずに、しっかりと暦も時間も調整がなされたまま、寸分の狂いなく、空間は繋がれたままなのだ。
「おい、別に何も狂ってなどいない。魔法鏡を繋いで疲れたんじゃ……」
「違う! お前には視えていないのなら、暦がそのまま、時間の方だけが進み始めたっ! 座標が破られたんだっ!」
「何だとっ!?」
「現在に繋いだまま、サンムーンの座標が破られたんだっ。この空間も、時刻封が破られた! 今の時間に繋がったまま、過去と未来の時間が動き始めたのだっ!」
「なっ、わざわざムーの王が国に残って時計盤を見守ってくださっているというのに、一体どうして……いや、言っている場合ではない。まずはブラウンを招集する!」
「……私はハミルを」
ショースターはその場で仁王立ちをしたまま、タルバニアは床に膝をついたまま、けれども二人同時にそれぞれの掌を合わせ、時間守の魔法を発動させたままに、新たな魔法を重ねていく。
「緊急招集・手の空きし、ブラウン家」
「緊急招集・手の空きし、ハミル家」
もしこの式典の星門の時間守が、歴代の中でも群を抜いて優秀なハミル家とブラウン家出身のショースターとタルバニアの二人でなければ、暦封と時刻封を繋いだまま、魔力の特に強い一族の招集魔法など、到底使えなかっただろう。
to be continued……
🌞お知らせ🌛
2025年より、世界の子どもシリーズの更新は第1・第3土曜日の朝10時となります。
これまで通り、HPの更新自体は毎週土曜朝10時となりますが、第2・第4土曜日は2025年より新連載としてスタートいたします、「ループ・ラバーズ・ルール」の更新となります。また、第5土曜日(第5土曜日がない月はその月の最終日)は月一読み切り連載シリーズとして「誕生石の物語」を予定しております。
世界の子どもシリーズとしての更新頻度は少し減りますが、代わりに2025年より「秘密の地下鉄時刻表」にて先読みを開始いたします。Vol.6くらいから未来編や現代編も大きく加わってくるかと思います!
ぜひ、よろしくお願いいたします🐚💓🐉
※毎週土曜日、朝10時更新予定🐚🌼🤖
世界の子どもシリーズ更新日
第1・第3土曜日