秘密の地下鉄時刻表

秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―No.30_過去編~その手に触れられなくてもep22~

2025年7月19日

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秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―No.30_過去編~その手に触れられなくてもep22~

 

 揺れは収まることを知らず、今度は突き上げるかのような衝撃が、地面を伝ってカイネの身体にまで響いてくる。最初の衝撃で大きく身体が右に投げ出され、次の衝撃で左へと戻されたかと思うと、揺れはまだ収まっていないというのに、カイネの身体はピタリと動きを止めるのだ。
 ずっと寒さを感じていたというのに、途端に温もりという概念を思い出し、手の甲の紋様が熱く、けれども痛みを伴うどころか安心させるかのごとく、情熱を伝えるのだ。

「カイネ」

 すっぽりと視界全てが白いマントで覆われ、目をあけるとアヴァロンの紋様の金刺繍が映り込んだ。それは昼に輝く星のようで、カイネのすぐ傍でとても美しく、光りを放っていた。

「ネロっ!」

 どれほど激しく空間が揺れようとも、ルーマー王と同じく、カイネを抱きしめたまま、ネロも揺さぶられることはなかった。
 絶望ではなく、安心して肩の力を抜くことができたそのとき、カイネはそのまま体重をネロに預け、その耳を自然とネロの胸へとあてた。
 そこから聞こえてくるのは星詠みの中の恐怖の音でも、地が割れるような空間中の騒音でもなく、ひとりの男性の心音。ネロの鼓動。

 生きている音。
 ああ、生きたい。彼と共に、生きたい。

「ごめんな、遅くなって」

 カイネはネロの胸に顔をうずめたまま、首を振った。どうなるか分からない状況であるからこそ、今ここにネロがいるのならば、一ミリだって離れる時間を作りたくなかったのだ。

「もう来ないかと思ったぞ」

 ルーマー王の愉快そうな声が、どこか柔らかい口調で響く。カイネは反射的にその方向をみようと身体を捩らせるも、ネロが力強く抱きしめ直し、それを許さなかった。

「待てと言ったはずだ。これだから大きな猫は困る。威嚇だけはでかいのに、のらりくらりと。ああ、“まて”ができるのは賢い犬だけか」
「貴様! 殿下に向かって何て口の聞き方をっ」

 ずっと黙り気配を消していたはずのルーマー王の付き人たちが一斉にネロに向かってくるのが音だけでも分かった。カイネの肩がビクリとあがるのを感じ取ったのだろう、ネロがふっと息を漏らすように笑ったのだ。

「大丈夫だ。竜は強いから」
「はははは、本当に生意気な男だ。猫も素晴らしければ、賢いというのに、知らないのかね。そもそも私は猫ではなく獅子だが。……お前たちは下がれ」
「しかし!」
「下がれ」

 ただでさえ空間の中はひんやりとしていたというのに、まるで氷漬けにされたかのごとく、この周辺を凍てつくような魔力と圧が覆っていくのである。カイネはネロにしがみついたまま、視線だけをルーマー王の方へと向ける。けれど、ルーマー王は一切、氷など作り出してはいなかったのだ。灯り代わりに灯していた青い炎さえもいつの間にか引っ込めており、けれども視界は闇に呑まれていないことに、カイネは気づく。

「……で、お前はあれ以上の星が詠めたというのか?」
『やはり、ネロにも無理な星詠みをさせていたのか』

 父の怒りに滲む声が、熱を帯びて鏡越しに伝わってくるというのに、凍てつくような魔力のぶつかり合いは、空間を別の意味で震撼させた。
 カイネはネロにその真意を確認しようと、ネロの顔を掴み、自分の方へと視線を向けさせる。

「ネロ?」

 大好きな琥珀がかった紅い瞳の中にカイネの顔が映し出される。その姿はまだムー国の姫としての装い、黒髪のままの姿であるというのに、まるでアヴァロンで過ごす時と同じように、カイネのままにカイネを映し出していた。
 いつもよりもほんの少し丸められた目は、すぐに吊り目がちな強き竜のそれへと変わっていった。そして、頬を掴んでいたその手に、ネロが自身の手を重ねていく。ネロの手の甲にもカイネのものと同じように紋様が浮かび上がったかと思うと、アヴァロンとムーのそれぞれの紋様が重なりあい、一凛の花のように二人の約束の証を示した。
 じんと熱いその触れ合う手に意識が持っていかれたそのとき、カイネの唇に柔らかいそれが触れる。それはひどく優しいのに、触れ合う手から感じる熱よりもずっと、ずっと熱く、瞬く間に痺れるような心地を全身へと伝えていった。
 触れていたのはわずか数秒程度であるというのに、カイネの心を奪うには十分すぎるくらいに、深く、濃いものなのである。唇が離れる瞬間、ネロはついばむように、もう一度カイネの唇を攫った。

「大丈夫だから。お前を置いて逝きはしない」
「……うん、うん!」

 触れていた手はそのまま、決して離れぬよう願いを込めて、互いに互いの指を絡ませて繋いでいく。
 ネロに引っ張られるようにして立ち上がると、ネロは繋いでいない方の手をカイネの肩に添え、傍らに控えさせた。ネロの白いマントがカイネの白いドレスの前へと揺らめき、まるで守るかのようにカイネをネロのマントの内へと招き入れるのだ。
 二人でルーマー王をみると、先ほどの問いの答えを待つかのように、見定めるような視線をこちらへと向けていた。
 けれど、ネロは動ずることなく、ルーマー王ではなく、鏡の向こうへといる父に話し出すのだ。

「婚約の承諾、誠にありがとうございます」
『本当にタイミングよく来るものだ。まあ、丁度良い。……今からカイネを本来の姿へと戻す。故にそのまま例の契約を交わし……カイネの誕生日より先の時間へ繋いで共にムーへと一度戻れ』

 もしこのような事態に陥っていなければ、例の契約を交わす場はきっといつもの花畑で、親しい友人たちに見守られながらであっただろう。ただ、父が言うように婚約の状態であっても、契約を交わした上でカイネの誕生日後の未来の時間へと繋いでムーへと戻れば、公の場であっても完全に本来の姿で過ごすことが可能となる。そうすれば、確かにカイネが時間に関与していない大きな証明となるに違いなかった。

 ルーマー王も、それ以上は口を挟まずにネロと父のやり取りを黙って聞く代わりに、二人が話しやすいようにだろう、手鏡をネロの見えやすい位置へと動かしてくれたのが分かった。ネロの横にいるカイネにも、父の顔がとてもよく見えるようになったのだ。
 カイネもまた、ネロとこのまま契約を交わし本来の姿へと戻れるのならば、契約を成立させるために未来の時間へと繋いで帰国できるのならば、これほどに嬉しく安心できることはなかった。
 けれど、愛しい婚約者は絡めている指に力を籠めると、緩く首を振るのである。

「ダメです。アヴァロンはもう、時間を新たに繋ぐことができない」
『なんだと!?』

 すると、ネロは突然にカイネの後ろ髪をすくと、露わになった首筋に噛みつくのである。

「きゃっ、あ……い、たい」

 耐えられない程ではなかったものの、ネロの歯が肌に触れたかと思うと、まるで痛みを覚えさせるかのごとく、甘く、けれども強く、その歯をカイネの肌へと食い込ませていくのだ。そして、噛みつかれた箇所から情熱的な炎のような魔力と熱が、首筋からカイネの中へと、血と共に巡っていくのだ。

「あ、つ……い」

 ネロの歯が離れたかと思うと、ネロは歯形をなぞるようにカイネの首筋に舌を滑らせた。ゾクリとするその感覚と引き換えに、熱くなった身体は力が入らなくなっていく。けれど、ネロはカイネを抱き留めると、そのままに何度も首筋に小さな口づけを落とすのだ。

「竜のマーキングか。それも最古にして最強の守護陣つき、か」
「ここでのやりとりを……記録してるんだろ? ならしっかりと、カイネに手を出せばアヴァロンの竜が地獄よりも苦しい所に堕とすと記しといてもらわないとな」

 背後でネロの魔力が大きく動いたのが分かった。今の状態ではカイネは自分の首元を確認することはできない。けれど、手の甲のように、首筋に何かしらの印が刻まれているのを、感じていた。身体中の熱というのは一通りを巡り落ち着いているというのに、どうにも噛まれた箇所は、紋様となっているのだろう、熱を帯びたままなのである。

「……隠していたのは悪かった。だが、他国にも情報を示すならば空間ごと起きた出来事を記録する方がてっとりばやいのだ」
『…………』
「まあ例え契約を交わしたとしても、俺はカイネの本当の姿は誰にも見せる気はない。俺以外は知らなくていいことだからな」
「番が特別なのはよく知っているつもりだが……本当に竜というのは独占欲が強いな。だが、ムー王はカイネ王女の本当の姿とやらで、カイネ王女の無実を証明なさる算段のようであったが?」

 ネロの方へと視線をやると、意外にもネロはルーマー王ではなく、カイネの方を向いていた。視線が絡み合った瞬間に、カイネはその瞳から目が離せなくなる。その琥珀がかった紅い宝石のような瞳は、とても優しく、慈しむようにカイネの姿を捉えている。それなのに、その瞳は珍しく潤んでおり、切なげに揺れるのだ。そしてどこか苦しげに眉が顰められている一方で、その瞳の奥にはもう決意が宿っているのである。

 私に竜の愛を刻んだというのに……ネロは決めてるんだ。

 カイネの顔がみるみる崩れていき、涙がぽろり、ぽろりと零れていく。この涙は絶望に満ちたこれまでの我慢でいっぱいの涙と違い、素直に、まるで子どものように、カイネの心が溢れ出たものであった。

 分かっているけれど、分かりたくない。

「泣くなよ……お前の涙には弱いんだ」
「……私、嫌だ……」

 ネロが再び自分のマントの内にカイネを招き入れたかと思うと、涙で滲んでいたからだろう、胸元のアヴァロンの金字の紋様が、流れ星かのごとく輝いた。けれど、とても、とても美しいのに、速すぎる流れ星は掴めはしないのだ。目に焼き付けることさえ許さぬくらいに。

「アヴァロンの魔法族を代表し、ムーの王に進言致します。カイネ王女の姿は決して明かさないでください。ご存知の通り、過去に介入された為、歴史が書き換えられ、ねじ曲がった未来へと動こうとしています。直に、このサンムーンを大波が襲います。もし撤退しなければ、被害は計り知れないでしょう。そして、撤退したとしても大きな戦争が起こるのも避けられません。……そこで、アヴァロンの魔法族で星を詠みました。波のことではなく、あえて座標のことを詠んだのです」
『……そうか、そういうことか』
「私とカイネ王女でもう一度座標を繋ぐことが可能な未来が訪れるのが、ここ、のサンムーンしかなかったのです。……竜は番を失っては生きられません。俺は……アヴァロンはこれよりサンムーンの時間から動けなくなる」

 ネロの表情をみたからこそ、何を言っても一緒であることは分かり切っているのに、カイネはその胸にしがみつきながら、叫ぶように、懇願するのだ。

「なら、私も残る! ……お願い」

 けれど、本当にこの男性ひとはズルいのだ。カイネの声を聞いた途端、とても、とても力強く抱きしめるというのに、ひどく優しい手つきで頭を撫でながら、耳元で囁くのだ。

「……ダメだ。お前はムーに帰るんだ」
「いやっ。いやっ!」

 嘘のつけない真っすぐで不器用な彼の言葉は、カイネのことを想ってのものでしかないのが、抱きしめる力からも、その声色からも、痛いほどにそれが伝わるというのに、カイネが欲しい言葉とはまるで真逆のものであるのだ。

 

to be continued……

はるのぽこ
過去編第一部ラスト5話は私なりにかなり力をいれて書いているため、先読みの刊行ペースより内容を丁寧に書くことを優先してます🐚ただ、次の更新までには先読みの分も一気に進められるかなと思っております📚前話くらいから描写の細かいところも表現が対になるようかなり拘って構成してます🐉よかったら、どのシーンを対に表現してるかなど、絵合わせならぬ文章合わせで(笑)もし発見した方はゲームだと思って楽しんでいただけたら幸いです♪

 

✶✵✷

 

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付録としてPDF特典タロットがつきます
各キャラのイメージで絵は描き下ろしてます❤♦♧♤

このepisodeの該当巻は『Vol.6』になります!
タロット付録は5「テト(教皇)」です

 

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