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ループ・ラバーズ・ルール_レポート24「音拾い」

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ループ・ラバーズ・ルール_レポート24「音拾い」

 

 ユーキの言葉に、その場の全員が、息を飲んだ。
 すっかりと空は橙色のそれを損ない、星々が輝く時間へと移行している。ユーキは恐らく、あえてゴールデンタイムが終わったタイミングで声をかけたのだろう。
 上からゴールデンタイムの演奏音を聴いて、それが部活に相応しい場と化するのかを確認した上で、今、話しかけているに違いないのだ。
 既に、昨日のリファのここでの滞在時間を優に越えている状況だ。
 いつの間にか工場から放たれる煙も、重機の稼働音も止まっている。それども、まだまだ十分すぎるくらいにファルネは定期的に通過するし、やはりどこかの工場で、例えば保温機とか、セキュリティとか。些細な器具の音はそこら中に溢れているのだ。

(……音拾い……か)

 大慈は無意識に、自身の手を、握ったり開いたり。日頃の行動を思い返す。
 このバンドは、偶然に、楽器を触らせてもらえる機会があり、それぞれが好きな楽器を選んだところ、それが見事にバラけて、いい感じに自然と、グループとして成り立つので、ただの楽器遊びが継続してそれとなったのだ。
 けれども、ここにリファとユーキが加わって、自分たちの音で彼女の本当の音を奏でさせてやれるのならば、バチを握るこの手に、自分たちの演奏する音楽に、好きで続けているこのバンドに。
 何か大きな意味を見出すことができるような気がしていた。

「……のった。いいじゃない、本気の音拾い。そういうの、好きよ」

 そして、やはり今回ばかりは摩季が真っ先に、興味のないフリをしているクセに、的確かつ抜群のタイミングで、応えていくのだ。
 まるで歌っているときのような声に乗せた合意の言葉は、うかうかしていれば、大慈の出番など渡してもらえないのではないかというくらいに、恰好よく響いた。

「……まあね。そういう意味では、この場所は最高に音を掃除しやすいかもね」
「よっしゃー! 明日らかさらに、頑張りますか~!」

 摩季に負けじと、大慈が自分の中に芽生えた決意のようなものを含んだ独り言を呟くも、それはあっけなく、祥の大きな声に被さって、飲み込まれていった。

(……ま、色々。色んな意味でね。……頑張るか……)

 すると、ユーキは数枚の紙を鞄から取り出し、やはりどこか誰もが頷いてしまうような声と意志の強い眼差しで、言うのである。

「……先ほどから勝手ばかりを言って申し訳ないんですが……ここで部活するにあたり、皆さんにも同意書を書いていただきたいんです」
「いいよ。ジョウセイ高校の書類関係なら、自信がある。まずは私から書くよ。……こいつらの見本になるように、ね」
「おいおい摩季さん言うじゃないですか~」
「いや、ショーさん何言ってるんすか。摩季さんのを真似て書かないと、俺らが最初に書いたら絶対に失敗しますって」
「……あんたたち、間違って私の名前まで真似て記入しないでよ?」

 こういうの、に慣れている摩季を筆頭に、全員が部活始動に向けて動き出したのだ。

∞∞∞

―部活初日、リファ合流時、ファルネ川河川敷―

 事前にユーキから説明を受けていたとはいえ、大慈だけでなく、祥。授業後にやってきた摩季とデコポンコンビも、ユーキに連れられて車から降りたリファを見た瞬間に、息を飲んだ。
 途端に、なぜユーキがあれほどにもどかしそうに、けれども悔しそうに話していたのかを理解し、呑気に準備しかできないでいた自分たちに胸が締め付けられる想いになった。

(……普通の……怪我じゃねえ)

 リファのそれは、明らかに、こけるだけで負傷する領域を遥かに超えていた。むしろ、女の子が、それもジョウセイ高校の子が、あれほどまでの怪我を負っている状態で、わざわざ登校するだろうか。
 もし見張りが護衛の意味を成すのならば、それはいくら行動制限があれど、ある種、財閥令嬢には避けられない運命で、程よく心身の休まる自由時間を生み出すだけでも、かなりの意味はあるだろう。
 何かエリートならではの領域を越えた事情があるのではないかとは感じていたが、それでも、エリートならではの事情に留まればいいと、微かに期待もしていた。
 けれど、見張りという存在がいて、ここまでの怪我を負うということは、明らかに見張りの意味は、護衛ではない。となればそれはやはり、苦痛以外のなにものでもないと、大慈は思った。
 もし、本当にもし、時間が戻ったとして、一昨日に大慈がもっと強く明日も会いたいと伝え、部活が一日でも早く始まっていたら、リファは怪我をしなかったのだろうか。
 考えても意味のないことが、どうしようもないことが、ぐるぐると大慈の頭の中を巡った。
 けれども、階段を下りてくるリファは全てが痛々しいのに、ほんのりとその表情は笑顔で、本当に、純粋に喜ぶものであるのだ。
 怪我をしても尚、学校に登校することを選び、痛いだろうに笑みを漏らしているリファをみると、何故か、やはり腹の底から、ひどく自分自身を殴りたくなるような怒りと、泣き叫びたくなるような衝動が大慈の中で渦巻くのだ。
 デコポンコンビは呼吸を忘れたかのように固まり、摩季は瞳にうっすらと涙を滲ませていた。ここからその表情は見えないが、祥の拳は震えている。

「…………」

 今の大慈には、まだ、目の前の傍から見れば大怪我であるのに平然と歩く麗しき少女にできることは、音を奏でることだけだ。
 もちろん、「大丈夫?」と、声をかけたい想いもあれば、困っているという自覚を持ち合わせていないのならば尚のこと、心配だという事実と感情は、伝えるべきだろう。けれどもやはり、ユーキでさえ理由を聞いていないのだ。ならば大慈たちは怪我の理由を追及してはいけないし、いきなり安直に言葉をかけるよりも、まずはドラム缶の準備をする方が、断然に今のリファのためにできることなのである。時間は、ゴールデンタイムは、待ってはくれないのだから。
 大慈はあえて、声はかけずに真っ先に高架下へと向かった。

(昨日みたいなダセェ演奏はしねぇ。ゴールデンタイムは、一秒だって逃さない。……次こそ、逃さないんだ)

 昨日の摩季の言葉と、ユーキの行動力が強く思い起こされ、大慈は改めて思うのだ。一瞬の躊躇いが命取りになる、と。
 それはリファとの関係だけに留まらず、これから先、リファと一緒に過ごそうと思ったときの、些細な決断ひとつひとつが、運命的にもそうなっていくのだろうと。

「……言いてぇ」

 すると、大慈の心の声が漏れ出る。
 うっかりと零れ出たというよりは、持ち上げたドラム缶がコンクリートの壁にぶつかり、その金属音が高架下へとちょうど響き渡っていたからだ。誰にも聞かれないと分かった上で呟いた本音は、ちょうど向こうの方で「リファちゃーん、こっちこっち―!」と呼びかける祥の声と重なって、完全に大慈以外には聞こえないものとなった。
 リファにもこのように、声を漏らさせてやるべきであり、さらにはその声はリファだけに聞こえるものではなく、ユーキないし、自分たちにまで響かせた上で、彼女を困らせる何かには聞かせてはいけないのだ。
 美し過ぎる少女は、美し過ぎるだけでなく、ジョウセイ高校という、オズネル随一のエリート高校の制服を身に纏っている。
 どうにも、守ると、もう躊躇わないと、固く決意しても尚、ずっと付きまとうであろう立場の違いから感じる壁を完全に払拭させるには、一つの確固たる自信や繋がりを求めてしまう心があった。

(能力のことを……打ち明けられたら。そしたらもっと……)

 そんな考えが頭に過ぎったところで、大慈はふと、そんなことを思っている自分を改めて認識し、驚くと同時にひどく可笑しく思うのである。

(頑なに……この能力を隠してたのに。誰かに自分から言いたいなんて)

 大慈は半ば本能的に、自身の能力、この世界の表向きの言葉に合わせて言いかえるならば特別得意なこと、をリファに披露したいと考え始めているのだ。
 するとそれはやはり、大慈が彼女の中での何か特別な存在になりたいと思っていることの表れであることを意味していた。
 さらに今回、そこに戦略的にも打ち明けた方が守りやすいという事実が加わるのだ。
 何事にも慎重で考え込む癖のある大慈にとって、芽生えた感情を後押しする状況が加われば、それはいとも簡単に、全ての決意が何に紐づいているのかを再認識させ、それを加速させていくのである。

(あー……でもなぁ。半ネグと勘違いされたくはねぇし……怖がられる可能性もある、か……)

 オズネルではここ最近、半ネグと呼ばれる不可思議な力を使う者たちによる犯罪が頻繁に発生している。
 けれども、それらは表向きは不可思議な力などなかったことにされているのだ。通常では説明できない状況下で発生する事件や事故現場を、警察や政府が隠しているのである。
 無論、事件や事故自体をもみ消しはしない。
 ただただ、その説明できない状況下や現場を、巧に説明できる何かにすり替えるか、都合の悪い部分だけ報道しないのだ。
 そして、実状を隠蔽されているのに、半ネグという総称がつくくらいに彼らの犯罪がオズネルで注目されているのは、半ネグが事件の予告を行ったり、ネット配信をしながら犯行に臨むからだ。
 けれども今はまだ、このオズネルの世界で、超能力といったものを信じる者はほぼいない。故にそれらはフェイク動画として扱われ、所謂行き過ぎた炎上目的の犯罪者という括りにされている。
 そして、彼らは一定の期間を過ぎると、気が狂ったように暴れた後、自我を失うのだ。突然に頻繁に配信していた犯罪動画がピタリと止み、彼らは決まって虚ろな目で、訳の分からない言葉を呟き続け、廃人のようになるのである。そのために、彼らは薬物中毒者としても扱われ、それらすべての特徴がみられる犯罪者はひとまとめに、半ネグと呼ばれている。

 だが、大慈たちは、このオズネルという世界でほぼいないはずの、裏側、超能力を信じる側なのだ。
 大慈たちは正真正銘、世間では理解されないであろう、能力が使えるのである。
 そんな大慈たちにとって、それは見ただけで、彼らの動画がフェイクではないことがすぐさま分かるのだ。
 けれども配信は大抵の場合が、即刻、政府や警察に見つけられては削除されているため、滅多にお目にかかれない。ニュースで報道されているもののほとんどが、最初の頃に公開され、拡散されてしまった、報道局が既に持っている映像の使いまわしだ。
 同じ能力者かもしれないということで、半ネグのことを知ってすぐの頃は、祥や大慈たちは半ネグのことを調べ回った。それこそ、デコポンコンビに秘密裏にハッキングをさせて。
 そうして掴んだのは、政府の息のかかった謎の研究施設、ネオパルコという研究所が絡んでいるという不確かな情報だった――……。

「信じる! ヒーロー! 信じるロン!」

 すると、あれこれと考えていた大慈の耳に、確かにリファの、恐らくは心からの音が響き渡るのだ。

(音拾いっ)

 間違いなくそれは、ユーキの献身的な支えが見出した、最初のものだろう。けれども内容的に、きっと、大慈たちにも向けて零してくれた言葉でもあるのがすぐに分かるものであった。
 そしてその最初に零す心からの音もまた、ブレがなく、モゴロンの語尾が堂々と添えられているのが、それは嘘のないものだと、彼女はたった数日の関わりからもみんなに確信させるのだ。
 そのことは大慈たち全員を嬉しくさせ、同時に、笑わせもする。
 情けなさや、怒りといった感情を一転、リファはみんなの心を、ある種ひとつにまとめあげたのである。

「「「上等!」」」
「「いえーい」」

 どっと響いた笑い声に続いて、大慈と祥と摩季の声が。デコポンコンビの声が響いて。全員が自然と、身も心も。演奏モードへと突入するのだ。

(まずは演奏から。……打ち明けるまでは、立場に関係なく、純粋にみんなでゴーカリマンを楽しんだらいい、か)

「Justice」

 摩季が指定する曲名は、大慈たちが一番得意とし、とっておきの時に演奏するもの。祥がニカっと笑い、大慈が息を漏らすような音と共に、始まりの合図となるバチを叩くそれを響かせる。
 もっとリファが心からの音を出せるように。彼女を追い詰める何かから音で彼女が過ごす空間を守れるように。
 できれば音だけでなく、もっともっと、怪我を負わないように、邪魔なものを弾くくらいの音を、自分たちだけのライブハウスに奏でたいと、思いながら。

 

to be continued……

 

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ループ・ラバーズ・ルール

このレポートの該当巻は『Ⅴ』になります!

 

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