竜の宝石–Kaine no namida–前編②
「やはり、メダルを渡されるだけのお方でありますね」
「え?」
それは扉の向こうからの爆音と数秒の差であった。じいやが目にもとまらぬ速さで大男をのすのと同時に、時計盤のある広間から扉と巨漢が吹っ飛んできたのだ。それも一人ではない、軽く四、五人はいただろう。
鉄球の男は扉と、扉の向こうから吹き飛ばされた幾人もの似たような大男たちに押しつぶされ、気を失っていた。無論、扉と共に飛ばされてきた男たちも、意識は既にない状態だ。
何が起こったのか分からずに固まっていると、煙をかき消すかのように、先ほどじいやが倒したばかりの男の斧が、大理石の地面、男たちのピラミッドと扉の間の位置に、時間差で降り落ちたのである。
「え、あ、助かっ……た……のか?」
「さて、参りましょうか」
促されるまま、じいやに続き、扉が壊された広間へとテレシオは足を踏み入れる。すると、一人の男が椅子ではなく、大男の山の上に足を組んで腰かけているのである。部屋の中の煙は、まだ収まってはいなかった。けれど、その男の姿が露わになるよりも前に、畏れ多くもテレシオがよく知る声が、響くのである。
「なんだ、帰らずに来たのか」
「はい、私の勝ちですね。テレシオ様はやはり、帰られなかった」
「ふん、どうせ事情も聞かずに走ってきたのだろう」
徐々に良好になるテレシオの視界が真っ先に捉えるのは、黄金色に揺れる、射貫くような瞳。日頃は漆黒のそれが、魔力を開放しているからだろうか、黄金色に変わっているのである。そして、広間に何人の兵が待機しているのかと思えば、そこにいるのはたった一人だけ。このムー国の王のみなのだ。
場所も、椅子も、状況も。全くもって普段の王の間とは違うというのに、そこに王さえいれば、どこでもそれは王の間になるのだと、テレシオは思った。
そして、唖然とするテレシオをその黄金色の瞳で見定めるようにして、王は知りたくて堪らなかった情報を教えてくれるのである。
「波が早まって、カイネが海の中へと取り残された。アヴァロンの状況もよくはない。ネロが瀕死状態で、魔法族の半数と鳥族がサンムーンへ下ったと聞いている。……時空間が乱れている。ネロが目覚めるまで完全には繋げないだろうが、今から私が時計盤から次元を繋ぎ続ければ……座標そのものは損なわれないだろう」
「うそ……だ、そんな、カイネがまさか!」
「……嘘だとどれ程に良いだろうな。その早まった波の到来とトキを同じくして、海賊どもが、見事にムーの貨物船だけを狙いにきた。それも変な薬を盛られているのだろう、まともな奴がおらぬ。捕らえても何の情報にもならん。それに海賊だというのに……まっすぐに王宮庫でも私のいる王の間でもなく、時計盤を目指してきた」
テレシオはカイネのことで頭がいっぱいで、あまりにもタイミングと都合がよすぎる海賊の出現の意味に理解が追い付いてはいなかった。
けれど、王が椅子代わりにしている男たちの山から、呻き声が響いたのだ。すると、その音に紛れて、一滴の雫が床に落ちた音を、テレシオの耳は漏らすことなく拾う。それは本来ならば音として発した訳ではない、王の頬に伝う一筋の感情。
その音を捉えた瞬間に、テレシオは何が起こっているかの細かい状況を越えて、カイネに何が起こったかの事実を理解してしまったのだ。
けれど、王は本当に一滴分の感情の音しか、それもテレシオだからこそ拾えたような微かな音しか、見せはしなかった。
表情は凛としており、圧巻の存在感と氣を放っていたのだから。
眼光鋭いその目は黄金色に輝き続けており、本来の瞳の色に戻られたとしても、王とカイネの顔立ちは似ていないと、テレシオは思った。けれども、その堂々たる表情は、カイネが姫として見せる表情のそれと全く同じだとも思ったのだ。
ああ、カイネの容姿は母親似で、だけどこの表情が、父親譲りなんだ。
彼らの姿はいつ何時も彼らでありながら、力ある者としての姿でもあるのだろう。王がどこにいても王であり、カイネもまたどこにいてもカイネでありながら、絶えず姫である事実を、今になってテレシオは本当の意味で身をもって知るのだ。それらはテレシオの感情をひとつにし、怒りとしてテレシオの中に根を生やした。
「そんなに……力ある者は全てを背負わないとダメだって言うのか?」
確かにあの子は強いけど、確かに王の力は凄いけど、別に弱くない訳でも、感情が無いわけでもないだろ。
別に力ある者はさ、力がある分誰かを助けてあげたらいいだろうけど、だからって全てを背負わなくたっていいじゃないか。みんなで、助け合えばいいじゃないか。
「……なんでいつも……周りは奪うんだろうな。……破壊の音なんて……ちっとも美しくないんだよ」
奪ってやるなよ、逃げる機会も、弱くなる瞬間も、感情が爆発するタイミングも。命も、時間も。
背後にいるじいやの方からは、明確に悲しみの音と声が響いてきて、それがきっと、カイネの帰りを待っていた全ての者の感情を代表した音なのだと、テレシオは耳ではなく心でしっかりと聞いたのだ。
「して、お前はどうする? 見ての通り、時計盤は狙われている。……だが、動いている」
「……っ!」
時計盤が動いているということは、カイネが生きてるってことだ!
「メダルを持つ者よ。お前の主に代わり、私が聞いてやろう。そのメダル、返したいか?」
テレシオの感情に反応したのか、王の言葉に反応したのか。主人が不在の中、テレシオの次元メダルは明確に光を放ち、テレシオたちの行く末を決断しようとしていた。
「私は……」
テレシオはぎゅっとメダルを握りながら、カイネから授けられたあの日のことを思い返していた。
2026.1.4 20:26 open
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