世界の子どもシリーズ

世界の子どもシリーズNo.4_過去編~その手に触れられなくてもepisode0.25~

2024年8月31日

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世界の子どもシリーズNo.4_過去編~その手に触れられなくてもepisode0.25~

 

こちら直接的な表現はありませんが、災害を連想させる言葉や描写があります。苦手な方は該当シーンを飛ばし読みするなど、何卒、無理してお読みなさらないでください。

 

「……イネ! カ……ネ!!」

 階段を駆け下りる間中、ずっと、空よりも上の方から彼の声が響き続けた。それが分かっていて、私は最期、あえて彼へも見えるように自身の髪色をムーの姫としてあるときの姿、黒へと変える。
 たとえ助かったとしても、その後に戻るのならば自国のムーになるだろう。もちろん、本当の意味で諦めた訳ではないものの、あまりにも助かる保証がなさすぎるのは、事実。だから何があっても彼が決して責められることがないよう、ムーの姫としての姿で、私の独断であったと明確に分かるようにしておきたかった。
 そう、階段を降りきったのち、私はひとりの女性ではなく、一国の姫として動くのだ。
 地上まであと数十段というところで、私はクスっと声を漏らしながら心のままに笑む。
 とてもズルいかもしれないけれど、最期だからこそ、嘆くような想い以上に、いつまでも響く彼の声がどうしようもなく嬉しかったのだ。そしてこの階段だけは、どこにも属していない、空間を繋ぐ純粋な通路だから。どこにも属していない通路でならば、もう私は自由になってもいいと思った。最期に誰の目も気にせず、国も立場も何もかもを背負わず、ただ私として自由に駆けてもいい。

 彼に本当の想いを伝えることができた。
 今、彼が私の名を、誰も、何も気にせずに叫んでくれている。
 私は彼を愛するひとりの女性として、心のままに、微笑んでいる。

 今この瞬間だけは、これまで抑え込んでいた想いを開放し、彼を愛するひとりの女性として笑い、彼への愛を抱いたままに生きていいのだ。
 階段を降りた先に待ち受ける未来に恐怖がないと言えば、嘘になる。ひとたび溢れんばかりの彼への愛を忘れてしまえば、恐怖にのまれ、足が震え、禄に動けなくなってしまうだろう。だからこそ、この階段を駆け降りるひとりきりの時間を、余すことなく私は堪能するのだ。
 そのことは、自分の残りの時間を生ききるだけの喜びを最期に自覚させ、それを全身に感じさせるから。

「姫! お戻りください。もう間に合いません!」

 彼が魔法で伝達したのだろう。階段の下からサンムーンに密かに潜伏していたらしい、アヴァロンの守衛の者が待ち構えていた。フードのついた日よけのローブを身に纏っているものの、今は真昼もいいところ、一番に太陽が高い位置にある時間帯。それなのに動けるということは、この守衛は魔法族ではあるものの、比較的日の光に耐性がある者だろう。彼のことだから、アヴァロンからの潜伏者はきっと、私と面識がない者を配置すると予想していた。
 だからこそ、その守衛の者もまた、あまり本当の私のことを知らないはず。懇願するような表情の守衛と目が合い、ニコリと微笑む。

「あなた、ネロ直属の竜騎士ね? ずっと会ってみたかったのに今日が初めましてなんて残念。私、行かなくっちゃいけないの!」

 私は階段を降りきるのではなく、残り十八段を残し、高らかに斜め左下へとダイブする。
 この階段は彼が時空間を繋いだ特別な部屋とサンムーンを繋ぐもの。あの特別な部屋へと立ち入ることが許されたのは、宇宙中の星々から承認を得たアヴァロンとムー、アトランティスとレムリアの代表となった各国の姫と王子の四人だけだ。
 階段自体に決まりはないものの、魔法陣の性質上、階段より先にはこの四人しか進めないようになっている。
 だから守衛は階段の真下で待たなければいけない。けれど、私はちょっとだけ特別。階段を登ることも、降りることも自由であれば、最後まで降りきらなければならないというルールもないのだから。
 そしてこれは一緒に会議に参加していた他の二人だって、彼だって知らないこと。こういうことを彼女たちはしないから。
 この階段をサンムーン側から十八段目のところで左側へと飛び降りると、ちょうどサンムーンの神殿二階入り口へと出るのだ。ちゃんと駆け降りながらも段数を数えるのを忘れはしなかった。私だって、彼が考えることは星なんて詠まなくても、読める。きっと、彼の指示で誰かが階段下で待ち伏せしていると思ったのだ。

「え、あ、ええっ!?」

 守衛は、高らかに神殿へと跳ぶ私を、見てはいけないと判断したのだろう。反射的に目を両手で覆っていた。確かにドレスで走り飛び回る姫はなかなかにいないだろう。私も自分以外では、こういうことをするのは、龍騎姫くらいしか思い浮かばないから。

「……色々、ごめんね」

 私を止めることが彼の仕事だろうに、とても悪いとは思っている。けれど、守衛が心配していることのひとつは、ある意味で大丈夫のはずだ。このムーの正装ドレスは儀式の舞をするためにとても動きやすい造りになっている。伸縮性もはだけ防止も抜群で、コルセットは無いし、生地も柔らかい。さらには表からは分からないよう、内側は密かにズボンのようになっている。そのために、どれほど動いてもスカートの中というのは、見えないようになっているのだ。
 本当は高らかに跳んで舞うための性能だけれど、別にちょっとばかり、神殿の二階へと跳び移るのに利用しても問題ないはず。

「姫!? 姫っ! お戻りください! お願いです!!」

 トンっと着地する音に合わせて、少し離れたところから守衛の叫ぶ声が続く。階段を斜めに飛び降りるとすぐだけれど、階段の真下からであれば神殿までは道が一本ズレているから、守衛はかなり大回りしなければ、私には追い付けない。
 きっと彼のことだから、逃げるトキのため、私のお目付け役に空を飛べる竜騎士を寄こしたのだろう。けれど、昼の時間帯であれば、竜騎士といえど、そんなに長くは飛べないはず。もし飛ぶとしても、本当に最後に逃げるトキくらい。
 自分の真上に影となるものはなく、今から起こることが嘘のように、カラッとした瑞々しい青空に、一定間隔で入道雲が浮かんでいた。耳を澄ませば、微かな風の音と、いつも通りの穏やかな波の音が。そして数秒程遅れ、そこに甲冑の金属をぶつかりあわせながら、激しく地面を蹴る音が混じり出す。
 予想通り、自分の跡を追う音は、飛行するものではなく、慌ただしく走るそれ。彼のことだから、守衛に私を深追いするなとも、他のサンムーンに潜伏しているアヴァロンの者にも速やかに撤退せよとも命じているはず。自分を追う足音が本当は心配でたまらないし、よく知ったアヴァロンの者に真っ先に逃げてと伝えに行きたい。けれど、大丈夫。それは彼がしてくれているからと、アヴァロンの者の避難は彼に任せていたらいいと、改めて自分に言い聞かせ、微かに残る憂いを振り払いながら、歩み出す。
 向かうのは、サンムーンで一番に大きな建物であり、多くの者が避難しに来るであろうこの神殿のすぐ傍にある、サンムーンの街と海の両方が一望できる展望台。

「一度目の波のあと……最初に崩れるのはこの神殿の柱なの」

 潮風が頬を撫で、真っ青な海の美しさをこの目でみるだけではなく、肌でも体感させる。風がそのまま髪を攫って、私の黒を周りにみせつけるかのように、広範囲に靡かせていく。
 本当は、黒髪のムーの姫としての姿よりも、アヴァロンの国を走り回っていたときの、甘栗色の髪の姿の自分の方が好きだった。あの姿だと、みんなと一緒にいられるから。
 けれど、階段を駆け降りながら気づいたのである。このムーの姫としての姿も、実は悪くないと。この姿であれば、全く違う彼と私にひとつ、共通点を与えてくれるのではないかと。

「間もなくね。……まずは波の前に大きく地が揺れる。星が嘆いてる」

 最期を彼と同じ黒髪で終えるのもまた、悪くないだろう。
 私は一度ほど深呼吸し、息を整えたところで、勢いよくしゃがみこみ、地面に右掌を押し当てて魔法陣を発動させる。

「我、時計盤に選ばれし次元の管理者也。時計盤の音を知りし、サンムーンにいるムーの者よ、時計盤への招集を命ず」

 眩いばかりの黄金色の光が、魔法陣から放たれる。遠くでカモメが鳴き、まだ穏やかなままの波の音が響き渡る。それらから意識を離していき、集中するのは掌越しに分かるエネルギーの動きの感覚。

 1……2、3……4、5……うん、一気に全員行った。

 それを確認するや否や、感じるのは重みで、激しい眩暈と頭痛に襲われ、思わず地面に両膝をつく。じとっとドレスが背中に張り付き、気が付けばかなりの量の汗が、身体中を伝っていた。ゆっくりとした呼吸を意識しているのに、どうしようもなく、勝手に息があがり、呼吸が速くなってしまう。

「結構、溜めてた、……つもり、だけど。……それで、も、かなりの魔力……持ってかれる、なぁ……」

 力なく笑いながら呟いた途切れ途切れの言葉は、即座に魔法陣越しに王へと伝わっていく。重かった身体が徐々に軽くなっていき、王がムー側から魔法陣の次元を繋ぎ直してくれたのが分かった。

『カイネ! 何事だ! お前まさか、サンムーンにいる全員をこちらの時計盤へと転送したのか!? なんて無茶なことをっ』

 目を瞑り、浅く速い呼吸を整えようと、唾を飲む。けれど、そんなすぐに息が整う訳もなく、時間もないために話し続ける。

「さすが……に、そらぶね……まで……送れなかっ、た……」
『当たり前だっ!』

 しゃがみ込んだままぐっと右掌に力を入れ、せめて背筋だけを伸ばして、王にも最期になるかもしれない言葉を、なるべく丁寧に伝えていく。

「……波が、……早まりました。もう……時間が、ない。……宙船にいる者はそのまま……待機、を……。波は二度くる。……二度目の、方が、大きい。一度目を逃れたら……逃げ遅れた人を……船で、拾って……神殿ではなく……あちらの……崖の向こうへ……運んで」
『なんだと!? 羅針盤が確定事項として示したのか!?』
「……はい。……二度目のあと……きっと、すぐ……時空間も、乱れ……る。ここに残る人たちは……体質改善が、できていない。だから……拾った人たちは……崖に降ろして、すぐに宙船は……ムーへ」

 ここで限界が来て、魔法陣から手を離そうとしたそのトキ、話を聞いていた時計盤へと転送した者たちが、無理矢理に王の魔法陣へと入り込み、とても力強い声で、叫び出す。

『カイネ様! 生きて戻ってきてくださらないと、私たち、絶対に許しませんっ! 転送分の魔力、お返しいたしますっ』
『だから、どうか、どうか……もうお逃げくださいっ』

 転送した全員が、自身が持てる魔力のありったけを、王の魔法陣越しに送ってくれたのが分かった。わざわざ会議のために危険を承知でサンムーンへと付いてきてくれたのは、子どもの頃からずっとついてくれていた本当に気心の知れた従者ばかり。彼女たちが送ってくれた魔力は、とても、とても、その力以上に温かくて、彼女たちの泣きすするような声が、ひどく胸を締め付けた。

『波の件、承知した。宙船で避難誘導を手伝おう。だからカイネ、お前ももう船へと乗るのだ。王命だ』

 王の言葉に、思わず堪えていた涙が零れ、頬を伝う。王命だと言うのに、魔法陣越しに伝わるそのエネルギーは、王としてあるときのそれではなく、父としてのそれなのだから。

「できません。羅針盤はもう座標を変えなかった。少しでも助かる人が増える未来へと変えたいのなら、昼の星を詠まなければ」
『ならぬ! もうよいのだ。お前だけが犠牲になるのは、やめよっ』
「……いいえ、今回は違う。私は、自分の為に星を詠むのです」
『……カイネ?』
「もう私たちの運命は、波の会議に召集されたトキから決まっていたんです。私も彼も、羅針盤のみせる未来を知ってしまったら、もう戻れない。誰かを見捨てて、役目を放棄した先には……姫と王子としての立場だけでなく、ただこの世界を生ける者としての居場所も、失ってしまう」
『そんなことはっ』
「いいえ! ……失ってしまうの。逃げて自分たちだけが助かっても……心が、死んでしまうから」

 魔法陣の向こうからは従者たちの泣き声が絶えず響いていた。子どもの頃からよく知った彼女たちのその声は、まるで自分がまだ子どもであるかのように、ひどく心を懐かしくさせ、それと同時にもう子どもではない自分の旅立ちを強く自覚させた。本当はとても、とても怖くて、できることならば、あの白い扉の向こうへとすぐにでも逃げたかった。船に乗せてと、叫びたかった。けれど、もうそれができない自分がいるのが、それをしないと決断する自分がいるのが、今のトキを生きる自分であるのだ。
 その後に続くのは、しばしの沈黙。今は一分一秒の時間も大切で、星を詠むべきなのに、私はどうしてもムーへと繋がる魔法陣を解くことができなかった。きっと、このとても大切な今という一分一秒の時間を、無意識にも私はこの沈黙に使いたかったのだと思う。

『リリーはどうした?』

 沈黙を破ったのは、王としての、父の声。先ほどまでの荒々しさが一転、それはどこかとても落ち着いたものだった。

「今日は会議の日だったので、精霊郷の方へとしばし休息に」
『ふっ、そうか。リリーに声をかけず、ひとりでサンムーンに降りてきたな? リリーは泣き喚くだろうが……まあ、よい。リリーが精霊郷に戻っているタイミングでこうなるのだから……それもまた、運命なのだろうな』
「はい」
『……それで、逃げ遅れた者の避難先は……その神殿ではなく、崖でいいんだな? 確か、神殿はサンムーンの街で一番に高いところに位置するが、一部増設工事中だったな?』

 やはり、王はみなを言わずとも、理解が早ければ、私が自分の知り得た情報を言葉にして伝えられること以上のものを、そこから拾ってくれるのだ。

「はい、一度目の波を逃れた者はここに集まるでしょう。ですが、次の揺れで神殿の柱が一気に倒れて、ひどい被害になる。その前に、皆を神殿より向こうの未開の地へと続く崖の方へと誘導しなくてはなりません。足場は決して良くはないですが……崖より向こうは崩れない」
『わかった。こちらからアトランティスとレムリアには連絡を入れておこう。もうほとんどの者が海に還ったと聞くが、海側はあちらの者たちに任せよう。他にも信じるかは分からんが、サンムーンに残る者がいる中立国にはムー側から直ちに連絡を入れておく』
「……! ありがとうございます!」
『そして、カイネ。王命は取り下げぬ。船に乗れ。……二度目の波の前にな。それまで船は次元を繋ぎ続けて撤退せぬ』
「……ですが……」
『だが、私は王だ。娘の命のためだけに船員を危険な目にあわせられない。二度目の波に巻き込まれる前に私が船ごとムーに戻す』
「はい」
『だが……私は王である前に父だ。娘の命以上に大切なものはない。父の願いだ、生きなさい。どんなことがあっても、お前たちの生きる場所を奪わせはしない。私も、お前たちの周りにいる者も。皆で必ず、守ると約束する。決してお前たちの心を死なせはしない。だから……父としての言葉を最後に残す。二度目の波の前に、白い扉をくぐりなさい』
「っつ、おとうさ……」

 そこで、王は意図的に魔法陣を切った。消えゆく黄金の光と引き換ええに、胸は締め付けられるようにとても苦しくなり、みんなが送ってくれた魔力がやはり温かく身体中を駆け巡った。自分に残された王の言葉はとても重く、父の言葉からは愛しか感じられなかった。
 そのまま、真っ青な海をみつめながら、静かに涙を零し続ける。刻一刻と波のトキが迫っているというのに、やっぱり、私にはこの涙を流す時間が、どうしても必要だったから。

 

世界の子どもシリーズNo.5

その手に触れられなくても~episode0.5~

 

※毎週土曜日、朝10時更新予定🐚🌼🤖

 

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