世界の子どもシリーズNo.23_過去編~その手に触れられなくてもepisode15~
カイネはルーマー王とはちゃんと顔を合わせたことがなかった。マルアニア国も滅多に宇宙中での集まりというのに顔を出さないのだ。そして、稀に顔を出すときであっても、カイネは遠目からしか王をみたことがない。ただ国で言うと、宇宙の三大国として名をあげるのが、ムー、アヴァロン、マルアニアなのである。正直なところ、カイネが声で相手を当てることができたのは推測の賜物だ。
時間や次元といった時空間を繋げる者は、アヴァロンとムー以外では現時点ではありえない。
古来、そういった類の魔法具はいくつか存在した。けれども、それらも過去を変えて未来を変えようとする者が現れ厳しく取り締まられたのだ。今でも尚、時空間を繋ぐ魔法具として明確に存在するのがアヴァロンの羅針盤とムーの時計盤である。そして、それらを扱える者も極わずか。アヴァロンの王族とムーの王、王位継承者くらいである。
時空間を繋ぐ以外で宇宙中を移動しようと思えば、魔法科学の発達した星や国が造る船が必要となる。もしくは竜や龍といった古来の神聖なる種族が宙の繋ぎ目といわれる宇宙で発生する時空の乱れを進むことだ。
それらでも近隣の星々と交流するのであれば問題はないだろう。けれども、あまりにも遠い星々との連絡や移動には各星々での時間の流れや種族の寿命が違うからこそ、完全なる交流というのは難しかった。
どうしても船や宙の繋ぎ目を利用しての移動は、距離が遠ければ遠いほど、時間軸が違えば違う程に、目的地としている時間や位置へと辿り着くのに多少の、最悪の場合はかなりのラグが生じるのである。
ムーとアヴァロンが共に時間と次元を繋いだときにだけ、ここまで明確に距離と時間を越えて全てを繋ぐことができるようになるのだ。
別にムーもアヴァロンも私利私欲の為に時空間を繋ぎ、国を発達させたのではない。逆を言うと、時空間を繋げるだけの素質ある者が生まれる星がアヴァロンとムーなのである。そして、今回のサンムーンのように、ぴったりと座標を定めて時空間を繋ぐのはだいたいに、他の国との調和のために頼まれ事があるとき。
素質あるものが力を伸ばし、そういった宇宙間での頼まれ事をこなしていけば経験値はあがり、必然的に強い者が現れれば、多くの知識と交流がアヴァロンとムー星の国の発展を促していくのだ。
そんな中でマルアニア国が大国と言われるのは、彼らの種族の寿命が長く、かつ、魔法が使える者が多ければ身体能力がずば抜けて高いからである。
彼らは獣族と呼ばれ、全国民に獣の血が流れ、自由自在に人型から獣型へと変化できるのだ。
原初の星に次いで歴史のある国であり、ムーとアヴァロンがこうして協力し、座標を繋ぎ出す前から、船や宙の繋ぎ目を利用しての移動でも、時間軸のズレなど気にせずともいいくらいに、彼らの寿命は長かったのである。
一度だけ、カイネはネロから聞いたことがあったのだ。マルアニアの王は竜や龍と同じく、宙の繋ぎ目を潜り抜けられるくらいの身体をもつ、神獣の血を引く、と。冷たく、青い炎を出すから厄介だ、と。
依然、ルーマー王はカイネの髪をひと房ほど、まるで弄ぶかのようにくねくねとその指に巻き付けるようにしては戻す、というのを繰り返している。マルアニア国は一夫多妻制のため、ある意味で女性を拒むことがなければ、際限なく妻を娶ることができる。ただ、彼らは他国と政治的な意味で婚姻関係を結ぶことはその長い歴史の中でなかった。
カイネもまた、だいたい婚姻の申し入れがあれば丁重に断るようにはしていたが、もうすぐ成人を控えていたがために、確かに数国は本当に、候補として断らずに返答を保留としている国があった。
もし、カイネがネロと共にならない時は、政治的に婚姻を結ぶときである。カイネはネロと婚姻したいことを告げてはいたが、父はアヴァロンから申し入れがあれば受け入れて良い、としか言わなかった。そのために、直近での他国からの婚姻の申し入れの最終調整は父に任せていたのだ。
けれど、カイネが把握している中で、嫁に困っている訳ではないが、マルアニア国はある種、自星だけで全てが回るために一匹狼のような状態となっていたのだ。ゆえに今回のサンムーンのプロジェクトに参加するにあたり、国交があるというのを示すため、ムーが断ると分かっていて表向き婚姻を申し入れていたはずであり、さらには、彼らは魔法が使え、かつ鼻が利くからこそ、羅針盤と時計盤の第三者管理を任されていた。
ルーマー王が本当にカイネを妻に望んでいるはずがないのだ。消去法で考えるならば、今回のサンムーンのプロジェクトで他星と国交を結びたいというのが嘘で何か裏がある、もしくは、ムーとの何かしらの取引がしたいのだろう。
カイネは言葉を選びながらも、まずはなぜ婚姻の話を持ち出したのかを探っていくことにしたのだ。ぴくりと動かないままに、けれども嫌だという意を示すため、威圧的な氣を放ち、姫として指示するときに動くそれに口調を変える。
「……もう一度言う。気安く触るな。触れていいのは夫となる者だけだ」
「ならば問題ない。私ももう一度言おう。我が国もムーに婚姻の申し入れをしている。……未来の夫ならば触れてもいいのだろう?」
ルーマー王の声を聞いた途端に、ゾクリと背筋が凍るような心地となった。カイネが氣を放ったのに合わせて、彼もまた、カイネの首へとまわすその手に悍ましいほどの魔力の圧をかけてきたのだ。
額を伝い、冷や汗が鎖骨にまで流れてくるのを感じ、どうか相手にこの焦りが伝わらぬよう、汗が相手の腕へと落ちないことを祈るばかりだった。
どうする?
何が狙いなの? 話をどう持っていく?
前方にいる他の数名の者は気配を消したまま、動きもしなれれば声ひとつあげもしなかった。まるで、王がその力をみせつけるかのように、直々に動いているのである。特に、婚姻の話を強調するかのごとく。
言葉を誤ってはダメ。足元を掬われる。
言い淀みすぎてもダメ。相手に舐められる。
カイネは小さく息を吐き、ぐっと背筋を伸ばすと、やはり姫として動くときの口調で言う。
「ならば、尚のこと、私に気安く触れるな」
「ほう、意外に賢くないところもあるのだな」
「何とでも言うがいい。私はまだ、誰とも正式に婚約をしていない。私は私であるが、それと同時に、ムー星ムー国の第一王女、カイネである。一国の姫が婚姻を個人の一存だけで決められるとお思いか。未来の夫候補の礼儀がなっていないなど言語道断。しかとこの件、王に報告させてもらう」
「ほう、個人の一存では決められない、ねぇ……。ならば、先ほどの式典での婚姻の申し入れへの承諾については何と言い訳をする?」
その言葉にカイネはあえて、首に回されている腕にそっと自ら触れて、答えてやるのだ。今度は姫としてではなく、カイネとして。
「だから言ってるじゃない。私はムー星ムー国の第一王女カイネであり、私なの。一人のこの宇宙に生命体として生きる者。私が、ネロのプロポーズに承諾したの。ムーの姫としての婚約の成立は、正式なムーからの承諾待ちだわ。……ねぇ、何を恐れて婚姻に反対するというの? あなたや他の国が恐れるくらいに彼は王子としても優秀ってことでしょう? なら、ムーは国としても必ず承諾するわ。それに見ていて分かるでしょう? 彼はその優秀さを争いや誰かを傷つけることに使ったりしないわ。……ネロだけなの。私からも国からも承諾を得ることができるのは。……あなたはどれほどに圧をかけようとも、政治的な意味で国としての承諾を得られることがあっても、私からの承諾を得ることはできない。他の誰だって……永遠に」
まさかカイネがそういう意味で手に触れているとは思いもしなかったのだろう。ルーマー王はカイネが自分の腕に触れるのを許し過ぎてしまったのだ。カイネは自身の身体に纏わせていた防御膜をそのまま、ルーマー王に触れている手に集中させる。そしてそれを、一気にルーマー王へと流すのだ。
「つっ……」
「…………」
一瞬怯んだうちに、カイネはその腕を振り払いルーマー王と距離をとる。向こう側で控えていた者が一斉に動く音がしたけれど、構わなかった。これ以上、不必要に触られたくはなかったのだ。
「下がれ。お前たちは動くな!」
ルーマー王の言葉にピタリと彼らの気配は消え、再び音ひとつ聞こえなくなる。カイネは僅か数メートルではあるが、ルーマー王から距離をとることに成功したのだ。すかさずしゃがみこみ、カイネもまた隠密魔法で自身の姿を消し、助けが来るまで身を潜める作戦に入る。
婚姻か交渉がしたいのならば、私を傷つけることはできないはず。
それにここは何かしらの時間の渦の中。密閉された空間で一気に私の火炎魔法を、それも相手の腕に直接流したから……いくら鼻が利くとは言え一度隠れてしまえば、少しは時間が稼げる。
「……お転婆は嫌いじゃない。むしろ、知的でお転婆ときたら……本当に欲しくなるね。初めてだよ。こんなにすぐに私の力を見破られたのは。……否、二人目か。あなたの婚約者にも多分バレてるだろうからね」
「………」
ルーマー王は手を摩りながら終始、取り乱すことなく話し続けた。カイネが火炎魔法を直接腕へと流した瞬間、彼は青い炎を分厚い氷へと変形させ、腕を守ったのだ。その隙をみて、カイネは逃げ出したのである。
あの青い炎は火ではない。火に見せた、氷魔法。ルーマー王は氷の性質を持っているんだわ。……自分の性質を火にみせることで、相手は水性質の攻撃を仕掛けてくる。けれど、水はむしろ、彼の攻撃に必要な土台。自分の力を明かさずに、さらに相手に自分にとって都合のよい場を作らせる算段なんだわ。
「そして返事はない、か。見事に隠れたものだ。まあ、あなたは本当の情熱を知っているからこそ……私の炎など通用しないのだろうね」
to be continued……
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