ループ・ラバーズ・ルール_レポート10「感情」
「……本当に、喋ってただけ?」
ユーキの確認に、リファとダイは並び、揃って何度も頷いた。怯えていたのが嘘かのように、ひとたびユーキの聴取が始まると、リファも驚くくらい、ユーキは曾澤とはまた別の、有無を言わさぬ迫力のようなものを持ち合わせていたのだ。それらを、ピンクメッシュの女性は興味なさげに、ネイルの手入れをしながら聞き流し、リファの知らない二人組の男性は、おろおろとしながらユーキの後ろで様子を覗っていた。
「いや~、そりゃそうだわな。上からみたら、俺らが女子高生囲んでるように見えるわな。ごめんなあ。えっと、あー、ほら。これみて? リファちゃん……であってるかな? なんかコレ持ってきてくれたんだよ。ほら」
そして、リファとダイではどうにも上手く説明できずに困っていたことを、シンプルにショーは笑顔でケロリと言ってのける。ニカっとした笑い方そのままに、けれど、瞳は細められることなくしっかりとユーキの方をみていて、リファがショーから感じる優しさは残っているのに、どこか真面目さも伝わる表情であった。顔の横で大切そうに摘まみ上げられた白いゴーカリマンのマスコットが揺れていて、リファには、ゴーカリマンが嬉しそうに踊っているように見えた。
「……リファちゃんが……わざわざ寄り道してまで、持ってきたの?」
ユーキはショーの話したことに疑いは持っていなさそうであったものの、どこか悲しさをも含むような、小さな質問を、零した。
リファと話す時は、視線が泳ぐことはあっても、リファの方を向いてくれるのに、ユーキはあえてリファから視線を外すかのように、リファの後ろにある、ファルネ川の方を見ている。そのことに、何故かひどく焦りを覚え、リファは何度も瞬きをしながら、咄嗟にダイの方を向く。
すると、ダイは虚を突かれたかのような表情をみせるも、それは一瞬で、今日一番にゆるりと優しく微笑んでくれたのだ。ダイの手が伸びたかと思うと、大きな掌がリファの頭に被さり、ポンっと軽く頭を撫でられる。
リファが最近見る猫の動画のそれよりは短く、すぐにその手は離れてゆく。けれど、横にいるリファにしか聞き取れないくらいのボリュームで「大丈夫だよ」との柔い声も添えられたのだ。微かに触れた手と、耳から離れなくなるその声は、焦るリファに平常心、むしろそれよりももっと穏やかな心地を思い起こさせた。
安心、という言葉が思い浮かび、ダイがいると、どれほど人との会話というものが苦手であっても、ちゃんと自分の口からユーキに説明できるような気がしてくるのである。
ユーキは恐らく意図的にファルネ川の方に視線を向けたままだが、ユーキが目を合わせてくれなくても、リファはちゃんとユーキの目をみようと、ユーキの目の位置に視線を向けながら、ゆっくりと、言葉を選ぶ。
「……モゴロンがね」
けれど、リファが話し出した途端に、ダイとショーが吹き出して、リファは驚いて彼らの方を見る。すると、二人揃って、同じように背を丸め、猫が寒さで震えているときのように、手に腹を添え、小刻みにその背を揺らしていた。
「いや、ここでいきなりモゴロンがくると思わなくって。つ、続けて。続けて」
「いやぁ~、リ、リファちゃん。モゴロン、好き過ぎるね。ぷっ、ごめ……その、ほら、真剣に話す雰囲気だったからさ~」
リファは理由が分からないまま、自分の眉が勝手に寄せられ、唇にもぎゅっと力が入っていくのを感じていた。そして、どこかツンとした、前にも味わったことのあるような感覚に近いものが心の中にあることに、リファは気づく。それが何であったかを、じとっと笑い続けるダイとショーみながら、リファは考える。ショーの手の中で、同じように小刻みに震えるゴーカリマンまでリファを笑っているように見えてきて、そこでようやく、リファは思い出すのだ。これは何度引いても、ゴーカリマンしかでずに、ベッドにゴールドキューブをポイっと投げつける時の感覚と似ている、と。
それは怒りほどではない、モヤモヤとしたような、抑えられるけれど抑えられない感情。リファが眉を寄せたままに視線を泳がせると、ダイの柔い声が響き出す。もう笑い終えたようで、ダイの震えは止まっていた。
「あー、ごめんって。拗ねないで。よく分かんないけど、友達に伝えたいんだろ。頑張れ」
「うんうん、邪魔してごめんね。外野は向こうにいるからさ」
リファの眉は緩められ、口もぽかんと力なく、勝手に開いていく。そうして、リファはガチャキューブの時から時折感じていた例の感覚を、拗ねるという感情なのだと、覚える。
もう一度ユーキの方をみると、確かに怒ってはいないのに、先ほどまでのリファというよりは、ゴールドキューブをポイっとしてしまう時のリファのように、どこか拗ねたような表情に、見えてくるのだ。
そして何故かそれがまた、リファの心に擽ったくも、どこか温かいものを広げていくのである。
リファはほんのりと頬を染め、下校時のように、どこかソワソワと、話したいのに話せない、けど、話したい。そんな不可思議な感覚に打ち勝って、苦手ながらに言葉を絞り出す。
その声は喉を通りこしても、まだ震えを残していた。
「あのね……今日は帰宅する日だから……二十二時までは……動いても、いいの。ルール内なら……きっと、いいの」
ユーキが驚いたようにこちらを見て、しっかりと目が合う。胸がものすごく重たくなって、けれど、ユーキの目をみていたら、それを話してもいいのだと、頭よりも先に、心が許可を出して、リファに震える声のまま、言葉を紡ぎ出させ続けた。
「ゴーカリマンのアーカイブ……全部みたから……部屋にいるの、面白く、ない。駅のお店の人が、教えてくれた。キラキラするマスコットは防犯になるから……学生生活に必要な物のルール内でも、いいって。……こっそり、モゴロン……ひとつなら、いいって……」
ユーキが小さく息を飲む音がして、円らな瞳がほんのりと、潤ってきたように見えた。
リファの胸はさらに重みを増していき、ショーにゴーカリマンを受け取ってもらったときのように、軽くなりたいと、衝動的に思っていた。けれど同時にルール的にあまり話してはいけないともリファはちゃんと分かっており、その葛藤から逃げたくなり、下を向きたくなるのだ。けれど、ユーキは決してリファから目を逸らしたりなどせず、俯くタイミングを逃したリファは、もう言葉が止まらなくなってしまう。
「だから……買い物のルールに……こっそりひとつならいいって、付け加えたの。……モゴロンを出すのに……こっそり四十八回引いたの。ちょっと……学校のテストより大変だった。それでね……今日は……お昼休みが短く感じて……本当はユーキちゃんに、どこでルール内のモゴロン……買えるか聞きたかったのに……聞き方が分からなかった。えっと……あとね、モゴロンを分けてもらって嬉しかったから……私もゴーカリマン……分けたくなった。家にいっぱいあるときはいいって、ショーとダイがこの間、言ってた。……でも、どのゴーカリマンがルール内か分からなくて……こっそり引いたから、誰にもルールを聞けないから、全部持ってきたの。……ノーマルキュ―ブが答えかなって思って渡したら……正解だったみたい。……あと、偶然、撒くのはルールで禁止されてないから。……ファルネ乗るの、やっぱりやめて、走ってきたの」
言い切ったら、リファの視界は勝手にぼやけてきて、もう話すことなどないのに、喉が震え、その振動が伝わるかのように唇も震え出したのだ。それと合わせて、リファの鼻はツンとしてきて、気が付けば言葉にはならない声と、瞳から涙と呼ばれるものが、溢れ出していた。
上手く説明ができないのではなくて、リファは自分でも自分の気持ちが分からずに、今の今まで、言いたいことが言えなかったのだ。思い出すままに、たくさんの言葉で経緯のようなものを伝えたけれど、言いたかったのはきっと、最後の一言なのだろう。リファはユーキに打ち明けて、ようやくに自分が今、本当に思っていることを自分で理解したのだ。リファはルールで禁止さえされていなければ、誰かに見張られるのが、もう嫌なのだ。何も用事がなくとも、特に理由がなくても、何か用事を作って、無理に理由をこじつけて、偶然を装って撒いてでも、自分の時間が、欲しかったのだ。
今は身体能力テストの時のように、耐えきれない程の痛みを身体に感じてはない。だから、泣くのは変だと分かっているのに、そんな理由などないはずなのに、涙はポロリ、ポロリとまるで止まることを忘れたかのように零れ出て、リファは自分で自分の身体をコントロール出来なくなる。仕方がなく、手で目から零れ出るこれを拭おうとしたとき、リファの身体が小さく揺れ、柔らかく、あたたかな温もりがリファの身体を覆った。
気が付けば、リファが最近動画でみる、寒さで震える猫が誰かに拾われていくように、ユーキがリファを抱きしめていた。リファを抱きしめるユーキの方が背は低いから、ユーキの頭がリファの鼻先に当たって、こしょばいからかもしれない。涙が出ているのに、確かにリファは笑っていたのだ。けれど、抱きしめられることなんて、生まれて初めてであったからだろう、抱きしめられた方がどうしたらいいのかを知らず、リファはそのままに立ち尽くした。けれど、何かを話そうとした訳ではないのに、口から言葉が零れ出るのだ。
「あったかい……」
一昨日、初めてモゴロンのマスコットを抱きしめたときのように、胸に温もりが伝わって、さらには本当に、ユーキの身体の熱がやんわりとリファの身体にも感じられて、大切に毛布にくるまれて眠る猫の気持ちはこういうのだろうか、とリファは想像してみる。もちろん、今のリファにその答えはすぐには分からなかったものの、とても、リファにとってユーキの温もりは、記憶しようとせずとも、勝手に自分の全てが憶えて、忘れることはないのだろうと、それだけは確信をもって分かった。
すると、ユーキはリファの耳元で、周りに聞こえないようにだろうか、小声で呟くのだ。
「リファちゃんが話したいと思ったら、私には何でも言って。リファちゃんの話なら、私は何でも聞くから。……他の人に、言えないことでも。ルールに含まれないことでも。……リファちゃんだから聞くんだけど、私はサポーターでもあるから。ルール的にも、全部話してくれても問題ないよ」
ユーキがリファから離れていき、その温もりが恋しいと思うのに、同時に離れなければ見えないユーキの顔がみたいとも強く思って、たくさんの感情がリファの中に渦巻く。再び目が合ったユーキの表情は笑顔というよりは、先ほど聴取されていたときに見せた、有無を言わさぬものであった。けれど、ちゃんと口角は上がっていて、これはリファにとって喜ばしい表情なのだと、感じた。
(もっと……もっと分かりたい)
今日感じた、たくさんの感情。
ユーキのこと。
学校のこと。
社会のこと。
そして、それ以外の些細なことの、ひとつひとつ。
今まで興味さえなかったのに、世間で言う一般的なことのたくさんを、法律改正に伴う社会勉強だからではなく、純粋に知りたいと、リファは強く思った。
to be continued……

∞次回レポートについて∞
どうしてもパソコンの調子が悪く、先読みは恐らく世界の子どもシリーズの方も含め少しお時間頂いて4月中に(パソコンの機嫌次第)休載挟まずに更新が続けられるタイミングでリリースできたらなと思います✨
私の中で脳と腕と体力的なコンディションの管理が別枠なのですが、体力ベースに脳と腕とパソコンの調子に合わせて文章を書く日と絵を描く日と加工や推敲、製本作業をする日とを分けています🎨✨
朝ごはん、昼ごはん、夜ごはんを食べる感覚で宝石、ループ、WCそれぞれのシリーズを書いていますが、絵がおやつのような役割をしています🍚
早くGWが来てほしいです。
それまでに一刻も早くパソコンに機嫌をなおしてもらいたいと思います!(笑)
新年度、皆さまよい春をお過ごしください🌸

※HPは毎週土曜日、朝10時更新中💊∞💊
ループ・ラバーズ・ルール更新日
第2・第4土曜日