秘密の地下鉄時刻表

秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―No.33.3_過去編~その手に触れられなくてもep25.5➁~

2025年12月20日

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秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―No.33.3_過去編~その手に触れられなくてもep25.5➁~

 

 突然に地面が大きく揺れたかと思うと、男も、リリーも、抑えていた精霊郷の子らも、周りにいる魔法族の者も、否応がなく、地面へと貼り付けられていく。それは抗うことができない重力によるもので、吸いつけられるようにして、地面へと全ての体重が持っていかれるのだ。

「うっ、くっ……嫌です! 私は……水の精です……まだ間に合うかもしれない。お願いです」
「だからこそだ。お前たちは精霊郷で守られた穏やかな水域しか知らぬのだ。荒れた海を舐めるな。その驕りが命を奪う。これ以上の勝手は許さん」

 男は辛うじて声がする方へと視線を向けることができた。すると、そこには精霊郷から出ることのないと言われている精霊王が、繋がりの森まで赴いていたのである。王の傍には上級精霊が控えており、彼らが歩いてきた道々に、ぐんと背を伸ばした草や花が顔を覗かせていた。もうアヴァロンの人工太陽は沈みゆく時間であるというのに、王たちから放たれる光が所以だろう、この辺りだけがまだ昼だと錯覚するかのごとく、明るいのだ。

 精霊王たちは精霊郷の中でも聖域で過ごされるため、精霊郷の者でさえ滅多にお目にかかれないと言われている。本来であれば驚きと敬愛を抱くところだろうが、精霊王の力と圧を身をもって体感し、畏れを通りこして、先ほど逃げ切ったはずの波以上の命の危機と恐怖を男は感じていた。
 アヴァロンの魔法族や騎士は宇宙屈指の優秀な種族であると言われている。それでも、この森にいる全ての者が、身体を起こすことはおろか、声を出すことさえ苦しい状況であったのだ。
 それは他の精霊郷の子らでも同じなのだろう、リリーを取り押さえていた子らはひどく畏れと苦痛に満ちた顔で地面に突っ伏していたのだ。

「でも……でも、カイネが……」

 そんな中で、身体こそ地面へと這いつくばらせていたが、リリーは声を出せるというのだ。それも、この圧と畏れの中で精霊王たちに反論するような気概も持ち合わせている。
 アヴァロン国の王子とムー国の姫。そんな彼らと共にあろうとすればこそだろう、確かに同世代の者は年齢以上に優秀な子らが多かった。けれども、ここまでとは思ってもみなかったのだ。男だけでなく、他の魔法族の者たちも同じことを考えているのか、苦しさというよりは、悔しさから涙を滲ませている者が多かった。例に漏れず男も悔しくてたまらず、気が付けば視界が涙で歪み始めていた。けれど、再びこみ上げてくる悔しさは、魔力が限界の中、精霊王のこの圧に何とか耐えうる気力へと確かに変わっていた。

「あれが勝手に飛び出たのだ。……お前も、アヴァロンの王子も、ここにいる者も悪くない。誰も悪くなければ、だからこそ、これ以上命を危険にさらすことは許さぬ」
「っつ……それでも。カイネだって、むしろカイネが一番、何も悪くないっ。あの子がずっと、一番悪くなかったのに。こんなの、おかしい! みんなを助けるために命がけで動いたというのに、どうしてカイネは命がけで助けられてはいけないというの! まだ間に合……」
「リリー、やめなさい。私たちとて、無念でなりません」

 リリーを諫めるのは一人の女性で、恐らくは水の中で最上級精霊なのだろう。一人だけ、その他の上級精霊と比べ、圧倒的に精霊王に近い輝きと力を秘めていたのである。
 水の最上級精霊は口調も魔力も乱さずに言い放ったが、冷静なその振舞いの中で、その頬に隠しきれない感情の一端が伝っていたのだ。それをみたリリーが悟るかのように、それ以上の言葉を飲み込む代わりに声をあげて泣き出したのだ。

「それでも、諦めるなんて言わせねぇ。勝手にって、誰がそうさせたんだよ。カイネ以外のみんながそういう決断をさせたんだろ。みんな……悪いじゃねぇか。欲に溺れる汚ねぇ奴らがいるから、こんなことになったんだろうが。それで、欲に溺れねぇでも、ただ何もできずにずっと見てるだけだったんだから、汚い奴じゃないとしても、誰も悪くないとかあり得ないだろ。俺は……俺も悪いと思ってる。拗ねずにもっと、勝手にカイネを助けにいけばよかった。これじゃあ……会えないの意味が……全然ちげぇよ」
「…………」

 この中で……立っていられるというのか。

「だから今回は勝手に助けに行くんだ」

 ただ一人、精霊王や上級精霊たちと同じく平気で立っているのが、テトであった。畏れも恐れも持ち合わせていないのだろう、聖樹令も精霊王も眼中にないようなのだ。全員が地面に這いつくばるなかで、テトだけが立ち続けるどころか、扉に向けて歩き出すのである。

「待て」
「…………」

 テトが扉に手をかける頃合いで、精霊王はさらに圧を加え、森中にさらなぬ呻き声が響いた。すると、地面越しに振動が伝わったのか、白い扉がミシミシと嫌な音を立て始めたのだ。

「……扉が壊れるだろうが。勝手な奴は見放すんだろ? なら、勝手な俺のことも放っておいてほしいんだけど。はあ。……あと、勝手ついでに教えてやるよ。ここにいる魔法族やリリーたちがこれ以上の圧はもたねぇぞ。それこそ……勝手に命がけで守った大事な奴らがこんなことで怪我したら……カイネが報われねぇ」

 扉が壊されると思っての怒りだろうか、テトは悍ましいくらいの殺気を容赦なく、それも自分の王に向けて放つのである。それを諫めようとしても、圧を強めた精霊王の力に屈し、リリーでさえ苦し気に息を荒げ、到底、誰も恐れではなく身体が言うことを聞かずに、声を出すことさえままならないのだ。

 く、そ。息が……

 けれど、テトの言葉が届いたのだろうか。突然に精霊王はその力を解いたのだ。そこら中で咳や荒い呼吸音が響き渡る。
 到底、すぐに身体など動かせはしなかった。微かに、指に力が入るかどうかだ。
 それなのに、リリーは立ち上がり、テトに続き扉へと向かおうとするのだ。けれども流石のリリーも、一段階あがった重力による負荷は身体に堪えたのだろう。立ち上がるまではよかったが、バランスを崩して膝をついてしまったのだ。ゼェゼェと肺を限界に動かしながら、それでもその瞳は、精霊王たちをしっかりと睨み返しているのである。
 男たちは、情けなくも身体を横たわらせたままに、その様子を見守るより他なかった。ただ、視覚は確かに動いているはずであったというのに、いつの間に移動したのだろうか、気が付けば一人の上級精霊が、テトの傍に立っていたのだ。そして、テトの手首をまるで行かせないとでもいうように、強く握っているのである。
 傍からみれば、ただ物理的に行く手を阻んでいるように見えるが、動く魔力というのが桁違いなのだ。精霊王のそれとは違うものの、テトと上級精霊から漏れ出る圧は肌をピリピリとさせた。

「テト、まずは精霊王のお言葉を聞け。勝手は許さないとおっしゃっているだろう?」
「だから、そんなの」

 すると、ズシンと巨大は地響きが起こったかと思うと、まるで地震のごとくアヴァロンの繋がりの森が、恐らくは精霊郷の方まで、地そのものが揺れたのだ。鳥たちが一斉に飛び発ったかと思うと、動物たちが慌てて森の奥へと逃げていく。
 今度は、特に重力の圧がかけられたりなどはしなかったが、精霊王が放つ光そのものが強くなり、自然とその圧倒的な存在感と光に視線が集まっていく。テトでさえ、殺気を引っ込めて黙り込んだ。

「テト=セオルド=レレリアント、お前にカイネを連れ戻す命を与える。水の精より加護を授かるがよい」
「え?」

 驚くテトに構うことなく、水の最上級精霊は王に言われるがまま、その両掌からいくつもの小さな水の花を創り出したかと思うと、そっと息を吹きかけ、テトに飛ばしていくのだ。その花はたちまちテトの身体へと吸収されていき、手の甲に水色に光る花の紋様を浮かび上がらせた。

「だから、待てとおっしゃっていたんだ。相変わらず、テトは姫のことになると話を聞かないね。精霊王は気難しいし、言葉足らずなところがあられるから誤解されがちだけど、そういう意味でおっしゃったんじゃない。勝手に飛び出したから仕方がないという意味ではなく、姫が相談なく勝手に飛び出してしまったことに、飛び出させてしまったご自身に怒ってらっしゃるんだよ。……テトもリリーも、みんなも。勝手に行くんじゃない。準備していくんだ」
「テト、いいですか? 水の加護を与えはしましたが、あなたの元々の性質は水ではありません。水の中で呼吸ができるのは最大でも十五時間程度だと思っておきなさい。そして、よくあの圧に耐えました。私たちとて、耐えられなかったのです。……あなたはいつも姫の居場所が分かる。そのあなたが助けに行くと言うのだから、姫は生きておられるのでしょう。ならばアトランティスか、レムリアか……もしくはそれ以外のどこかの海域にいらっしゃるのかもしれません。深海は未知です。海の中で生活できるくらいにまで環境に手を加えていたとしても、あちら側の進化に合わせずに海へと向かえば、最低限、先ほどの重力圧と同程度、もしくはそれ以上の水圧が日常的にかかってくることでしょう。あなたの能力で、なるべく水圧を分散させる術を早い段階で見つけるのですよ。そして……リリーは条件を整えれば合格です。波の荒さがひいてから、水圧を分散させる術を先に精霊郷で習得してから行きなさい。先にテトに居場所をつきとめてもらい……姫の方から召喚してもらうようにすれば、十分間に合います。姫も水に耐性はあられますが、海となれば、帰路は必ずリリーの助けが必要となるでしょうから」

 自分も助けに行けると聞き、安堵したのだろう。リリーがもうひと段階声を大きくして泣き崩れるのである。そして精霊王はピクリとも表情を変えず、けれども的確に例の白い扉に、繋がりの森の植物たちを絡め、固定していく。王子が弱っているからか、時空間の乱れが生じ始め不安定であったそれは、精霊王の施した魔法で落ち着きを取り戻したのだ。

「私では時空間を繋ぐようなことはできぬ。アヴァロンの地に流れる時間を司る星の魔力そのものを一時的に扉に繋いだ応急処置だ。いつ、崩れだすや分からぬ。テト、今のうちに行きなさい。……感謝している。あれを頼んだぞ」

 すると、テトは勢いよくその身をかがめたかと思うと、左足を立て、右膝を地面へとつけて、ピンと背筋を伸ばした。風を切るような威勢のよい音と共に、しっかり右掌と左掌を合わせたかと思うと、指を絡めてきつく結んだ。そして、無駄のない動作で、結んだ手をその額へと押し当て、王に向けて頭を下げるのだ。これは精霊郷での正式な礼であり、忠誠の証であった。

「テト=セオルド=レレリアント、謹んでその命をお受けいたします。必ず、姫を再び精霊郷の地へとお連れ致します」

 テトの頭に精霊王が触れたかと思うと、精霊王だけでなく、テトからも思わず目を瞑ってしまう程の光が放たれていく。あまりの眩しさにその場にいる誰もが目を瞑ってしまったことだろう。男も例外ではなく、次に目を開けた時には、テトはもうその場にはいなかった。
 アヴァロン側からか、サンムーン側からか。どちらから吹く風かなんて分かりはしない。ただ、白い扉が風に揺られて、まるで時計のように一秒毎に微かな音を刻んでいた。

 

その手に触れられなくても ―サンムーン編― 【完】

 

シリーズはまだまだ続きます🐚💓🐉

 

はるのぽこ
ご挨拶

次回の秘密の地下鉄時刻表の更新は2026年になります!
今年も1年ありがとうございました✨
来年もよろしくお願い致します!

恐らく、年末年始は特別更新すると思います🗻🌞

年内ラスト、どこまで調整を入れられるかで来年のスケジュールや年末年始の特別更新の量が決まるのですが……
一度年末に2026年の更新タイトルや年末年始の特別更新の内容のお知らせを入れると思います!

特に秘密の地下鉄時刻表は楽しんでいただける特別更新にしたい&いつもと少し違う形で進めたいと思っています♪
年末年始もよければ覗きにきてください💓

ですが先に、皆さまよいクリスマスを🎄✨

 

to be continued……

 

✶✵✷

 

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このepisodeの該当巻は『Vol.7』になります!

 

※HPは毎週土曜日、朝10時更新中🐚🌼🤖

秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―更新日
第1・第3土曜日

先読みの詳細は「秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―星を詠む」より

 

 

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