小説・児童文学

私の新しい城

2022年11月30日

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私の新しい城

 玄関から順に、確認の意味でゆっくりと歩き出す。

 下駄箱はないから、パンプスやスニーカーを隅にぎゅっと並べて、正方形の本当に靴を履いて脱ぐだけの小さなスペースが、私の新しい城の入り口。

 入ってすぐに設置されているのは、洗濯機。ちょっとだけ不便だけど、ベランダまで別にすぐだしね。これはオッケー。

 それで、そのすぐ斜め向かいにあるのが、キッチン。ほとんど調理スペースはないけれど、きっと何とかなる。冬にお鍋とかする時は、持ち運び用のIHコンロがあるしね。何より、シンクとかは新品にしてもらっていて綺麗だから。これはある意味、完璧。

 それで、その正面向かいにあるトイレ。ちょっと狭いけれど、別に普通。どこもこんなもの。でも、これこそが私の拘りポイントだから。ほんの少しニマニマしながら、横の扉を開く。

「やっぱり、お風呂はゆっくり入りたいよね」

 何軒も探し回って、家賃と相談して。ようやく決めた理由のひとつはコレだ。

 一歩踏み入れて、うん、と小さく頷く。浴室は十分すぎる広さで、お気に入りのシャンプーたちを100均で見つけた可愛らしい容器に詰めてみた。

「へへ、ちょっとオシャレに見える」

 そっと容器を持ち上げて、浴室の暖色のライトにシャンプーをかざす。ピンクの色がほんのりとライトに照らされて、白い浴室に華やかさを加える。ちょっとした、お姫様気分。

 そのままルンルンで浴室を出て、相棒の冷蔵庫をポンポンと軽くたたく。自分の背丈よりも少し低い彼は、年中お世話にならなくてはならない存在だ。

「よろしく頼むよ。我が家の食材管理隊長」

 その扉にはお気に入りのキャラクターのマグネットで、ゴミ出しの曜日やルールの書かれた紙を貼っている。ちょっとだけ、心の中でうげーって思ったけれど、大丈夫。こういうのって出来て当たり前。それでこそ一人前だもの。自立した姫を目指すんだから。

 それから、その横にはラックがあって、何とか間に合った電子レンジが鎮座している。最初だからと、母が持たせてくれた大量のレトルトカレーやカップ麺が、これまた母に揃えられた十分すぎるくらいの種類の調味料と一緒に籠の中に所狭しと詰め込まれている。

「なるべく、自炊がいいなぁ」

 そして、その横にある扉。ここを開き、ふふんと鼻を鳴らして、少し跳ね気味に足を踏み入れる。

「これが私の城」

 部屋の3分の2がベッドと言っても過言ではなくて。それで、小さなこたつ机がポツリ。奥のベランダ手前にはシンプルな学習机がひとつ。机とセットになっている棚に数少ない本を全て並べて、きっとこの家で一番の高額商品であろうパソコンがでんと机の上を占領している。その周りには三つほど、厳選してきたぬいぐるみが、自分の門出を祝うかのように笑って座っていた。

「うんうん、いい感じ」

 そう呟いて、そっとベッドに腰掛け、ぼんやりと部屋を見渡してみる。

 うん、やっぱり悪くない。

 それで、ベランダの方を見て、はっとする。

「あ、今何時だっけ?」

 そう呟いて、急ぎ、パーカーを羽織って、スニーカーを履いて、外に出る。目指すのはインテリア用品売り場。近くの大きめのショッピングモールの中にも入っている。

 そこに向けて一直線に歩いていたのに、目にとまるのは春らしいふんわりとしたスカートとカーディガンを羽織っているマネキンたち。

「可愛い。ほしいな」

 そっとマネキンが着ているスカートの生地をつまんでみる。レース素材で、淡いピンクの花柄で、すごく好み。白い大きめのリボンがついたブラウスに、パステルがかった黄色いカーディガン。

 すごく、すごく好み。

「いらっしゃいませ、こちら春の新作なんですよ」

 店員さんに話しかけられ、ペコリと会釈していそいそとその場を離れる。

「まだ自分の服はダメ」

 ようやくの思いで辿り着いたのは、カーテン売り場。サンプルに飾られている生地の下に小さく折りたたまれてパックされているカーテンが大量に並んでいる。何気なく、一番手前にあったものを取ってみて、その値段を見てギョッとする。

「うわぁ、思ったよりも高い」

 小さくため息をついて、ひとつひとつ手にとって、色と値段を確認していく。もちろん、一番安価なものを探すため。透けなければ、色はもういっそ、何色でもいい。

 何色でも……。

 そう思ったその時に、ふっと先ほどのマネキンが頭を過る。

「これ、一番安いかな」

 手に取ったのはシンプルな茶色のカーテン。だけど、だけど。

 それを手にとったまま、スタスタと数歩戻って、一番最初に惹かれた、見本のカーテンをじっとみやる。

「……1500円も高いんだよね。レースのカーテンも買わないとダメだし……。2セット買ったら、税込みで……」

 そう言いながら、今手に持っている、茶色いカーテンと見比べる。

「…………」

 4月いっぱい働いて、それで給料が振り込まれるのは5月の中頃。だけど、それまでにきっと飲み会もあるし、最初だから飲み会には顔を出したいし、でもでも。ゴールデンウィークは友達と会って、それぞれの会社での出来事とか報告会をしたい。あとやっぱり、実家にも帰りたい。

 この差額分の3000円は貴重。ものすごく、貴重。

「こればっかりは、仕方ないよね」

 そう言って、レジへと進む。

 

○○○

 

 帰りはもう心移りしないように、何も見ずに真っすぐに自分の新しい城へと帰る。

 それで玄関を開けて、一目散にベランダの窓へと向かい、背伸びしながらいそいそとカーテンを付ける。

「よ、よし」

 足がつりそうになりながら、苦労してつけたカーテン。試しに窓を少し開けてみると、風でフワリとカーテンが揺れて、日の光に反射して、黄色い色が部屋に明るさをもたらす。その隙間からチラリと現れるレース部分が、まるで、可愛らしいブラウスみたい。

「うん。うん! いい感じ」

 ニマニマとしながら、もう一度、部屋を見渡す。

 これが私の新しい城。
 これが私の毎日見る、色。

 ごそごそと、タンスから明日着ていく服を厳選して、アイロンをかける。

「オフィスカジュアルって難しい」

 無難に、白いシンプルなブラウスに紺のジャケットとスカートを合わせてみる。その他にもクローゼットの中には急ぎ揃えたベージュのカーディガンとか、茶色のスラックスパンツとか。グレーの膝丈スカートとか。そういうのが並んでいる。

 どれも別に好きな色だけど、嫌いなデザインじゃないけど。

 だけど……。

 アイロンをかけ終わった服をハンガーにかけて、もう一度、ベランダの方を見る。

 それを見て、目を揺らす。

「うん、一番好きな色」

 毎日見るカーテンは、やっぱり一番好きな、自由な色じゃなくっちゃ。

 

Fin

 

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