小説・児童文学

かぼちゃを動かして!⑨―フィフィの物語―

2024年12月9日

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かぼちゃを動かして!⑨

 

 エプリアの言っている言葉の意味自体は分かるものの、その本質的な意味が分からず、フィフィはじっとそのペンダントを食い入るように見つめた。

「よし、じゃあこのまままた昼に戻す」
「へっ!?」

 けれども、何も起こらないままにエプリアがそんなことを言うものだから、フィフィは思わず気の抜けたような声を出してしまう。
 パチパチと何度も瞬きをしてエプリアの方をみると、一瞬だけ目があって、けれども何も言わぬままに小さく微笑むとまた詠唱を始めてしまった。
 慌てて洞窟の外の方をみるも、別に暗くなどなってはおらず、微かに日の光がもれ出ているだけ。
 訳の分からないままにエプリアを再びみるも、詠唱を続けていて、エプリアのその声に合わせて踊るかのようにペンダントがまたも高速に色を変えだしていた。
 声にならない驚きと溢れ出る質問をどうしたらいいのかと困っていると、洞窟へと入って初めて右奥で音がしたような気がし、そっとその方向に顔を向ける。すると、ずっと動かないでいた大きな黒い物体が場所こそ移動していないものの、活発にその身体を動かしていたのだ。

「わっ」

 大声ではないものの、もれ出てしまった声。フィフィは慌てて口を手で覆う。チラリとエプリアの方を見るも、尚も詠唱を続けていて、今度は八色蜘蛛の方をみるも、特に気にしている様子はなく、黄金色の瞳も心なし先ほどよりも洞窟中のあちこちを見ている気がした。

「よし。……じゃあ、また夜に動かす」
「え?」

 けれどまたもエプリアが謎にそう言い、同じように詠唱を始める。やっぱりペンダントは高速で色を変え出し、行うことは先ほどまでと全く一緒。さっきは見逃しただけかもと、慌てて洞窟の外の方をみるも、やはり微かな日の光が見えるだけで、周りももちろん全く一緒。
 どれだけ詠唱が進もうと、洞窟の外の光が暗くなりそうな気配はない。

 うーん。

 けれど、先ほどまで活発に動いていた八色蜘蛛はいつの間にかピタリと動きを止めていて、黄金色の瞳はいつの間にか姿を消していた。

 あれ?

 エプリアがようやく、詠唱をしながらも動きをみせ、八色蜘蛛の方をみながら小刻みに頷く。そして、詠唱が終わる頃くらいに、突然に前方に黄金色の瞳が現れ、ゆっくりとその瞳孔を左右に動かした。
 今度こそ声をもらさずに瞬きをして、じっとその様子を覗う。すると、さらに音を立てて八色蜘蛛はその大きな身体を動かし始めた。移動こそしていないものの、その場で右に、左にと明らかに黒いその巨大な身体がシルエットを変える。
 きっと長い足だと思う。暗いながらにランプの僅かな灯越しに細長い何かが明らかに本ほど影として動き、胴体であろうずっと見てきた巨大な黒い物体がさらに大きさを増していくのだ。
 もう八色蜘蛛のことが怖くないはずだったのに、どんどんと大きくなっていく影に鳥肌が立ち、ゴクリと唾をのむ。
 フィフィはさりげなくエプリアに一歩近寄り、ぎゅっとエプリアのシャツの端を掴んだ。

 もう怖くないはずなのに、この湧き上がる感情は何だろう。

 ブルリと身震いをしながら、頭を回転させ、フィフィはとても重要なことに気がつくのだ。

 フィフィ、八色蜘蛛に食べられないんだとしても、そもそもちょっと蜘蛛自体が得意じゃないかも。

「ひ、ひえっ」

 小さな悲鳴をもらしたところで、エプリアのクスクスと堪えるような笑い声と振動が掴んだシャツ越しに響いてきて、縋るようにその青い瞳を見つめる。

「ね、ねぇ。八色蜘蛛……お、大きい」
「ふ、ははは。うん。大きいね」

 怖くないけど、やっぱり怖いかもしれない。

 それが上手く言えなくて、そして言っていいのか分からなくて、何度か視線を泳がせてから、どうしようもなく、また縋るようにエプリアの瞳を見つめると、すごく嬉しそうに笑いながら、エプリアが言うのだ。

「ごめん。かっこつけてただけで、別に俺も蜘蛛自体が好きな訳じゃないよ。怖くはないけど、そんな得意とかでもないかな」
「う、うん……」

 その言葉に抗議するかのように、カサカサとわざとらしい大きな音がして、気が付けば位置を一段と高くした黄金色の瞳が目の前に近づいていた。今度は影ではなく細長い脚のようなものがしっかりと目の前にあり、よくみれば脚にさらなる小さな毛のようなものが生えているのが見て取れて、フィフィの全身にざわりと鳥肌が立つ。
 本当はもう一度手を繋いでほしいくらいだけれど、エプリアは右手にランプを、左手に首から出したペンダントをずっと握っている。
 仕方がなく、もう詰めるほどの距離もないのに、半身をエプリアの後ろに隠すような形で一歩近づき、声にしてはいけない叫びを飲み込む代わりに、エプリアのシャツを掴むその手にさらに力をこめた。

「……フィフィ、ごめんね。ちょっと女の子にはしんどいかもしれないけど、助手頼める?」

 その言葉にはっとして、フィフィは強く首を縦に振りながら握っていたシャツから手を放し、慌ててエプリアの横に立ち直る。

「フィフィ、助手する。……魔女だもん」
「うん。お願いするよ」

 すると、エプリアの声に合わせるかのように、八色蜘蛛が大きく動いた。ぎょっとするのも束の間、八色蜘蛛はその長い脚を器用に畳んで、フィフィたちが洞窟へと入ってすぐに見ていたくらいの高さまで身体を縮めていた。

「…………?」
「じゃあ、行くよ。また昼に戻す」

 エプリアが詠唱を始めると、チクタクと音を立てながらペンダントが今までと同じように高速で色を変えていく。
 先ほどまでと違うのはすぐ目の前に八色蜘蛛がいるということと、エプリアがランプの灯りを詠唱と同時に消したということ。真っ暗で何も見えない中、暗闇に目が慣れてくると、至近距離であるからか時折八色蜘蛛の黄金色の瞳がギョロリと動くのが何となく分かった。
 さらに詠唱が進むにつれ、その黄金色の瞳が消えては、また現れて。消えては、現れて。その回数が増え、徐々に黄金色の瞳が消えている時間の方が長くなっていくのである。
 完全に八色蜘蛛の黄金色の瞳が現れなくなったところで、エプリアの声が止まる。シンと静まり返った洞窟の中、聞こえてくるのはフィフィの内側から激しく鳴る心臓の鼓動だけ。
 程なくして、エプリアがランプをつけると、どこから出したのだろうか。巨大な鏡をフィフィとエプリアのすぐ後ろへと設置し始めるのだ。
 そして、フィフィの足元に小さな木の台を用意し、ようやく説明してくれるのである。

「今から俺がランプの光を調整するから。眩しいだろうから、これつけてて」
「う、うん……」

 渡されたのは黒っぽく色のついた眼鏡のようなもの。
 エプリアは素早くそれを目元につけるので、フィフィもそれを真似る。

「しばらく暗くしたり、光を強くしたりを繰り返す。そのうちに八色蜘蛛が……あくびをして涙をこぼすから。はい、コレ。きっと小瓶本分はとれると思うんだ。フィフィは右目の方を頼むよ」
「わ、わかった」
「……俺は、左目を担当する。いつも一人だと、片目分しか採れないからちょっとだけもったいないなって思ってたんだ。瓶をただ置いてるだけだと、涙はどこに落ちるか分からないからうまく採れないんだよ」

 ほんの少し、力の抜けた笑みをエプリアがもらしたのを見て、フィフィはひどく安心する。
 そして、エプリアはフィフィにつほど小瓶を渡してくれた。先ほど、ミス・マリアンヌがエプリアに預けたものだろう。そして、鏡と同じようにどこから取り出したのか分からない、フィフィがもつそれとはデザインの違う小瓶をエプリアもまた、つほど手にしていた。

「じゃあ、フィフィは身長的に台があった方がいいと思うから。そこに乗って? 目しかみえないから怖いのはマシだと思うけど、もししんどくなったら……」

 その言葉を遮るように、フィフィは力強く答える。

「ううん! フィフィも本分ちゃんと、採る!」

 誰かの涙なんて採ったことないから、とりこぼさないかは心配だけれど。でも、フィフィにもできること、ちゃんとしたいんだ。

 すると、今度はエプリアが少し驚いたように目を揺らし、優しく微笑みながら言うのだ。けれどその声色は、穏やかというよりもどこかワクワクをもはらむような、ちょっと明るいもの。

「うん。やっぱり一人より、二人の方がいいな。じゃあ、いくよ?」
「うん」

 フィフィの返事に合わせてエプリアは頷くと、今ついている暗めの灯りよりも少し光を強め、それを鏡に反射させ、程なくして灯りを消した。

「…………」
「…………」

 数分ほど、暗闇の時間が続く。
 何度かフィフィの唾をのむ音が響いたのち、今度は予告なしに強めの光をエプリアが鏡に反射させた。思わず目を瞑るも、エプリアが渡してくれたこの黒っぽい眼鏡は眩しい光に対しても不思議とそこまで目を痛くはさせなかった。
 さきほどよりも長い時間、エプリアは光を反射させ、また暗くする。これを何度か繰り返し、徐々にそれらの時間も短くしていった。
 すると何回目だろうか。灯りを消して程なくした頃、八色蜘蛛の黄金色の瞳がフィフィの真ん前で大きく開いたのだ。すかさずエプリアは手元がほんのりと見えるくらいの絶妙な暗さでランプを点す。
 微かに音を立てて動いた八色蜘蛛の目尻が、台の上にのったフィフィが手を伸ばすとちょうど届くくらいの、いい位置にきたので、フィフィはすかさず小瓶の蓋を開け、今一度、それらを落とさないようにと、強く握りしめた。黄金色の瞳が何度かゆっくりと消えたり現れたりを繰り返し、奇妙な鳴き声でも移動音でもない不思議な音と風を起こしたかと思うと、半分くらい開いた黄金色の瞳から、透明な液体がじわりと浮かび上がってきたのだ。

「つっ……」

 きっとこれが涙!

 慌てて小瓶に目尻から垂れ行くその液体を入れて、蓋をする。急ぎすぎて震えそうになる手で何とか次の瓶の蓋をあけ、そっとその液体を入れていった。さらに八色蜘蛛は微かに動いて、黄金色の目を完全に閉じたかと思えば、また開き、先ほどとは比べものにならないくらいの風と音のようなものを出して、大粒の涙を零したのだ。

「わ、わわわ」

 慌てて黄金色の瞳を追いかけて、少し採りこぼしてしまったものの、その大粒の涙もきっちりと瓶の中へと納めていく。
 ちゃんと、ちゃんと震えながらも、涙を採り損ねなかったし、採った後も、零さないよう、蓋をすることも忘れなかった。
 暗くて瓶の中身を明確には確認できないけれど、小瓶を揺らせば確かにぴちゃんと小さく液体が揺れる音がするのだ。
 無事に洞窟の外へと出るまでは落とすまいと、ぎゅっと採取した小瓶を抱きしめて、フィフィはじわじわと湧き上がる喜びに瞬きし、もう一度、目の前の黄金色の瞳を冷静に見つめてみる。
 すると、それはもう完全に開かれていて、きっちりとフィフィと至近距離で目があったけれど、わざとらしくその瞳を右側に動かして、再び左側へと戻した。
 表情なんて分からないけれど、なんだか笑っているような気がして、フィフィもニコリと笑みをもらす。
 気が付けばエプリアがフィフィのすぐ傍にきていて、フィフィが台から降りるのをエスコートするため、その手を差し出してくれる。
 フィフィは迷わずにその手をとり、台から降りきる。その足元に置かれたランプの横に、きっと左目の分だろう。エプリアが採ったであろう八色蜘蛛の涙の入った小瓶が3つほど、並べられていた。
 エプリアも同じように、フィフィがちゃんとこぼさずに採り切った涙入りの小瓶の方をみていた。

「フィフィ、お疲れ様」
「うん! お疲れ様!」

 互いに顔を見合わせ、力の抜けた笑みをこぼしあった。

 

かぼちゃを動かして!⑩

 

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