小説・児童文学

かぼちゃを動かして!②―フィフィの物語―

2022年7月15日

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かぼちゃを動かして!②

 

 

 けれども、ディグダとの鬼ごっこに決着がつくよりも前に、とうとうハロウィンの日を迎えてしまったのだ。
 いつも通り、何食わぬ顔でフィフィの前を飛んでいくディグダに、今日ばかりは怒ったりせず、フィフィは努めて明るい笑顔で話しかける。

「……ねぇ、ディグダ? ……ケーキ。食べたくなぁい?」
「む?」

 すると、わざとフィフィの前を飛び回るくせに無視を続けてきたディグダがようやくに反応を示したのだ。ディグダはフィフィの顔の真ん前で動きを止めたのである。
 これにしめしめと、フィフィは心の中の声がもれぬよう、笑顔を保ちながら、焦らず、ゆっくりと、続ける。

「とってもあまーい、いちじくのタルト。ねぇディグダ、好きでしょう?」
「ふむふむ。いちじくのタルトね」

 ディグダが片目をつむり、わざとらしい澄ました顔で、フィフィの様子をうかがっている。
 フィフィは嬉しさを必死に抑えて、得意げな顔で一気に言うのである。

「そうよ! あなたの大好きないちじくのタルトを……」

 けれど、ディグダは完全に両目をつむり、意地悪そうにふふんと笑いながら、フィフィの言葉を遮るのだ。

「いーらない。俺、別に腹減ってないし」
「な、なんで!?」

 フィフィは驚きのあまり、その真っ赤な瞳をまん丸にさせる。一体どうしたというのか。妖精たちの中でも、大の甘党で有名なディグダが、あのディグダが、ケーキをいらないと言うのだ。思いがけないディグダの返答に、フィフィはとうとう、努めて明るくしていたことを忘れ、慌てて提案するケーキの種類を変えていくのだ。

「な、なら! ベリーのタルトは?」
「ふん。あれは春に食べるやつだい」
「あっ、じゃ、じゃあ……木苺の」
「ばっかだなー。木苺も春だろうが」
「むむむ。なら、アップルパイは!?」

 いくら気分が乗らないと言えど、さすがのディグダもアップルパイを断ることはできないのだろう。アップルパイ、という単語を聞くと、意地悪そうな笑みをそのままに、片目を開き、興味を示しだしたのだ。そう、アップルパイはディグダにとって、三番目に好きなケーキ。

「……アップルパイね。でも、誰が作るって言うんだよ」
「それはもちろん……」

 けれど、フィフィが言い切るよりも前に、ディグダがため息でそれ以上は聞くまでもないとでもいうように、首を振るのだ。

「お前が作るやつなら絶対に嫌だね。話にもならないから」
「なっ」

 そんなディグダの言い草にいつもならば怒ってしまうところだが、今日ばかりは彼の機嫌を損ねてはいけないのだ。ディグダがまた飛んでいく体勢に入ってしまうのを見て、フィフィは慌ててディグダが飛ぼうとしている方向へと先回りし、両腕をめいっぱい横に広げてそれを止める。

「待って、待ってってば! 作らないわ。作らないってば。ちゃんとお小遣いで買ってくるから!」

 すると、やっとこさディグダは完全に目を開き、フィフィの顔の前でふよふよと飛びながら、ニヤリと笑う。

「ふむふむ。それなら話を聞いてやろう」
「さっすがディグダ! そうこなくっちゃ!!」

 フィフィは大喜びで、砂埃が舞うのなんてお構いなしに、その場を飛び跳ねる。ディグダがケーキをフィフィから貰うことを承諾するときは、代わりにお願いを聞いてくれるという合図なのだ。ディグダに何か頼みごとをするときはいつも、決まって甘い物の献上が交換条件なのだ。

「じゃあさ! かぼちゃを動かして!」

 けれど、ディグダは満面の笑顔で言う。

「絶対に嫌だね」

 その思いがけない言葉に、フィフィは目を見開き、ずっと我慢していた感情をとうとう爆発させる。

「ちょっと! こっちが下手に出てたら何よ!!!! 約束は約束でしょう!? そもそも、ずっと契約してくれるって、言ってたじゃない。だからあの日、私の大好きな苺のケーキ、全部ディグダにあげたのに!!!! そんなにかぼちゃを動かしたくないなら、あの日食べた私のケーキ、お腹の中から返しなさいよ!!!」

 ふよふよと浮いていたディグダをむぎゅっと掴み、フィフィはその真っ赤な瞳で鬼の形相で睨みながら、叫ぶ。

「早く、ケーキ、返しなさいよ!!! それが嫌なら……!」

 妖精たちはいわゆる、子どもたちが使うドールと同じくらいの、掌でその身体を掴めてしまうくらいのサイズ。ディグダからすれば、身体を掴まれ、そしてこんな至近距離で叫ばれた日には、次の日まで頭痛が続いてもおかしくはない。

「わ、わかった。わかった。もう何か月も前に食べたケーキはさすがに返せない。でも、確かに俺もあの時ケーキをもらった。だから、うーん、そうだな。新しい交換条件といこう」
「……交換条件?」
「そ、そうだ」

 けれど、フィフィは納得がいかず、叫ぶのはやめたものの、離すまいとぎゅっとディグダの身体を掴んだまま。

「……それって、なんだか、私にとって不利じゃない? もうケーキあげてるのに」
「だから、それは契約をするっていう方の約束だろう? 契約の約束はしてても、かぼちゃを動かす約束はしてない」
「それは、そうね」

 フィフィは既に11人の妖精と契約を結んでいるが、それは使役関係のような、命令を無理矢理きかすものではない。あくまで、友情から成り立つ、お互いにお願いをききあう契約なのだ。だから、例え契約を結んでも、ディグダが嫌だと言えば、かぼちゃは動かしてもらえない。
 フィフィがようやく掴んでいたディグダの身体を離すと、ディグダが慌ててフィフィから距離を取った。

「ほんっとうに、お前はちっともお上品にならないな。ミス・マリアンヌにどれだけ教わっても、料理はダメだし、いちいちやかましいし、普通何か月も前に食べたケーキのことなんて……」

 無表情で、再びディグダの方へと一歩近寄り、フィフィはすごみのある声を出す。

「……ディグダ?」
「あー、何でもない。ミス・マリアンヌからの花嫁修業、よく頑張ってるなって話だよ。それに、うん。記憶力がいい。そうだな、ある意味、天才だ」
「……まあ、いいわ。もう時間がないもの。それで、交換条件ってなに?」

 すると、ディグダがわざとらしく腕を組み、ニヤリと笑うのだ。

「俺は欲しい薬があるんだ。その材料を集めてきてそれをお前が作れ」
「え? それだけでいいの?」

 フィフィの顔はみるみる明るくなっていき、期待の眼差しで、目の前に浮かぶ植物の妖精をみる。

「ああ、もちろん。俺とお前は友だちだからな」
「うん!」

 そして、ディグダが言う材料に、フィフィは白目をむくこととなる。

「それじゃあ、ヤモリのしっぽ、白蛇の抜け殻、コウモリの巣を少々、それから洞窟の奥の八色蜘蛛の涙だ」
「えぇえええええええええ」

 今は、ちょうどお昼時。薬草ならまだしも、そんな材料、夕方までに集めてこられるとでも思っているのだろうか。

「そ、そんなの……!」

 すると、ディグダは真剣な顔で、けれどもさぞそれが当たり前であることのように言ってのける。

「無理だとでも言うのか? お前は、魔女になりたいんだろ? 俺が欲しいのは、魔女の薬だ」

 その言葉にぐっと喉を詰まらせ、フィフィはきっと喰いしばるように目を見開くと、みてなさいよと、とでもいうように、びしっとディグダを指差して、宣言する。

「そうよ! 魔女になるんだから! いいわ!!! とってきてやろうじゃない。その代わり、夕方にはかぼちゃを動かして、ジャックオーランタンを躍らせるの、絶対に手伝ってもらうから!!!!」
「おう。フィフィがちゃんと材料を集めて薬を作ったら、かぼちゃでも何でも、動かしてやる!」

 ニヤリと笑うディグダにふんっと勢いよく鼻をならし、フィフィは森の方へとずんずんと勇み足で向かっていく。
 そして、屋敷から離れ、ディグダの姿が見えなくなってから、その赤い瞳に涙をにじませた。

「ど、どうしよう~」

 というのも、フィフィはミス・マリアンヌからどれほど教わっても料理や裁縫はからっきしダメだったのに、コツコツと教わった薬草集めや、それらを使った流行り病の薬を作るのは唯一といっていいくらいに得意だった一方で、魔女の薬、それらを作るのもまた、からっきし、ダメなのだ。

「ヤ、ヤモリに……コウモリに……蜘蛛と……蛇?」

 震える声でつぶやくのは魔女の薬を作るのに必要な材料を持っている生き物たちの名前。

 フィフィは、虫や爬虫類が、大の苦手だった。

 

かぼちゃを動かして!③

 

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