小説・児童文学

星のカケラ~クリスマス特別ストーリー~もうひとつのepisode0―勇気のカケラ①

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星のカケラ~クリスマス特別ストーリー~もうひとつのepisode0―勇気のカケラ①

 

🎄episode0より少し前の時期、クリスマスの物語になります。日記のような、独特な目線で物語が進んでいきます🍰

 

 ウィンドウ越しにみる景色は、たくさんのカップルが行き交い、子ども達が走り回り、ものすごく賑やかだ。そんな中で、店には絶えず行列ができている。

「大変お待たせいたしました。お次のお客様、こちらへどうぞ」

 朝からひっきりなしに来るお客様に対し、ずっと笑顔を絶やさずに接客してくれている女の子の声が、響く。
 その光景にふっと笑みを漏らし、手に持った新しいケーキのトレイを置いていく。

「曽根川君、これ、お願いするよ」
「店長、分かりました」

 なるべく、力仕事はこの店唯一の、男子学生のアルバイトの子に任せて、すぐに厨房に戻り、次のケーキ作りに取り掛かる。

「クリスマス分は次で最後くらいかな」

 けれど、次が最後だというのに、気を抜けば手が震えるほどには、身体が目に見えて限界を自分に伝えてくるのだ。
 いつもよりも何倍ものケーキを作った代償だろう。
 ……あとは認めたくないけど、年齢とかも、あるかもね。

「……パティシエ増やさないといけないかな」

 もしくは、予約受注数を、減らすか。

 もう一度、厨房から店の方をチラリとみやる。
 そこにはやっぱり老若男女問わず、たくさんの人が列をなしてくれていて、それで、あの子が嬉しそうに笑いながらみんなにケーキを渡してくれているのだ。

「……予約数を減らすのは、選択肢には入らない、かな」

 厨房にいるのは自分一人だけだというのに、クスクスと笑い、腕になるべく負担がかからないように、残りのノルマと時間をしっかりと計算して、ゆっくりめにケーキを作り進める。

 ボウルにカチャカチャと当たる、泡だて器の音。少し遠くで響く、従業員たちの接客の声と、お客様がケーキを求める声。そんな中、時折大きく入ってくるのは、少し高めのよく響く元気な声。大きめの声で耳に残るのに、柔らかく聞こえるのだから、本当に不思議だ。

 またあの太陽のような笑顔で、みんなにケーキを届けてくれているんだろうな。
 そう思うと、再び、泡だて器をもつ手にしっかりと力が籠る。

 あの子をみると、どれだけ疲れていても、ケーキを作る気持ちを、誰かの笑顔を願うものにちゃんと戻すことができるんだ。

「うん、これで大丈夫かな」

 最後の型に生地を流し込むも、ほんの少しボウルにまだクリーム色のそれが残っていることに気づく。普段ならばこの分量で様々な号数のスポンジを焼くけれど、今日はクリスマス用のケーキしか焼かないからサイズは4号と5号の二種類だけ。そうしたらいつもと違うからか、ほんの少しだけ、生地が余ったようだ。

 流石に明日の分を焼く元気はない。もちろん、クリスマスを過ぎても、定休日でない限り明日も店でケーキを売るのだから、ケーキ作りを休むことなどできない。ただ、どうにもこれ以上動ける気がしないため、今日は最低限の仕込みをして、明日はいつもよりも早めに出勤するという流れで決まりだろう。

 となると、この余った生地。どうするかの選択は、個人的な物になってくるわけで。
 作ってしまったものを、生のまま置いておくなど言語道断。
 捨ててしまうのは、流石にもったいない。

 となれば、焼いてしまうに限るんだ。
 店に出すものでないと、しても。

「サイズ的に、小さめの3号ってところかな」

 じっと店の方を眺めてから、素早くそれを3号の型に流し込み、クリスマス用のスポンジと共に焼いていく。
 もう十分に甘い香りが漂っているのに、ケーキが焼きあがるにつれて、さらに甘い匂いが厨房中に充満していく。

 その間に、少し前に焼いて冷やしていたスポンジを盛り付けて、そして最後の分のデコレーションに使う苺やサンタの飾りを、確認していく。

 例えば、もうサンタの飾りは予備がないけれど、トナカイならば余っている訳で。
 例えば、苺は明日以降も普通に使うから、まだたくさん冷蔵庫にある訳で。
 例えば、あの子の好きな洋ナシも、今日は使わないけれど、明日からも使うから冷蔵庫にはある訳で。

「………………」

 職権乱用じゃ、ないよ。
 例えば、余った材料で、試作品を……作ってるだけかな。

 結局、少し多めに苺を用意して、洋ナシを取り出して。
 全てのケーキのデコレーションが終わった後、特別に焼いた小さめの3号ケーキをちょっとだけ、飾っていく。

 ほら、なんていうの? 捨てちゃうのはもったいないし。
 そうであれば、試作品とか作っちゃう方が、スマートだよね。
 俺、店長だし。大人だから、材料捨てちゃうとかそんな勿体ない事できないんだ。

「……試作品。うん、これは試作品」

 そんなことを自分自身に言い聞かせながら、耳を澄ます。もうカチャカチャと泡立てる音が響かないから、店から響く元気な声が、ストレートに耳に入り込んでくる。

「うん……みんな頑張ってくれてる」

 流れ星のような、あの子も。

「さて、ちゃちゃっと最低限の仕込みだけ、済ませますか。今日は後片付けもあるから、夜も遅くなるのは確定だしね」

 そう言いながら、トレイに乗せて持っていかなかった、少し小ぶりのケーキを冷蔵庫の奥へと、しまいこむ。

 一人で食べるには大きめで、二人で食べるには小さめの、ケーキ。周りにはクリスマスケーキにしては緩く、けれども通常のものとは違うと分かるくらいには、クリスマス仕様のデコレーションが成されている。
 もうサンタの飾りはないから、生クリームを顔に見立てて、苺でその身体と帽子部分を作り、何となく目にみえるようなものを、チョコペンで描いてみて。

 例えば、明日のケーキの材料の確認として切ってみた洋ナシを、ソリに見立てて飾ってみて。
 最後にひとつ余ってたチョコで出来たトナカイの飾りを、置いてみて。

 他の部分は生クリームは雪に見えるように、デコレーションしている。

「……うん。一応、余りで作ったんだけど、でも、クリスマス感はある絶妙な感じになったかな」

「お疲れ様でした」
「「おつかれさまでしたー」」
「「お疲れさまでした」」

 みんな息をつきながら帰っていく中で、家が近いからとクローズ作業まで入ってくれたのは、もちろんあの子と、曽根川君。

 どうやって、渡そうかな。

 曽根川君はここでアルバイトをしてくれているけれど、甘いものはあまり好きではない。本当にここから家が近いからという理由で、就活が終わったタイミングで卒業までの間、半年ほどだけれども、ここに来てくれている。

 だから、最後に残った材料で作ったといってあの子に渡せば、それはきっと、不自然ではない。

 女子更衣室から着替え終わったしほちゃんが、休憩室に腰かけている。

「しほちゃ……」

 声をかけようとして、慌てて口をつぐむ。

「悪い、お待たせ」
「いえ、行きましょう! すごくお腹空いちゃいました!」
「だな。この時間でも空いてるのはあれだ、ラーメン屋だな」
「ラーメン! いいですね!」
「お、分かってるねー。雪も降ってるから、こんな日はラーメン食べたら絶対に旨いよ。俺のおススメの激辛ラーメンの店、教える」
「激辛ラーメン! 私、食べたことないです」

 そんな会話が繰り広げられていて、同じくらいの年頃の子が、同じような感覚で話していることに、とても距離を感じた。

 ああ、声をかける前に気が付いて、よかった。

「二人とも、今日もありがとう」
「店長! お疲れ様です」
「お疲れ様でした」

 店長として、二人に声をかけて。
 全然違うことを腹の中で思いながら、完璧な笑顔を作る。

 二人が帰り行く後ろ姿を見守りきって、ようやく、コック帽を外す。

「……妹をとられちゃった兄の気分、かな」

 そう言い聞かす。
 そして、悶々と考えながら、明日の簡単な仕込みを続けていく。

 しほちゃんは昔からここで働いてくれてる子だから、ちゃんと大事にしてくれる子じゃないとダメなんだけどな、とか。
 曽根川君は良い子だけど、女心とかって分かるタイプだろうか、とか。
 泣かせるようならやっぱり、大人としては見過ごせないな、とか。

「あーあ。俺ってやな奴だな。何考えてるんだ、クリスマスに」

 クリスマスは、みんなで笑い合うような日。
 そう考えるようにしては、他の感情に支配されて、思ってしまう。

 ああ、自分は何をやってるんだろうって。

 冷蔵庫に入ってるあの小ぶりのケーキ。今日はいつもよりも多くのケーキを焼いて、正直、匂いだけでお腹いっぱいなのに、あれは結局、クリスマスを孤独に過ごす、自分から自分へのクリスマスプレゼントへと変わってしまった。

 明日になって他の誰かに見られたり気づかれたら困るから、だから、食べたくないのに食べないといけない。

 いつ食べようかな、そんなことを考えながら、仕込みを終えて帰る準備をしようとしたその時、従業員入口の方から物音がする。

「はい?」
「あ、三波です。あの……まだ開いてたら、ちょっとだけ、いいですか?」
「え、しほちゃん!?」

 訳が分からずに扉を開けると、冬だというのにじんわりと汗ばんだ顔で、眉を顰めて力なく笑うしほちゃんが、目の前に、いた。

「大丈夫!? どうしたの!?」
「あ、あはは。あのものすごく申し訳ないんですが、お手洗い借りても、いいですか?」
「え、う、うん」

 数分後、彼女はお手洗いから戻ってきたものの、まだ顔色は悪いままで、それなのに「ありがとうございました。本当に遅くにすみません」なんて言ってフラフラのままで帰ろうとするから、慌てて止める。

「……無理せずに休んでいったら? それとも……」

 一緒に中には来なかったけれど、外で曽根川君が待ってるのだろうか。

 そしたらしほちゃんが、少し安心したような表情で、小さく笑んで、言う。

「店長、今から着替えるんですか? まだ完全に閉めないなら……もう少しだけ甘えさせてもらっても、いいですか?」
「もちろん」
「助かります……まだ、ちょっと、動けなくって。えへへ」

 顔色が悪いまま、少し苦し気に目を瞑って椅子に腰かけるしほちゃんの姿に胸が苦しくなった。
 けれど、声をかける訳にもいかず、どうしたらいいのか分からずに、ミネラルウォーターを渡してみる。

「しほちゃん、これ、よかったら……」
「あ、ありがとう、ございます」

 傍にいていいのかさえ分からない中、放っておくことの方ができなくて、結局、ただ近くに腰かけて、見守る。

 もう外は真っ暗だから、シンプルな休憩室に少し暗めの電気がつくだけで。誰もいなくなった店内も、知らない誰かが歩いているであろう街中も、まだクリスマス仕様で赤や緑、サンタやトナカイで溢れていて華やかであろうに、そういうのが一番に似合いそうなしほちゃんが、薄暗い何もない部屋で、普段はしないような表情をしている。

 きっと、これでも表情を抑えている方だとは、思う。浅い呼吸をなんとか自分で落ち着かせようと、目を瞑りながらもゆっくりと息を吸って吐くように意識しているのが、見て取れるから。

 病院に、行く?

 そう聞こうとしたその時、ゆっくりと目を開いたしほちゃんと、目が合った。
 すごく苦しそうな表情をしていたのに、自分と目があった瞬間に、小さく微笑むんだ。

「少し楽になってきました。本当にありがとうございます」

 椅子の背に完全に体重を預けていた彼女が、わずかに身体を起こして、体勢を整えながら机の上に置いていたペットボトルを、その手に取る。

「えっと……」

 やっぱり、どう声をかけたらいいのか分からなくて、あと女の子だし、体調不良であってもこちらからはあんまり聞かない方がいいのかなとか、考えてしまって、言葉を詰まらせる。
 そうしたら、こちらが気にかけているのに気づいてくれたんだと思う。緩やかに笑いながら、しほちゃんが、言う。

「本当に、すみません。激辛ラーメンを食べてきたんですけど、私、激辛ってよく考えたら食べたことなくって。いけるかなって思ったんですけど、あまり得意じゃなかったみたいで……」
「そうなんだ……」
「はい。だけど、自分が食べれるか分からずに注文したのに、残すのって失礼だなって、思って。頑張って完食はしたんですけど、そしたら、その……お腹が……痛くなりまして」
「うん。大丈夫。もう誰もいないし、身体が楽になるまで休憩していって」
「いえ、本当に、もう大丈夫です。逆にすみません……クリスマスで一番疲れてる時に」

 そう言いながら、少し気まず気に視線を下に向けるしほちゃんが、可愛らしく、そして同時にすごく切なくも、感じられた。

 理由がやっぱりしほちゃんらしくて愛しく思うのに、理由を聞いてもなんでそんな無理をしてしまうんだ、と言いたくなるから。

「……俺は全然大丈夫だよ。無理せずに、休んだ方がいい」
「はい。ありがとうございます。でも、もう大丈夫なんで。むしろ、家近いのに……家まではちょっとしんどくて、星宙パティスリー寄らせてもらって……本当にすみません」

 謝らなくったって、いいよ。家まで、送る。

 そう言いたいのに、曽根川君のことが気になって、言うに言えない。

「全然、大丈夫だから。大切な従業員が困ってるのに、追い返す訳ないでしょ」
「そうですね。店長優しいから」

 笑いながらそう言う彼女の顔色はかなり良くなってきていて、本当に、体調が落ち着いてきたのが見て取れて、ほっとする。

「でも、アレですね。激辛って本当に、すごいですね。辛いだけじゃなくて、舌が……痛いです。ずっと、お茶とかお水飲んでたのに、治らないです。ヒリヒリします。これはもう、甘いもの帰ってから食べるしかないですね。あはは」

 それを聞いて、目を、見開く。きっと、今の関係性の自分は何もできないし、何も言えない。だけど、彼女の望みをひとつだけ、叶えてあげることが、できる。

「うん、それはすごく分かるな。俺も激辛は得意じゃないけど、たまに食べることがある。そういう時は確かに、甘いもの食べないと、舌の感覚が戻らないかな」
「そうですよね。私だけじゃなかったんだ。先輩……あ、曽根川さんはずっと平気そうに、むしろ笑顔で食べてたから、私だけおかしいのかと、思ってました」

 その言葉に、確かに胸が痛んだのに、それに気づかないフリをして。
 いつもの笑顔で、大人は分かるとでも言うように、自分もまた平気そうに言う。

「うん、全然、しほちゃんはおかしくないよ。激辛とかは、好みとか、香辛料に強いかどうかの体質的なこともあると思うから」
「そうなんですね……」
「ねぇ、しほちゃん。時間は大丈夫? ちょっとだけ、待ってて」
「え、あ、はい」

 急ぎ、冷蔵庫の中からあの小ぶりのケーキを取り出してきて、箱に詰めて。だけど、念のためフォークもひとつ、添えて。

 きっと真冬だし、しほちゃんの家は本当に近いから、保冷材はいらない。

 箱をあえて閉めずに、しほちゃんが待つ休憩室へと、ちょっと特別なクリスマスケーキを、持っていく。

「これ、よかったら家で食べて」
「わっ、え! かわいい! これ、お店のクリスマスケーキじゃないですよね?」

 素直に可愛いと褒められたのが嬉しくて、つい、笑顔で答えてしまう。

「うん。もったいないから余った材料で、作ったんだ。もちろん、非売品。よかったら、持って帰って」

 ぱっと顔を綻ばせてから、何かに気づいたように、しほちゃんがブンブンと首を振って慌てて言う。

「ダメです。これ、絶対店長の分ですよね。そんな大事なクリスマスケーキ、横取りなんてできません」

 ああ、もう、なんて素直で、そして素直過ぎて受け取ってくれないんだろう。

 その反応の全てがやっぱりしほちゃんらしくて、こちらもあえて、素直に本当のことを言ってみる。

「作ったのはいいんだけど、昨日からいつもの何倍もの量のケーキを一人で焼いてたから。匂いだけでもう、お腹いっぱいっていうか、十分で。しばらくはケーキ、食べられないなって思ってたから、大丈夫。帰って甘い物食べる予定があるなら、持って帰って」
「……確かにたくさんケーキ出ましたもんね。うーん、じゃ、じゃあ、遠慮なく」
「うん」

 もう一度、かわいいと言いながら、しほちゃんが箱の中のケーキを覗き込む。それを嬉しく思ってしまう自分がいるのに気づかないフリをして、また、言い聞かす。

 妹のように可愛がってる子がケーキを喜んでくれて、嬉しいだけ、と。

「あと、はい。フォーク」
「え?」
「舌が痛いんだったら、ここで一口味見していってくれていいよ。全部食べてから帰ってくれてもいいんだけど」

 流石に、一人で食べるには、大きいサイズだから。

 そしたらしほちゃんが、いつもの太陽のような、とびきりの笑顔で言うんだ。

「わ、すごく嬉しいです。ちょっとだけ、このまま苺のサンタ、つまみ食いしちゃおうかなって思ってたんです。本当はトナカイさん食べたいけど、やっぱりチョコは最後まで置いときたいなって。えへへ」
「あはは。サンタの飾りは残ってなくって。苺でごめんね」
「いえ、この苺のサンタも可愛いです。じゃあ、遠慮なく、戴きます」

 彼女が生クリームたっぷりの苺のサンタを口へと放り込んだ瞬間に、星が弾けるように、とても綺麗に笑う。

「美味しい。生き返ります」
「そ、そっか。よかった」

 けれど、天国から地獄って、こういうことを言うんだなっていうような、無情な言葉がしほちゃんの口から零れ出るのだ。

「……また激辛グルメを食べに行く約束をしてたんです。だから、辛いの練習しないとって思ってて。でも今度から、激辛グルメを食べに行く前に、ちゃんとケーキを用意しておきます。そうしたら、きっと大丈夫な気がします」

 そう言い切ったしほちゃんの表情は、いつもの元気いっぱいなものとは違う、少し柔らかい、大人の女性がふとした時に見せるもので、すごく、胸がざわついた。

「…………」

 けれど、その笑顔に囚われて、気の利いた言葉が、全くもって思い浮かばなかったのだ。いい歳した大人だと、いうのに……。

 そしたらしほちゃんが今度はいつもの笑顔で、立ち上がって、言う。

「本当にありがとうございました……! 私、帰ります」
「うん、もう暗いし、気を付けて」
「はい、ありがとうございます。あ、でも……」
「ん? どうしたの?」

 暗いから送ってほしい、そんな言葉を期待して、それもまた、降り積もる雪のように、あっさりと解けて消えてなくなるのだ。

「先輩には、今日のこと……お腹壊したの、内緒にしておいてもらえませんか?」
「え、あ、曾根川君に?」

 すると、しほちゃんがいつもの元気いっぱいのものでもなく、先ほどみせた少し柔いものでもなく。きっと、この年頃の子特有の、隠しきれない喜びと、大人になろうとその喜びを隠そうとする、その狭間。そんな照れた笑みをみせたのだ。
 目元はしっかりと将来を見据えたような大人の女性がするものだというのに、口元だけがまだ少女が思いがけぬ宝物を見つけて思わず微笑んでしまうような動きで、勝手に惹きつけられて、勝手に突き放されたような気分になってしまう、そんな笑みだった。

「はい。せっかく誘ってもらったし……ちょっとだけ、お腹壊しちゃったの、恥ずかしいっていうか……店には忘れ物したって理由で寄らせてもらって、先に帰ってもらったので」
「うん。大丈夫。誰にも言わないから」
「ありがとうございます」

 それにトドメをさすのは、やっぱりしほちゃんらしい理由が並べられた言葉たち。回復した彼女は、自分が心配しなくても大丈夫なくらいに、いつもの流れ星のように去って行ってしまった。

 ぽつりと残された休憩室で、脱いだばかりのコック帽をもう一度被り、やっぱり明日の仕込みを全部してから、帰ることにする。

 クリスマスに特別なケーキを、ちゃんと必要とする子の元に届けられてよかったはずなのに、それと引き換えに得た二人だけの秘密は、全くもって甘くないものだった。

「……俺も、甘いのが、好きなんだ」

 しほちゃんと一緒で。

 そんな想いを抱えて、年明けに知るのは、二人が付き合ったらしいという、事実。
 それを知って思う様々な気持ちに蓋をして、吐き出したくて仕方のない感情を全てなかったかのようにして、店長として、毎日振舞う。

 あの時のクリスマスケーキ。
 もう君にプレゼントを贈る機会を得ることは出来ないだろうから。
 渡せてよかったなって、ただそれだけを思うようにしてる。

 気持ちを認めずに渡したプレゼントでも、ちゃんと、ケーキを好きな子に届けられたという事実が、しっかりと記憶に残るから。

 だから毎日、ケーキを作る。

 誰のためにとかではなく、ケーキが好きな人の笑顔を生み出すために。
 来年のクリスマスまでには、また純粋にケーキが好きな気持ちだけで、クリスマスを迎えることが、できるように。

 ほろ苦い、独りで真夜中にケーキを作るあの時のホワイトクリスマスを、糧にして。

 

星のカケラ~もうひとつのepisode0~勇気のカケラ②

 

はるのぽこ
あえて、物語と同じクリスマスの終わりの夜に更新してみました🎅✨

 

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