星のカケラ~クリスマス特別ストーリー~もうひとつのepisode0―勇気のカケラ②
🎄episode0より少し前の時期、クリスマスの物語になります。日記のような、独特な目線で物語が進んでいきます🍰
「ちょっと、店に忘れ物をしたので、寄って帰ります。先に帰っててください」
「大丈夫? 俺もついて行くけど」
「いえ。本当に大丈夫です! お疲れさまでした」
そのまま三波は店へと駆けて行って、どうしようかと、悩む。
時刻は21時で。暗いから家まで送ろうとか、照れくさくてラーメン屋に誘ったけど、クリスマスだからさ、ツリーくらい流れで見に行けたらなって思ってたんだけどな。
「うーん」
自分の好きな激辛ラーメンにだけ付き合わせて、女の子の好きそうなイルミネーションとかに行かないのも悪いしなと思って、数分ほど店の前を右往左往してようやくに決心をし、星宙パティスリーの従業員入口の扉に手をかける。
数センチ開けた所で響いてくるのは、三波の少し、しんどそうな、声。
「本当に、すみません。激辛ラーメンを食べてきたんですけど、私、激辛ってよく考えたら食べたことなくって。いけるかなって思ったんですけど、あまり得意じゃなかったみたいで……」
「そうなんだ……」
「はい。だけど、自分が食べられるか分からずに注文したのに、残すのって失礼だなって、思って。頑張って完食はしたんですけど、そしたら、その……お腹が……痛くなりまして」
「うん。大丈夫。もう誰もいないし、身体が楽になるまで休憩していって」
「いえ、本当に、もう大丈夫です。逆にすみません……クリスマスで一番疲れてる時に」
それで、浮かれていた自分もようやくに冬の寒さで平常心というやつを取り戻すのだ。
それと共に気づくのは、今更では遅すぎる事実と、どうにもならない状況。
三波、激辛苦手だったんだなって。それもお腹が痛くなるくらい。
「…………」
気を、遣ってくれたのかもしれない。
だけど、店長には話せて、自分には話せないんだって思ったら、すごくモヤモヤして、そのままその場を去った。
そうしたらあくる日、三波は普通にいつもの笑顔でバイトに来てて、普通にいつもの笑顔で自分にも話しかけてくる。
「昨日はありがとうございました! 次は隣町の激辛カレーですよね? 楽しみです」
「え、ああ。三波も激辛好きそうでよかった」
「……えへへ。今から激辛グルメを開拓って感じですかね」
本当は知ってるのに、言えなかった。ごめんって。
それでも一緒に遊びには行きたくて。
それなのに他の口実がどうしても見つからなくて。
こっそり盗み聞きして謝りもしなかったことを知られる訳にもいかなくて、行先も変えられないまま、また激辛グルメを食べに行く。
だけど三波はずっと終始笑ってて、複雑な気持ちになった。
その後もバイト終わりにご飯に誘っては、「先輩、激辛好きですよね」って言いながら、激辛メニューが置いてある店に、入ってくれるんだ。
そうしたらつい、店長だって何も言ってこないし、付き合ったら本当のことを言ってくれるかもと思って、このままじゃいけないと思うのに、言ってしまう。
「なあ、俺たち、付き合ってみない?」
「え?」
「そうだな。いきなりもなんか恥ずかしいし、お試し期間ってことで。俺、もうすぐ卒業だしさ。お試し期間でお互いにいいなって思ったら、俺が社会人になってからも付き合う。どう?」
「は、はい!」
内心ヒヤヒヤしてたけど、三波が笑って頷いてくれたから、安心したし、やっぱり嬉しかった。それに楽観視してたんだ。恋人になったら、色々もっと話してくれるかもって。
だけど、三波は前よりももっと気を遣うようになって、一向に言ってくれないんだ。辛いのは苦手とか、もっとケーキが食べたいとか、これが好きとか、あれは嫌いとか。
努力もせずに関係性の名前だけを変えても意味がないって、身をもって、痛感した。もうすぐ、社会人になるって……いうのに。
「曽根川君、次、これ運んでくれない?」
「…………はい」
それで、いつもいつも、店で顔を合わす店長のことが、気になって、イライラしてしまって、すごく態度の悪い従業員みたいになってしまう。
自分から激辛グルメ巡りはやめようと上手く言えなくて、せめて場所を変えようと温かくなってきたから好きな野球チームの春季キャンプ観覧に誘う。
「楽しみです!」
そう言ってくれたから安心してたのに、偶然、本屋で三波を見かけてしまう。
「ねぇ、萌咲。野球のルールって、この本でいいのかな?」
「う……ん。多分。私も詳しくないんだけど」
「どれがいいか分からないけど、とりあえず、私、これ買ってくる! 来週までに、ルール覚えないと!」
また、声がかけられなかった。
それで、いざ観覧の日、必死に覚えたてのルールで話しかけてくれるのを見て、思ったんだ。
俺じゃ、ダメなんだって。
心の奥底で気づいていたのに、言えなかった。
それにきっと、本当は気づいていたから、お試し期間で、なんてつけてしまったんだろうなって。
意を決して、本来の予定よりも早めにバイトを辞めることに、する。
それで三波を解放してやろうと思って。
「やっぱり、俺らって友達のノリだよな。お試し期間は終了で、また先輩と後輩に戻ろうぜ」
「あはは。やっぱり、そうですよね」
それで悔しいのと、ほんの少しの最後の望みをかけて、店を辞めるから世話になった礼だと言って、激辛フードの詰め合わせを渡してみる。
「三波も激辛好きだったよな。今までありがとな」
なあ、否定してくれないか? そうしたら、お試し期間終了なんて、取り消すからさ。
だけど、返ってくる言葉は、期待を外さない元気いっぱいの、もの。
「あはは。ありがとうございます!」
「うん。元気で」
「先輩こそ! またケーキ買いに来てくださいね」
「嫌だよ、俺は激辛好きなんだから」
「あはは」
そのまま、もうどんな会話をしたのか、覚えていない。
家に帰るのが嫌になるのに、嫌になるほど遠くもないから普通に帰宅するわけで。
「曽根川君、これ餞別」
追いかけてきたのは挨拶を済ませたばかりの店長で、ケーキが入っているであろう大きめの手提げ袋を渡された。
ケーキはあまり食べないんで、とは言えなかった。
厳密に言うと、既にしっかりと手提げを握らされてしまっていて、そうは言わせてもらえなかったし、流石にこのタイミングでそんなことを言うのは失礼だとも、分かっていた。
だから、ずっとモヤモヤイライラしていたこの人に対しても、言える言葉は一言だけ。
「……ありがとうございます」
それで、全てを分かった上で、この人は今、自分にケーキを渡してくるんだと思う。
「……多かったら家族や友達と分けてくれたらいいから。今までありがとう。お疲れ様。社会人生活、頑張って」
「はい。こちらこそ、ありがとうございました」
お辞儀をして、この場から、去る。
去るしかできなかったんだ。
そして、帰宅して箱を開けて。
今度はただただ、笑うしかなかった。
「8個もケーキ、入ってるし」
店長は絶対に、自分が一人暮らしなのを知っている。
そして、甘いのが苦手なのは百も承知のわけで。
「食いたくない」
正直に、その言葉を口にする。
そしたら、めちゃくちゃ悔しくなった。
なんで、あの子にはその言葉を、導き出してあげられなかったんだろうって。
じっと、箱の中に詰まっているケーキの種類をみて、ああ、大人ってマジでずるいよなって思う。
「モンブランにティラミスに……チーズケーキ……」
どれもこれも、比較的、甘さ控えめのものばかり。
「ほんとに、大人って最悪だな」
そんな自分もしっかりと成人していて、この春からは立派な社会人で、学生というどこか逃げ道のある所属から抜け出て、あの人と同じ土俵に立つ訳だ。
「食えってことだよな。全部、ひとりで」
嫌いな甘いもの。
引っ越しの準備中で皿もフォークも出したくないから、そのままなんとなしに、一番端にあるモンブランを手に取る。
腹立つから、怖気ずに大きな一口で、苦手なものを口の中へと招き入れる。
フワリと栗の薫りが漂うその食べ物は、自分が嫌う程には、甘すぎはしなかった。
「ほんと、あの人、汚い。ズル過ぎるだろ」
なんだ、甘い物。そこまで毛嫌いしなくても、食べられるじゃん。
そうしたら、悔しくてさ。つい、視界が滲んでしまったけれど、自分には涙を零す資格もなければ、流石に男としてのプライドも残っていて、何とか視界をぼやけさせるだけで、踏みとどまる。
「最初から素直に、クリスマスだからケーキを食べようでよかったのかもな」
別にクリスマスじゃなかったとしても、普通に今日は三波の好きな物食べに行こうでよかったんだろうな。
腹立つくらいに、甘い物が苦手な自分でも食べられるケーキを、こんな風に最後の最後に渡してくるあの人は本当に卑怯で、自分には敵わない男性だったと、改めて思う。
「わざとだろ? 渡すタイミングも、甘さ控えめのケーキばっかりが、並んでるのも」
きっと、大人の余裕と、大人の威厳。自分でも食べやすい甘くないケーキを選んで、自分でも食べやすい甘くないケーキだから、遠回しに言ってるんだ、ひとりで全部食べて見せろって。
「食って、やるよ」
これはあの子に優しくできなかった、自分への罰。
あの人のように大人になりきれなかった自分への赦し。
悔しさに飲み込まれないように、苦手なケーキを、全部食べつくす。
「甘い……甘いのに、苦すぎるだろ」
だから嫌なんだよ。甘いものは。
辛い物に逃げたい。
夜中に気分悪くなって、吐きそうになるけど、吐くのは絶対にダメだと言い聞かせて、意地で全てを飲み込む。
そうしたらあくる日、お腹が痛くなって、色んな意味で改めて、色んなことを反省した。
「大人になるって大変だな」
甘さを知るには、まだ早すぎたんだ。
それでも、知ろうと踏み出たあのクリスマスはきっと、大切な何かに変わるんだ。
いつの日か、大人になれたその時に。
勇気と経験のカケラが、いつか輝く星になると、信じて。