小説・児童文学

かぼちゃを動かして!25+0.5=かぼちゃを躍らせて!1−0.5―フィフィの物語―

2024年12月28日

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かぼちゃを動かして!25+0.5=かぼちゃを躍らせて!1−0.5

 

 白銀の髪をなびかせて、彼女は真っ先に屋敷の庭の畑、その中でもひと際大きく育ったかぼちゃの方へと、駆けて行った。
 それに続くのは、小さないくつもの光。それは特別勘が鋭い者であれば、人間でもなんとなく、日の光が彼女の周りで輝いているように見えるだろう。
 けれど、エプリアのように魔力がある者からみれば、それは光よりももっと具体的にシルエットを捉えることができる。
 何人もの妖精が、それはそれは嬉しそうに、白銀の髪に真っ赤な美しい瞳を生き生きと輝かせる少女に続いているのだ。
 エプリアはその様子を微笑ましく見守り、自分もまた、その少女、フィフィの後に続こうと一歩を踏み出す。

「エプリア、ちょうどよかった★ コレ、あなたにプレゼント♪」

 けれど、それを見計らってなのだろうか。エプリアが照れくさくて名前の呼べないでいる師匠、ミス・マリアンヌが、エプリアがフィフィの元へと行くのを遮るかのように、一通の手紙を渡してくるのである。

「……何ですか? 面倒ごとはご免ですよ?」
「あら? 中身も見ずにそんなこと言ってもいいのかしら★」
「…………わかりました。信じますよ、開けてからとんでもない内容のもので、返却不可とかそういうの、やめてくださいね?」
「あら★ ……あげないわよ?」

 マリアンヌの反応的に、これは本当に、エプリアにとってもよいものなのだろう。今度は逆に、機嫌を損ねて取り上げられてしまう前に、エプリアは急ぎ、その封を切る。

「え、これって……」

 その中には一枚の紙が入っており、その紙質が明らかに普通のものとは違うのだ。羊皮紙の中でも厚みがあり、とても上質なものが使われているのである。さらには、人間には分からないだろうが、とても厳重なる魔法の見えない封も幾重にもかけられている。

「屋敷の権利書よ。……あの人の名義のものを、養子縁組をした上であなたのものに変える手続きをしていたの。……お誕生日、おめでとう」

 目の前にその現物があるというのに、エプリアは信じられず、何度もその権利書とマリアンヌとを交互に見返した。

 内容も、師匠の表情も、魔法封のかけられかたも、嘘じゃない……!

 どうして俺に、そう尋ねようとしてエプリアは何かに気が付くように、再び視線を庭の方、白銀の髪の少女の方へと向ける。
 いらないとは、遠慮や怖気でも言葉にすることはできなかった。ましてや下手に質問などして、このチャンスを逃したくもなかった。

「ありがとうございます。……この誕生日プレゼントが……さっき言ってた八色蜘蛛の報酬ってやつですか?」

 けれど、動揺も隠しきれず、漠然と思い浮かんだことを、エプリアはお礼の言葉と共に口にしてしまっていた。
 そのこと自体に問題はないものの、それはエプリアにとって思いがけない言葉をも導きだすこととなる。

「あら★ 特別な報酬に気づいてないなんて、あなたもまだまだね」
「……特別な報酬? ……これと別でってことで……」

 そこまで言いかけて、ちょうど振り返ったフィフィの真っ赤な瞳と視線がぶつかった。途端に、フィフィはエプリアの真っ青な瞳の中に、とびきりに可愛らしく、守りたい少女として、映るのである。
 フィフィが満面の笑みでエプリアに向かって手を振り、それに対し、マリアンヌの前であれば恥ずかしくていつもならば絶対にそんなことはしないだろうに、柄にもなく、微笑を浮かべて手を振り返すのだ。

「……もらってますね……」
「よかったわ、気づいてくれて♪ あなた、好きでしょう? ああいう子」
「…………」

 きっと、マリアンヌはその問いに対する答えを知っている。だからこそ、こういう報酬をくれて、こういう誕生日プレゼントを与えようとしてくれているのだ。

「私からあなたへの特別な報酬は、縁。出会わなければ、縁は結べない。だけど……この縁をどういうカタチで結ぶかは、あなた次第だわ」

 その言葉にエプリアは視線をひとりの少女から、この屋敷の主へと戻していく。

「そうですね。俺の心は決まっていても、そのカタチは俺の心だけでは決めきれない」
「あなたならそう言うと思ったわ♪ そういう子だから、フィフィを託す候補に値すると思ったのよ★ ウフフ」

 不気味なマリアンヌの、きっとフィフィには届かない程度の笑い声が、エプリアの耳に響き、全身に鳥肌をたてさせた。
 それと同時に、マリアンヌの魔力の揺れがあまりにも大きかったのだろう、妖精の子らが「ひっ」と身震いし、依然、フィフィの朗らかな声だけが変わらずに響き続けていた。

「……待ってください。候補って言いました?」

 不意打ちであったため、鳥肌こそ立ててしまったものの、エプリアは決して身体を震わせはしなかった。否、意地でも身体を震わせ、弱さをみせてはいけなかった。もし、この屋敷を正式に引き継ぎたければ、権利書だけでなく、マリアンヌに認められなければ、最終的な権利書の魔法封や、屋敷の魔法陣を受け継ぐことができないのだ。
 この屋敷を引き継ぐということは、人間からも、魔女からも。全てのこの世界に住まう生き物から、屋敷に住むものを守るという役目を引き継ぐということなのだから。

「……お前ズルすんなって言ったのに、兄弟子だからってやっぱりズルしたな」

 そこに飛んでくるのはディグダという、偉そうな植物な妖精で、エプリアはぎょっとして、これまでのやり取りを思い返す。
 けれど、そこから答えを導くよりも前に響くのは、傍からみれば妖艶で甘美な、この人をよく知る者からすれば、不気味で恐ろしい声で、マリアンヌが言うのである。

「……あら、二人とも勘違いしてない? 二人を候補にはしたけど、候補にしたからといって、絶対に二人のうちのどちらかで決める訳ではないし、新しい候補をみつけたら、私は連れてくるわよ? ウフフ……まあ、二人で切磋琢磨するのはいいことだけれどね★」

 もうこれ以上は不用意に言葉を発しない方がいいと判断し、エプリアは口を噤む代わりにぎゅっと権利書を掴む手に力を入れた。
 ディグダも同じ判断なのだろう、この植物の妖精も最後までマリアンヌの魔力に身体を震わせることもなければ、これ以上は何も言うまいとでもいうように、ぴたりと口を噤んだのだから。

「でも、二人とも安心して頂戴★ ここの屋敷の権利は……もともとあの人の遺言でもあったから、エプリアに譲るつもりだったのよ。あなたが望めばね。ただ、ウフフ。ちょっと事情が変わっちゃったでしょう? 弟子が増えちゃったから。だから、平等にしないとね♪」

 マリアンヌはもう一通の上質な羊皮紙を滑らかな仕草で魔法で召喚したかと思うと、その魔法封を一時的に解除して、ディグダとエプリアに見せるのである。

「土地の……」
「権利書?」

 別に声など被せたくないのに、エプリアの呟きのその続きは、植物の妖精がそのまま持って行った。
 けれど、どちらが何を言おうが、マリアンヌには関係ないのだろう。

「……土地は私のものなのよ。それはフィフィに譲るつもりだった。あの子が望めばね? ……でも、あの子はまだ成人していないし、あの子の心を掴んだ方に、この権利書を預けるわ♪」

 声はどこか柔らかく、弾けるように嬉しそうだ。それなのに、言い切った瞬間に戻した魔法封は、悍ましいほどに恐ろしいもので、ディグダもエプリアも息をのむ。

「その魔法封……魔法というよりも、むしろ呪いじゃないですか……」
「……逆に俺ら以外にこんな試練乗り越えられるやついるのかよ? ……あいつを嫁に出す気あるのか?」

 フィフィが土地の権利だけを変な輩に持っていかれないようにだろう。言葉では到底説明できないような、例えばこの権利書をフィフィの意に反して奪うといったことが行われれば、生涯において地獄の苦しみを味わうのだろうなというような、魔法が施されていた。

「……ほら、悪いことは言わない。お師匠様の凶悪さは……」
「ん、んんっ」

 マリアンヌの咳払いにエプリアはまるで先ほどの言葉がなかったかのように、口調そのままに、言葉を訂正して続ける。

「お師匠様の魔法は偉大だから……よく知る俺の方が適任だと思うよ。うん、妖精の魔法とは種類が違うし。悪いことは言わない、候補をおりるなら今のうちだ」

 けれど、ディグダはこれだけの魔法封をみてもやはり、フィフィのことに関してであれば、引くことなどしないのだろう。
 真っすぐに権利書を見据えたまま、ケロリと言ってのけるのだ。

「別にどれほどにすごい魔法でも、そこに嘘がなければ何も問題ないんだろ。ちっとも怯えるに値しないね」

 こいつ……。

 互いに同じタイミングで向き合い、睨むまでもいかない、けれども穏やかでもない視線を交わし合う。
 しかし、明らかにエプリアの方が、というよりも人間の目に見えるエプリアでなければ、ある意味、この権利書は意味をなさないのだ。
 どこか、驕りもあったのかもしれない。エプリアは少し引け目を感じて、あえてそれを口にはしなかった。
 すると、どうだろうか。やはり、この人、マリアンヌには全てが敵わないのだ。マリアンヌはあっという間に土地の権利書をどこかにしまったかと思うと、エプリアに向かって手を差し出すのである。

「はい、じゃあ、あなたは先に報酬受け取ってるんだし、昨日の仕事のものを提出してもらうわよ?」
「え? ああ、八色蜘蛛の涙ですか? なんだ、あれはフィフィのためにそういうことにしたのかと思ってました」
「やあね★ 試験なのにそんなことする訳ないじゃない。あの子は自分で全てを手に入れることができる子よ。……まあ、偶然、透明薬と必要な材料がほぼ一緒だっただけよ。ね、ディグダ?」
「ん? ディグダ? どういうことです?」

 けれど、報酬を先に貰ってしまっているのだから、エプリアはちゃんと魔女と交わした約束、物々交換を守らなくてはならない。

 ……しまったな。今はあの空間から色々取り出すのはよろしくない。あの洞窟で起こったこと……八色蜘蛛の涙以外にも、全てを師匠にもみられてしまう。

 ずっと、最後に聞いたボス・コウモリからの忠告が頭から離れずにいたのだ。そして、ディグダもまた、同じことを思っているのだろう。
 エプリアがどう切り抜けようかと答えを出す前に、ディグダが先に最もな理由の並べられた言葉で、口を開くのだ。

「俺はこいつが採ってきたのより、あいつが自分で採ってきたやつがいい。……そういうのは、そういうのを使う方が効き目もいいだろうしな」

 マリアンヌは珍しく一度ほど大きく瞬きをし、やはり傍からみれば妖艶で、彼女をよく知る者からすれば鳥肌が立つくらいに恐ろしい笑みを浮かべて、笑い出す。

「あは、あはははは。分かったわ。フィフィのを先に使わせてもらいましょう。フィフィには急いで使うから、後でエプリアから貰ってって……そうね、それだとあの子も勘がいいから気づかれちゃうわね。何て言おうかしら……」
「右目だ」
「あら?」
「………」

 エプリアはどこか悔しくなって、自分とフィフィしか知り得ないことを、咄嗟に、けれども絶対に今しかないと確信めいた想いで、口に出す。

「フィフィは右目を担当して、俺が左目を担当した。フィフィには右目の涙がいるから、俺のと交換してほしいと言えば、疑わない。むしろ魔女として、喜んで交換してくれると思うよ。……理由がなくても交換してくれると思うけどね」

 今度はエプリアから、ディグダの方へと挑むように視線を向ける。すると、ディグダもまた、エプリアのそれに応えるような視線を既にこちらに送っていたのだ。

 もう、聞かなくても分かる。それに、引け目だって感じない。

「そう。じゃあ、エプリアからそう言って、私の元にフィフィが採った涙三つ分を持ってきてね」

 あのとき、自分の採った涙ではないからとフィフィが使えなかった分は、そのまま納屋に置いてあるはずだ。
 それをフィフィから交換してもらうのは、容易いことだ。
 けど、問題は……

「じゃあ、ディグダとは約束通り、妖精が人間になれる薬。作るわね」
「ああ。頼む」

 マリアンヌはきっと、エプリアが何を思うのかを分かった上で、フィフィがあとでどう思うのかも背負う覚悟で、この薬を作るのだろう。
 それらを止めることができるかどうかは、エプリア次第。

「ちなみに……薬の完成はいつです?」
「そうね……二週間くらいってところかしら」

 マリアンヌの声に、迷いは一ミリもなかった。横にいる植物の妖精も全てを承知の上なのだろう。
 だからこそ、エプリアもただただ、異を唱えるのではなく、行動で示すしかないのだ。

「分かりました」

 エプリアはようやく、自分がなぜ試験の日のタイミングで呼ばれたのかを理解する。
 妹弟子であるのならば、もっと早い段階でもよかったのだ。
 けれどやはり、このタイミングでなければ、本当のそれぞれの人生みちを決断する選択肢というのが、生まれなかったのだろう。
 妖精が人間になろうと思えば、寿命をかなり短くすることになる。そもそも、進化を促すのではなく、種族を変える薬を作るのであれば、それは食物連鎖に反する。
 魔女協会の掟どころか、世界のことわりを破ることとなる。

 ミス・マリアンヌは禁忌をおかしてでも、作ってはいけない薬を作る気だ! そしてディグダもそれを承知で、薬を飲む気なんだ!

「フィフィを、絶対に泣かせはしない」
「……俺もそのつもりだ」

 ディグダはふいっと、畑の方へと何事もなかったかのように飛んでいくのである。そして、マリアンヌもいつの間にか、姿を消していた。
 エプリアの方が、屋敷の権利書という、ある意味で有利なものを手にしている。
 けれど、時間は、巻き戻せない。
 期限を考えると、エプリアの方が圧倒的に不利であるように感じられた。

 俺の、縁を結ぶカタチに……全てがかかっている!

 

 

 

 Next season is 

ちゃ躍らせて

 

 

To be continued……

 

 

かぼちゃを動かして!は完結済み作品であるため、連載・掲載期間は終了しております🎃
連載をご覧いただいた皆様、温かな応援ありがとうございました🧹

 

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