【宝石×小説】誕生石の物語―地球への贈り物―~1月ガーネットの物語~後編
「今日はリハビリに少し外へ出てみませんか?」
「いいのか?」
そして数週間が過ぎる頃には、足は固定したままではあるものの、ガーネットは少しずつ村の中であればパイロの肩を借りながら右足を頼りに動けるようになっていきました。
パイロの話はガーネットにとって全てが真新しく、共に見る景色は初めて地球に降り立ったときにみたものと変わらないはずなのに、日を重ねるごとに、不思議と美しさを増していくのです。
「この村で暮らすのは、とても楽しそうだ」
「そうですか? ガーネットがここにいたいならば、あの家を譲りますよ?」
「いいのかい?」
「はい、あれは遠くへと行ってしまった妹の家だったので。今は空き家ですから」
パイロと過ごすうちに、ガーネットはすっかりと、天界へ帰ることはおろか、当初の目的である人間に「宝」を作るということを忘れてしまっていました。けれど、ガーネットはやはり天界人だからでしょう、通常の人間よりは地球であっても治りが早かったようで、二カ月もたたずに、一人で立って歩けるようになってきたのです。
「パイロを驚かせよう」
そう思いパイロの家へと向かったガーネットですが、偶然、家の窓があいていたのです。ひょっこりと覗いてみると、そこにはパイロだけでなく、村でみかけたことのない見慣れぬ恰好の男と女もおりました。それに驚いたガーネットは慌てて隠れるようにしゃがみ込みます。見慣れぬ男は、年はパイロよりも一回り以上は上でしょう。大変に体格はよく、こんがりと焼けたその肌はとても若々しくみせますが、その額には経験を物語るかのような深い皺が刻まれ、男にどこか厳しそうな印象を与えます。
そして、男の横ではなく、パイロの横に若い女は立っておりました。成熟した女性というよりは、どこかあどけなさの残る少女のようで、パイロよりもいくつか年下のようにも見受けられました。少女も同じく、こんがりと焼けた肌が印象的で、ほんの一瞬みただけでも吸い込まれてしまいそうなくらいに、深く、透き通るような緑の瞳を持っています。
「……ダメだ。これっぽっちでは、娘をやることはできない」
「この村ではあまり商売というものをしないのです。お金は確かにあまり持ってはいませんが、家畜もおりますし、この通り家もあります。この村では十分にやっていけます。どうか結婚をお許しくださいませんか」
「父さん、お願いよ」
「ダメだ。この村ではそれでよくても、私たちの村ではお金を持っていないとダメなんだ。結納金を準備できないのでは、お前に娘を任せることはできない。……それに、この村では商売をしないというが、今回の交易で港の村ではもうたくさんの店が新たにでき、物々交換ではなくほとんどをお金を通してやり取りするようになってきている。このままではお前も取り残されてしまうぞ」
「……ですが」
「ほら、アンドラ行くぞ」
「……父さん……」
うっかりと盗み聞ぎをするような形となってしまいましたが、不穏な空気を感じ取り、我慢ができなくなってしまったガーネットはとうとう、頭半分ほどを窓の方へと出し、中の様子を覗き込みます。すると、美しい瞳いっぱいに涙をためた少女の腕を、男が強引に引っ張ってパイロの家をまさに出ようとしているところでした。
俯いていたパイロではありますが、ごそごそとポケットに手を入れると、小さな白い袋を取り出しました。
「待ってください」
「なんだ?」
「これが私の持っている残りのお金になります。どうかこれで買えるだけ、最後にザクロを買わせてください」
振り向いた男は黙って手を差し出します。そこにパイロは袋を縛っていた紐をほどいて、硬貨を数枚ほど男の掌へと落とすのです。
「ふう……これではザクロひとつだって買えない。お前は買い物に慣れていないから、物の価値が分かっていないんだ。ザクロはこの辺りでは流通していないから、果物は果物でも、あの港で買おうと思ったら他と比べて高価なんだ」
「……そうですか」
「まあ、これで最後だ。何度も通ってザクロを買ってくれた礼ということにしよう。ひとつ、お前にくれてやろう。……確か、怪我をした妹の好物なんだとな」
「……ありがとうございます」
男は背負っていた布袋から、ガーネットが見慣れた赤く真ん丸とした掌サイズの果実をパイロの手元へと放り投げました。そして、パイロの家の机へと、先ほどにパイロが渡した硬貨を全て置いて行きます。
「ああっ、足りないでしょうが、せめて、ある分だけお取りください」
「いらん。これだけであれば、無いに等しい。せめて自分にとっておくがいい」
「……パイロ……」
「さよなら、アンドラ。元気で」
あっけなく男は娘を連れてパイロの家から出て行きました。ドアの閉まる音が、風に乗ってとてもよく響きました。家を出ても尚、娘は泣き続け、そうして家に残されたパイロはいつまでも、いつまでも微笑んでおりました。ただ、それはガーネットがみた中で一番に切なくなるような、笑みでした。笑っているのに、伝わるのは涙の感情なのです。パイロはその目に涙こそ浮かべていませんでしたが、悲しさを無理矢理に抑えつけたその瞳は、ガーネットの頭から離れなくなってしまいました。
「私のせいだ……」
「いいえ、ガーネットのせいではありません。……ですが、これが最後のザクロになってしまいました」
窓へと歩みよるのはパイロで、きっと、ガーネットが全て聞いていたのを知っていたのでしょう。パイロは決して家からは出ようとせず、窓越しにガーネットの掌へと有無を言わさぬ形でその手にザクロを握らせるのです。
「どうして……高価だったんだろう? それも村でやっかいになっている私なんかに」
「ザクロの赤色が……とてもガーネットの髪と瞳に似ていると思ったのです。それがきっかけだったのですが、あれほどに喜んで食べてくれたのが嬉しくて……早く元気に、なってほしかったのです。……数年前に、妹を……山で亡くしました。足を滑らせたようで、道ではないところへと、落ちてしまったのです。見つけるのが……遅くなってしまって……私が……もっと早くに見つけていたら……。この辺りの山は朝夕はひどく冷えるのです。……ガーネットを助けることが、私の、罪滅ぼしでした。そして、ガーネットのおかげで、ようやく村の外にも出るきっかけができて……アンドラと出会ったのです。私では、ダメでしたが。けれど……いえ、何でもありません。余計なことをしゃべりすぎましたね。……ちょっと、狩りに出てきます」
それきり、その日はパイロとガーネットは顔を合わすことはありませんでした。
そうしてあくる日、ガーネットは決意を持って、早朝の誰もいない山を黙々と登っていきます。もう決して怪我などしないように、今回は道を選んで頂上の付近を目指しました。
そして、勢いよく助走をつけ、山から宙へとその身を投げると、身体を浮かし天界へと戻っていくのです。
「やあ、ガーネット。下見にしては、長かったね。もう皆、それぞれの宝を作り始めているよ」
声をかけるのはダイヤモンドです。確かに彼の手には、透明なきらりと光るものが握られているではありませんか。周りをみれば、十二人の他の弟子たちもそれぞれ色とりどりの光る何かを作り始めているのです。
「私も作る気になったのだ。……ダイヤモンド、ひとつ、頼まれてほしい」
「……いいだろう。それで、宝はどうする気だ?」
「……下見が長かった分、もう原理は分かっている。後は試すだけさ」
「よく言う。これは難しいぞ」
こうして、ガーネットは宝山へと戻るや否や、わずか一晩で、あっという間に赤いひとつの石を生み出したのです。十二人の弟子の誰もが悔しがりましたが、驚きはしませんでした。ガーネットが何事も一番になることが多いのは、取り掛かるのが早いのはもちろんですが、しっかりと準備をするからなのです。彼女はやはり一番に下見へと向かいました。そしてきっと、地球で寝ている間中にも、その頭を動かし、地球を肌で体感し、考えていたに違いないのです。
ガーネットは出来上がった宝を持って、再び地球へと降り立ちました。今度はダイヤモンドも一緒です。もう本当はすっかりと足は治ってはいますが、念のためにちゃんとした道を、ひょいひょいと身軽に飛びながらダイヤモンドと共に一気に下っていきます。
「その調子だと、怪我はすっかりとよいみたいだね」
「知ってたのか?」
「……まあね。一度様子を見に来たけれど、君はここを気に入ってそうだったから」
「そうか……」
「…………」
家へと戻ると、ひどく焦った様子で辺りをウロウロとするパイロがそこにはおりました。どうも食事を運びにきてくれたようで、一日家の前に食事を置いても取りに来ていないのを変に思い、中を確認したようなのです。すると、家にガーネットがおらず、いなくなったこと気づいたのでした。パイロはガーネットの姿をみつけるなり、駆け寄ってきます。
「ガーネットっ! よかった、昨日は気まずくて食事を置いてすぐに戻ったものだから……。また山へと入って、何かあったのかと……」
「大丈夫だ、驚かせてすまない。パイロ……これを」
ガーネットは手に握っていた赤く綺麗に輝くいくつもの石の塊をパイロへと差し出します。朝日がそこに差し掛かり、その中のいくつかが反射していたからでしょうか、それをみたパイロは不思議そうに問うのです。
「どうしたんですか? これはザクロの実……ですか?」
「いいや、パイロ。これは宝の元、石だよ」
「石? 赤い……石。なんと綺麗な……」
「いいかい? この石で商売を始めるんだ」
「そんな、確かに綺麗な石ころですが、これが何になると言うのでしょうか?」
ガーネットはそっと、自分が先日してもらったように、まるでザクロの実を握らせるように、パイロにこの赤い石を、有無を言わさずに握らせます。
「昨日のアンドラたちは、貝を加工したものを耳飾りや首飾りとして使っていただろう? この石はそのまま使うんじゃない。パイロ、この村の者は商売をしてきたことはないが、ちゃんと商品をつくる技術は持っている。狩りに使うときの矢や槍の石尻を作るときのように、この石をカットして磨き、綺麗にするんだ。……宝山というところでは、こうした宝のことを宝石と呼ぶ」
「宝石……」
「まずは石を綺麗にみえるよう、カットをし、磨くんだ。そして、まだ船が出航するまでに一か月近くはあるだろう? 向こうの人は装飾が好きなはずだ。綺麗な首飾りや耳飾りにしたものを売って、商売になるということを示すんだ。値段は貝の装飾品を参考に、必ずそれよりも高い価値をつけて売るんだよ。最初はなかなか売れないかもしれないが、辛抱強く売るんだ」
「で、でも……商売なんて……」
「いいかい? 私はこの村で世話になったから、その礼だ。私の村では、とてもこの宝石というのは価値が高く、流行っているんだ。ほら、横にいる彼がダイヤモンドだ。迎えが来たので私は帰ろうと思う」
ダイヤモンドからも強く、装飾にして売るといいと伝えてもらい、ガーネットはパイロにその宝の元となる石を加工して売ることを約束させました。そして、山の一部を指差して言うのです。
「いいかい? それが商売になると示したら、今度はこの石を掘り起こすんだ。この村の者は山に詳しければ、体力のある者が多い。村の皆で石を掘り起こし、宝石として高値で売るというのを繰り返す。その商売で生まれた利益を元に、村を発展させて、少しずつ他の商売も村の中で行っていくといい」
「ありがとう、ガーネット。やってみることにします」
「いいや、礼を言うのは私の方だ。本当にありがとう。商売を上手くいかせて、アンドラを迎えに行くといい」
その言葉を聞き、パイロは驚いたように目を見開き、息を吸い込みます。そして、ずっと穏やかに笑むばかりであったパイロが、力強くその瞳に意思を宿して、頷いたのです。
「アンドラと出会って、私はもう一度、生きたいと思ったのです。必ず上手くいかせます。ガーネットもどうかお元気で」
「ああ、私はダイヤモンドと共に、一か月後の船ではなく、すぐに発つことにするよ。また会おう、パイロ」
パイロは言われた通り、ガーネットに渡された石を磨いてみたりカットしてみては、装飾品として売り出しました。船が出航する直前まで、なかなかそれらは売れはしませんでしたが、ガーネットのためにザクロ以外にもたくさんのお土産を、パイロは港の市場で買っておりました。見知った者が、たくさん買い物をしてくれた礼にと、ひとつ、それを試しにお土産に買って帰ったのをきっかけに、パイロの装飾品はとても人気の商品へとなっていきます。
そこから、村をあげて、鉱山で本格的な採掘が始まっていくのは言うまでもありません。
「では、一年後に」
「はい、必ず成功させてみせます」
船が出航する前に人気商品を作り上げたパイロはアンドラの父に、必ずこの商売を上手くいかせると誓い、一年後に再びこの村へと立ち寄ってもらう約束を取り付けます。
一年後、見事に発展したパイロの村は交易に欠かせない宝石の産地へと変わっておりました。後にパイロはアンドラを娶り、この宝石に大切なもう一人のザクロが好きな妹と同じ名を付けます。
「いらっしゃい。ここは有名なガーネットの産地です。お嬢さん、おひとつ、特別なお土産に宝石はいかがですか?」
ガーネット
💎毎月第5土曜日(第5土曜がない月はその月の最終日)更新💎
