世界の子どもシリーズ

世界の子どもシリーズNo.17_過去編~その手に触れられなくてもepisode9~

2024年12月29日

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世界の子どもシリーズNo.17_過去編~その手に触れられなくてもepisode9~

 

 式典の時間は、地上世界、地球という惑星の時間軸で言うと、一時間くらいで全てのプログラムを無事に終えようとしていた。
 宇宙間で行われる公式行事としては、比較的短い時間だったと言えるだろう。その要因も、もしかすると原初の星からのサプライズゲストの迎え入れをああいう形にしてくれたからかもしれない。
 式典ではアヴァロンの王からの挨拶、魔法鏡で繋いだ父、ムーからの挨拶と原初の星のご夫妻の平和を願うお言葉、そしてサンムーンの様子を魔法鏡に繋いだ上で、簡単に説明するものであった。
 残る時間は歓談となり、演奏が行われる中、食事をしたり、ダンスをしたり。それぞれの星々が、それぞれに必要な情報を求めて、先ほどよりも緩んだ空気間で交流が行われていくことだろう。
 すると、いよいよ結びの時間となったのか、アヴァロンの王の合図に合わせてトキの時計の針がくるくると回り出し、その長針と短針がピタリと重なり合ったところで、アヴァロンの鐘の音、式典の終わりを告げる音が、会場中に響き渡るのである。
 そんな中、真っ先に立ち上がるのはネロで、きっと歓談の開始と食事のサーブの始まりを知らせるのだろうとカイネは思った。
 けれども、ネロはアヴァロンの王と、原初のご夫妻へと一礼すると、ゲストの裏側を通り、カイネの横へと回ってきて、腰を低くすると、手を差し出してきたのだ。
 その手を見つめながら、もしかすると、何かしらの結びの儀をするのかもしれないと、カイネは頭をフル回転させていた。けれども、原初の星に結び関連の舞というのを、カイネの知識と経験の中では瞬時に見つけ出すことができなかった。どうにも、そういったものはないように思えるのだ。
 ムーは基本的に儀式において舞いというのをとても大切にしている。その全ての基盤というのが、原初の星の舞であることがほとんどだ。正直なところ、決して競っている訳ではないが、いくら相手がネロと言えど、舞いに関してはカイネの方が知識は豊富だと自負している。

 どうしよう……まだ意図が読めない。

 ぐっと息をのみ、けれどもネロから強い視線を感じ、カイネはこの角度であれば周りからも見えないだろうと、『私、分からないの』というような縋る視線を送り返した。
 けれど、ネロはその視線を受け取ってくれたのだろうか、アヴァロンの王子としてだけではなく、ネロとしても滅多に見せないであろう柔い笑みを浮かべてカイネが手を添える前だというのに、ネロがカイネの手を強引に掴み、立たせるのである。
 その手の取り方は絶妙で、カイネがネロに困って助けを求める視線を送るために微かに動いたからだろう、角度が絶妙に死角となっている位置で彼は手を掴んだため、誰からもあたかもカイネが自ら手をとって立ち上がったように見えたに違いない。
 勢いのままに立ち上がらされ、カイネは困惑するも、ネロはカイネをエスコートするかのような動きで、とても紳士的に舞台の斜め前、アヴァロンの王とも、原初の星のご夫妻と被らない位置前方へとカイネを連れていくのだ。

 ネロ、一体何をするというの?
 歓談開始の挨拶も、入場に合わせて私たち二人で行うということなのかしら。

 カイネは表情こそ堂々たる微笑を浮かべたまま、『私、まだ分からないの』と伝わるよう、ネロと触れ合うこの繋がれた手を頼りに、指の腹でネロの掌にそっとその旨を記した。
 すると、ネロはカイネから手を離し、そのまま、宇宙中の星々の王や要人たちがいる前で、堂々たる挨拶の言葉を開始するのである。
 カイネはどうしたらいいのか分からないまま、この動揺を周りに悟られないよう、綺麗な立ち姿を意識してネロの横に備えていた。

「本日はサンムーンの開放という記念すべき式典を我が国アヴァロンで開催させていただき、誠にありがとうございました。そしてどうか、このサンムーンの開放が宇宙中の愛と平和で繋がることを願い、式典の結びとサンムーンの始まりの第一歩として、私に愛を伝えることをお許しください」

 ネロは突然に振り返ると、その真っ白なマントを高々に靡かせながら、カイネの目の前で膝をつき、もう一度、カイネの手を握ったのだ。

「カイネ王女、私と結婚してくださいませんか」

 その言葉を聞いた瞬間というのは、全てが特別であったからだろう、不思議とカイネの周りから、音という音が、景色という景色が、忽然と消えたかのような感覚に陥ったのだ。
 きっと、周りにはたくさんの人々の視線とどよめきがあるに違いないのに、そのどれもがカイネの視界から遠のき、どの声も、何も、聞こえないのである。
 カイネの視界に映るのは、目の前の、愛しい恋人の姿だけ。耳に入るのも彼の言葉だけなのだろう。
 琥珀がかった深紅の瞳が、とても真剣にカイネのことをみつめていた。触れている手はとても優しくて、どちらかというと温かであるはずなのに、まるで彼の瞳の炎がカイネにまで伝ってきたのではないかと思えるくらいに、指の先端から全身に巡るように、熱を感じたのだ。
 その熱は、熱いのに優しく、情熱的の一言に尽きるものだった。

 切実に願い過ぎて、夢か何かの錯覚で、聞き間違いであったらどうしよう。

 カイネの中の姫である最後の部分の冷静さが確認の問いを心の中で行うも、遅かった。
 あまりにも触れ合う手が熱くて、ネロの瞳もまるで既に決まっている答えを待つかのように力強くて、カイネはもうネロの瞳と熱に囚われてしまっていたのだ。彼の情熱が身も、心も。カイネのもつ全てを一瞬にして覆いつくしたのである。
 すると、嬉しさのあまり、思考よりも、感情が。言葉よりも表情が先に零れ出たのだろう。
 これが公の場であろうが、あるまいが。きっと、本能がそうさせたに違いない。カイネは自然と、姫としてではなく、ただ一人の生ける女性として、純粋なる喜びの笑みを浮かべていたのだ。
 その笑みをみて、ネロが少し力の抜けた、けれども本当に嬉しい時にしか見せない、幼馴染だからこそ、恋人だからこそ分かる笑みを返してくれる。
 彼の笑顔をみたからだろう、喜びがまた本能的に脳に司令を与えてくれたのだ。今度はカイネの喉がしっかりと、震えていたのである。

「はい、謹んでお受けします」

 カイネの返事に合わせて、ネロは握るその手の甲に、キスを落とした。それはただのキスではなく、アヴァロンの王子が行う、誓いのもの。
 手の甲に浮かび上がるアヴァロンの文様はとても愛おしく、もっともっと、自分の全身に彼の魔力が巡ればいいと、カイネは本能的に思ってしまった。
 淡い色味のままのこの紋様は、正式にアヴァロンの王と、カイネの父であるムーの王から承諾を得なければ、深くは刻まれない。
 それでも、王族でなければ、ただの男女であれば、アヴァロンでは十分にこれで婚約が成立するのである。
 カイネが承諾の意を示したからだろう。白い手袋越しに、ネロの手の甲にも淡くムーの姫が贈る紋様が浮かび上がっていた。

「カイネ」

 気が付けばネロは立ち上がり、カイネの肩に手を添える形で、周りからの拍手を浴びていた。この拍手はカイネに向けても送られているものであるのに、カイネはどこか照れた心地があり、堂々とネロの内へと隠れるようなかたちで、その拍手の全てをネロに任せた。

「これよりトキの調整が終わるまでの間、歓談の時間とさせて頂きます。サンムーンをより楽しんでいただけるよう、地球の地上世界で採れる食材で作った料理をご用意いたしました。また、各星々、国々での伝統的な料理も僭越ながら作らせていただきました。どうぞ、宇宙中の食を、お楽しみください」

 カイネはこれほどに緊張しているというのに、ネロはまるでいつも通り、王子として立派に振舞い続けた。けれど、カイネが寄り添う彼の胸からは、昨夜と同じく、少し速くなった心臓の音が響いてきて、それがとてもカイネを安心させ、同時にやはり喜びが満ちて、頬を赤く染めさせるのである。

「さあ、行こう」

 カイネはどこか夢見心地のまま、この婚約に対して、どうして、どうやって、とたくさんの質問が思い浮かぶものの、この喜びを全身で感じずにはいられず、あえてそれらを口にはしなかった。
 けれど、ネロに連れられてホールの方へと降りると同時に、ネロの合図に合わせて、とても美しいハープの音色が響き出し、歓談中の生演奏が始まったのだ。
 その音を聴いた瞬間に、その方向を見ずとも、カイネには誰が演奏しているのかが分かってしまったのである。
 振り返るとそこには、すっかりと長くなった銀の髪を左肩にかけるように緩く束ねた、とても綺麗でカッコイイ女性がいた。
 ハープを演奏するために腰かけているから、彼女の背の高さはあまり分からない。けれど、スレンダーな彼女の長く美しい脚は隠しきれなかったのだろう。彼女はゆったりとした白いシルクのドレスを着ているけれど、ドレス越しでも何頭身なのだろうと見惚れてしまうくらいのスタイルの良さと、胴よりも長いのが一目瞭然の足は、カイネが何度も聴きに行った噴水広場の時よりも磨きがかかっていた。

「テレシオ……戻ってきたのね」

 テレシオはきっと、カイネの視線に気づいているに違いない。わざとらしく、視線と意識は他の演奏者に合わせているのに、ハープを弾くその手を、カイネの方向に向けてまるで子猫を撫でるかのように、余分に動かしてみせたのだ。

「……カイネ王女、ご婚約おめでとうございます」

 すると、近くに備える警備に来ていたアヴァロンの騎士の一人が、カイネに声をかけてきたのである。
 その声もまた、兜の向こうに隠れている顔をみずともよく知ったものなのに、わざわざ兜の目元を開けて、ウィンクをみせてくれるのだ。

「どうしてここにいるの!?」
「私だけじゃないさ。騎士枠は私が見事に審査に勝ち抜いて、仕事としてもぎ取っただけ。……結構みんな、いるよ。本当におめでとう、カイネ」

 カイネがアヴァロンで特に親しい友であるアヴァロンの女騎士は、それだけを手早く伝えると、すぐに勤務へと戻った。けれど、その様子をみていたのだろうか、向こうの方にいる魔法族の護衛の何人かが、手を振ってくれたのが分かった。さらに向こうで、騎士の数人が敬礼をしたのが分かり、甲冑の揺れる音が、先ほどの拍手よりもしっかりとカイネの耳に響いた。
 たくさんの友が、本来ならば王族しか入れない空間に、アヴァロンの厳正なる審査を切り抜けて、仕事としてこの式典へと参加してくれていたのだ。ただ、それが本当に仕事であり、それだけでないのが、ひしひしと伝わってくるのである。
 慌ててネロの方をみると、いつもならばこういうとき、照れて視線など合わせてくれないのに、今日ばかりはお前のためだと言わんばかりに、カイネを見つめたままに、柔く笑んで頷いてくれたのだ。

「実はサンムーンのプロジェクトを……密かに手伝ってたんだ。サンムーンの開放が、式典を無事に終えるところまでが、主要国が出した婚約に同意する条件だった」

 質問したかった多くを、ネロが堂々と明かしてくれた反動は、カイネにはあまりにも大きすぎたのだ。いくら婚姻の申し入れを承諾したからといっても、まだそれぞれの王から承認の儀を得ていないため、ある意味で正式ではない。それに、正式に婚約が成立していたとしても、一国の姫が、感情のままに動くのはよくないと、重々に分かっている。
 それでも、弾けた喜びを抑えることなどできず、カイネはネロに飛びつくような形で抱き着いていた。
 けれどもネロもそれを諫めることも拒むこともせず、豪快に抱きよせて、カイネの腰元をしっかりと持ち、その場でくるりと一回転してみせたのだ。

「ははっ、馬鹿だな」

 ネロの声がとびきりに甘く響き渡り、カイネが足を大理石の床へと着地させると共に、テレシオが演目を、ダンスで有名なそれに、自然と変えてくれたのだ。
 感情のままに抱き着いた抱擁は、婚約者と会場に紛れる多くの友人たちが、ダンスの一環に見えるように動いてくれ、まるで魔法は使っていないのに、素敵な魔法をかけてくれたかのよう。
 そのまま始まったカイネとネロのダンスは、二人のものであるというのに、ちゃんと、アヴァロンの王子とムーの姫のダンスでもあるのだ。

 今日の会場は、音がすぐに響いてしまう大理石の床のホール。ライトは月光ではなく、眩すぎる豪勢なシャンデリア。会場中にオーディエンスがいるのに、ちゃんと二人の世界もあって、今日は花びらはないけれど、たくさんの拍手がホールに広がっていくだ。

 ねぇ、すっごく幸せね。

 そのままテレシオに、いつもの二曲目を歌ってほしいとカイネはねだり、今度は楽器演奏ではなく、テレシオの歌に合わせて、カイネはステップのない舞を、行っていく。もちろん、相手役は婚約者。

 その日、ネロは絶対にカイネのダンスの相手を、たとえ挨拶であったとしても、他の男性に譲りはしなかった。

 

 

世界の子どもシリーズNo.18

 

その手に触れられなくてもep10

 

 

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