小説・児童文学

ループ・ラバーズ・ルール_レポート2「もらう」

2025年1月2日

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ループ・ラバーズ・ルール_レポート2「もらう」

 

 リファの瞳には、求めてやまないピンクの怪獣しか、映し出さない。ゴーカリマンはその名の通り、豪華なヒーローなのだが、このモゴロンはモゴモゴと喋る弱い怪獣なのだ。悪いことをする勇気もなければ、ゴーカリマンのように良いことをする程までには自分に自信もなく、引きこもりがち。なのに寂しがりやで、変なところで出たがり。弱いくせに、強い敵キャラを自分を犠牲にしてまで守ったり、敵キャラのくせに本当は悪いことができず、結局何もせずに「今日は帰るロン!」と決め台詞だけを残して去るのだ。視聴者からすれば、今日こそ強敵を倒せたと思ったところで、トドメの一撃をモゴロンが飛び出して守ったりするから味方ではないし、かといって、圧倒的に悪いことをする敵なのかというと、すぐに去るからライバルにさえならず、敵としてゴーカリマンが格好良く戦うシーンに一役買って出る訳でもない。これらの理由より、モゴロンの人気はあまり高くないらしいのだ。リファには今一つ、こういうストーリーの意味というのが分からないものの、モゴロンがどうしても欲しくて、ネットで調べまわったのである。そんなあまり人気ではないモゴロンは、ガチャキューブで最も出やすいノーマルキューブの中に含まれるひとつであった。ところがどうしたことか。リファが何度このガチャキューブを回しても、モゴロンどころか、ノーマルキューブさえ、滅多にお目にかかれないのである。何度このガチャキューブを回したことか。
 リファがガチャを回せるのはこういう学校がある日で、表向き、勉学に励む日として設定された平日の自宅に戻る三日間。なんでも、部活とやらをするならば、平日は全て部活後に自宅へと戻れるようなのだが、特にやりたい部活というのを見つけることができなかった。研究所も自宅も行きたい訳ではなく、消去法で学校にいる時間が比較的に体調良く過ごせて、自宅でも部屋で大人しくしていれば、三日間ならば置いてもらえたので、高校に入ってからこのルーティーンで異論なく過ごしていた。
  ただ、今までと違うのは自宅にはテレビというものがあり、それを自室で音量を小さくすれば見ることを許可されていることだ。リファはこのテレビにポータルデバイスを繋いで、ゴーカリマンを観るというのを繰り返していたのだ。きっかけはただ、初めてつけたときにテレビで偶然放送していたから。特にリファからして、何か見たいものがある訳でもないため、社会のルールというのを身に着けるのに、流行りのものを目にする機会とさえなれば、何でもよかったのだ。どれほど観続けても一向にストーリーの意味が分かることはなかったが、このモゴロンというのがリファは気になって仕方がなく、モゴロンがいるので、リファは自宅で過ごす時間というのを、全てゴーカリマンを観るということに使っていた。

「……あ、えっと……」

 そのモゴロンを手にもつ男性が、躊躇いがちに声をあげ、リファは思い出す。この人は確か眉が印象的だったと。顔をあげ、じっと眉、ないしほぼ瞳を見つめながら、リファは真剣に尋ねる。

「どうやって、だしたの?」
「ん~、ん?」

 男性は訳がわからないというように、ガチャキューブ機と手元にあるモゴロンをみて、再びリファの方へと視線を向ける。リファはこの男性がどうやってこのモゴロンを引き当てたのかがどうしても知りたくて、深く、男性の瞳を見続けた。すると、たちまち男性は、先ほどのユーキほどではないけれど、頬を紅潮させ、ゴクリと唾を飲んで固まってしまったのだ。鼓動も速く、リファはこれを緊張による反応だと判断する。やはり、モゴロンを出すためのルールには、話すだけで緊張を孕む重大なものが含まれているに違いないのだ。
 そうなるとより一層知りたくなり、リファはどんどんと顔を男性へと近づけていく。けれど、男性はますます顔の赤み具合を濃くさせ、逃げるように顔を後ろへと逸らしていくのだ。リファが数十センチくらい前のめりになったところで、とうとう、顔を反らし過ぎて身体のバランスを崩し、「うわぁ」と声を漏らすと地面にドシンとその尻を着地させた。

「リ、リファちゃん……」

 ユーキが慌ててリファの肩に手をかけ、リファは黙ったまま、何度か瞬きをして立ち上がる。この男性はモゴロンの秘密を明かしたくないようだし、ユーキは急いでいる。リファは一度ほど、男性ではなく、その手に握られているモゴロンを見て、ユーキに「ごめんね」とだけ告げて、歩き出そうとする。

「……モゴロンが欲しかったのか?」

 けれど、落ち着いた声が、思いがけずそうリファに尋ね、もう四回の上限を引いてしまったから、今から他のガチャキューブを周っても無駄なのを知っているのに、モゴロンを引くためのルールというのを知りたくて、つい反応してしまう。

「……ほしかったの。だって、ここのガチャキューブ、ゴーカリマンしかでないんだもん」
「逆に、ゴーカリマンはあんまし出ないけどね。セントパークのショッピングモールは既に売り切れでここしか最後在庫がなさそうだから来たんだ。……何回くらい引いたの? こいつみたいに、コンプしたい感じ?」

 モゴロンを手に持つ男性は、もう服が汚れるのなど気にしないのだろう、胡坐をかき、完全に地面に座り込んでいる。その男性の背を、足で小突くように再び軽く蹴りながら、声が特徴的なその人は尋ねた。
 リファは首を振り、コンプリート目的ではないことを示す。

「モゴロンが……モゴロンが欲しかっただけ。四十八回。四十八回引いた」
「うぇえええ! リファちゃん、そんなに引いてたの!?」

 ユーキが驚いていることにリファもまた驚き、円らな瞳をさらに大きくして、頷いた。

「……これって多いの? だって、一か月限定のガチャキューブで、週に三日しか引けないのに、一日四回の上限だから……。引く回数が少ないから出ないのかと思ってた」

 その問いにユーキがぶんぶんと首を振る。驚いているのはユーキだけではないらしく、柔い声の人もまた、表情が読みにくいなかで、「マジか」と呟く声から、リファのその回数が一般に驚くものであることが分かった。けれど、一人モゴロンを持つ男性だけが、どこか嬉しそうに、何度も小刻みに頷いていた。

「いや~、同士だね。ノーマルバージョン十種。レアバージョンが三種。世界で十個限定のスーパーレアの、オーロラ。まあ、スーパーレアは無理でも、全十三種をコンプしようと思ったらそれくらい引くよね。……俺は三十八回引いた」

 リファには特に何も言わなかったのに、柔い声の男性は再び、小突くようにその男性の背を蹴り飛ばす。けれど、今回はリファがみた先ほどの二回よりも明らかに強めだった。

「ってぇ~。なんだよ?」
「いやいや、おかしいだろう。コンプ目指すっつっても引きすぎだろうが。お前、金貯めて新しいギター買うっつったよな? だから俺だってさ、色々我慢して新しいドラムのパーツだけでも買い直そうとさ……これ一回引くのにいくらすると思ってんだよ?」
「なんつーの? 序盤で被らずに連続八キャラもでたもんだから、あとはゴーカリマンとレディーマンだけだなーってなるじゃん? したらそっから、出ないんだよ。もうやめようと思ったら、レディーマンが出てさ? したらやっぱり、ゴーカリマン欲しいじゃん?」

 繰り広げられる会話からリファはあることに気づき、それらを遮って、問い直す。

「……これ、ゴーカリマンとレディーマン以外のキャラもでるの?」
「ん?」

 リファはそっと顎に手を添え、考える。やっぱり、何かしらの引くときのルールに気づききれていなかったのかもしれない、と。
 けれど、モゴロンを持つ男性はニマっと笑いながら立ち上がり、リファの空いた方の手を引いたかと思うと、その掌にモゴロンを置いてくれたのだ。

「なんかわかんないけど、モゴロンが欲しいのは伝わったから。これ、あげるよ。こいつ無駄に家にいっぱいいるしね~」

 リファは瞳を揺らしながら、顎から手を外し、両掌で包み込むようにモゴロンを握り直す。リファの白い掌の中でも、ゴーカリマンのように光を反射させず、ただモゴロンのピンクがぽてっとマスコットの範囲にだけ色を彩っていた。

「いいの? モゴロン……」

 リファは嬉しくて、モゴロンをしばらく見つめていた。何故だか分からないけれど、自然と顔の筋肉が動いて、別にモゴロンは熱くなどないのに、じわじわと掌から胸へと温もりが感じられるような感憶を覚えたのだ。今は能力テストや身体検査の時間ではないのに、自分で意図せず顔の筋肉が動いたことに内心驚くも、それ以上に自分の掌にモゴロンがいることが、リファの意識の何かを強く引っ張ったのだ。

「リ、リファちゃんが……笑った……」
「か、かわいい……」
「…………」

 リファが顔をあげると、モゴロンをくれた男性が、また頬を紅潮させ、ぽかんと口をあけて固まっていた。心拍数もあがっており緊張を示すような傾向があるのに、集中力を欠くときに現れるような、口を開くという動作が共にあり、リファは困惑する。感情を読みかねて反応ができずにいると、その人は頬を紅潮させたまま、ニカっと笑ったので、怒りや否定的な感情でないことが分かり、リファはほっとする。

「モゴロン以外も欲しいのがあったら、ダブってるやつあげるよ。他は何がないの?」

 なぜそんなことを聞かれるのかが分からなかったけれど、質問の意味自体はしっかりと理解できたので、リファは掌のモゴロンをもう一度握りしめ、首を振る。

「モゴロンだけでいいの」

 すると、ずっと黙ったまま成り行きを見守っていた高身長の男性の方が、機を待っていたかのように声をかける。

「……本当に四十八回も引いたの? それで、コンプリートは確かに難しいかもしれないけど……その、モゴロンが一度もでなかったの? ……スーパーレアとか、レアは出たのに」

 声の柔さは残るものの、その口調はどこか厳しめで、リファは本能的に警戒心を露わにする。目を見開き、身体中の神経に意識を張り巡らせて、いつでも動けるようにする。彼の声の変わり具合は、理由は分からないものの、外で使ってはいけない力を使う準備を咄嗟にさせるくらいに、リファの心をひどくざわつかせたのだ。けれど、睨んだようにもとれるリファの表情をみて、男性はほんの一瞬ほど、その細めの瞳を丸くさせ、すぐさま飄々とした様子で付け足すのだ。

「あ、いや、ごめん。そりゃそんな引いて出なかったら嫌だよな。……いや、結構このガチャ他のと比べて設定金額がかなり高めだから……四十八回ってめっちゃ頑張ったんだなって……あー、いらないこと言ったわ。ジョウセイ高校の子だもんな」

 何でもないとでも言うように、男性はくるりと背を向け、駅とは反対の方へと歩み出す。
 先ほどの声は落ち着いた優しいものではあったけれど、どこか疑いが混じっているのが気がかりだった。けれど今回は声だけでなく、しっかりと言葉もリファの脳に伝達されていたので、リファは黙ったまま、鞄の中に大事なモゴロンをいれ、代わりにもうひとつのモゴロンを取り出す。

「あ、なんか余計なお世話でごめんな。確かにな~ジョウセイ高校の子だもんな。俺なんかに頼まなくても、他にも交換してくれる人いるわな。それじゃ!」

 けれど、リファがそれを出し切る前に、肝心のモゴロンをくれた人までもがその男性に続き行ってしまいそうになるので、リファは慌ててその腕を掴む。

「え?」
「ひっ、リファちゃ……」

 

 

2025.1.3 am10 open

レポート3

 

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