かぼちゃを動かして!㉑―フィフィの物語―
「うっ、いた、た」
「「フィフィ!」」
もれ出た小さな呻き声に反応するかのように、二人の声がそれぞれ別々の場所から、けれどもほぼ重なって聞こえてきた。
真っ暗闇の中、転げながら感じるのは、不安と後悔。
どうしよう、フィフィにとって小さな石でも、ディグダにとっては絶対にそんなこと、ない。
エプリアだって、いくら魔法が使えるからって、こんな暗闇の中、八色蜘蛛の様子が分からない状態では危険なことに変わりはない。
この揺れや小さな落石、洞窟の外には影響ないのかな、サディとフリーは大丈夫かな。
フィフィは転げ落ちたときに擦りむいた膝やしりもちの痛み以上に、ついてきてくれた四人のことが心配で、そのことの後悔で胸の方がずっとずっと、痛んだ。
昼間に涙が採れたものだから、気が大きくなってしまっていたんだ。
ああ、なんで私は、あそこで諦めることができなかったんだろう。
みんなを危険な目に合わせたり怪我をさせてしまっては、魔女になれたって、これから先の未来に意味などないというのに!
「ディグダ! エプリア!」
もう涙を採ることではなく、無事に戻ることに意識を向けなくちゃ。
情けなくも魔法の使えないフィフィには、この状況を打開する力を持っている訳でもなければ、切り抜ける知識を持っている訳でもない。
悔しい、悔しい! だけど、こんなの、悔しいじゃ、済まない。
今のフィフィは洞窟の地面に突っ伏している状態。足は擦り傷はあるけれど、多分骨は折れていないだろう。
体勢そのままに視線を動かしてみるも、ただただ真っ暗なだけ。エプリアもディグダもどこにいるのかが分からなければ、黄金色の瞳も見えない。誰の位置も、分からない。
どこに八色蜘蛛がいるのかを把握できなければ、動くに動ききれない。ちょうど、フィフィの腹の下あたりにポシェットがあり、どうにも動きにくい。それにやっぱり、ポシェットの中身を潰しては薬に使えなくなってしまうものや、壊れたら困る薬草採取の道具もあるから。
こんな状況だというのに、反射的にポシェットを守ろうと、小さく身じろぎする。
それに合わせてフィフィの長い髪に鈍い痛みを覚える。思わず目を瞑るも、シャリっと聞き馴染んだ音が洞窟に響いて、痛みを与えるそれが自分の大切な相棒であることに気づく。
諦めるな。八色蜘蛛は人間は食べない。
きっと、大事な帽子は転んだときに、落としてしまったんだ。だけどだからこそ、掴めるものがある。
フィフィは運よく髪にひっかかっているもうひとつの大切な魔女のアイテム、箒を手繰り寄せる。
シャリシャリと音が響くけれど、もはや音なんて気にしていられない。
ただ箒を手繰り寄せながら、フィフィはひしひしと背後で何かが上下するような音と気配というものを、感じていた。
洞窟の地面に突っ伏す自分の背に上下で動く存在がいるとしたら、疑うことなく、それはただひとり。
……多分、私は今、八色蜘蛛の身体の下にいる。
何故、八色蜘蛛は突然動き出したのだろうか。
人間が襲いにきたと、勘違いした?
ううん、昼間の雰囲気や会話からして、人間が洞窟に入りこむことなんて、しばらくなかったはず。
大きな声を出したりなどしなければ、決して暴れるような素振りはなかったのに。
「……箒」
手繰り寄せた箒を握り直すと同時に、はっと、気が付く。
最初に動いたのはもしかして、箒の音を聞いたから?
だけど、ならなぜ、今は箒の音に反応しないの?
「フィフィ!
「おい、返事しろ!!」
再びディグダとエプリアの声が響き、ふと、思い出す。
昼間も涙を採るときは台を使えばフィフィの背丈でもその黄金の瞳に手が届いたということを。
起きたらあれほどまでに大きいというのに、タイミングよく屈んでくれてよかったとあのときのフィフィは思っていた。けれど、よくよく考えれば、それらはまるで、八色蜘蛛がフィフィたちの動きが分かっていたからのようにも思えてくるのだ。
「今は私が……下にいるから?」
フィフィが小さくそう呟くと、語尾が問いかけるような響きになっていたからかもしれない、フィフィの斜め前で、何かがほんの少しだけ動いて、トン、と音を立てた。
ああ、恐れてはいけない。
フィフィはその音の位置を頼りに、ほふく前進で歩み出る。黄金色の瞳が視界に入るくらいのところまで、身体を動かすために。
定期的に上を見ながら進み出るのをフィフィの背丈二つ分くらいを繰り返し、ようやくに黄金色が、フィフィの視界の片隅に、戻り始める。
動く間中、ずっと箒の音がシャリシャリと響いていたけれど、八色蜘蛛はやはり、決して動きはしなかった。
うん、大丈夫かもしれない。
八色蜘蛛の瞳を確認し、おおよその自分の位置が把握できたところで、フィフィは声を張りあげる。
「私は大丈夫! 無事なら二人とも先に逃げて!」
「な、そんなことする訳ないだろう!?」
「まて、ディグダ騒ぐな。あの声の位置……八色蜘蛛の真下だ」
何となく状況と気持ちとを伝えきれたところで、身体を地面に突っ伏したまま、首を伸ばし、下からその黄金色の瞳を覗き込むような形で、小声で言ってみる。
「ねえ、声があと二つ聞こえるでしょう? ひとりは妖精なの。小さな石でも危ないから、よかったら洞窟を揺らさないで。……あのね、傷つけるつもりはなかったの。驚かせちゃったなら、本当にごめんね?」
すると、黄金色の瞳が上下に一度ほどゆっくりと動いたかと思うと、トン、とフィフィの真横らへんから音が響いた。
「まずは灯を……」
「いや、でも刺激するのは」
尚も二人の話し声が響いてくる。けれど小声で話しているのだと思う、フィフィの位置まで会話の明確な内容というのが、どうしても聞き取れなかった。
どうしよう。八色蜘蛛の様子からして本当に大丈夫そうだけれど、なんで大丈夫なのかが上手く言えないし、いまいち、理由がフィフィにも分からないんだよね。
八色蜘蛛はやはり、フィフィたちを傷つける気はないのだ。箒の音に反応したようだけれど、フィフィが転げ落ちて自分の真下にいると分かるや否や、きっと踏みつけないためだろう。八色蜘蛛は動かなくなった。
今も多分、声をあげてもじっとしてくれているのは、フィフィのお願いを聞いてくれているからのような気が、するのである。
「うーん」
とりあえず、洞窟を出た方がいいだろうし、このままいけば、出るのは何とかなりそうだと、フィフィは思っていた。ただ、何となく、八色蜘蛛が動いたのには理由がり、それを解決しなければ、洞窟を出てはダメな気もしていて、フィフィは次の動きを決め切れずにいた。
『〇vxxIO×△XXIvv〇△XXO×vxx〇〇II.×xxOIxv〇〇△』
「え?」
すると突然、フィフィでは全く分からない、けれどもどことなく言語とも聞こえなくないような音を、八色蜘蛛が発しだしたのだ。
「〇vxxIO!? △XXIvv△△〇×xxvIO×xvvxOI〇〇△」
エプリアの声で、同じような全くもって分からない音が聞こえてきて、今度はディグダの声で、また知らない音が続きだす。
「aaaiisshhhoo!? Ooiissiihhooaaaiiiaiiaissshhhooo!!」
「え?」
初めて聞く二種類の言語のような音が、三人分、ラリーのように続いていく。ひとり、それらが全く分からないフィフィは、呆然と、謎の音を聞き流すしかなかった。
あれかな、いわゆる、蜘蛛語か魔女語的なものと。ディグダはきっと、妖精語的な感じだな。……八色蜘蛛って喋るんだ。
三人が繰り広げる会話の内容なんて到底理解できないし、今のフィフィの状況は決して安心できるものではないものの、八色蜘蛛の声のような音から怒りは感じられないし、ディグダとエプリアに至っては声色が通常運転なのだ。
なんだろう、みんないつも通りな感じだから、大丈夫なんだろうな。
たくさんの感情が短時間で動きすぎたからだろうか。不思議とフィフィの心は一周回って落ち着きを取り戻してきていた。
体勢を整えるのならば今のうち。そう考えて、そーっとフィフィはほふく前進をさらに続け、八色蜘蛛の下から半身が出たのではないかというところで、「よいしょっと」身体を持ち上げ、立ち上がろうとする。
それに合わせて、手に持っていた箒もフィフィと同じように動き、シャリっとした音をたてるかと思いきや、それは音を立てずに大きな何かに吸収されていった。
代わりにザラリとした日頃床を掃くときと同じような感触がフィフィの手に、箒越しに伝わってくる。
「あ」
チラリと上を見上げると、先ほどよりも目線の高さが近くなって、黄金の瞳が動いた。それはまるで、フィフィの立っている位置が分かって見下ろしているかのよう。
『〇xx△××xxIvv〇△OOI××.〇xxvIO〇△vxxXX×〇vx?』
八色蜘蛛がどこか弾けるような音でそう言うと、シンと洞窟の中に静寂が戻る。
「…………」
「…………」
お、怒ってないっぽい。よかった。
すると、よく聞き馴染んだ声と言葉が洞窟中に響き渡るのだ。
「だぁあああああ。何でこのタイミングでそんな動きするんだよ!?」
「あー、うん、もう仕方がない。フィフィ! 俺たちはフィフィが涙を採れると信じて、ここで待つよ」
「へ?」
それと同時に、八色蜘蛛が背後で動いた気がして振り返ると、またフィフィのすぐ数センチ傍に黄金色の瞳が待ち構えていた。
え、この状態から涙を採ったらいいの? え? どうやって?
黄金色の瞳を数センチ傍で見ながら、フィフィはこれといって何も良い案が思い浮かばず、ぎゅっと箒を握りしめて固まる。
やっぱり、目が、あっている気がする……。
どうすることもできず、けれど、八色蜘蛛の瞳から圧を感じ、困ったように視線をそらすと、先ほど箒をあててしまった付近から、トンと小さな音が響く。
「あ、え、えっと。もしかしてさっき箒をぶつけちゃったの、怒ってる? ご、ごめんね」
すると、八色蜘蛛は少し寂しげに瞳を左右に揺らし、トントン、と箒をぶつけたところと真逆の位置で、音を鳴らした。
「え?」
何かを期待するように、八色蜘蛛がフィフィにその黄金色の瞳を近づけてくる。
うえええ? 分からないかも。反対側に行けってことかな?
目が慣れてきたとはいえ、こんなに暗くては灯なしではまともに歩けない。けれど、どうすることもできず、フィフィは音がした方へとじりじりと数歩分、進んでみる。すると、カサカサカサと全身に鳥肌をたたせる音が洞窟に響き渡り、気が付けば八色蜘蛛の黄金色の瞳がまた、フィフィのすぐ傍に迫っていた。驚いて、声にでない叫びと唾を飲み込む。
程なくして、先ほどとは同じくらいの位置、フィフィが今、左目側にいるとしたら右目側すぐ傍で、トントン、と二回ほど音が響いた。
フィフィは首を傾げ、思ってることをそのままに、呟く。
「……二回」
八色蜘蛛はまた上下に瞳を動かし、右側からトン、と音を響かせる。
「今度は一回」
そのフィフィの呟きに八色蜘蛛は高速で数回ほど瞳を上下に動かし、また、トン、と一度ほど音を響かせた。
「…………」
「…………」
シンと洞窟が不気味なくらいに静まり返り、何となく、フィフィは答えを求められている気がして、何度も瞬きをし、おずおずと口を開く。
「2+2+1?」
少し大きめの音で、右側からトントン、とまた音が響いた。
あ、何となく、苛立ってる。
「やばい。そろそろ……怒られる」
ついうっかり、本音が零れ出て、そうしたらまた、右側からトン、と一度ほど音が響いた。
さっぱり言いたいことが分からなくて、けれど、なぜ八色蜘蛛の身体の下にいたとき、何となくコミュニケーションがとれていたんだろう、と思い返す。
あれ? エプリアたちみたいに蜘蛛語なんて喋ってないのに、なんでだろう?
「うーん。魔法使ってないもんね?」
またその独り言に、トン、と右側から音が響き、フィフィはうんうん、と頷く。
「だよねぇ。どうやって涙を頂戴ってお願いしよう」
その言葉に今度は八色蜘蛛が激しく左側で、トントントンと何度も小刻みに脚を動かして、音を響かせる。
「……箒をあてちゃったとこ……」
突然、八色蜘蛛は左側で脚を動かすのをやめたかと思うと、右側の脚を動かして、トン、と一度ほど音を響かせた。
「箒が、嫌いなの?」
八色蜘蛛はがっと黄金色の瞳を見開いて、トントン、と二回ほど右側から音を響かせた。
「あ、わかったかも。一回がはいで、二回がいいえね?」
なんだか訝しげに瞳が半開きになって、半ば投げやりに、トン、と一度ほど、音が響いた。
なるほど、なるほど。うんうん、そう言えばそんな感じだったかも。
意味がわかったのが嬉しくて満足げにしていると、真横から圧を感じる。フィフィは慌てて、また、思っていることをそのままに口に出す。
「ま、待って! ……待って? えーっと、まず箒をあてちゃったことに対して、はいでしょ? それで箒が嫌いで、いいえでしょ? ……じゃあ、えっと……箒が、好き?」
チラリと、その黄金色の瞳をみる。少しの不安と、結構内容には自信があるので、期待との両方の気持ちを込めて。
そしたら八色蜘蛛は、しゃーない、とでも言うように一瞬白目をむいてから、ゆっくりと、右側の脚を動かして、トン、と返事をしてくれた。
「ま、まあ……箒関係なのは分かったわ。……あ、ダメよ? もしかして、好きじゃなくて、欲しいってこと? これは普通の箒じゃなくてね、私の大事な……」
そこまで言いかけて右側の脚がトントントンと、三度ほど動かされた。
あ、絶対、いらねーって言った。
「失礼ね。これ、めちゃくちゃ頑張って作ったのよ? みて? お店のより凄いんだから! ここの縛ってる蔓とか、なかなか手に入らない分、めちゃくちゃ頑丈なのよ?」
八色蜘蛛がまた呆れたように白目をむき、フィフィはムッとする。
「……ほんっとーに失礼ね? ディグダみたいだわ。本当にすごく良い箒なのに。毎日納屋を掃除してるけど一度だって壊れたことないのよ?」
すると、二つの音が同時に響いてくるのだ。
「おい! 聞こえてるぞ!」
『トントントントントントントントン!』
きっと動かしているのが左脚の一部だけだから、落石がないだけ。その動きに合わせて、冷たい足の裏越しにやんわりと振動を感じ、洞窟の天井から砂埃の煙が発生する。
フィフィは慌てて止めようとして、あることが思い浮かび、期待の眼差しでこちらを見ている八色蜘蛛に尋ねる。
「かゆいの? ……かゆいのね!」
すると、八色蜘蛛は左脚を動かすのをやめ、数秒の沈黙の後、右脚を小さく一度ほど、トン、と動かした。
「うーん、まあ、だいたいそうってこと? ……さっきのところでいい? こう見えて私、箒を使うのは上手いの。……飛ぶ方じゃないけど」
八色蜘蛛はゆっくりと、左から右に瞳を動かし、トン、と先ほど箒が当たってしまった箇所から音を響かせた。なんだかその瞳は、どこか嬉しそう。
フィフィはぎゅっと箒をもう一度握りしめ、数歩ほど距離を詰める。
目指すは左脚。多分、ここら辺。
「それじゃあ、えーと、こしょばす……じゃなかった、かく……うーん何て言うのかしら? まあ、いいわ。行くわね?」
箒をびしっと振りかざし、何かにコツンと当たった感触を柄越しに感じ取ったところで、それを思い切り横へと動かす。
箒が動くと共に、ざざっと気持ちの良い音が洞窟中に響き渡り、洞窟が揺れる際の煙とは違う、掃除のとき特有の小さな埃が舞ったような気がした。
なぜそれがフィフィにも分かるのかというと、その煙の中に、キラキラと光る粉のようなものが混ざっていたのだ。
「何か光るものでも脚についちゃって、それがかゆかったのかしら?」
その光る粉入りの埃はまだまだ舞ってくるので、フィフィは気合を入れて箒を握り直し、身体全体を使って、大きく箒を左右に動かし続けた。
「ふう、こんなものかしら。どお? かゆいの治った?」
すると、八色蜘蛛は絶対に目を細めてるんだと思う。ギョロリとした瞳の大きさが、三日月が逆さになったかのように、上の方にしか見えなくなっている。
それと同時に、また右側から一度ほど、トン、と音が響いて、返事がはいであることにフィフィもまた満面の笑みをもらす。
絶対に喜んでる! 確かにこんなに身体が大きかったら、いくら脚が長くても届かない個所のひとつやふたつあるのかもしれないわ。
かゆいところに脚が届かないっていうのも大変ね。
「大丈夫そうね。じゃあ、フィフィもう行くね!」
すると、ディグダの大きな声がすっとんでくるのである。
「お前は馬鹿か! お礼に涙貰えよ!!」
あ、そうだった。本来の目的を忘れるところだった!
「そうなの。涙がもう一度ほしいの。かゆいのが治って泣きたくなったりしてない?」
「フィフィ! そこは聞かなくていいから。お礼に涙を要求して!」
え、箒でかゆいところをかいただけで、お礼に涙なんて貰ってもいいの?
うーん、でも、涙が絶対にいる! そう、ないと困るの……。
フィフィは小さく息を飲み、思い切って言う。
「お願い、涙を頂戴!」
ちらりとその黄金色の瞳を下から覗き込むと、八色蜘蛛はこちらを見降ろしていて、フィフィからみて、今の表情は真顔に近いように思えた。
あっ、目があった。
右側から一度ほど、トン、と音が響きフィフィは顔を綻ばせる。
ありがとう、と叫ぼうとしたそのとき、再び左側、先ほどよりも少し後方の位置からトントントントンと何度も音が響き始めた。
「……流石にもう意味がわかるわ。そっちもかゆいのね?」
トン。
「ねえ、今度こそ涙頂戴ね?」
フィフィがじろりと黄金色の瞳をみると、音が響く代わりに、八色蜘蛛はまた逆さの三日月を作ってみせた。
……だいたい、こういうのって、続いていくのよね。
なんだろう、初めてのはずなのに、経験したことのあるようなやり取りの感覚は。
しぶしぶ、先ほどと同じように身体全体を使いながら、フィフィは大きく箒を左右に動かしていく。それに合わせて舞うのは、やっぱり、ほんのりと光る煙。
ああ、そうそう。ディグダと約束してケーキの個数が増えていく感覚と同じだわ。
箒を動かしていると、つい、そちらに目がいきがちだけれど、チラリと八色蜘蛛のその瞳を盗み見てみる。
完全な表情なんて分からないけれど、その瞳の動きはディグダがケーキを食べているときのように、どこか嬉しそう。
本人はいつも通りにしてるっぽいけど、ディグダもケーキ食べてるとき、嬉しいのがもれ出てこういう目をしてるんだよね。
それでやっぱり、こういうときは……
「ねえ、涙……」
トントントントン。
案の定、次の脚のご指定が入るのだ。そして、フィフィは確信するのである。ああ、これは八回続く、と。
「ねえ、終わったら絶対に涙頂戴ね?」
トン。
正直、げっそりするような想いがないこともなかった。けれども、脚の響かせ方や瞳の動きからは、どうにも嘘をついているようには思えないのだ。フィフィの身体は少しずつ重くなってきており、きっと明日は筋肉痛になるだろうという予感が、五本目の脚くらいから湧き上がっている。けれど、そんなことなど、今のフィフィにはそこまで問題ではなかった。
筋肉痛くらい、全然いいわ。すぐに治るもの。
これで涙を分けてもらえるのなら、お安い御用!
「ねえ、これで……」
ようやくに八回目を終えたその時、ズドン、と大きな音が響き、またも洞窟が小さく揺れた。
軽く舞う砂埃から浮かび上がるのはやっぱり、黄金色の瞳。
明らかに八色蜘蛛の身体がぺしゃんこに縮み、瞳の高さが昼間の台を使ったときよりも、もっともっと、フィフィに近くなっている。むしろ、フィフィよりも低いくらい。
固まるフィフィをよそに八色蜘蛛はふふん、とでも言うように、その御自慢の黄金色の瞳を完全に閉じてしまった。
えええええええええ。身体も?
「フィフィ、脚しか聞いてない……」
パチリと目を開け、左から右にゆっくりと黄金色を動かして、八色蜘蛛は目で物語る。
あ、脚だけとも言ってない。そういう感じの表情。
フィフィがじとっと睨むと、また八色蜘蛛はふふん、と笑うように再び瞳を閉じた。
「……もしかしてちょっと意地悪? 本当にディグダにそっくりね」
「おい! 聞こえてるからな!!」
フィフィは小さく息をつき、箒を握りしめる。
「私、急いでるのよ。本当に絶対に、これが最後。もう締め切り約束!」
フィフィは勢いよく、自分よりも云十倍も身体の大きな生き物に、箒を振りかざした。
2025GW 5.4 open
🎃更新順変更のお知らせ🎃
2025GW企画で本来、次のフィフィの更新は「かぼちゃを動かして!㉑―フィフィの取り扱い説明書―from ディグダ」だったのですが、そのまま「かぼちゃを動かして!㉒」とさせて頂きます🎃
連載当時、読者の方にもフィフィの心情を同じように楽しんで頂けるよう、ぴったりハロウィンにかぼちゃを動かして!㉕をお読みいただけるようにハロウィン企画としてスケジュールを組み、後半の数話くらいを一気に更新しておりました🎃(フィフィにとって、魔女試験の年のハロウィンは本当に一度きりなので🧹)
そして連載してたのが、多分2年前くらいのことなので……一気に更新したのと相まって記憶が混ざってしまったようで……🦇
もしかしたらフィフィの取り扱い説明書のディグダのストーリーは期間限定でも公開したことがなく、そもそもネット初公開な気がしてきまして……(本当に覚えていなくて😲💧🌈🕷)
多分、時系列は㉑なのですが、読み順はここに組み込まない方が絶対に良いので。
(予告の時点で気づいたら良かったのですが、更新準備中に確認で読み直してて、あれ?となりまして……)
ディグダ目線は㉕のあとに入れさせてもらえたらと思います(*- -)(*_ _)ペコリ
フリーとエプリア、とんでミス・マリアンヌの番外編はあの位置に組み込むのが一番という判断のもとの更新順だったのですが、ディグダ目線は㉕のあとがいいかなと💦
なんですが、ちょっと……もしくはかなり㉑本編と連動してるので、ここ何のシーンやったっけってなった時に、本編でいう㉑のところやなと思いながら楽しんでいただけると幸いです📚(ディグダ目線UPするときリンク貼っときます!)
予告すると、翻訳バージョンになります!
ぜひ、男子たちの秘密の会話が気になる方は後日、取扱説明書にも目を通していただけたらなと✨
あと補足で言い訳させて頂けたらと思うのですが、ディグダのこの話、記憶を遡るとそういえば多分突然短期間で一気に書いて製本しちゃった気がするので、当時も確認したのですが、今回の更新で改めて確認するとまあまあ誤字を発見してしまいまして……。
今回の更新時にHP公開分は一部修正を加えさせていただき、製本版の取扱説明書の方は原稿差し替えがもうできないので、本当に申し訳ないのですがそのままにさせていただけたらと思います💦本当にスミマセン😿
ただフィフィもPDF特典を追加したいと考えているので、その分フィフィのは全体的に豪華にしたいと思っています!🎃♡
よろしくお願いします✨