ループ・ラバーズ・ルール_レポート14「お揃い」
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―昨日、ファルネ川河川敷、演奏後―
ショーたちの演奏を聴いたリファは、直前まで覚えていたというのに、あまりにもそれに夢中になってしまい、その日がゴーカリマンの放送日であることをすっかりと忘れてしまっていた。
ゴーカリマンの放送を見逃すなど、リファがモゴロンと出会ってから初めてのことであった。けれども、それくらいにリファにとっては、ユーキとの時間も、ショーたちの演奏も、ダイや摩季とのお喋りも、初めて見張りを撒いたときと同じように、まるで世界が変わったかのように、視野が広がり、心の中の何かが弾けていたのだ。
物理的に目に映る景色はいつも通りなのに、どこか、これまでよりも美しく、色がはっきりと見えるような気がするのである。
きっと、無意識的にも気分が良くなってしまっていたのだろう、お昼休みにユーキに言おうとしたことを、突然に思い出したかと思うと、熟考せずについ、気が付けばリファは口を開いていた。
「……本当はね、お昼休みに、話したかった。こっそり引いて、偶然ファルネに乗るのをやめてここまで来る予定だったから……言えなかったけど、コレ、分けていいくらい、いっぱいある。私も、ユーキちゃんに分けたい。ステッカー、分けてもらえて、嬉しかった」
鞄に詰め込んできた大量のゴーカリマンのマスコットをみせると、その場にいる全員が息を飲んだ。そこにはノーマルキューブの白いのがあと二~三個程。レアバージョンのラメ入りの赤とシルバーが五~六個ずつくらい。オーロラが四個ほど顔を覗かせていた。
「う、うわああ。すっごい、これ」
「や、ややややっばああ」
デコポンコンビと呼ばれる人たちも興奮気味に鞄の中を見つめ、ショーとダイは昨日のガチャキューブの時のことがあるからか、「本当にやべぇな」と言いながらも軽く笑うだけだった。
「……たくさんあるときは、分けていいんだって。……ゴーカリマン、好き?」
「え!? え、マジで!?」
「や、やばぁあああ。俺らもいいの?」
とても愉快そうにリファの鞄の中を眺めるデコポンコンビの二人は、喜んで選ぼうとしたものの、ダイが今度はショーではなく、その二人を長い脚で蹴り、「空気読めよ」と何故か止めたのだ。
リファが視線をあげると、ユーキは黙ったまま、鞄の中のその奥を、じっと見つめていた。
「……あ、そ、その……」
ユーキは遠慮がちに鞄の方へと手を伸ばし、手前にあったシルバーのそれをそっと、それは丁寧に動かした。その後ろから露わになるのもまた、シルバーのそれで、すると、ユーキは躊躇いがちに問うような瞳で言うのである。
「……リファちゃんが……鞄につけてる金色があるなら……欲しいかも」
「…………金色……」
リファの記憶の中では、金色を鞄には詰めてきてはいない。それでも、リファはごそごそと鞄の中を漁り始めた。
すると、全員がリファの鞄の中に注目し、リファが鞄から出しては抱え込むゴーカリマンたちを、誰からともなく、色ごとに数え始めるのだ。
「赤、赤、銀、銀、銀」
「オーロラ、オーロラ、銀、赤」
「ノーマル、ノーマル、オーロラ、赤、赤」
「銀、ノーマル、赤、銀」
リファの手に抱えきることができなくなったあたりから、手際よくデコポンコンビがノーマルを、ショーが赤を、摩季が銀を、ダイがオーロラを、まるでバトンパスのようにリファから受け取っては、流れ作業で渡していき、色別にそれぞれが持ってくれていた。
そうして、鞄の底が見え始めた頃、最後のひとつが顔を露わにする。
「……オーロラ」
「あ~、残念」
「逆にオーロラが余るってすごいけどね」
リファが顔をあげると、少し困ったような顔をしたユーキと目があった。ユーキはゴーカリマンが好きであるのならば、先日興味を示したスーパーレアのオーロラがたくさん余っていると分かれば、喜んでリファの分ける、というのをリファにとってのモゴロンと同じように、ユーキも受け入れてくれると勝手に思い込んでいたのだ。
リファはユーキの目を見つめながら、数回程瞬きをし、どう言えばいいのか分からず、ショーやダイの方へと視線を向けた。
すると、ショーはニカっと笑い、ダイは「あー……」と考えるように声を出してから、リファの心を代弁するように言うのである。
「まあね、こればっかりは仕方ないから。ははっ、んな困った顔しなくても大丈夫だよ」
リファは自分が困った顔をしているという自覚はなく、ダイのその言葉にただただ戸惑いと謎が広がる一方で、やはりどうしようもなく、ユーキの方へと視線を戻すのだ。
「……あ、え、えっと……」
すると、手際よくダイやショーが、仕分けの為に持ってくれていたゴーカリマンをリファの鞄の中へと入れながら、笑うのである。
「まあ、あれだな。オーロラつけてると逆に、熱烈なファンに目つけられて危険だから。ゴールドがひとつしかないなら、シルバーに付け替えたらいいんじゃね?」
「んー、でも、二人で赤一緒に付けるのもアリよりのアリだね~」
「そう? ここにはいないけど、もしあるなら私はレディーマンが一番お洒落でいいと思うけどね。同じ女だし」
「いやいや、逆にノーマルの方が良くないっすか?」
「レア鞄につけて汚れた日には俺泣くっす」
「や~、分かるわそれ。でも、リファちゃんとユーキちゃんは汚さないだろうから、やっぱ、赤だよ。赤!」
全員が問うように一斉にリファへと視線を向けるので、誰に目を合わせたらいいのか分からず、全員の顔を右から左へと見ては、左から右へと見て、というのを繰り返した。
すると数周目くらいから、目がぐるぐると回り始め、リファは頭が混乱しているのを感じていた。
(……結局、何色をユーキちゃんに渡すのが正解なんだろう……)
「わ、わわわ、私!」
すると、それらを遮るのはユーキで、ひどく顔を赤らめ、視線を泳がせながら言うのだ。
「ちょ、ちょっと聞いてみただけだから。あの、その。金色がなかったら別に……だ、だだだ大丈夫」
ユーキが選ぶのをやめてしまい、リファは再び慌てて、ダイとショーの方へと視線を向けるのだ。すると、やはりショーはニカっと笑いながら「またまた~、一緒に赤でいいじゃん! ね?」とリファに同意を求め、次にダイが、ふっと息を漏らすような笑みを浮かべながら、言うのである。
「まあ、何色かが重要なんじゃなくって、同じ色が重要なんだ。はは、んな困った顔しなくても大丈夫だって、頑張れ」
リファは小さく息を吸い込み、自宅のベッドに並べられているモゴロンを囲むゴーカリマンを思い返した。
リファの中で、確かにモゴロンを強く欲しているのだが、何となく、ゴーカリマンとレディーマンもひと種類ずつは、あの日貰ったモゴロンと共に並べて飾っているのである。今日はその他のゴーカリマン置き場から各五個ずつくらい、手前から適当に詰め込んできたのだ。けれど、最初に引いた金色のゴーカリマンだけ、鞄につけているのを含め二個しか持っておらず、たくさん、ではないから置いてきたのである。
いつの間にか、ゴーカリマンの放送時間が終わってしまった時のように、リファはひどく寂しい気持ちに苛まれていた。
リファは項垂れているともとれるような息をもらし、鞄の外につけられた金色のゴーカリマンを見つめていた。
(……何で金色も持ってこなかったんだろう……)
「……あ、そ、その……リファちゃん、本当に、気にしないで」
「ううん……適当にとってきたから。家にもまだいっぱいあるの。……また持ってくる」
「わ、わわわ。本当に、気にしないで。その……気持ちだけで……十分っていうか、何て言うか……」
ユーキは慌てたように「気にしないで」と言うばかりで、他の色を渡すという提案はどうにもしにくい状況になってしまったのだ。
ただ、リファも反射的に、ユーキがいいと言えばそれでいいはずなのに、また持ってくると、口を開いていたのである。
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―ジョウセイ駅、改札口前―
改めて昨日のことを思い返しながら、両掌に包みなおしたゴールドのそれを、リファはユーキへと差し出す。
手はちゃんとユーキの方に向けることができるのに、何故かユーキの顔を見ることができず、リファは視線を泳がせながら、俯き気味に、ユーキの動きを待った。
(もう遅い……かな。……今度は分けさせて……くれるだろうか……)
けれどもユーキは一向に何も言ってくれる気配はなく、リファはあまりにも自分の心臓が煩くなるので、ユーキの方を向きたくないのに、とても気になり、つい視線を向けてしまう。
すると、ユーキはリファの手元のゴールドのそれを、大きく見開いた目で、口をぽかんと開き、見つめていた。
「リファちゃん……わざわざ、持ってきてくれたの?」
ユーキに改めて問われると、リファの心臓の動きはより一層速くなり、顔の火照り具合が増すのを感じた。ユーキが視線をゴーカリマンからリファに移すのが分かって、今度はリファが、咄嗟に視線を逸らす。
けれど、ユーキからの視線をいつになく感じ、リファは問いの答えを求められているのだと観念して、心拍数を数えるように、小刻みに何度も頷いた。
すると、手の甲に温もりを感じたかと思うと、ゴーカリマンを乗せるリファの手ごとユーキがぎゅっと、それを抱きしめる。
リファが恐る恐る視線を向けると、ユーキは何度も瞬きをしながら、瞳を揺らし、ゴーカリマンを見つめていた。その少し潤んだ瞳の中にはゴーカリマンの金色のシルエットが映り込んでいて、まるで鏡のよう。
「あ、あ、あの。あ、ありがとう……。とっても、貴重なのに……全然、オーロラステッカーのお礼には勿体なさすぎるんだけど……でも、すごく……ほしいかも。貰っても、いいかな?」
ユーキが興奮気味に言うのが、リファには嬉しくて、今度は一度ほど大きく頷いた。ユーキが目を細め、笑ってくれるのが少しこしょばく、けれど自然とリファもユーキと同じような表情になっていた。
リファが持ってきたのはモゴロンと一緒に飾っていた残るひとつだ。金色のゴーカリマンは、その手を離れ、ユーキに嬉しそうに握られている。
もっと、話していたい。
そう思ったけれど、改札口でいつもよりも時間を費やしてしまったからだろう、改札の向こうからリファをじっと見つめる一人の男性が咳払いしたのが、リファの耳にまで届いてしまった。
「…………」
リファはユーキの方を向いたまま、表情を鎮め、仕方がなく今度こそ、定期パスを出す。ファルネ到着前のアナウンスが流れ、ユーキもそれに気が付いたのか、「また明日」とリファが言うと、手を振ってくれた。
いつもならばユーキがエスカレーターで降りていくそれを見送って、自家用車が通り過ぎるのをポータブルデバイスを見るフリをしながら視界に入れるところだが、リファはそれを諦め、改札をくぐると早歩きでホームを目指す。
今日乗るのは自宅帰宅時とは反対方面行のファルネだ。
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ループ・ラバーズ・ルール更新日
第2・第4土曜日