秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―No.31_過去編~その手に触れられなくてもep23①~
カイネはネロの背へと腕を回し、より一層、ふたりの距離が近くなるよう自分からも強く抱き着き返した。ネロの支えが無ければ立てなかったであろう激しい揺れは、再び緩やかさを取り戻しつつあった。もしカイネが自らの足で立とうと意思を持てば、十分に一人でも立てるくらいにはなっているだろう。けれども、カイネはそれに気づかぬフリをして、抱き着くままに体重を預け、ネロに離してくれるなと、支えがなければ倒れてしまうのだと全身で伝え続けた。
ただ、気づかぬフリをしているのはカイネ自身だというのに、だましきれない自分の心が、ネロと離れる未来を嘆き、とめどなく涙を零させるのだ。
溢れ出た涙の多くは抱き着くネロの魔導騎士服がまるで拭うかのごとく吸収し、その涙をネロ以外に見せはしなかった。けれども、あまりにも涙が多すぎたのだろう、追いつかなくなったそれは、一滴の雫として、繋がれた時空間の床へと落ちていった。
途端に、灯りがなくとも少しずつこの空間を照らし始めていた地面は、カイネの魔力に反応し、明確に淡く、けれども青く、光を放ちだしたのだ。
『本当にサンムーン以外で……もう座標が繋げる未来は訪れないというのか?』
父の問いに応えるためだろう、ネロは固く抱きしめていたその手をとうとう緩め、けれども片腕でそのマントの内にカイネを支えたまま、鏡の方へと向き直るのだ。
けれども涙を拭ってくれる人がいなくなるからといって、それに合わせて止まってくれるほどに感情は簡単ではないのだ。必然的に地面へと零れる涙の量が増えてしまい、地面は青い光を強く放ち始めていく。
よく知っているその地面と光は、カイネが二度とみることのできない光景になるかもしれないとうのに、それを目に焼き付けたいとは、どうしても思えない状況であった。
ネロの肩へと頬を摩るようにして、カイネはあえて変わりゆく青い地面から視線を逸らした。
「はい。今の段階では、再び座標が繋げる未来、カイネと私が生き残れる未来に繋がるのは、ここサンムーンの時間軸しかありませんでした。過去が書き換えられてしまった今、誰がどの時間を進もうとも未来が変わってしまうのは避けられません。逆を言うと、過去が書き換えられたことに気づいた今の時間を引き継ぎ、サンムーンを繋いだままであれば……誰もまだ知らない未来……守り切った今という時間のその先の、今の自分たちで紡いでいくしかないひとつの可能性の未来が続きます」
『……して、カイネがそれほどに泣くということは、二人は何か視えているんだな? サンムーンを繋いだままにすることと、他に何の条件が必要だというのだ?』
カイネは父の声に合わせて、青い光を放つ地面を視界から完全に締め出すために目を瞑る。けれども、星というのはとても優しいのに、優し過ぎるのだ。カイネが望む未来でなくとも、カイネが助かる未来の光景を、どれほどに目を背けようが、目を瞑ろうが、脳裏に直接、伝えてくるのである。
「はい。まず、この部屋をそのまま式典のために繋いだトキの調整がなされた時空間で覆いました。この時空間を最小限のサイズに留め、俺がこの空間に残り、時間を繋ぎ続けます。そうすれば、カイネも含め、全員が自国へと戻り自分たちの時間を生きたとしても、過去に介入されたことに気づいた今から続く未来の時間を生きることができます」
珍しくも、ムーとアルマニアの王の両方の、息を飲む音が空間に響いた。一方のカイネは驚きなどなく、けれども今から紡ぎ出される言葉が恐ろしく、ネロの服をぎゅっと掴んだ。
『ネロ、お前はトキの流れない空間にひとり残るつもりなのか?』
「はい。そして……」
カイネはすかさず、星の視せる光景など無視して、王が会話中であるのも厭わずに叫ぶ。
「残る! 私もここに残るっ!」
『カイネ……』
けれど、やはりズルい男性なのだ。こんな時だけ、まるで子どもの時に戻ったかのように無邪気に、とても優しく、ただもう子どものままでもないため、慈しむようなどこか大人びた瞳を揺らしながら、笑うのだ。カイネの大好きな宝石のような瞳に強い意志を宿し、カイネの心を掴んだままに。
「……ダメだ。お前も視えているだろう? ……俺がこの空間で内側から時空間を見守り、カイネはムーに戻り時計盤、外側から時空間を守る。……明確に目に見えてアヴァロンとムーの無実の証明をし続け、侵攻する口実を作らせないようにしなくてはならない。これが二つ目の条件」
ネロはカイネの頭を撫で、人差し指と中指で髪の数本を絡ませながらも名残惜し気に手を離していく。カイネの髪の長さは腰元くらい。きっと、ネロの指がカイネの髪から完全に離れるのが、ネロの合図。三つ目の条件を満たすために二人で動く、カウントダウンなのだ。
こんなことならばもっと髪を伸ばしておけばよかった。
そんなことを考えながら、カイネは髪の毛先一ミリまで神経を巡らせ、婚約者の指ざわりや些細な仕草を忘れたくないと、忘れるなと自身の五感全てに強く願った。
ぎゅっとキツく唇を結ぶと同時に、ネロの指がとうとうカイネから完全に離れていく。すると、婚約者はカイネの婚約者としてではなく、完全にアヴァロンの王子として仁王立ちすると、その紅い瞳から琥珀色の柔さを完全に取り除き、情熱的な炎一色に飲み込んでいくのだ。
溢れ出る魔力は竜のものと、魔法族としてのもの両方で、けれども魔力はネロのものだけでなく、至る所で大きく動き出した。
「……確かに、どちらも生きたままに一緒にならずに離れるのならば……国竜も時計盤に選ばれし者も守られ、他星の者も何も言わないだろう。だが、ネロ王子がここに残り、カイネ王女がムーで時計盤を見守るのはいいが……大前提のカイネ王女の容疑を晴らすということが、クリアしていない。結局、カイネ王女に容疑がかかったままでは、つけこまれる隙が生じる。……懲りない者はすぐに争いたがるからね」
「問題ない。だから待てといっただろ?」
すると、魔力に呼応するかのように空間の全て、上下左右が均衡に震えたかと思うと、それを合図に空間中が内側に向けて一斉に光ったのだ。その光り方は淡く、けれどもしっかりと濃い青を発色し、所々深みのある黄の色を混じらせている。さらにそこに右側面から赤い光が重なり、順番を待たず左側面からは灰色がかった白い光が色を飲み込んでいくのだ。けれど一番に光を強く放つのはやはり地面から生じる青いもので、混じり合った色の光をリセットするかのように、一定の間隔で濃い青が空間一体を覆うというのを繰り返していた。
地面や壁というのはタイル状に魔法で整備されたそれであるから光の具合は均一であるが、どのタイルがどの順に光るかなど、星の気まぐれであるため、光り方は変則的で、それが尚のこと、未来は誰にも詠めないと伝えているかのようであった。
ただそこに、日頃使われることのない間の天井が繋がれたからだろう。オレンジがかった赤と青く虹のような輝きを交えた白のごつごつとした石の結晶が、形の整っていないシャンデリアのように不規則的に、不可思議に。天井から太陽と月の代わりに愛と光を降り注ぐのだ。
星を……詠む。星が、もう一度詠めと、強く呼んでいる。
婚約者というよりは、カイネとして。カイネとしてというよりは、一国の姫として。再びネロの瞳を見つめ返したそのとき、きっと、本当に魔法を使ったのだろう。カイネが瞬きをするほんの一瞬の間で、彼はいつもの真っ黒な魔法族のものへと着替えてしまっていた。
それはずっと続くはずであった日常の終わりと、愛しくて堪らなかった夢のような婚約の時間の終わりを告げるものであった。
「三つ目の条件は星詠み。……情報が、いるんだろう?」
ネロの声が合図であったのか、皆の準備が整ったからネロが声をあげたのか。カイネたちの周りを囲うように、いくつもの人影が現れ出すのだ。突然かつ一斉に表れた大きな魔力を持つ者たちに、ルーマー王は依然変わらぬ堂々たる姿で、しかしながらルーマー王付きの護衛たちは即座に王を背に庇うように陣形と取り直した。
カイネもただ、カイネとして笑顔で迎える訳にいかなければ到底そんな気分でもなく、けれどもこれ以上は泣くまいと、凛と背筋を伸ばした。
「カイネ様、お待たせ致しました。アヴァロン国全ての魔法族を代表して申し上げます。星の間をお繋ぎ致しました」
「ハミル家を代表して申し上げます、我が一族で壁面に太陽の間をお繋ぎ致しました」
「ブラウン家を代表して申し上げます、我が一族で壁面に月の間をお繋ぎ致しました」
カイネは声がする方、右へ、左へ、後方へと、確認するかのように視線を滑らせて頷いた。もっとも、確認するまでもなく、地面からは絶えず、星の間に散りばめられているアイオライトがカイネの魔力に呼応していたのだが。
今はそこに、壁の二面を太陽の間に散りばめられているサンストーンが、もう二面を月の間に散りばめられているムーンストーンが、圧巻の存在感を放ち、空間内に絶妙な均衡をもたらしている。
to be continued……

No.31から秘密の地下鉄時刻表Vol.7に突入します🎊
ですが、Vol7はどのNo.も通常の2倍くらいの長さになっております😲
そのため、区切りを優先しつつ、Vol.7収録話はHPでは全10回に分けて更新する予定です✨
またこのVol.7で過去編の第一部が終わるため、ストーリー自体は続くのでepilogueではないのですが、それに近い形で特別なNo33.3を追加しています!
そのため、No.31~35+No.33.3とsongが収録となり少し特別仕様となります📚
そして番外編のepisodeχも含み、Vol.7で過去編を一度離れ、Vol.8から現代編に突入します🚇
時代代わりますが、ハミル・ブラウンが出てくるので、お楽しみいただけるのではないかと思っております♪
予定としては、来週8/8くらいにVol.7は絶対、間に合えばVol.8まで一気に2冊、星詠み版をアップ予定です☆彡
そして、8月のループ・ラバーズ・ルールはHPの更新自体は予定通り進め、先読み刊行はお休みいたします😢
代わりに9月にこちらもⅣとⅤを2冊一気に出したいと思っております💊
10月はもしかしたら一度、フィフィを挟むかもしれませんが🎃
8月以降から月一で秘密の地下鉄時刻表かループかを交互で製本版を出していく予定です📚
体調不良や調整不可能な量の予定が入った月は発行をお休みしても、このペースを目安にすると十分滞りなく進んでいくのではないかと思っております✨
HPの更新も今まで通りで進めますが、この春大きくエラーが出てHPが落ちてしまったことや、正直なところ年々サーバーの契約料も上がっておりますので、今年度は大丈夫かと思いますが、来年度以降のHPの維持に関しても続ける意思はあるのですが、可能なところまでとしか、言いようがありません(*- -)(*_ _)ペコリ
そのため、HPも大事に運営していく予定ですが、だからこそ、3000字~5000字くらいがHPも重たくならい&手を一度故障しているので、私にとって負担なく続けられる分量でもあるため、長いepisodeは区切っての更新と致します🐚
そして、私の中で腕や環境を含め最後まで楽しく作品を書くことが一番に重要であるので、ペースとしても製本版を主流に切り替えて進めていく予定です✨
今後もサーバーの重さ?やデータ的にHPでどれくらいの量を更新し続けても大丈夫なのか未知なので、ベストな方針を模索していきたいと思います!
PS. Vol.7はちょうど過去編の区切りなので人物一覧とか国一覧的なの特典PDFでつける予定です🌟
よろしくお願いします🐚🐉
✶✵✷
星を詠む
誰の為に?
星詠み(先読み)はこちらから☆彡
付録としてPDF特典タロットがつきます✨
各キャラのイメージで絵は描き下ろしてます❤♦♧♤
このepisodeの該当巻は『Vol.7』になります!
タロット付録は6「月夜のダンス(恋人)」です
※HPは毎週土曜日、朝10時更新中🐚🌼🤖
秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―更新日
第1・第3土曜日