秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―No.33_過去編~その手に触れられなくても~ep25②
カイネの代わりに反論したのはハミルの者で、特に魔力の高い女の魔法使いたちであった。王家に仕える魔法族で、女の者は少ない。それは暗に男女で区別しているのではなく、大きな魔力を扱うというのは即ち、体力が必要となるのである。消費する魔力が大きければ大きいほど、命に直結するくらいに。
どうしても、前線に回る女の魔法族は少なくなってしまうのが実情であった。けれども、ブラウン家とハミル家、特にハミル家は男の魔法族にも引けを取らないくらいに総合的に強い女の魔法使いが多いと言えた。
数少ない女の魔法族の全員が、カイネを守るように立ち塞がっていたのである。
「……だが、あなたたちアヴァロンが関われば、不正を疑う者も……」
「他者の尊厳を守れぬ者が、一方的に主張する権利があると思われているのか? 不正を疑う前に、もっと……もっと、もっと。そもそも、こんなことをさせる前に、もっとできることがあったはずだ」
日頃、穏やかなハミルの、それも女性陣が声を荒げるなど初めてのことであったかもしれない。カイネは驚きよりも安堵が勝ち、力無くハミルの者へと近づき、助けを求めるように、そのローブの裾を掴んだ。
「カイネ様っ。申し訳ございません。私たちはこれからカイネ様に酷いことを致しますのに、せめてこの役目を私たちがすることしか、何もできないのでございます。ですが、どれほどに小さなことでも、諦めて頂きたくはありませぬっ。もうこれ以上を……削らないでくださいませ」
カイネの声なきSOSを拾ってくれたのだろう、ハミルの女の魔法使いは、カイネを強く抱きしめるのである。その心地は婚約者の頼もしさとは違う、包み込むように優しく、力ではなく芯の強いものであった。
「……分かるが、この情報に運命がかかっている……」
「ならば、尚のこと、私たちがその役目を努める。カイネ様以外で、この宇宙で精密に星詠みの類の魔法が扱える女人は、このアヴァロンのハミル家以外おらぬ」
「しかし……」
すると、他の女の魔法使いの一人が、六四テトラヒドロンをねめつけながら、ルーマー王のさらに向こう、未来でこの記録をみる者に問うのだ。
カイネの嫌だと思う心をそのまま、代弁するかのように。
「私たち魔法族に、地位や名誉は関係ない。星が導く運命の人はそんな次元にはおらぬのです。ですが、国と国での婚姻は政略結婚という言葉があるくらいに、愛だけでは片付かぬものがあるのでございましょう。ならば、ならばこそ、どの星にも国にも王妃がおられ、姫がおられ、公務をなさることがおありでしょう。明日は我が身と思われてはいかがか? ……カイネ王女は記憶ごと、星詠みの情報を差し出されるのであります。記憶の記録はラグが生じます。その前後も含め、記憶を封じられることとなる。生活の一部を、大勢の者に見られたい者がおりますか?」
さらに一人が膝をつき、恭しく礼をしながら言葉を重ねていくのである。機敏な彼女の動きに合わせローブが擦れる音が響く。それがあまりにも気持ちよく空間中に響くものだから、あざ笑うかのような金属の擦れる音を、ぴしゃりと上書きしてくれたような気がした。
「こちら、古代魔具の空間記録装置ですね? 不正などできぬ魔具と賢き王たちならばご存知のはず。古代魔具一掃事件のことを忘れたなどと、このアヴァロン国が言わせは致しません。むしろ、その知識さえない者は記録をみるに値しません」
あまりもの凄みに圧倒されたのか、ルーマー王は声をあげて笑い始めたのだ。
「はは、ははははは。……その通りだ。このような状況だからこそ、守るべきものであったな。だが、この魔具はあまりにも……重いのだ。記録魔法は其方たちに任せるが、これは引き続き私が持つ。完全に離れることで、万が一にも賢王がおらぬ星に、あとで騒がれぬようにね。アヴァロンとムーにあらぬ疑いをかけたくはないのだ。そして……私はカイネ王女には指一本触れぬと血の契約を交わしている故に、今後の魔具の所持と操作の許しを乞う」
「…………」
「だが……私からも追加で提案がある。私がこの魔具を扱うときの制約を加えることだ。我が国も、他の国も……星詠みの記録以外の部分は確認であっても、同性の者しかみれぬように、魔法陣を追加する。……私も含めて決して見ぬよ」
「ありがとうございます。ハミル家を代表し、私たちがカイネ様の星詠みの記録預かりをさせて頂きます。嘘偽りなく終えると、誓います。そして、アヴァロンの名にかけて、他星の王妃王女がカイネ様の立場に立たれるようなことがあられたときは、ハミル家の女魔法族がいつでも力をお貸しすることをお約束いたします」
ハミルの者は、血を共有しているからこそ、カイネの身体の限界をもよく分かってくれていたのだろう。そこからはあっという間であった。
マルアニア国のもうひとつの古代魔具、誓約機を従者の一人が差し出すと、それに一人が嘘偽りなく記録することを誓い、もう一人がカイネの記憶の星詠みに関する記憶以外は女人しか見られないよう、制約を加えたのだ。
最初に星を詠んだときから、こうなることを覚悟していたものの、いざ、記憶がなくなるというのは、深い悲しみと恐れがあるというのに、その感情さえも記憶と共になくなってしまうのだから、受け入れた訳ではないものの、抗う気力もなく、カイネにとって虚無という表現が一番に近かった。
ぼんやりとするカイネを、ハミルの女たちはネロの腕の中へと押し戻した。その途中、誓約機に何かを追加しているようであったが、自分が失う記憶を自分以外が知るという馬鹿げた状況に、せめてもの救いを与えてくれた安心感が勝ったのだろう、尖らせていた神経が一気に開放され、それ以上は頭に入ってこなかった。
「カイネ様……本当に、申し訳ありません。星詠みの記憶を……お借りいたします。なるべく、ラグが少ないように尽力致します」
「……ありがとう」
カイネの記憶を奪う最も酷な役を買って出た者は、カイネよりも泣いていたかもしれない。ただ、その役を全うするために違いない、その者は決して無駄のある動作をしはしなかった。
カイネが力なくネロの胸へと身体を預けると、震えを抑えるような声と、温かな魔力が、残酷な魔法をかけ始めるのである。
「申し訳……ありません。……記憶のお預かりが完了するまで、こちらの空間でお待ちください」
頭から漏れ出る一筋の光を残し、カーテンに包まれるがごとく、カイネとネロは空間からさらに空間を設けてくれたのか、二人きりになった。
本当にそれが二人きりであるかどうかの確認をする余裕などなく、カイネとネロは互いに抱き合ったまま、倒れ込むようにして地面へと座りこんだ。
大きく呼吸が乱れ、ぜぇぜぇと肺から嫌な音が続いていく。必要な酸素を最低限取り込めたからか、潰れそうな痛みと引き換えに、酸素を取り込めた分の余力は、カイネの口から真っ赤な血を零させた。
けれど、白いドレスを血で汚させぬためだろう、すばやくネロがカイネの膝に自身のマントを寄こし、滴り落ちる血のそれを、白地ではなく黒地に吸収させた。白ではなく黒の中に混じった数滴の軌跡は、薄暗い中では見つけることの方が難しいだろう。
弱々しくネロの方を見上げると、ネロも同じく吐血したに違いないのだ、腕で拭ったのか、口から零れ出た血が勢いよく擦られた跡がその顎元についていた。
カイネが小さく笑むと、ネロはその瞳を滲ませながら、強く、けれども壊れものを扱うかのごとく優しく、抱きしめたのだ。
「よく、耐えたな。ごめん、ごめんな」
「ううん……ネロも……大丈夫?」
「ああ。お前を置いて逝きはしない」
「うん、全部一緒がいい」
ボロボロになった身体は、記録されているからこそ、互いに傍から見て分かるような外見に影響が出ぬよう、その代償を内に秘めて耐え抜いたのだ。あれほどに煽りはしたが、この世に賢王しか存在せぬのならば、争いなどとうの昔になくなっているはずなのだ。そして、最初は賢王であったとしても賢さだけに走ったその先に、愛を置き忘れれば、再び争いが起こるのである。
だからこそ、カイネとネロがしばらく不在になる中で、これほどまでに衰弱していることを、他星に見せる訳にはいかなかった。
密着する身体が、互いに互いの振動を伝えあわせていく。けれども、それは生きている鼓動の音ではなく、身体が酸素を取り込みたくて肺が荒く動くそれを、これ以上血を吐かぬために抑え込む、力の入った震えであった。
「……星なんて……」
詠めて良いことなどないと、運命を嘆くかのように感じていると、星は再び、カイネに未来を視せてくるのである。
襟元に黄緑色を見え隠しさせるウィルが脳裏に浮かんだかと思うと、ぐんとそれは遠ざかり、魔法族のローブを揺らしながら、ウィルの背中だけを映した。そして、ウィルの身体がひとつ、ふたつと、小さくなっていったかと思うと、つい先日カイネが会った時と同じような背丈で、円らな瞳を期待と不安で揺らす男の子として現れるのである。
その襟元は黄赤に彩られていて、とても、とても愛おしくカイネの心を温かに満たしていった。ネロにも同じ光景が視えているのか、ネロが小さく驚きの息を吸ったのが、抱き合う身体越しに伝わってくる。
ああ、そっか。私たちはもう、ウィルが成長していく様を直接見守ることはできないから。
今から星詠みの記憶が完全にカイネから損なわれる瞬間に、誰にも見つからず、どの記録にも残されない状態で、最後の星を、カイネとネロは詠まなくてはならない。そうなれば、ネロは時を、カイネはトキを止めなければ、命は助からないだろう。
ただ、そこまでしても、二人は離れて過ごさねばならず、何のための命なのか分からなくなるのである。
いつくるか分からぬ再会を夢見て、運命が幾度も交差した先のひとつの可能性に賭けるしかない状況の今、もはや互いに互いが生きているからこそ、時とトキを止めてまで今の命を繋ぎとめるのだと言っても過言ではなかった。
時とトキを止めるということは、自分たちに流れる時間を止めるということは、世界で過ごす時間を失うということなのだ。
子どもの成長とはどれほどに尊く、あっという間に過ぎ去り、一分一秒という流れゆく一瞬一瞬にあるというのだろうか。
それを痛感させる星が視せた光景は、強く今という時間の決断に、躊躇いと決意を共存させた。
どれほどの未来を失い、どれほどの過去を築き上げていたのだろうか。
どれだけの過去を引き換えに、どれだけの未来を守れるというのだろうか。
to be continued……

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このepisodeの該当巻は『Vol.7』になります!
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秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―更新日
第1・第3土曜日
先読みの詳細は「秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―星を詠む」より