ループ・ラバーズ・ルール_レポート28「提案」
風がリファの髪と段ボールから顔を覗かせる長細い何色もの紙を攫っていく。
リファはぼんやりと穴の開いた段ボールの表面と、その色が揺れる様をみつめていた。
依然、ダイは杵を掴む手を離してはくれず、リファは小さく、まるで独り言を呟くように、閉まる喉から声を絞り出した。
「…………でも、この杵。軽い。まるで勝手に動くみたいだった」
その話し方はまるで、研究所の子どもたちが喧嘩をした後の、言い訳をする時のよう。
そして、突然にこみ上げてくる気持ちが抑えきれなかったのだろうか。リファはついうっかりと、言うつもりのない気になっていたことと、だからこそ、身体にあまり負担がかからないという理由とが一緒になり、声に出してしまっていたのだ。
「う、うお!?」
すると、リファの言葉に反応したのは意外にも会話をしていたダイではなくショーの方であった。
リズミカルに鳴らしていた指を止めて、ショーがひどく焦ったように言うのである。
「ななななな、何言ってるんだよ、リファちゃん! き、杵が勝手に動くなんてそんな。まま、まま、まさか。超能力じゃあるまいし」
「……超能力……」
リファはじろりとショーに視線を向け、次にリファの杵を取り上げたダイ、そして一打分壊れた段ボールの表面をみつめた。
(……確かに。力を使うならもっと瞬殺でいける……)
超能力という言葉はまるで、このオズネルという世界に遠く、リファにとって最も身近なものであった。
だからこそ、その言葉を聞くと、ある種具体的にリファにはイメージができた。
例えば、確かにダイは移動のルールがないように感じられたが、それが常にそうであるのかというと、そうではない。
いつの間にそこにいる時もあれば、普段は確かに、ダイは自分の足で移動しているのである。そして、いつの間にかそこにいる時であっても、通常で言うならばそれは特殊な移動方法であるが、力を使っているというのであれば、それこそリファに言わせれば、そのバランスが足りないのである。もし移動という行動に超能力といったものを使うのであれば、もっと顕著にその痕跡が感じられる、もしくは逆に、力を使ったということが完璧に分からないはずなのだ。
日々よく知っている自分が使う力や、モクトや研究所で共に過ごす子どもたちの力のことを思えば、移動のルールが少し感じられなかったくらい、よくよく考えれば騒ぐほどのことではないのだ。
(もし能力に移動に特化したものがあったとして……それを使うなら……ネオパルコの基準で言うと足りないし、そもそも外ではバレたら危険だから使わない)
リファは思考を巡らせながらダイの方、特に足元をみつめた。
今日はバーテンの制服とやらを着ている日ではないらしい、黒のゆったりとしたパーカーに、カーキのダボっとしたパンツを履いている。
靴は出会ったあの日と同じようにショーと若干にデザインの違う、けれどもお揃いのようなサイズ違いのスニーカーだった。
ただダイの方はその紐がとてもきっちりと巻かれるように結ばれていて、リファは思うのだ。ショーの方が豪快な縦結びで、ダイはきっちりと結んでいる方か、と。
(……私たち以外で力を使うとなれば……きっと……あいつらみたいに力に酔いしれて精神が壊れていく。例外なく、誰もが同じように、自我を失っていく。……でも、ショーもダイも同じじゃないし、二人は優しいから……違う)
「あー……、何て言うんだろう。こいつ、手先が器用っていうか、作るのが上手いんだよ。だから、ほら。ちょっと違うけど、例えるならてこの原理みたいな感じで……軽い力で勢いよく振り落とせるような造りの杵にしてるんだ。……段ボールの椅子も、ちょっと中を工夫しててさ。普通の段ボールと同じなんだけど、一振りでは壊せないくらいには強度あるっしょ?」
リファが黙り込んでいるのを見て、ダイが補足してくれたのだろう。どこか躊躇いがちに、けれども柔く聞き取りやすい声がすっと耳から入り込み、リファの中の警戒心を解いていくのだ。
気が付けばリファの杵を握るその手は緩んでしまっていた。
そして、それをダイは見逃しはしなかったのだ。
ダイはリファの疑問に対する答えを言いながらも、ひょいっと杵を取り上げてしまったのである。
(……そうかも。重力を上手く利用できるような長さが計算されている道具なのかもしれない。……それに……ダイは静かに動くのが上手いのかも)
リファの握っていた杵は、完全にダイのもとへと渡り、しっかりと彼が握り直している。
移動だけでなく、杵を取り上げるまでも、その後も、ダイの動きはとても静かで、リファの手からそれらが離されるその瞬間まで、リファの手に摩擦などがあまり感じられないほど優しかった。
「……そうかも。この段ボールもすごく頑丈……」
リファは杵が軽かった理由に納得すると共に、やはりそれだけでは自分がもう一度振り上げてもいい理由にもならないため、ダイから取り上げられたそれを取り返そうとは思わなかった。
「リ、リリリファちゃん! ごごご、ごめん。わ、私……は、早く壊して……リファちゃんの分も、手伝おうって……そしたら無我夢中になっちゃって……。だけど……私、なかなか壊せなくって……。それに……楽しくて……」
ショーやデコポンコンビの声がやんだからだろう、こちらに気づいたユーキが不安げに、リファの様子を覗っている。
リファははっとして顔をあげ、ユーキに首を振った。
「ううん、大丈夫。……私は……」
そして、応えながらユーキの段ボールを改めて観察するのである。リファよりも数打分の衝撃が加わったそれは、最初の一打目の箇所には明確に大きな穴があき、リファのそれと同じように色とりどりの紙を長細くしたものが風に揺られて顔を出していた。
その周囲は二打目以降のものだろう。二~三センチくらいのへこみがいくつかできているのだ。けれどもその数打のうちのいくつかは、最初の穴に掠ったようで、見事に穴を広げることに成功しているのである。
(……ユーキちゃん、もう段ボール壊し終わりそうっ!)
リファはまたも巡り巡って、そもそもの目的、段ボールを壊さなくてはならないことを思い出すのである。
けれども、今のリファはそれを壊す術を、ここでは披露できなければ、確かに皆がいうように、怪我の回復を思えば身体的には無理がしたい訳でもなかった。それこそ、ユーキが言ってくれているように、誰かに手伝ってもらうのが良いのだろう。
「ごめんね、リファちゃんが怪我してると思ってなかったから。それでも、最初の一打だけはさせてあげたかったんだ。これはリファちゃんの分って、ちゃんと伝わるように。……ユーキちゃん、その杵、私に預けてもらってもいい? 私こうみえて、力強いんだ」
ずっと黙って見守っていた摩季が声をあげたことは、リファやユーキだけでなく、ショーたちも意外だったのだろう。デコとポンが、「摩季さん何するんっすか?」とリファたちよりも驚いた様子で聞いているのが印象的であった。
ユーキはやはり凶器のようにブンブンとそのツインテールを勢いよく揺らしながら頷くと、素早くその杵を摩季へと献上した。
「……ね、勝負しよっか」
「……勝負……?」
「リファちゃんはダイとチーム。私はユーキちゃんとチーム。……ダイはそれでも一応男だから。女の方が弱いなんてこれっぽっちも思ってはないんだけど、やっぱり身体的能力で言うと、男女で得意不得意はあるって認めるべきだと思うんだ。お互いに、良い意味でね? だからハンデってことで。この状態から勝負スタートっていうの、どう?」
リファは摩季の妖艶な声に合わせて、右に左にと、リファの分と言われた段ボールと、ユーキの分と言われた段ボールとを見比べた。
ユーキのそれは、あと数打ほど、当たり所がよければ次の一打ですぐにでも完全に壊れるだろう。一方でリファのそれは、数回どころか、まだ最初の一打が加わっただけの状態なのである。
リファにはあまり、体力や身体的能力の心配というのが付きまとはないため、つい、抜け落ちがちだが確かに一般に、この世界では男性の方が力が強いと言われている。
それを思えばハンデが必要というのは理解できた。
しかし、これは流石に、チーム戦で手伝ってもらうということならば意味を成すものの、勝負になるかどうかは微妙であった。
「お~、勝負かぁ! いいねいいね、チーム戦!」
けれども先ほどまでの焦った様子が一転、とても愉快そうにショーがニンマリと笑うのだ。それも、どちらのチームにも加わっていないというのに、軽く身体を揺らしながら、この中で一番というくらいに、ノリノリな様子で。
「どう、ダイ? のる? のらない?」
摩季の声はどこか挑むようなものだった。
だからだろうか、杵を担ぎ上げる姿がひどく様になると同時に、頼もしく感じられるのだ。その視線も、勝ち誇った笑みも、どこか挑発的にも見える。
それらはリファをハラハラとした心地にさせた。
けれどもユーキも同じことを感じているのだろう、落ち着きなくダイと摩季とを交互に見比べているのである。
(ダイは何て答えるんだろう……)
チラリと確認するかのようにダイの方を見上げると、彼はリファに向かってゆるりと、けれども自信ありげに微笑んだのだ。
そして、改めて杵を摩季と同じように担ぎ直すと、ダイは短く言い切るのだ。低く、けれどもこれまでの柔さはどこへ行ったのかというくらいに強い口調できっぱりと。
「のった」
(……っ)
向こうの方でファルネの踏切が鳴る音が、さらに遠くでどこかの工場の金属がぶつかり合う音が響いた。
依然、この辺りは音で溢れている。けれども、ダイの声はとてもよく、リファに、この空間に、響いたのだ。
その声量自体は先ほどとまるで変わってはいない。それなのにダイの声の振動が、地を伝ったのだろうか、リファの耳というよりは、腹に。腹というよりはそのもっと奥、リファの心に直接的に響いたように感じられたのだ。
途端にゾクゾクとリファの身体に稲妻のようなものが走り、特に息を吸いたいなどと思った訳ではないのに、静かに、いつの間にか。感情の代わりとうでもいうように、リファの胸いっぱいに空気が吸い込まれていた。

to be continued……
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ループ・ラバーズ・ルール更新日
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