世界の子どもシリーズ

世界の子どもシリーズNo.9_過去編~その手に触れられなくてもepisode2~

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世界の子どもシリーズ_過去編~その手に触れられなくてもepisode2~

 

こちら津波や災害を連想させる言葉や描写があります。苦手な方は該当シーンを飛ばし読みするなど、何卒、無理してお読みなさらないでください。

 

 ―ハミル召喚後、アヴァロン繋がりの森―

『特殊契約代理魔法、開錠。アヴァロンへ繋げ』

 ブラウンの声が響くと同時に、一斉にアヴァロンの中でも指折りの魔法使いたちが総出で、準備していた魔法陣を次々に発動させていく。
 ついに、向こうでカイネたちを見つけ出し、ネロが施錠したと扉の開錠に成功したのだ。
 ある者は転送魔法でそのままサンムーンへと向かい、ある者は伝達魔法で情報を巡らせ、ある者たちは数人がかりで繋がりの森へと、大がかりな移動魔法を発動させ、白い扉を動かしにかかる。

「移動魔法、ネロ様が繋ぎし扉。空間を繋いだままに、ここへ……くっ、なんて重さだ。こんなものをネロ様はいつも繋いでおられるのかつ」

 さらに何人もの魔法使いが追加で加わり、必死に白い扉をアヴァロンの王城から繋がりの森へと移動させにかかる。その光景は異様で、あまりにも何人もの魔法使いが魔法陣を重ねて発動させるものだから、新緑に満ちた森の色が、まるで夕焼けにのまれたかのように、真っ赤に染まっていった。けれど、指折りの魔法使いたちが集まっただけあって、扉はぴったりと予定通りの位置へと動いたのだ。ネロが繋いだ時空間を断ち切ることなく。

「……扉をくぐれば、もうアヴァロンに戻ってこられるかは分からない。それでも行ってくれるのか?」

 重い声でひとりの魔法使いが問うのに対し、ずっと扉の到着を待っていた男は、真っすぐに目の前に現れた扉を見つめたままに言い切った。

「飛ぶ必要がある時に飛ばないなど、鳥族じゃない」

 彼の背には厚く、広く、大きな翼がついていた。彼がその翼を広げた瞬間に、紫の羽がアヴァロンの繋がりの森に舞っていく。それに倣うかのように、彼の後ろに控えていた同じく翼を持つ者たちが、バサッと息の揃った音を響かせながら、それぞれに違う色色いろいろの翼を広げていくのだ。
 それが、アヴァロンで鳥族をみる最後の時であった。
 男が扉に手をかけると共に、今度は真っ赤な翼を持つ女性が、後ろに続く者に向かって最終確認の声をあげるのだ。

「よいか、体力のない者や子どもたちは崖の上、既に避難している者が飛び出さぬよう、止めるのだ。決して街の方へは飛ぶな。……長く飛行できるものは、族長に続け! 行くぞ」

 先頭に立つ鳥族の男と共に、アヴァロンの繋がりの森へと美しい羽の置き土産を残し、次々に翼を持つ者は、この地を発っていく。
 その光景は息をのむほどに美しいのに、彼らの向かう場所はとても過酷であるとしか言いようがなかった。
 魔法族は、日の光を浴びることはできない。そんな中でもサンムーンに向かった者たちはアヴァロンの中でも一、二を争うくらいの魔法の使い手が揃う、名家の者ばかりだ。特に今日は皮肉にも天気がよく、それほどに魔力が高いものがどうにか遮光マントを羽織り、ぎりぎり耐えられるかどうかの日差しであった。
 託すことしかできないアヴァロンに残った魔法使いたちは、やるせない想いで、扉の向こうへと飛び発っていく鳥族の背を、見守ることしかできないのである。

「……すまない」

 ひとりの魔法使いが思わず漏らしてしまった心の声を、こんな時だからこそ、しっかりと次に飛ぼうとしていた鳥族のひとりが拾ったのだ。そして、扉に手をかけ、凛々しく、翼に誓うように誇らしげに微笑み、最後の言葉を残していくのである。

「元より滅びゆく星からアヴァロンに拾ってもらった種族。アヴァロンは好きだが、私たちにとって大切なのは場所ではなく、翼をもって生きること。……間違っても全ての魔法族に……ネロ様やカイネ様に、我々の決断の責など背負ってほしくはない。空を飛ぶことは私たち鳥族の誇りなのだから」
「っつ……どれほどの時が過ぎようとも、どんなトキであっても、あなた方が空を舞う美しい光景を、我々は忘れない」

 その者が扉の向こうへと飛ぶと、最後の何人かがそれに続いた。彼らのその瞳と翼には、しっかりと意志が宿っている。白い扉の向こうで、まだ幼い子らまでもが見事に風を読み飛んでいる姿が、扉のこちら側で待つ魔法族の目に焼き付いた。もうここへは戻れぬのを覚悟の上で、鳥族は子どもを含む種族の皆が、アヴァロンを発ったのだ。
 最後の一人の淡い緑の羽が地面へと落ちるのに合わせて、アヴァロンの王城から強引に時空間を繋いだままに森へと移動させた扉は、無理が祟ったのだろう。メキッと嫌な音を響かせ、その一部をかけさせたのである。
 そのカケラはまるでアヴァロンに残ることしか選択できない魔法使いたちの想いを乗せるかのごとく、森の中ではなく、扉の向こうのサンムーンの空へと舞い、そのまま海の中へと落ちていった。
 扉の向こう側で多くの色が舞い、目にはみえない恐怖の影が、海の中より近づき始めていた。

 ―ブラウン召喚後、サンムーン―

「カイネ、カイネェエエ! うわああああ、降ろしてくれ、頼む!」

 ネロを連れて、赤い翼の鳥族の者が荒れ始めた波を視界の片隅に、例の扉に向かって飛行していく。ただ、抱えている男のその叫びは、翼の奥の骨まで響きそうなくらい悲痛なものだった。
 その横には先ほど扉を開錠したブラウン家の者が、特殊な浮かぶ魔法玉の中に入り、飛行している。いつも冷静に淡々と全てをこなす王子の、人目を憚らずに涙を零し、いつまでも叫び続ける姿に驚きもあったが、それ以上にこの嘆きが、どれほどの想いを抱えていたのかを物語っており、強く、それは王子と姫であるからではなく、どうにかしてやりたいと、思わせるものだった。

「……波は荒れているけど、特に引いてもいないわ。もしかしたらカイネ様を助けるのも間に合うんじゃ……」
「ダメだ。あと三分もないだろう。カイネ様が最後に……海に沈まれる直前で口を動かされたらしい。その動きは確かにあと四分だと、ハミルが言っていた。そこからアヴァロンの魔法族全員に時間共有魔法が施された。……トキが進んだ、あと二分だ」
「分かってるわ、カイネ様は嘘を仰らないでしょう。だけど……波が引かないのにそんな、え?」

 すると、目の錯覚かと思うくらいに、突然にどこからともなく、数メートルは水嵩が増したのだ。いつのまにか海は、例の扉へと続く階段や無事に残った神殿の二階部分にまで浸水しているのである。

「……ハミルからこの波の星詠みの話を初めて聞いたトキからおかしいと思っていたんだ。これで合点がいった」
「え?」
「来たか。よし、ネロ様をこちらへ。君も崖の方へと急いで飛んでくれ。……どうか頼むから風に乗ってほしい」

 次の瞬間には、抱えていたネロはあっという間に魔法で竜の背へと移されていたのだ。目の前の魔法玉の中に浮かぶ魔法使いが、手の甲を女の方に向けたかと思うと、そこに刻まれた数字が一へと変わったのだ。

「う、うそ……」

 驚くのも束の間、女は急ぎ崖の方へと全速力で飛行していく。
 水嵩が先ほど突然に増したと思ったが、今度はいきなり、それらが空に向かって、何層もの波を作り上げ、凄まじい勢いで伸びてきたのである。
 もう、扉へと向かう王子の姿を確認することさえ、ままならなかった。いくら飛べるからといっても、集中しなければこれは危険であることが視覚的にも、本能的にも分かるからだ。
 もし翼が濡れでもしたら、飛行速度が落ち、飛べる鳥族であったとしてもこの波ではあっけなくのまれてしまうだろう。
 さらに言うと、ネロを竜のもとへと届けた今、ひとりで飛行している女はまだいい。けれど、空に慣れないものを連れながら飛んでいる仲間たちは一体どうなるのか。
 すぐ傍で、ザザザっと不気味な音をたてて波が跳ねたのをみたそのトキ、女の全身に鳥肌が立ち、恐怖で身も心も凍えそうになる。

「カイネ様……みんな……」

 その小さな呟きは、たちまち周りの波によってかき消され、そのことが余計に恐怖心を煽った。強張れば強張るほど、翼が上手く動かせず、飛ぶ速度が落ちてしまうというのに。

「特殊連携魔法、風よ舞え」
「ウィンド!」
『ウィンド!』

 けれど、そんな中でしっかりと、必死に飛ぶ女たち鳥族の耳に、波の音を打ち消すくらいの声が響き渡ったのだ。
 声はいくつもの方向から重なり、そのうちのいくつかは、崖の上ギリギリで、日の光をも厭わずに、風を巻き起こす魔法使いから放たれたものだった。さらにいくつかは、同じく空を特殊な魔法玉で浮かぶ魔法使いの先鋭たちから。さらに残りの多くは、声しか分からないものの、扉の向こう、アヴァロンから届くものだった。
 声しか聞こえないのだから、それは推測でしかない。けれど、扉の向こうから風が、巻き起こるのだ。とても力強い風が、扉の方向から崖の方へと向けて強く吹くのである。
 空からは扉から吹く風の軌道を違えないよう、ぶつかり合わせて調整するような風が魔法で作られているのが感じられた。さらに崖側からは最後、こっちだと引き寄せるような風が、空に舞うもの皆を力強く呼ぶのである。

「ウィンド!」
「ウィンド!」
『ウィンド!』

 もう波は既に逃げ延びた者にも目にみえて分かるくらいに、その脅威を露わにしていた。
 それでもまだ、空にも陸にも海にも、逃げている最中の者が、残っていたのだ。

 空には絶えず魔法族の出す風に乗りながら、逃げ遅れた者を抱えて飛ぶ鳥族が。
 陸には、崖の頂上を目指し、懸命に走り続ける者たちが
 海には、必死に顔を出し何とか這い上がろうとする者たちが。

 まだ諦めずに、逃げている。
 生きるために。

 あと少し、あと少しで助かる。
 逃げろ、逃げろ、逃げろ。
 恐怖が、来る――……。

 

 それなのにあと少しが、足りない。

 

「……もう、間に合わないっ」

 けれど、星詠みで一度目の波から多くの者を逃がした姫と王子の行動は、危険を顧みず空を飛ぶ鳥族の姿は、日の光が降り注ぐ中でいつまでも響く魔法族の声は、他の誰かが、そのあと少しを足す決断をする勇気を生み出したのだ。

 海から、地から、空から、新たな声が加わっていく。

「我、地の底を知る者也。我が触れし大地を走る者に……特別な馬の足を授けんっ。駆けろ、あと少しの距離だ。私に続けっ」
「我、海の水を知る者也。我が国、レムリアの海域に浸かりし泳ぎ方の分からぬ者よ……汝らに特別な魚の尾と呼吸法を授けんっ。来なさい、海底まで急いで逃げるのよっ」
『ウィンド!』
「ウインド!」
「ウィンド!」
「……風の、祝福をっ!」

 

 その日、地下世界のサンムーンという都市は沈んだ。
 波の最高到達点は、街で一番の高台に位置した神殿の二階よりも遥か上にまで達したとか、達していないとか。
 崖の上からそれらを見ていた者でさえ、あまりにも衝撃的な光景で、その全てを憶えてはいない。

 けれど、魔法族と、最後に精霊郷から飛び出した風の精たちが生み出した風は空まで届き、鳥族が飛び、多くの者を崖の上へと連れ逃げた。
 けれど、地の力を持つ者が最後、崖の上をめがけて走り続ける者に馬の足を授け、速く駆けさせ、逃がしきった。
 けれど、海の力を持つ者が最後、どうしても逃げ切れなかった者に魚の尾と呼吸法を授け、巻き込まれる前に、海底まで連れて行った。

 空と陸に、いくつもの嘆き叫ぶ声を残し。
 海の底に、たくさんの涙の泡を発生させ。

 多くの物と引き換えに、けれども、多くの者の命が助かった。

 この日を境に、宇宙中の者がこのサンムーンの地を行き交うことはなくなっていく。
 けれども再び、この地に残りし者は、生きるためにもう一度、サンムーンという街を造り上げていくのだ。

 空を鳥族が舞い、大地をケンタウロスが駆けながら。
 夜に魔法族が星を詠み、昼に風の精が舞いながら。

 そして、サンムーンと近くも遠い海の底では、レムリアで人魚たちが、アトランティスで海中人たちが、新たな海底都市を、造り上げていく。

 大波を経ても、地下世界と地上世界はそれぞれに続いていくのだ。

 

to be continued……

 

※毎週土曜日、朝10時更新予定🐚🌼🤖

 

※こちらの津波をはじめとする災害の予知・様子は小説上の表現になります。日本は災害の多い国ですので、どうか、お住まいの地域のハザードマップをご確認の上、専門家の方の意見を参考に防災を行ってください。

 

補足

✷前話が長かったのですが、今後、基本的にこれくらいの長さで進んでいく予定です。タイトルコールをどうしてもep1にしたかったため、途中長いepisodeがでてしまい申し訳ありませんでした。区切り的に長くなるepisodeが発生する場合もあるかと思いますが、読みやすい長さを続けられるように努めたいと思います。よろしくお願いいたします♪

 

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