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世界の子どもシリーズNo.20_過去編~その手に触れられなくてもepisode12~

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世界の子どもシリーズNo.20_過去編~その手に触れられなくてもepisode12~

 

 タルバニアの言葉に対し、ただの願望であったとしても「そんな訳はない」と返したかった。けれども、嘘であってほしいという願いを込めた否定の言葉さえ口にできないくらいに、傍からみてもタルバニアの目は、明らかに悍ましく燃ゆる炎に包まれていたのだ。
 ただただ、誰も口を動かすことができず、その場で息を飲むしかできなかった。
 けれど、それでもやはり動けるのはショースターだけで、親しいからこそだろう。嘘であってほしいという気持ちを、タルバニアの肩を掴み、その瞳の奥にひとつでも希望となる見落としがないかを縋るように、ショースターは覗きこんだ。タルバニアがどれほどに今、体力と魔力が限界であるのかを分かっていても、何度も何度も、その肩を揺すってしまうくらいに、必死に。

「何故だっ! 何故、お二人が命を落とさぬように動こうとして、こんな悲惨な未来へと繋がるというのだっ!」

 本当はそう問うたショースター自身、その答えをすぐに導き出していた。星詠みをしている、まさにその悲惨な光景を見ているタルバニアもきっと、同じだろう。
 その答えを代表するかのようにあえて口に出すのは、招集された中で唯一、ショースターと同じくまだフードを外していないハミル家のひとり。

「だからでしょう……。タルバニアにそれが視えたということは、ネロ様とカイネ様もきっとその未来を視ることになるに違いない。となれば……お二人のことです。回避するために星詠みを続けなさるのでしょう……命を落とすくらいにまで……」

 ようやくにタルバニアの肩から手を離したショースターが、それでも諦めきれないというように、タルバニアの血が滲んだ絨毯をみつめながら、吐き捨てるように言う。

「ならば、どうしろと? 命を落とすと分かっていて、戦争を回避するためならば仕方がないと、みすみす二人に無茶な星詠みをさせるというのですか!? ……ありえないっ! 確かにお二人が星をお詠みくだされば助かる命は多いかもしれない。ですが……誰かの命を守るために、誰かの命を賭けることは正しいことなのですか? お二人は王子と姫であっても、それ以前に、まだ子どもだ。ようやく、成人なさるだけで……この場にいる私たちよりも、ずっとずっと、若い。まだ……これからじゃないか……」
「ショースター殿よ。アヴァロンの者もムーの者も同じ気持ち故、戦うことを選び火の海となるのでしょう。そして、だからこそ、お二人はその前に命がけで星を詠み続けることとなるのです」

 冷静にそう言ってのけるハミルの者に、ショースターは距離を詰めると、睨みながらそのローブの胸倉を掴む。抑えきれない怒りが、つい、そうさせてしまうのだ。けれども、本来この怒りそのものを向けるべき相手は決してハミルの者ではない。苦しそうに息をもらすタルバニアの呻き声が耳に入り、ショースターは視線を逸らし、その手を離す。
 そんなショースターの行動にハミルの者は怒ることなく、やはり落ち着いた様子でズレそうになったフードを再び被り直していく。

「……俺は二人に星詠みをさせたくない。未来予知に関する星詠みはタルバニアでさえ、これほどに苦しむのです。ハミル家の方ならばあのお二人がなさる特別な星詠みがどれほどに過酷か、知っておられるはずでは? あれほどに過酷な星詠みをしたその先に待つのが死など……そんな惨いこと……いくら国の為と言え、させる訳にはいかないっ。それもようやく一緒になれると決まった矢先に……どれほどにネロ様がカイネ様と一緒になるためにこのサンムーンのプロジェクトに影ながら尽力なさったか……」
「……ネロ様だけではありません。カイネ様とてどれほどに辛い日々を、その涙を皆に隠して大国の姫としてあり続けられたことか……痛いほどに我らとて知っております」
「ならばっ!」

 緊迫した状況の中、アヴァロン城の廊下に新たにひとつの渦が浮かびがる。その渦はアヴァロンの魔法族が作り出すにはどこか歪で、魔法の軸の方向が明らかに違うのだ。全員が渦に向かって戦闘態勢ともとれる魔力の放ち方に変え、その掌に小さな魔法玉を瞬時に作り出す。もう体力と魔力の残されていないタルバニアでさえ、魔法玉こそ作りはしなかったが、その方向に鋭い視線を送っていた。
 この状況で動かなかったのは、ショースターと言い争っていた、フードを最後まで外さなかったハミルのひとりだけ。

「う、う、う、うわぁああ」
「なっ!?」

 けれど、その渦から現れるのは小さな子ども。それも間抜けな声をあげて、尻もちをつき、不格好にこのアヴァロン城の大広間前の廊下へと着地したのだ。

「い、いたたたた」
「……ウィル、お前……」

 ショースターが少し驚いたようにその少年をみつめ、けれども深くは考えずに、ただただ、ため息を漏らすのだ。

「ああ、そうか。手の空きしブラウン家で招集をかけたから……お前まで召喚されてしまったのか」
「兄上、すみません。……召喚の移動魔法を使うのは初めてだったもので……少しばかり……遅れてしまいました……着地もちょっとだけ……失敗してしまったようで……」

 ショースターは呆れたように首を振り、年の離れた出来損ないと呼ばれる弟に向かい、目も合わさずに苛立ちの混じった声で言う。

「ああ、違う。召喚魔法に応じるにもかなりの魔力とコントロールがいる。お前は私たちの召喚に引っ張られてしまっただけだろう。……ここにいると邪魔になる。歩いて家へと帰れ」
「え、で、でも……」
「いいから帰れ。子どもに……それも魔法族でもないお前にできることはない」
「だ、だけど僕……」
「いいから帰れっ! 見て分からないのか!? 一大事なんだ。今お前の相手をしている場合では」

 ショースター同様に、アヴァロン城の廊下で着地に失敗したままに座りこんだウィルに、ブラウン家の者は呆れの混じるどこか冷ややかな視線を送っていた。
 普段温厚なタルバニアでさえも、もう子どもに構っている余裕などないのだろう。視線をただ床へと向け、無理矢理に呼吸を整え、次の星詠みに入るための魔力を溜め始めていた。

「いいえ、この子は立派な魔法族ですぞ」

 けれど、そこに割って入るのもまた、フードを被ったままのハミルの者で、やはりショースターは苛立った口調で、何百回と言い慣れてしまい、逆にこのアヴァロンでそのことを知らぬ者はおらぬために最近は説明する必要がなくなってしまっていた事実を、改めて目の前のライバル一族であるひとりの男に言うのだ。

「この子は魔法族ではない。もうじき九歳になるが……魔法学校に入学できなかったのだ」
「……いいえ。ウィル殿はあなたたちご家族が式典の仕事で忙しいのを知っていたので言えなかっただけなのです。この子は魔法学校の入学試験に先日合格し、次の学期からの入学が決まっております……それも編入試験にも受かって……飛び級で本来の学年からのスタートとなる予定です」
「そんな嘘を信じるとでも……」

 ショースターの呆れた声に、ウィルはしょんぼりと顔を俯かせる。けれど、ウィルは魔法族だと言うその者だけが、ウィルに手を差し伸べ、座り込んだ彼を立たせるのだ。
 すると、今度はタルバニアが驚いたような顔つきで噂に聞くブラウン家の最年少の、初めてハミル家と同学年が生まれなかった魔法が使えないはずの子どもに声をかけるのだ。

「……君は……何者だ? 未来が……否、あれは星が視せた過去? ……君の星詠みは、何だ……。っつ! ……未来がひとつ、増えるっ」
「なんだと!? ウィル……お前、本当に魔法が使えるのか?」

 アヴァロンで特に優秀だと有名な一族の中でも群を抜いて強いと言われる実兄であるショースターと、実兄と同等の力を持つと言われるタルバニアの視線を受けながら、ウィルはどこかもじもじとした様子で、けれども、まずは兄に魔法が使えることを信じてもらうために必死に頷いた。

「ウィル殿は誰にも言うなと約束させられていたのです。……この子はきっと、ネロ様とカイネ様の次に遠くの星が詠めるでしょう。あのお二人ほど広くは詠めないでしょうが……代わりに身体にあまり負担がかからないこの子だけの詠み方ができるのです」
「まさか……」

 ショースターの問いに、ハミルの者は頷きながら、ひとつの大きな魔法陣を発動させる。赤い絨毯に、それはそれは真っ赤な光を放つ魔法陣が、とても広範囲に広がっていった。ここが廊下であるがために、その魔法陣のほんの一部しか見えないだけで、その大きさというのは、もしそれがアヴァロン城の大広間であれば会場の半分を占めるくらいの規模のものであっただろう。

「そうです。この子はネロ様が直々に魔法と星詠みをお教えになった。……魔法が使えないのではなく、この子自身の能力が、ネロ様やカイネ様のように……とても特殊だったのです。特殊厳秘空間魔法、記録先、アヴァロン王……」

 魔法陣の光が消えると共に、十一人全員が、魔法陣の大きさそのままの規模の、半球の特殊空間へと身体が移されていた。ひどく驚いた表情をしたショースターと、尚も苦し気に再び左目を手で覆うタルバニアが、互いに顔を合わせ、頷きあう。恐らく、空間を移っても時間守が続けられているかの確認をとったのだろう。

「大丈夫だ。……これはハミルの者の中でも、一部の者しか使えない特殊な空間へと繋いだもの。時間は動かしていないゆえに、時間守に影響はないでしょう……タルバニア、ショースター殿……そしてここにいる皆。運命を、信じますか?」

 こんな時になぜこのような空間魔法を使い、なぜこんなに緊迫した状況の今、そんなことを問うのかと、ブラウン家の者は少し苛立った様子で。ハミル家の者は心配げに視線を送る。

「さっきから黙っていれば……ここは一体なんなのだ?」
「それに運命を信じるかなど、こんなときに……っつ、……!」

 けれど、その苛立ちも心配も、その者の頬を見て全員がただ純粋に、誰からともなく頷いたのだ。
 そして、頷くだけでなく、声を出すのは状況などひとつも分かっていないウィルという、この場に似つかわしくない子ども。

「僕、運命を信じます」

 どこから出したのかウィルはハンカチを握っており、その手は涙を零す自分よりも大きな大人へと、何の疑いも躊躇いもなく、伸びている。
 それを受け取ると、涙を零しながら、ハミルの者はウィルに向かって微笑んだのだ。それは子どもに向ける笑顔であって、ただそれだけではなかった。ひとりの魔法族が、ひとりの魔法族に、感謝を伝えるとても、とても、たくさんの感情が込められたものだった。

「ああ、私も運命を……君を信じて任務から外れずにいたのです。……よく、あのネロ様の厳しい訓練を耐え抜いて、召喚魔法に応じられるまでに成長してくれたものです。ウィル殿が来てくれたゆえに、希望が繋がった……」
「えっと……僕、帰らなくていいの?」
「ああ、どうか帰らないでくれまいか? この国と……ネロ様とカイネ様を助けるために。もちろん、君の家族や兄上、これからできる魔法学校の友だち、そして、ここにいる全員のためにも改めてお頼み申そう」
「……! はい、僕、頑張ります」

 フードを被ったまま、その者は全員に向けてゆっくりと、仕切り直すように頷いた。そして、声を張りあげながら、どこか天の方を見上げつつ、まるで朗読するように、一言一句丁寧に、とても聞き取りやすい口調で言葉を紡いでいくのだ。

「キスジェリア=ハミル。本日の空間記録係として、星門の時刻封が破られたことを、タルバニア=ハミルとショースター=ブラウンより緊急召喚を受けて以降の会話及び映像の記憶と共にアヴァロン王へと緊急でお渡し申し上げます。そしてこれより……厳秘空間でしか聞けぬ真偽確認の魔法質問の上、ウィル=ブラウンに緊急で太陽と月の狭間の間での星詠みの許可を頂きたく存じます」

 それを言い切ると、宙に手を振りかざし、その位置に向けてキスジェリアは自身の額から一筋の光を放ちだすのだ。その光はたちまちまるで星のような発光する球体へと姿を変えていく。そして、その球体の中で、先ほどまでいたアヴァロン時刻のアヴァロン城での十人が、全く先ほどと同じように動き出すのだ。ちょうど、タルバニアたちが緊急招集をかけてすぐの頃の様子が、映し出されていた。

「まさか……記録係だったのですか? それも……空間の……」

 タルバニアの小さな独り言のようなその声も、キスジェリアは決して取りこぼしはしなかった。穏やかな表情で頷くその様は、これが運命なのだと、良い意味で力強く示すものだった。
 時間の記録係は、現在も今の時間が動き続けるトキの調整のなされた空間で記録することに追われ、到底、その場を離れられないだろう。けれど、空間の記録係であれば、順調にいけば空間そのものに変化はないため、記録したままに意識を向こうに置いてこちらのアヴァロン時刻の召喚に応じてくれていたのならば、確かに会場を離れることは、膨大な魔力の消費にさえ目を瞑れば論理的には可能なことだった。

「優秀な魔法使い、タルバニアとショースター殿からの緊急招集など、余程のこと。会場から我が身を離すことにリスクはあったが、必ず記録をしておいた方が良いと判断したのです。……そして、信じて正解だったようだ。記録のために意識は向こうに置いているからこそ……アヴァロン王にもそのままお伝えすることができる。……ただ、あまりにも重要であるために、私からの記録ではなく、私の記憶ごとお渡しする」
「では、やはりこの球体は……」
「私の記憶そのものです。記録書自体も向こうにあるゆえに、これほどに重要なこと……正確に書き記そうと思えば、記憶ごとでなければ、特に他の国の者は信じないのは目に見えております。そして、これ以降は他の国には漏らせぬ機密情報を扱うゆえ、厳秘空間で急ぎウィルに真偽確認の魔法質問を行っていきます。ああ、皆分かっていると思いますが……私は一分一秒と、先ほどまでの記憶を失くしていくゆえに、どうか、一度で全てを悟ってくれると信じておりますよ? そして、この魔法はお渡しする時に多少のラグが生じる。それが短くなっては困るゆえに……恐らく式典の前夜くらいからの記憶を全てお渡しし、その後、私は気を失うでしょう。どうか、あとで何があったのかを説明してくれませぬかね」
「……もちろんです。私たちを信じてこの場に来てくださったこと、感謝します」
「ならば安心して記憶ごとお渡しできる。……一国の一存だけで大国とよばれるアヴァロンとムーに同時に侵攻などできますまい。となると、首謀国の言い分を信じて、複数国が結託して戦争を起こすのでしょう。……お二人がわざわざ隠れて逃げる未来が最初に視えたということは……恐らく、時間操作の容疑をカイネ様にかけられるのでしょう。……もちろん、それはあり得ない。だからこそ、ムーも、アヴァロンも、恐らくは精霊郷もカイネ様の容疑を否認し、庇うこととなる。けれど、カイネ様の容疑を晴らすには、状況と環境が、今はあまりにも悪すぎる。なれどカイネ様の無実を証明すれば、知性と心を持つ国は、首謀国の誘いに乗り戦争を起こしはしまい。まずはアヴァロンとムーの過去への関与の無実となる証拠を掴まねば」
「……はい。必ずや」

 キスジェリアは緩く笑んで頷くと、自身の記憶から形成される光の球体へと視線をやった。もう球体の中ではかなりの時間が進んでおり、しっかりと今という時間から織り成される一分一秒先の未来の目標を持たねば、たちまち、自分が今何をしているのかが分からなくなってしまう状態だ。
 キスジェリアは純粋な眼でこちらに視線をむけるウィルという少年を、改めてみつめる。

「……ネロ様とカイネ様もきっと、自分たちよりも幼い子たちを守るために、星を詠むのでしょう。ならばそれをやめさせるのではなく、お二人の命に関わるまでの星詠みをさせぬよう、皆で詠む星を分けるしか道はありますまい。私たちはアヴァロンの魔法族。特別な星詠みができずとも、それに繋ぐ星詠みはできましょう。このアヴァロンの星に導かれて生まれた者は皆、必ず、できるのです。……早速、ウィル殿にしか分からぬカイネ様の秘密に関する真偽確認の魔法質問を開始いたします。この空間での出来事は後にアヴァロン王や関係者にしか見えぬよう、特殊記録魔法を……さすがに私とタルバニアとショースター殿では間に合いかねますので、誰か頼みます。そのまま、空間の記録書に記す魔法陣だけ加えさせてもらいますゆえに」
「承った」

 それに対し名乗りでたのはショースターの遠縁の叔父であった。けれども見事なもので、返事をし終える頃にはすでに、召喚魔法で記録用の魔法水晶をその手に収めていたのだ。
 それもそのはずであった。何も事情が分かっていないウィルを除き、この場にいる者にとって、アヴァロンないしムーにとって、時刻封が破られた今、時間の記録ではなく空間の記録に、今という死守された時間から重要な記録を記せることは、運命の書と言っても過言ではないくらいの意味をもつのだから。
 今から全員で星が導く大きな希望を探しにいくにあたって、この魔法族にとっての運命の書は、公の空間記録であるからこそ、悲惨な未来を回避するために必要な証拠になるのだ。

 

to be continued……

 

はるのぽこ
次話からちょうど秘密の地下鉄時刻表Vol.5に突入するので、次話更新前に先読み刊行できたらなと思っております!もうすぐ、過去編の第一部的なものが終わります✨

 

 

※毎週土曜日、朝10時更新予定🐚🌼🤖

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