ループ・ラバーズ・ルール_レポート9「上書き」
正面には、円らな瞳をさらに丸くしたショー。その横には無表情のまま立ち尽くす、ピンクメッシュの女性。ショーの後ろに二人ほど、ソワソワとした様子の男性が二人に、リファの背後でもうひとり、先ほどの背の高い男性。
リファひとりだけが高校の制服で、他のその場にいる全員が私服といわれるものを着用している。傍からみれば場違いであるリファだけが、自分が場違いであることに気づいてはいなかった。
太陽がさらに傾き、その色味を濃く、オレンジに輝かせてファルネ川を染めていく。芝生の色も、表面がそのオレンジの光に反射して、その緑具合を抑え、夕日に主役を譲っていた。
「……この間の話、本当だったんだ」
最初に口を開いたのはピンクメッシュの女性で、けれどもそれは、会話をするためというよりは、驚きのあまりに飛び出た感想のようなものだった。リファはそれに気づくことなく、鞄の中の例のものを取り出す。
「ショー、これなら、大丈夫?」
掌に包むようにして、白地のマスコットを差し出す。それはゴーカリマンと呼ばれるヒーローで、マスクの目の部分とマントだけが黄色。胸の部分には英語で『GO』と金色で刺繍が施されている。先日まで行われていたガチャキューブの、ノーマルキューブの中に入っているゴーカリマンである。
「え、あ、あ、マジで? 本当に来てくれたんだ。え、かわいい……」
固まったままのショーに、リファはどうしたらいいかの分からなくなり、何度も瞬きをする。自然と顔は俯いていき、リファの目に、予想に反し、手に取ってもらえない白いゴーカリマンがずっと、自分の手に残る様子が映った。
「……やっぱり、ダメ?」
「え、あ、ああ! 違う、お、驚いただけ。コレ、もしかしてわざわざ持ってきてくれた感じ? ノーマルキューブの……ゴーカリマン?」
ショーが反応してくれたことに、リファはどこか肩の力が抜け、自分が不安、というものを先ほどまで感じていたことに気づく。けれど、ショーはちゃんと、リファの掌に乗せられたゴーカリマンを豆がたくさんできた指でそっと摘まみ上げてくれる。それをみて、リファは頬がまた緩むのが感じられ、それどころか、自分の目がいつの間にか細められているのが分かった。身体の動きとして意図した訳ではないのに、視野が勝手に、狭められていくのだ。そして、胸がフワリとどこか軽くなり、モゴロンを貰ったときのように、じんわりとした熱を持ち始める。ゴーカリマンのマスコットを重いと思ったことなどないのに、リファの手から離れた瞬間に、確かにリファの中で軽さというのを感じたのだ。
「これだと、嬉しい?」
そして、リファは相手に嬉しいかと聞きながらも、リファ自身が嬉しいという感情を、まるでモゴロンを得たときのように感じているのを、自分で分からないままに微笑んでいた。
「う、うん。え、や、やばっ。すんごい、嬉しい。え、かわいっ」
嬉しい、確かにショーがそう言ったので、リファはゴーカリマンの最新話の放送を見終えたときのように、どこか満たされた気持ちになった。もう用事は済んだのですぐに戻ればいいのに、どこかフワフワとした心地は、リファに帰るという次の動作をすっかりと忘れさせてしまっていた。ゴーカリマンを握りながら、ショーが笑う姿をみるのはどこかユーキの笑顔をみるときに近いものを覚えさせたのだ。もっと、見ていたい、と。
「そっかぁ、ごめんなぁ。俺が高架下にいるとか言ったから、逆に気にさせちゃったか。全然、本当にあのモゴロン、もらってくれてよかったのに。でも、そっかぁ。すっごい嬉しいかも。俺、これでノーマル色コンプだ~。え~、マジかぁ~」
ショーは終始笑顔で、それが癖なのか、リファに見せたのそのそと歩くときのように、その場で左右に小さくゆったりと体重を移動させ、常に動き続けた。どちらかというと、立ったままに身体を揺するというのは緊張や不安を抱くときに見せる仕草に感じられるが、リファの思い違いでなければ、ショーからはそのような感情は見受けられない。むしろ、ニカっと笑う彼の表情や、口調にその動きは似合うような気がした。
「律儀だな」
すると、背後から低めの、けれども柔らかい声が響き、リファは振り返る。数ミリほど、口角があがるというよりは、緩められていて、表情的には笑っているように見えた。けれど、その声は柔いのに、投げかけられた言葉も良い意味であるのに、もっとその奥に、どこかトゲのようなものをリファは感じたのだ。じっとその口元をみつめ、柔い声と記憶を結び付けて、リファは首を傾げながら、問う。
「……ダイ?」
目の前の男性は瞳を揺らし、声にならない息を漏らして、確かに今度は笑ったのだ。
「俺のことも覚えてたんだ」
次に彼が発した声は本当に柔さだけで、先ほどの笑い方と合わせてようやく、記憶通りだと認識する。そして、声と笑い方だけではすぐに判別できないことに気づき、リファはまじまじと、ダイを見つめる。
もう一度、記憶し直さなければ、と。
すると、ダイはまた息だけを漏らし、顎を数ミリほどあげて、今度は完全に口元を緩めて笑うのだ。
「あー、コレ? 似合わないだろ。俺も嫌いなんだよ。今日は姉貴のバーを手伝う日だから着ないとダメなんだ」
「……バー。やっぱり、ゴーカリマンと一緒の服」
リファは半ば無意識に、記憶するためではなく、その服に興味をそそられ、よく見るためにダイに近づく。彼は一度ほど瞬きをして、その目を彼の中で最大限に大きくしたかと思うと、腹に手を添え、背を反るようにして、声をあげて笑い始めたのだ。
「ははっ、めっちゃ好きじゃん、ゴーカリマン! 全然、アニメと一緒じゃねーけど、確かにね。バーテンの服は、だいたいどこも一緒に見えるかもね。ははっ、おもしれー」
途端、リファの中でまるで時が止まるかのように、自分の視界に映る全てが優しく感じられて、無言のまま、リファはダイが笑うのを見続けた。声も出せずに、口が数センチほど勝手に開いたまま、ぼんやりとしている時に見られるような反応をしているのに、一方で何かを意識的に記憶しようと集中しているときと同じように、ダイのその姿はリファの脳に深く焼き付いた。
自分の中で立て続けに起こる、相反する感情と身体反応の共存に、リファはただ瞳を揺らすことしかできなかった。
(もっと、何かを話したい)
そう思うけれど、唇に力が入らず、脳からも喉からも、上手く言葉が導き出せなかった。けれど、一通りを笑い終えたダイと目が合ったところで、予想だにしない声が、足音よりも先に、飛んでくる。
「リ、リリリリ、リファちゃん!」
「え、」
振り向くと、自家用車から飛び降りたユーキが、止めようとする運転手を振り切って、こちらに駆けてくる姿が目に映った。ユーキの目には涙が滲んでいるのに、声色だって怯えを孕んでいるのに、足取りも表情も、迷いがなければ、どこか勇ましさを感じるのだ。それはリファの胸に、ぎゅっと、何かに掴まれたかのような、強い衝撃と感触を残した。
ユーキは階段を下りきった勢いのままに、リファとダイの間に入り込む。手を左右に広げ、背にリファを庇うようにするその後ろ姿は、リファの胸を高鳴らせた。ユーキはリファよりも幾分か背が低く、ユーキがリファの前に立っても、ダイからリファは丸見えで、リファにとってもダイの顔が先ほどまでと変わらずに、よく見えた。
その場にいる全員の視線がユーキに集まり、リファの後ろでショーたちも絶えずゴーカリマンの話をしていたのに、ピタリと会話が止まる。
けれど、この場にいる者の声が止まっても、周りの音は消えることなく、工場から響く重機の音、ファルネの通過音、道路を行く車のエンジン音、どこかで必ず、何かしらが動いているのが感じられた。
ユーキをよく見ると、足が微かに震えていて、ダイも同じことに気づいたのだろう。自然と視線が下がったかと思うと、それはすぐにユーキの顔、そしてリファへと向けられた。ダイの表情はやはり、どこか飄々としていて、この状況に動じているようには見えない。
けれど目があった瞬間に、人の感情を予測するのは苦手な筈なのに、その瞳の奥底からダイは困っている、と直感的に分かったのだ。
リファの中でもユーキが今ここにいることに、驚きだけでなく、どこか擽ったいような、嬉しいような、明確にコレとは説明できない、いくつかの感情が複雑に絡まっていた。
そして、ユーキにこの状況を上手く説明できる気がしなくて、どう動けばいいのか、分からないでいたのである。そう、分からないからこそ、嫌とか面倒とかではなく、どうにも困ってしまうのだ。
(ダイもきっと……私と同じ……)
お互いにそれが伝わったのか、二人で揃って、目を合わせたままに瞬きをし、どちらともなく、頬を緩める。リファはそのままに目を細め、ダイはふっと声にならない息を漏らして、笑う。
すると、その様子にユーキも何かを感じたのか、首を傾げながら、リファの方に身体を向ける。上目遣いで問うように見つめるその瞳は、言葉以上にお互いの思っていることを伝えあえるような気がした。
「……リファちゃん?」
「ユーキちゃん、多分、大丈夫」
「本当に?」
リファは頬を緩めたまま、頷いた。それを見て、ユーキは驚くような反応をしたのち、手を引っ込めたかと思うと、リファにさらに一歩近寄り、へにゃりと笑うのだ。
「よ、よかった~。上からみたら、囲まれてるように見えて、あ、焦っちゃった」
実際のところ、ユーキが明確に何を心配していたのかを、リファは理解しきれていない。けれど、ユーキがリファを心配してくれたであろうこと、今の状況がユーキの視点からしても大丈夫と答えるのが正しいことを、何となくではあるものの、リファは分かったのだ。そしてこの、何となく周りの状況や反応が分かるというのは、とてもリファに自信と満足感を与えた。
(もしかしたら、ダイはすごい人なのかもしれない。それで……ショーが優しいから、私も周りと同じように……今……できてるのかも)
またファルネが通過して、ゴゴゴと籠るように、音を若干高くしながら、跳ねるようにこの空間にこだまする。この心地の良い場所は、音だけでなく、リファの心と時間にも、何か不思議な影響をもたらすような気がした。
to be continued……
∞先読みはこちらから(レポート6~10収録中)∞
付録としてPDF特典に工作タイプのトランプ(レアなスクエア型💓笑)を追加しています✨
各巻に1枚ずつ、ループ・ラバーズ・ルールはもしかしたら、巻数計算して場合によっては数枚ずつ付録としてつけていくかと思います!
ちなみに、世界の子どもシリーズはタロットになっております♪
sample以外の絵柄はインスタよりご覧いただけます❤♦♧♤
レポート10の更新時には先読み分として三巻をリリースできたらなと思います📚
よろしくお願いします💊
トランプsample

※HPは毎週土曜日、朝10時更新中💊∞💊
ループ・ラバーズ・ルール更新日
第2・第4土曜日