世界の子どもシリーズ

世界の子どもシリーズNo.24_過去編~その手に触れられなくてもepisode16~

2025年4月5日

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世界の子どもシリーズNo.23_過去編~その手に触れられなくてもepisode15~

 

「…………」

 カイネは息を潜め、次なる一手を考えていた。
 相手は獣族の王。周りに控えている者も、今はぴたりと気配を消しているが、ほんの一瞬動いたときの反応を思えば、かなり優秀であることが容易に想像できた。きっとルーマー王付きの側近や護衛の者たちなのだろうが、となればただでさえ魔法や身体能力の長けた獣族の中でもかなりの凄腕の者が五名以上はいると考えた方がいい。
 それらを思うと、隠密魔法を使っているとはいえ、もし下手に動いて微かでも音をたてれば、そこからカイネの位置を察知される可能性は拭いきれなかった。

 どれくらいの時間が経ったかしら……。

 例えば、誰も追いかけてこないことを思えば間違いなく助けを呼びに行ってくれているはずである。けれど、未だカイネが一人であることを思えば、カイネの護衛たちも動きを阻まれている、もしくはネロの方にもこうした刺客が送り込まれている可能性が高かった。
 先ほどの火炎魔法でまだこの空間にはカイネの魔力が充満している。けれどその密度も次第に薄れ、じきに特に勘の鋭い獣族の彼らには通用しなくなってくるだろう。
 位置が特定されるよりも前に隠密魔法を使ったまま獣族の者にも音で悟られないくらいに動き回る、もしくは再びカイネの魔力を空間いっぱいに充満させる必要があった。

「今は私からみてあなたは右側にいる。……別に怒ったりなどしていない。先ほどの細やかな反撃も、私からすれば飼い猫に噛まれる程度のものだ。……ただ、私は美しいあなたにかすり傷ひとつつける気はない。だからこちらから攻撃する気はないし……完全に位置を特定するまでは傷をつけたくないからこそ、不用意に動けない。……あなたに対しては、ね」
「…………」

 すると、ルーマー王はパチンと空間中に響くくらいに指を鳴らしたかと思うと、凄まじい魔力を放ち始めたのだ。
 カイネはあまりもの圧に声が漏れ出そうになるのを、必死に押さえるのが精一杯であった。ただ、彼は言葉通り、本当にカイネを攻撃する気はないのだろう。その魔力は決して、カイネの方に向かってくることはなかった。
 その代わりにその魔力はカイネでも信じがたい、大型の化粧台くらいあるのではないかというサイズの魔鏡を召喚したのである。
 時間の渦の中とはいえ、元々はアヴァロン時刻のアヴァロン城にいたのだ。それも、特に強い防衛魔法陣が敷かれた部屋の。
 そこにこれほどの規模の魔鏡を召喚するなど、並大抵のことではなかった。

「できれば素直に出てきてほしかったのだが、こちらも時間がない。あなたの婚約者がやってきては厄介だ。国として正式にムーがその婚姻に承諾をする前に、あなたに心変わりしてもらわなくてはならないからね」
「…………」
「あくまでも返事はしない、か。さて、これをみても声を出さずにいられるかな」

 ルーマー王が再び指を鳴らすと共に、カイネの身体よりも大きな魔鏡はしっかりとカイネと向い合せ状態で、中にとある光景を映し出すのである。鏡の向こうにいるのは数百人、否、魔鏡に映り切っていないだけで何千、何万といるのだろう。獣族の者が、明らかに鎧や剣、槍などを武装し、整列しているのである。遠目からみてもよく鍛え上げられた戦士たちの動きは機敏だ。風に揺られる天高々と掲げられたマルアニアの国旗が、ひどく目についた。

 まさか……っ!

「皆、私の一声を待っている」

 ここまでの魔力を肌で感じれば、この魔鏡がまじないの類の幻術や嘘の映像ではないことが嫌でも理解できてしまうのだ。隠れて様子を覗うのも意味がないと悟り、カイネはすぐさま隠密魔法を解除する。姿を見せたからには、ネロの到着まで無事でいられるかの保証はない。けれど、危険を承知の上で、まずはなるべく速く交渉に入る方がよいと判断したのだ。ただこればかりは本当に不快だと示すため、姫としての口調のままに、怒りの感情の全てを乗せ、荒だった声でカイネは叫んだ。

「……なぜ軍が出陣の準備をしている! サンムーンのプロジェクト参加の条件は平和条約の合意だった! マルアニアも、どの星も平和条約を結んだところだっ!」

 カイネがぎりっと歯を喰いしばり睨むと、ルーマー王は姿を現したことではなく、カイネの反応に嬉しそうに笑みを漏らした。

「まだまだ子どもだね。条約にサインして、それをすぐに破棄することだってできる。例えば、婚約関係になってから……すぐに破棄できたりするように」
「何が言いたい」

 ルーマー王はカイネが目で追うことのできないほどの速さで距離を詰め、次にカイネがその姿をその目で捉えた頃にはすでにカイネの顎を掬っていたのだ。答えは決まっているとでもいうように自信ありげな笑みを浮かべながら。ただ、その瞳の奥底はとても冷ややかでもあり、まるで氷の刃を突き刺すかのようにカイネを見下ろしていた。

「……賢くなればすぐにわかるはずだ」
「……許可なく私に触れるな」
「……あなたが言ったのではないか。触れていいのは夫となる者だけだと。未来の夫である私は問題ない」
「ならば尚のこと、気安く私に触れるな。未来はまだ決まっていない。……まだ……ムーからはアヴァロンにも返事をしていなければ、マルアニアにも返事をしていない。あなたは本当はとの婚姻を望んではいないはずだ。ムーの姫と婚姻して、マルアニアは何をしたいと言う? 仮に私がマルアニアに嫁いだとして、たったひとりの姫のためにムーが言いなりになるとでも思っているのか?」

 もちろん、カイネはネロ以外の者と婚姻関係を結ぶ気はない。結びたくなどない。けれど、ムーの姫としてやむを得ない状況になったそのとき、違う選択を迫られる可能性もあるだろう。けれども、カイネの心、それを差し置いても、この状況ではルーマー王の要望を飲む訳にはいかなかった。逆に相手が何をしでかすか分からない状況だからこそ、マルアニアの王の側室に入るなどとは口が裂けても言えなかった。
 カイネを取り込み、ムーを巻き込んで何をしようとしているのか。それを見極めねば、結局のところ、カイネやムーにとってどころか宇宙中でマイナスにしかならないのである。

「ああ。……あなたもムーも決して、圧力に負けてどこかの国へと攻め入ったりなどしないだろうね。けれど、ムーという国が、国の者が、本当にたったひとりの大切な姫をみすみす見殺しにすると思っているか?」
「何を言って……」

 ルーマー王はどこか寂しげに「試してやろう」と呟くと、カイネを押さえつける反対の手で軽々と指を鳴らしたのだ。それと同時に、魔鏡の向こうでザっと整列した軍隊が動く音が響き、そのうちの一人がずいっと魔鏡の真ん前までやってくるのである。
 それをよく見せるためだろう、ルーマー王はカイネの顎を魔鏡から視線が逸らせぬように力づくで固定させるのだ。

「……矢を、放て」
「なっ!」

 そのまま魔鏡の真ん前までやってきた一人の獣人は恭しく一礼すると、宣戦布告用の特別な矢を放ったのだ。それも戸惑うことなく、その逞しい腕でそれは遠く、宙に向けて。忽ち矢の魔法は発動し、標的となった星へと光速で、一瞬で、たった一矢で、戦争の意を伝えるのだ。

「どこに!! どこに放った!!!」
「ムーだ」
「なんてことをっ」
「分かっているだろう? あなたが一人で式典へと参列した意味を。この式典が実現するまで宇宙中の至るところでいつ開戦してもおかしくないくらいの緊張状態が続いていた。ムーの王がわざわざトキの調整のなされた空間へと入らずに自国に残り時計盤を見守っていたのはなぜか……みな最後まで、サンムーンが本当に中立都市となるのかを疑っていたからだ。次元と時間を繋いだムーとアヴァロンが、平和と安全を真っ先に示す必要があった。プロジェクトの為に頼まれて繋いであげた立場であるにも関わらずね。時間の担保にアヴァロンがアヴァロン国で式典を開催し、ムーは大臣クラスの職の者ではなく、一番大事な姫を式典に参列させた上で、ムーの王自らが次元の担保に外側から時計盤を見張ることでようやくに全ての国が納得した。トキの調整された空間というのは便利であると同時に、非常に恐ろしい。どの国もムーとアヴァロンの力を羨ましがり、畏れる。困りごとがあれば都合よく頼み、自分たちの物差しで不都合があれば容赦なく非難する。大国とは仲良くしたいし、同時に潰しておきたい恐怖の象徴でもあるのだ」
「……あなたは……ムーと……戦争がしたいの? それともムーに……他星と戦争をさせたいの?」
「全てあなた次第だね」

 ルーマー王は依然、カイネの顎を押さえつけ、魔鏡の方へと固定している。カイネは必死にその拘束から逃れようと暴れるように手を動かすも、その力は男性だからというだけでなくあまりにも強すぎて、そしてどこか絶妙な壺を押されているのだろう、どうにも力が抜け、上手く動けないのだ。カイネが情けなくもじたばたと意味のない抵抗を繰り返す間に、ルーマー王はゆっくりと頷き、魔鏡に向ってさらなる合図を送ったのが頭上の動きでわかった。すると、鏡の向こうで控える獣軍はやはり恭しく一礼すると、あっという間に移動し、その手に新たな宣戦布告用の矢を握って戻ってくるのである。

「……次はどこだ! 次は、どこにその矢を放つ!?」
「無論、アヴァロンだ」
「なぜ!?」
「だから言っているだろう? ムーとアヴァロンの婚姻には反対だと。あなたの愛する者がいるのならば、心残りがないようアヴァロンを潰すのが得策だ。……アヴァロンもムーも決して戦争を起こしたりはしないだろう。兵を動かすことがあるとすれば、防衛の場合しかしない。けれど、ここまでお互いに想い合った姫と王子の結婚となれば……相手の国が攻められては黙っていないだろう? するとやはり、アヴァロンとムーの姫が婚姻関係を結ぶのは厄介だ。大国二つを相手にしたい国などいないのだから」
「だから、平和条約を結んだところなのに……なぜ戦争をする必要があるというのっ。なぜ……争うことを前提に話を……するの……」
「シンプルに……ムーとアヴァロンが連携をとる前に、両国同時に潰す方がいいと誰もが思わないか? さて、あなたの未来の夫は誰か教えてくれないか?」

 余裕のあるルーマー王の笑みが、心から憎くカイネの瞳に映った。けれどもそれ以上に憎悪と恐怖の感情を沸かせるのは、その指の動きだった。カイネによく見えるよう、わざわざ顔の前にその指を持ってきて、それを鳴らそうとするのだ。
 次にその指を鳴らすときとはすなわち、アヴァロンへ宣戦布告の矢を放つ指示を出すときである。
 指と指がまさにぶつかり合おうとしたそのとき、カイネは大声で叫ぶ。

「やめてっ……!」

 そして叫ぶと同時に、魔力の調整など厭わず、反射的に魔力を放出し、アヴァロンで最も強固な防衛魔法陣のひとつを突破してムーの特殊魔法陣を発動させたのだ。たちまち黄金色に空間が光ったかと思うと、それと合わせてやはり五人ほどの獣人が控えているのが明確に照らし出された。
 攻撃魔法ではないが、望み通りにカイネが動いたからだろう。ようやくにルーマー王はその手を離し、お世辞にもならない誉め言葉を不気味な笑みを浮かべながら零すのだ。

「ほう。流石だな」
「黙れ」

 カイネが発動させたのもまた、召喚魔法。召喚したのは黄金の魔鏡で、直接ムーの王と連絡が取れるものだ。けれど、ルーマー王が召喚した化粧台ほどの規模には到底及ばない、大きめの手鏡サイズのものだ。無理矢理に防衛魔法陣を突破したため、カイネの息は微かに乱れていた。それでも構わずに、カイネは立て続けに防衛魔法陣を気にせずに連絡魔法を発動させていく。魔鏡に繋ぐのはもちろん、ムーにいる、王。

「待って! まだ、待って!」

 カイネの悲痛な叫び声に合わせて、戦闘準備を整えていたムーの軍がピタリと止まり、王がみたこともないような怒りに満ちた表情で、こちらを睨んでいたのだ。けれど、王の瞳が捉えているのは、カイネではなく、その背後で愉快だと言わんばかりに声をあげて笑う獣族の王。

「はは、ははははは。では、こちらも一度止めようではないか」

 ルーマー王がもう一度指を鳴らすと、獣軍もまた、ザザっと綺麗に揃った音を威勢よく響かせ、ピタリと動きを止めたのだ。

『……娘に手を出すな』
「……話し合いの価値がありそうだ」

 

世界の子どもシリーズNo.25

 

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