小説・児童文学

かぼちゃを動かして!⑯―フィフィの物語―

2025年4月23日

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かぼちゃを動かして!⑯―フィフィの物語―

 

 意気込むフィフィをよそに、何故かシンとその場は静まり返ってしまった。
 交渉内容を聞いたエプリアはというと、微かに口を開いたまま、固まっている。その表情は交渉自体に不満があって難色を示しているというわけでも、交渉を受けるかどうかを悩んでいるというわけでもなく、どこか戸惑っているかのよう。

 あれ、何でだろう?

 きっと、この交渉はどちらかというと、エプリアの言う、賢くなる、というのに近づけているはず。
 そしてエプリアは確かに、最後まで手伝うと、魔法を使わない範囲であっても手を貸してくれると、言ってくれた。
 それなのにエプリアが戸惑うということは、ひょっとして、黒い眼鏡とマントを借りること自体も、魔法を使う範囲に含まれるということだろうか。

 意気込んでいたフィフィの心に焦りが芽生え始め、とたんに自信がなくなり、ソワソワとしてくる。つい、フィフィは何度も瞬きをしたくなり、何とかエプリアを説得したい衝動に駆られて、追加で色々と話したくなったものの、きっとそういうことはしてはいけないのだろう、と思い踏み留まった。
 フィフィは周りにバレないように小さく息を飲み、一度だけゆっくりと瞬きをすることを自分に許すことで、焦る心を無理やりに抑え込んだ。
 恐らく、こういう交渉のときは、慌てていると気づかれてはいけないのだ。フィフィはなんとかこの交渉を上手くいかせたいと、物々交換をしているときの、ミス・マリアンヌの普段の様子を必死に思い出してみる。

「…………」

 ああ、ダメ。それではフィフィだと上手くいかない。

 残念なことに、どれほど思い返しても、ミス・マリアンヌの物々交換の様子は、フィフィにはあまり参考になりそうになかった。
 何故なら、フィフィはあんな風に誰かを惹き込むような綺麗な瞳は持ち合わせていなければ、ドキリとさせるような魅惑的な笑みも浮かべることができないからだ。
 次にやっぱり思い浮かぶのは、今、まさに交渉しているエプリアとの今日半日のやり取りで、何故かとても、賢くなるんだ、という言葉がフィフィの頭の中をくるくると巡った。

 賢くなるって、どうやって?

 結局、賢く振舞ったつもりがあまり上手くはいっていないようで、けれども、馬鹿とも言われたくないし、フィフィは何となく、エプリアの真似をしてみることにする。
 そういえばエプリアはずっと、穏やかで落ち着いていて、それで男の魔女として魔法を使っているときも、そうでないときも。ミス・マリアンヌの前でも、八色蜘蛛の前でも、どこでも。堂々としていたな、と。
 ならばフィフィも、さも交渉がごく当然の内容であるかのように、どしりと構えなければ。

 ……賢く振舞うって、何て難しいの!

 するとまた、何処から風がフワリとふいて、フィフィの顔を覆うレースのハンカチの端が、微かに揺れ動いた。そうして、すごく心強いことを思い出す。今はレースが顔の半分以上を隠してくれているから、きっと、大丈夫だということを。

 本当は心臓がバクバクなっているけれど、いつもならば失敗しそうになったら、すぐにやめてしまうところだけど。
 目元だけならばきっと表情の全てはバレないから、しっかりと相手を見つめるだけでいい!

 無意識に俯き気味になっていた顔を何気ない素振りのようにまずはあげてみせ、フィフィは再び、エプリアの青い瞳を覗き込んでみる。

「……えっ、と……」

 けれど、海のような深いその青はまだ、戸惑いの中を航海中であった。言葉になりきらない声を残し、開ききっていた口を、エプリアは完全に閉じてしまった。

 あれ、本当に何でだろう?

 やはり、エプリアから感じられるのは、交渉へのためらいではなく、戸惑い。答えたくないというよりは、答えられないという方が近そうなのである。

 ああ、何が魔法に引っかかるのだろう。

 効力が消えていても、やはり魔法が使われたことのあるマントであれば、フィフィの分からない魔力の痕跡的なことでアウトなのだろうか。
 フィフィがエプリアから借りたいこの二つの道具は、代用を探せなくはない。けれども今すぐにぴったりのものを探すには、時間があまりにも惜し過ぎるのだ。
 ただ逆に言うと、もし、新たに代用を探す必要が生じるのならば、決裂する交渉に時間を割きたくもない。

「それなら……」

 けれども、フィフィは言いかけて気づく。エプリアが一応、沈黙を貫いてくれているのだから、ディグダが何も言わなければ、押し通せる内容だから困っているのかもしれない、と。
 フィフィはもう一度、ゆっくりと瞬きをして、今度はチラリとディグダの方に視線を向ける。
 すると、ディグダもフィフィの方を見ていたようで、周りの木々の葉よりも深い緑の瞳とすぐに目があった。ディグダもエプリアと同じように黙ったままだけれど、その表情はいつもの呆れるものでも、フィフィを馬鹿にするものでも、怒るものでもなく。どちらかというと真剣で、まるでフィフィの真意を問うかのよう。
 そこでフィフィははっとして、マントの魔法のおこぼれ目当てではないことを説明すればいいのだと、ディグダに向かって口を開く。

「ディグ……」
「貸すよ!」
「え?」

 けれど、フィフィが説明を始めるよりも先に、エプリアがそれを遮る。反射的に、エプリアの声に合わせて視線をディグダからエプリアに戻すと、その青い瞳は戸惑いではなく、ほんのりと怒りが滲んでいるかのよう。

「大丈夫、貸すよ。マントにはもう効果なんてないし、フィフィのこと疑ったりなんて、してない。絶対に、最後まで手伝うから」
「う、うん……」

 今度はフィフィが戸惑いながら返事をすると、エプリアがほんのりと怒りを滲ませた声のままに、言う。

「便利なもの。一番効く風邪薬はすごく嬉しい。……だけど、ちょっと条件を加えさせてもらうよ」
「ど、どんな?」

 どうしよう、交渉が何か、上手くいきそうで上手くいかなさそう。

 堂々と振舞うには、目を開くだけでいいのに、つい、目をぎゅっと瞑ってしまう。フィフィの横でフリーが苦笑いしたような声がもれて、もう少し離れたところで「あーあ」と小さな声がいくつか重なって聞こえたような気がした。
 けれど、エプリアは構うことなく、思いがけない言葉を続ける。

「……甘いものの方。かぼちゃケーキは店で買うんじゃなくて、フィフィが作るやつがいい」
「うぐぇ!?」

 瞑っていた目は開けるどころか、むしろ見開いてしまっていた。
 反射的に、フィフィの口からは、お上品なんてすっ飛んだ、とんでもない声が飛び出してしまっていた。
 けれど、エプリアは真剣に何かを訴えかけるような目でフィフィの方をみていて、かぼちゃケーキなんて作ったことはないけれど、早く材料集めに向かいたいし、何となく、これはエプリアからすると絶対的な条件なんだろうなというのがひしひしと伝わってきて、フィフィは小さく唸りながらも、頷くことで、同意する。
 すると、エプリアは何かを訴えかけるような瞳のまま、けれども声を和らげて、穏やかな口調で、言う。

「砂糖はほとんど使わなくていいから。甘さ控えめでね」

 驚くフィフィに気づいているのに、有無を言わさぬように、エプリアは手に持っていたマントをそのままフィフィに握らせる。

「じゃあ、今からあの眼鏡を出すよ」

 やはり、例のあの空間にエプリアは眼鏡をしまっているようだ。
 ディグダがどんな反応を示すのかが気になって、二人でディグダの方を向く。フィフィは不安げに、エプリアはやっぱり、堂々と。

「別に眼鏡は二つあるし、マントも代えがあるから。貸すんじゃなくって、そのままあげる。物々交換だしね」

 けれど、エプリアは眼鏡を例の空間にしまっていたのではなく、ズボンのポケットに入れていたようで、先ほど使ったのと同じ黒い眼鏡をポケットから取り出し、フィフィが握っているマントの上に、そっと置いてくれる。
 ディグダは何も言わず、また足を組んでふよふよと浮かび始めた。

 マントも黒い眼鏡を借りるのも、魔法を使わない範囲ということで大丈夫だったみたい。

 ほっと息をつきながら、視線をディグダからマントと眼鏡へと移す。

 うん、これがあれば、問題なく採取に向かえそう。

「これで交渉成立かな? 魔女さん?」

 すると、わざわざエプリアがフィフィのことを魔女と呼んでくれたのだ。それがものすごく嬉しくて、フィフィは顔を綻ばせて、満面の笑みを浮かべる。

「うん! ありがとう! 先に薬の方を渡すね。持ってくる!」
「いや、今は急いだ方がいいから、薬もケーキの時で大丈夫」
「え、でも……」

 けれど、エプリアが優しい笑顔で言ってくれるのだ。

「俺はフィフィを信頼している」
「う、うん!」

 そして、今度はその笑顔を少し意地悪なものに変え、さらにエプリアは付け加える。

「それから、手作りの甘さ控えめのかぼちゃケーキ。すごく楽しみにしてるよ」
「……う、うん」

 ちょっとだけ、厄介な約束になってしまったけれど、エプリアはフィフィの料理を食べたことがないから。
 ……甘さ控えめという指定なだけで、味の保証と一度の調理で完成させろとは、言ってないから。だからこの交渉は、きっと大丈夫。
 うんうん、賢くね、賢く。自然とそうなってしまったけれど、あえて言わないっていうのも、大事なのね。まあ、きっと何とかなる!

 気を取り直し、フィフィはマントを羽織って、眼鏡を一旦、ポケットに入れて。再び納屋の方へと向かう。
 すると、そこで声をかけてくるのはディグダ。

「おい」
「うえっ!?」

 まさか、やっぱりマントと眼鏡を借りるのはダメだとか、言い出すのだろうか。
 ちょっとこのまま誤魔化したいかもと思い、フィフィは今すごく忙しいの、という雰囲気を醸し出しながら、納屋の扉を開く。

「俺は妖精だから、便利でも風邪薬は使わないからな」
「……今更、なに?……そんなの知ってるに決まってるじゃない」

 妖精もフィフィたちと同じように栗や果物、ケーキだって食べるし、薬草を使う時もある。
 けれど基本、魔法の使える彼らは人間の風邪薬なんて使うまでもなく、フィフィでは分からない自然や魔法の力で体調不良を回復させていく。彼らにとって、便利なのはフィフィの作る人間の薬よりは、ミス・マリアンヌが作るような魔女の薬のそれだろう。
 もちろん、他の子とは既に契約だって済ませているし、毎日一緒にみんなといるのだから、魔法は使えなくても知識として当然にフィフィだってこのことは知っている。
 何気なく視線をディグダの方に向けると、また片足を組んで、何かを抑え込むような、けれども不機嫌さがもれ出るような表情で、ふんっ、とわざとらしく鼻で笑うのである。

「お前……腹立つから材料集めきって俺と契約するときは、やっぱりケーキ三つな」
「ええええっ」

 別にお小遣いはちゃんと貯まっているから買うことに問題はないけど。……このままいくと、材料を集め終わる頃にはケーキが十個分くらいの約束になるんじゃないかしら。

 そんなフィフィの心の内を悟ったのか、ディグダはプイっと、納屋には入らずに旋回して、エプリアがいる庭の方へと戻りながら、言い残す。

「別に、ケーキの個数を増やせるだけ増やしてやろうなんて、思ってない。ケーキは一度にたくさん食うよりも、とびきりに旨いのをじっくり味わうに限るんだからな」
「ふうん、まあ、いいや。三つね! もうこれで約束だから!」

 けど、たくさんを求めてないなら、二個のままでもいいのに。甘党の言うことは分からないわ。

 そんなことを思いながら納屋へと入ると、扉が閉まる間際に、イラっとしたようなディグダの声が滑り込みで耳に入ってくる。

「俺は絶対に買ってきたケーキじゃないと嫌だからな。あと、三個目のケーキは砂糖をたっぷりと使った、とびきりに甘いかぼちゃケーキにしろよ!」

 ならやっぱり、いつものお店のケーキしかないな。

 そんなことを思いながら、バタリと扉が閉まるのを合図に、フィフィは納屋に置いている薬草集めの道具の入ったポシェットに手をかける。中に今日絶対に必要なものが入っているかを確認すると小さく頷いて、マントの上からしっかりとそれを自分の身体にかけた。

「これでばっちりね。忘れ物はない?」

 傍で心配げにディグダとのやり取りを聞いていたフリーがそう声をかけ、そこにサディの元気いっぱいの声が被さる。

「本当に、エプリアもディグダも、男の子って面倒ね。でも無事に交渉が成立してよかったね!」

 確かに、よくよく考えるととっても面倒。
 魔女の薬を作りたいのだから、魔女の材料を集めるのは当たり前だけど。特にフィフィの苦手なものの揃った薬をわざわざ試験の日に作れとディグダは言うし。
 正直にお料理はちょっとだけ苦手と打ち明けたのに、賢いエプリアならば買ってくる方が早くて美味しいのなんてすぐに分かるだろうに、わざわざフィフィにかぼちゃケーキを作れというのだから。

「物々交換って、奥が深いのね……」

 そう呟くと、フリーがニコリと微笑みながら、言う。

「こうやって大人になっていくのよ」

 そんなフリーの笑みは、フィフィやサディと同じ女の子だけれど、可愛いとうよりは綺麗で、ミス・マリアンヌが見せるような、魅惑的なものに近いものがあった。

「大人になる……」

 まだ魔女になることも必死のフィフィには、大人になるというのは、まだまだ先のように感じられた。
 魔女になって、賢くなって、それが大人になるということならば早く大人になりたい。けれど、何かが胸の奥で引っかかって、魔女にはなりたいけれど、まだ賢くならなくてもいいし、大人にもならなくてもいいかもしれない、ともフィフィは思ってしまったのだ。

「……そうね。でも、もう誕生日だし。魔女になるのなら、一人前に仕事ができるよう、ちゃんと大人にもならないとね」

 そんなフィフィの小さな、まだ決意とまではいかない呟きをすぐ傍で聞いていたのは、目の前にある、大事な大事な、魔女に欠かせないもうひとつの道具。

「これがなくっちゃ」
「うん!」
「ふふ、そうね」

 ぎゅっと、いつものフィフィの箒を握りしめる。
 フィフィは箒で空を飛んだことはないけれど、毎日これできちんと掃除をして。時折、振り回したりなんかして、ディグダと追いかけっこしたり、薬草の散らかった部屋を片付けたり。フィフィにとっての日常にも欠かせないもの。
 マントを羽織っているから魔女服は隠れてしまっているけれど、今はもう、ミス・マリアンヌと同じ黒紫色の魔女の帽子を被っている。

 誰がみてもきっと、今のフィフィは魔女。箒も持ってるしね。

「へへっ、ずっとこうしてみたかったの」

 なんだかとっても、様になっているような気がしてならなず、フィフィの頬は緩みっぱなしであった。
 そして、形だけでも魔女のアイテムを全て装備するというのは、まだ大人になりきれないフィフィの心に、高揚感を与えた。

 

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