かぼちゃを動かして!⑱―フィフィの取り扱い説明書―from エプリア
ふと気が付けば、フィフィはエプリアたちよりもかなり前の方を歩き進めていた。
昼間はあんなにも自分にべったりだったのに、今は妖精の友達がついてくれているからだろう、エプリアがいなくともあっさりとフィフィは森の中を進んでいく。
出会ったばかりのエプリアと比べれば、それは当たり前のことのはずなのに、普段は感じないようなちょっとした苛立ちが心の中に芽生えているのを、もう認めざるを得ない。
ふよふよと片足を組んで浮遊する妖精をひと睨みして、エプリアは小さくため息を漏らす。
「……お前のせいだ。突っかかってくるからフィフィたちと距離ができたじゃないか」
けれど、ツンとそっぽ向いて、ディグダは体勢を整え、言う。
「俺は飛べるから問題ない。すぐに追いつく。せいぜいお前は走るといい」
「なっ!」
本当にディグダは自分ひとりだけ飛んでいき、やられた、と思う。
「あいつ……」
きっとディグダは、こうなると分かっていて、エプリアを撒くためにわざとあんなに突っかかってきていたのだ。
正直、魔法を使わない範囲で手伝うと宣言はしたものの、勝手について来ている手前、さらにはフィフィが平気そうで余計に、走って追いかけるというのが、エプリアにはやりづらい状況だった。
微妙な距離。
わざわざ走るほどでもないけれど、一緒に森を進むのならばもう少し、近くを歩きたいのが、正直なところだ。
フィフィは本当に、森に一人で入る気だった。
サディとフリーが屋敷からずっと一緒だったから一人で入らなかっただけで、サディとフリーが駆けつけていなかったら、本当に一人で森に入ったに違いない。
それは魔女の掟を知っている、知っていない、の以前に、フィフィはきっとそういう子なのだろう。
エプリアにマントと眼鏡こそ貸してほしいと頼んできたものの、それは少し斜め上をいく物々交換の条件つき。手伝うとかなり念を押して伝えたつもりだったのに、とうとう一緒に来てとは言ってこなかった。
「うーん、信用してくれてはいそうなんだけど」
うぬぼれてもいいのなら、兄弟子なのもあるかもしれないが、フィフィにとって割と頼れる人物の位置にいると、エプリア自身は思っている。
人懐っこいようで、近いようで、どこか少し、距離がある。
何も考えていないようで、けれどちゃんと考えていて、やっぱり時々、何も考えていない。
エプリアは柄にもなくブツブツと独り言を呟きながら、少しでも距離がつまるよう、早歩きで進んでいく。
「おい! 止まれ。ゆっくり歩け!」
「ん? なんだお前、また意地悪言って追い出されたのか?」
突然に戻ってきたディグダに横目でそう言い、エプリアはさらに歩む速度をあげる。
「おい! 聞いてたのか! ゆっくり歩くか止まれって!」
「もうその手には乗らない」
「だぁああああ、そうじゃない。本当に止まれってば! 困るのは俺らなんだぞ!」
「だから……」
すると、風にのって聞こえてくるのは、フィフィの小さな呟き。
「でも、フィフィはダメなの。フリーは綺麗で、サディは可愛い。だけどフィフィは違う。フィフィが恋をすることはあっても、赤い瞳のフィフィに……恋をする人はきっといない」
風が吹く音、木々の揺れる音。森の中にはどれほど微かでも、虫や野鳥、多くの音が交じるのに、不思議とこの森にはフィフィの声しかないのかと思えるくらいに、その言葉はエプリアの耳に、頭に、胸の奥深くに響いた気がした。
目線の先にいる女の子は、黒いワンピースに黒い靴、黒紫の帽子をコトコトと揺らしながら、綺麗な長い白銀の髪をなびかせて、歩いている。
大事そうに箒を抱える姿が微笑ましくて、ちゃんと相手の目をみて話す子なのだろう、本人には自覚がなさそうだけれど、顔が右に左に動いて、忙しそうだ。後ろから見ていても、さっきはフリーと話していて、今はサディと話しているのが一目でわかる。
「なるほどな……」
エプリアは心の中にあった苛立ちが、寂しさに変わっていくのを感じた気がした。
「わかったような口きいてんな」
偉そうな口調はそのままに、横にいる妖精の男の子もまた、少し寂しげな顔をしていた。
「そうだな。わかるって、もっと先にあるものだろうしね。……信頼にも、色んな種類があるなんて、あまり考えたことがなかった」
「さあな。種類があるかなんて知らないけど。あいつにはあるんだ」
不自然に止まることもできず、歩みをやめぬまま、今回ばっかりはディグダが正しかったと、エプリアはあえて歩幅を小さくして、進み続ける。速度も可能な限り、落として。
「お前はずっと、男の子じゃなく、本当に妖精として一緒に過ごしてたんだな」
「別に。俺は妖精だからな」
「ふうん。俺は……男のままがいいから魔女の道は選ばなかった。だから、男だけど魔女の弟子っていう、変な肩書きのまま、今ここにいる」
「……別にこればっかりは、俺はお前は悪くないと思うけどね。本来魔法を使うのに性別は関係ない。偶然この世界で魔法が使える人間として生き残ったのが魔女なだけだからな。その流れで、魔法を使えるのが女だけっていう変なルールができたんだろうよ」
「へぇ、お前が俺に味方してくれることがあるなんて思わなかった」
ディグダはツンとした表情のまま、けれども意外にも冷静に言う。
「別に。……俺も魔女の掟ってやつは嫌いだし、いけ好かない奴だとしても、悪いことしてない奴を悪いなんて言ったりはしない」
「お前、堂々といけ好かない奴って言ったな」
ディグダは横目でこちらを見ながら、ぼそりと呟く。
「ズルすんなよ」
「……俺はズルはしない。堂々と行くつもりだ。フィフィにとって、男の魔女だからね」
彼女はきっと、敵か味方かという判別しか持ち合わせていない。
さらにいうと、味方の中で、同性かそれ以外か。……異性の判別をする気がないんだ。
ずっと、魔法が使える唯一の男であるから魔女になれなかったことが、エプリアの中で、男に生まれた運命ではなく、魔女の決まりに納得がいかなくて未練があった。
けれど、ようやくその心に、決着をつけることができると、エプリアは目の前の女の子の後ろ姿を見つめながら、本能的に感じていた。
それは、男であるからこそ、魔女になることよりも、大切なものを見つけたから。
「ふん。せいぜい、兄弟子になり過ぎないようにな」
「ご忠告どうも」
気が付けば、フィフィたちまであと数十歩くらい。
しっかりと会話の内容が聞こえてしまいそうな距離になってしまって、改めてディグダが小声で言ってくる。
「おい、追いつくだろうが! 止まれ!」
「だから、急に止まったら変だろう?」
俺たちはまだ、君の恋への考えを聞く訳にはいかないから。
森の中、守れる距離にはいるけど、もう少しだけ、後ろをゆっくり歩かせてもらうよ。
2025 GW 4.28 open