かぼちゃを動かして!⑳―フィフィの物語―
意を決し、目の前の洞窟へと足を踏み入れようと歩き出し、フィフィはピタリと足を止める。あと数十歩もすれば八色蜘蛛と遭遇する洞窟の中だというのに、フィフィの顔付近をさも当然のように、フリーとサディが一緒に飛んでくれているのだ。
ここから先は流石に危ないかも。これ以上先に、二人を巻き込んでしまっても、いいのだろうか。
「あ、あのね……」
フィフィが言うよりも前に、サディが首を振る。
「今は友達として、ここに一緒にいる」
「え?」
「だけど、これから先フィフィが魔女になっても、契約してるから、それはそれでこういう場所にも一緒に行くんだ」
「あ……」
どうしてこんな当たり前のことに気が付かなかったんだろう、とフィフィは瞬きをして、凛とした笑みを浮かべる雷の妖精をみつめる。
「……負けるみたいで悔しいけど、エプリアの言ってたことは正しいと思う。信頼が大事。私たちはフィフィが私たちを裏切ったりなんてしないってわかってるから、ついて行ける。フィフィも私とフリーの力、信じてほしい」
「サディ……」
横を向くと、フリーも同じように微笑みながら頷いてくれた。
「小さいからそうは見えないかもしれないけれど、大丈夫。もちろん、物理的に大きな生き物には敵わない時もあるけれど、生き物は自然なくしては生きていけない。だから、自然魔法を使うのに長ける私たち妖精は決して弱くはないわ」
「……うん」
ならば、フィフィは何ができるというのだろうか。
契約自体、フィフィの魔力を渡すという形で成立するけれど、自らで魔法が使えないのであれば、それは裏切らないという心を持っていたとしても、守ってもらうことはあっても、フィフィが誰かを守ることができない。
ゆっくりと斜め上の方を見上げると、そのやり取りをみていたエプリアとディグダと目があった。コウベニアの実を採るときまで一緒だったから、二人とも目は充血しているし、エプリアの頬は毒草でほんのりとかぶれている。きっと、目自体もかゆいに違いない。
視線を正面の洞窟へと戻し、フィフィは今から自分がしようと思っていることを、冷静に考える。
「フィフィ、今からきっと、危ないことをする。上手くいけば誰も傷つかないけど、失敗したらみんなを怪我させちゃう」
それでもついて行くのだと言わんばかりに、両隣にいる二人の妖精は黙ったままフィフィの傍を離れようとはしない。フィフィはぎゅっと箒を強く握りしめて、まずはサディの方へと向き直る。
「……だからね、サディにお願いする。洞窟の入り口のところでフリーと待っててほしい。もしピンチになったら、叫ぶから。全員が洞窟に入るほうが危ないし、怪我をしたら……ミス・マリアンヌを呼んできてもらいたい」
「フィフィ」
「……森の中を一人で移動するのは危険だから。信頼できる二人にお願いしたい。絶対に、夜がくる前には終わらせるから」
「……」
フリーの方を向くととても心配げにこちらを見ていて、フィフィは大丈夫だと伝えたくて、ニコリと微笑む。そのまま視線をサディへと戻すと、真剣な眼差しがフィフィのことを待っていた。
「でも、今度はちゃんとするから。一人で森の中には入ってはいけない。洞窟だって、八色蜘蛛がいるからとかじゃなくて、きっとそうなんだよね?」
フィフィはくるりと身体ごと、エプリアたちの方を向き、ちゃんと目を合わせたくて、彼らの顔の方を見上げる。
「あのね、八色蜘蛛の涙を採りたいの。……涙はひとりで採るんだけど、洞窟の中も一緒に、ついてきてもらってもいい?」
今更聞く方がズルいのは分かっているけれど、あえて聞くことで断られてしまっても困るのだけれど、それでもこうして言葉で確認しなければフリーとサディがきっと中までついてきてくれるのだ。やっぱりちゃんと、言葉にしてエプリアたちにお願いしないとダメなのだ。
縋るようにじっとエプリアを見つめると、危険なところへ行くというのに、とても嬉しそうに笑ってくれた。
「うん、任せて」
「何度もごめんね。それで……」
せめてお礼をしたい、そう思うのだけれど、物々交換に便利なものも甘いものの枠も使ってしまって、よいものが思い浮かばない。
そうしたら、きっと、こうやって困っているのも急いでいるのも察してくれたのだろう。エプリアは嬉しそうな笑みを一転、ゆるりと口角をあげた穏やかなものに変えて、言ってくれる。
「お礼はさ、ありがとうの言葉だけでいい時もあるんだ」
「え?」
エプリアは行こうと言わんばかりに、ポンと肩を一度ほど叩き、洞窟の方を指差す。
「大丈夫。危なくなっても、俺ならまずは魔法を使わずに物理的に守ることもできなくもないしね。……まあ、相手は八色蜘蛛だからね。食べはしないだろうけど、大きいし。自分の力を過信して調子に乗らないって俺も約束する」
「で、でも……」
エプリアが最初に洞窟へ入った時と同じようにニッと口角をあげ、ああ、男の魔女なんだな、というような獲物を狩るようなときの瞳を揺らしながら、言う。
「本当に、ありがとうでいいんだ。……頼られる方が嬉しいときもあるから」
それを聞いた途端、たくさんの複雑に入り混ざっていた感情や、思考が飛ばされていく。残ったのはきゅうっと胸をくすぐる、言葉では言い表すことのできない何かで、それはフィフィの頬に考える間もなく、熱を帯びさせた。
頭からエプリアの表情がこびりついて離れなくなり、何かを考える余裕というのがなくなってしまったのだろう。
自然と、フィフィの口から言葉が零れ出る。
「……ありがとう」
「うん。行こう?」
エプリアに促されるように、並んで洞窟へと一歩を踏み出す。
フィフィはゆっくりと、身体を洞窟へと向けたまま、もうひとつの気になる視線の方へと首を動かす。
「……ディグダもありがとう」
口調はそのままに、少しだけいつもより元気なく、意地悪なはずの植物の妖精は言ってのける。
「別に。俺は見張りだから」
それを聞いたら、変に緊張していた身体の強張りが抜けて、少しずついつも通りの思考が息を吹き返す。
「……ちゃんとするわ。……それに見張りだとしても、ありがと」
ディグダはまだツンとした顔のままだけれど、これは怒ってるというより、照れたときに見せる表情の方。だからきっと大丈夫だと判断し、フィフィは安心して視線をディグダから目の前の洞窟の方へと戻す。
「それで魔女さん。箒を使うって具体的に何をするつもりかな?」
フィフィは箒をズイっと前に突き出して、宣言する。
「こしょばす」
「ん?」
穏やかな表情のまま固まるエプリアに向かい、もう一度、フィフィは満面の笑みで繰り返すのだ。
「こしょばして、笑わすの」
「……箒で?」
「箒で!」
そうしたらエプリアが腹をおさえて、震えだすものだからフィフィはきょとんと、首を傾げる。
「ざ、斬新だね。あはは、ははっ。は、八色蜘蛛を……こしょばすんだ?」
チラリとディグダの方をみると、目を丸くしていて。慌てて振り返り、洞窟の前で待ってくれるはずの二人の方をみたら、サディもフリーも力の抜けた、けれどすごく柔らかな笑みでこちらを見ていた。
それをみてフィフィは改めて思うのだ。
みんな馬鹿にしてる訳ではないのだけれど、優しいんだけど……自分は笑われているんだな、と。
いつまでも遠慮なく声をあげて笑う横にいる賢い人を、少し拗ねたように、黒い眼鏡ごしにじとっとひと睨みする。
「ご、ごめっ。いや、魔法を使わずに危険なことするって言うから……ちょっとだけ心配してて、か、構えちゃったっていうか。ははっ、まあ、洞窟に入るんだから危ないのは変わりないんだけど。ははっ、そっか、こしょばすんだ?」
依然、エプリアの身体が小刻みに震えていて、ムッと思うのだけれど、よくみせる穏やかな、フィフィよりも少し大人びたものではなくて、完全に顔を崩して思い切り、とても楽しそうに笑っているから。
その様子をみていたら、怒る気持ちよりも、まぁいっか。という気分になってくるので、フィフィも小さく息をついて、言う。
「だってね、とっても賢い男の魔女さんが教えてくれたんだもの。八色蜘蛛は人間を食べないから怖くないって。だから、不必要に攻撃したらダメでしょう?」
ピタリとエプリアの震えは止まって、今度は驚いたようにフィフィをみつめている。
その青い瞳は、やっぱり海のように深くて、フィフィのことを時々ドキドキもさせるのに、洞窟の中に入る勇気を持てるくらいに、安心感も与えてくれる。
だから、フィフィは目を細めて、ニコリと微笑む。
「悲しいときの涙以外って、あくびの他には……笑いすぎるときかなって思って」
また一歩、フィフィは洞窟へと近づく。
黒い眼鏡をずっとかけていたのは、毒草の花粉よけだけではなくて、目を慣らすため。
「さっき、あくびの涙をもらうのに起こしちゃったでしょう? もう夕方だから、多分そのまま起きてると思うの。こしょばすのに不意をつきたいし……ランプの灯があると、誰か来たって構えちゃうと思うから、そのまま行くわ。ランプの灯がなくても、きっとあの黄金色の瞳は分かると思うから……」
そこまで言いかけて、フィフィは息を吸い、これはルール違反にならないよねと、振り返ってエプリアとディグダの方を見ながら、作戦なんだけど、あわよくば知識を分けてくれないかなと、質問系で言ってみる。
「目が、あるでしょ? 八色蜘蛛も……目の下らへんが鼻なのかな?」
エプリアとディグダが互いに顔を見合ったかと思うと、すぐにフィフィの方を向き、まるで相談したかのように、息ぴったりに声を重ねる。
「「俺たちも知らない」」
うーん、エプリアとディグダも知らないなら仕方ないか。フィフィだけが馬鹿じゃないってことにしとこっと。
「えっと、じゃあ、きっとそこに鼻があると思って、こしょばすでしょう? 上手くいったらくしゃみをしたり、笑って泣くでしょう?」
「う、うん……泣くかな?」
「でね、失敗したらビックリして、暴れるか怒るかするでしょう?」
「ま、まあ、そうかもな」
フィフィはちらりとクスクスと笑っているフリーとサディの方を見ながら、真剣に言う。
「なるべく洞窟の手前の方で、箒を伸ばしてこしょばすつもり。失敗したら走って逃げてくるから……叫び声が響いたらミス・マリアンヌに助けてってお願いしに行ってもらっていい?」
「うん、無理しないでね」
そして、もう一度、チラリとエプリアとディグダの方をみて、フィフィは申し訳なさを感じながら、付け加える。
「だけどね、八色蜘蛛が驚いて万が一洞窟を出たら困るでしょう? ディグダはなるべく洞窟の入り口側、フリーとサディの元へすぐに駆けつけられるところにいてね」
「まあ、あいつが洞窟の外にでることはないと思うから大丈夫だと思うけど、お前が心配ならそうするよ」
「エプリアもついてきてもらうけれど、入り口に近いところですぐに逃げれるようにしててね?」
「うーん、箒を動かす邪魔にならない位置にいるようにするけど、そうだな。フィフィのすぐ後ろくらいにいるよ」
ぎゅっと箒を握り、こればっかりは仕方がないと、ちゃんと宣言する。
「箒を使うのはね、まだ上手い方なの。飛ぶのじゃなくて、掃除の方。だから、頑張る。でもね……危ないと思ったら、すぐに二人は自分の身を守るのに魔法を使ってね」
「本当に、馬鹿だなぁ」
ディグダの声を聞きながら、フィフィは洞窟の中へと一歩、足を踏み入れる。背後にまだ日の光が入り込むくらいの位置で、黒い眼鏡を外し、小瓶を三つほど取ろうとして、それをやめる。
振り返ると小さな二つの影が心配げにこちらを見ていて、逃げやすいようになるべく身軽でいようと、決意する。
ポケットに入れるのは、他の小瓶よりひと回りほどサイズが大きなひとつだけ。ちゃんとすぐに動けるように、蓋は外した状態でね。
本当はこっちの瓶はコウモリの巣をとる用に持ってきたものだけど、フィフィには涙を小瓶三つ分も採る余裕はないかもしれないから。作戦変更で、欲張らずに大きめのでひとつだけ。
ゴクリと唾をのみ、不安定な足場の中で、靴の裏のゴツゴツとした岩の感触を一歩ずつ、丁寧に感じながら進んでいく。
もう足音は聞こえないけれど、背後にしっかりと気配が感じられ、エプリアとディグダが付いてきてくれていることが分かった。
すると突然、数歩分さきに、黄金色の何かがギョロリと動いて、八色蜘蛛が起きていることに幸運を感じると共に、やっぱりドキマギとした緊張と恐れが、噴き出してくる。
再びゴクリと唾をのみ、歯がガチガチなりそうだけれど、それを抑えながら、震える唇をなんとか動かして、フィフィは小声で言う。
「ディ、ディグダ……」
「おう、なんだ」
「ここら辺で……ディグダは入り口に近い位置にいてね」
「まあ、お前がそういうなら」
「そ、それで、もし危なくなって魔法を使うことになったら……」
「おう」
「フィフィのことはいいからすぐに逃げてね。でももし余裕があったら、エプリアのこと守ってね」
すぐに返事をくれていたディグダの小声がピタリと止まったかと思うと、全くもって普段通りの声が二つ、重なって響いてくる。
「「絶対に嫌だ」」
それに合わせて、黄金色の瞳がギョロリと動いたかと思うと、明らかにこちらの方へと近づいてくるのだ。
「ひ、ひえっ」
や、やるしかないわ。うっかり汗で箒を落とさないようにしないと!
八色蜘蛛は動きを止めることなく、フィフィのすぐ傍までやってくる。何故だか分からないけれど、昼間のときはこんな近くまでやってくることはなかったのに、明らかにフィフィの位置が分かっているかのごとく、距離を詰めてくるのだ。
「う、うえっ」
ど、どうしよう。一日に二回も洞窟に勝手に入ったから怒ってるのかな? お、怒ってるのかも。ちゃんとランプの灯もつけずに目立たないようにしてたのに!
灯がないからこそ、八色蜘蛛のシルエットや脚の毛なども見えない。そういう意味では怖くないはずだったのに、食べないと分かっていてもここまで距離を詰められると、やはりめちゃくちゃ怖いのだ。
音をなるべく出さない方がいいと思うのに、歯がまたガチガチと動き出して、恐怖で泣きそうな声が零れ出る。
この時点ですでに、フィフィの足もほんの少しではあるが、震え出していた。骨の音が響いたらどうしよう、と心配になるくらいには。
本音を言えばまたエプリアに手を繋いでほしいくらいに怖く、歯が勝手に小刻みに動くのを抑えるのに手を口で覆いたいくらいであった。
でもダメ。手はいつでも動かせるようにしとかないと。
絶対に箒を離してはならないし、空いた手でいつでもポケットから小瓶を出せるようにしておかなければならなかった。
に、逃げない。逃げない。逃げなくても、まだ大丈夫。
怖いけど、怖くない。怖くてもいいけど、怖がらなくていい……!
フィフィはぎゅっと目を瞑り、箒を両手で強く握りしめる。
こ、こしょばすだけ。
疑うまでもなく、八色蜘蛛の身体は大きい。さらには皮膚自体も硬いと、本で読んだことがあった。それらを思い返し、フィフィは自分に言い聞かす。
身体も大きいし、皮膚も硬いから。だからきっと、この箒は八色蜘蛛にはちょうどよいくらいだと思うの。うん、絶対にそう!
意を決し、力強く目を開く。それと同時にフィフィの視界いっぱいに広がるのは、黄金色。
「…………」
「……っつ」
八色蜘蛛はさらにフィフィとの距離を詰めていて、その灯をも必要としない黄金に輝く瞳との距離はわずか数センチ。
唾を飲むことさえはばかられ、フィフィは思わず息を止める。
けれど、背後で小さく息を飲む音が聞こえて、エプリアでも驚くような距離の近さであることにまた、フィフィも驚く。
八色蜘蛛とは一度しか会ったことがないから普段の様子というのがフィフィには分からない。ただ、昼間も涙を採るときはこれくらい近づいたけれど、八色蜘蛛からこんなに近づいてくることはなかった。
エプリアが驚くということは、普段はこんな様子ではないのかも。
目の前で黄金色の球体がギョロリと動き、フィフィの全身にゾワリと鳥肌をたてさせる。
何度か右に左、上に下にと動いたのち、その瞳はど真ん中、フィフィのいる位置でピタリと動きをとめる。
「………」
なんだろう、目が、あっている気がする。
あまりにも近すぎて焦点が合っているようには思えないのに、何故だかフィフィのことを八色蜘蛛はちゃんとわかって見ているような感覚が離れなかった。
再び八色蜘蛛が瞳を左右に動かしたかと思うと、もう一度、フィフィの真ん前でその動きを止めた。
「あ……」
慌ててぎゅっと大切な箒を抱き寄せて、フィフィは身を縮こまらせる。
目に箒が当たったら、怪我をさせちゃう。
羽織るマントに箒の穂があたり、シャリと小さく音を立てた。
その瞬間に八色蜘蛛はひどく興奮したように、カサカサカサカサと洞窟中を素早く動き回りだす。
「ひ、ひえ。ど、どうしよう」
作戦がバレちゃったのかな。
けれど、八色蜘蛛はフィフィの真ん前に戻ってきたかと思うと、身体を大きく起こしたのだろう、ぐぐぐと不思議な音を立てながら、黄金色の瞳をどんどんと高い位置へと昇らせていくのだ。
「…………」
そして身体を起こしきったのか、じっと、こちらを見降ろしながら、ピタリと動かなくなった。
い、今の内に退散するべきなのかな。
明らかにここにいるのがバレているのに、堂々と自分よりも云十倍も大きな生き物をこしょばすことができる人がこの世にいるのだろうか。……フィフィは、いないと思う。
「え、えっと……」
エプリアに一旦洞窟から出ると伝えたいのに、こちらを見降ろす八色蜘蛛と目があっていて、逸らすことが、できない。
けれど、やはり身体が勝手に動いてしまっていて、数センチずつ、じりじりとフィフィの足は後ろへと下がっていった。
トン、とエプリアの身体にフィフィの背中がぶつかり、反射的に八色蜘蛛から目を逸らし、エプリアの方を振り向こうとしたそのとき、八色蜘蛛がドンっと大きな音をたてる。
「きゃっ」
「フィフィ!」
まるで地震のように地面が大きく揺れ、フィフィの身体が飛び上がる。ゴロゴロといくつもの小石が揺れに合わせてフィフィの頭にあたり、手で頭を守ろうとするけれど、追いつかない。
背後からぎゅっとエプリアに抱き留められる感触があるものの、気が付けばそこら中に砂埃が舞っており、それらが煙となって洞窟中を覆いつくしていて、暗闇の中ではもう、誰の姿も分かりはしなかった。
「げほっ、げほっ。エ、エプリア大丈夫?」
「ああ、フィフィは?」
うん、大丈夫。
そう答えようとして、もう一度、ドンっと大きな音が響いたかと思うと、先ほどよりもかなり強い揺れが生じ、フィフィはとうとう、足を滑らせてしまう。
「わ、わ、わわわ」
「フィフィ……!」
ぐっとエプリアが腰元から引き上げようとしてくれるけれど、それに反し、揺れでエプリアもまた、フィフィとは反対側へと足を奪われていく。それでも伸ばしてくれたその手で、フィフィの羽織っていたマントを掴んでくれるも、プチっと小さな音が小石が落ちゆく音に混ざってフィフィの耳にだけ、届いた。
「あっ」
ぐらりと身体が大きく投げ出され、ずっと感じていたエプリアの気配というのが、消えていく。
勢いよく尻もちをつき、お尻に鈍い痛みが響き、今度は鋭い痛みが膝を襲う。なにせ、まだ揺れはおさまらず、身体がそのまま転がされて、膝が剥き出しのまま、八色蜘蛛の方へと滑り落ちてしまったから。
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