【宝石×小説】誕生石の物語―地球への贈り物―~4月ダイヤモンドの物語②~
「…………」
「…………」
きっと、ダイヤモンドは大切な、やっと創り上げた宝石が手から零れ落ちてしまったことに気づいているに違いないでしょう。
ですが、落としてしまった透明なる石を拾おうとはせず、ただ立ち尽くしているのでございます。
「……ほら、ダイヤモンド。大切な宝なのだから……」
それを代わりに翡翠が拾おうとしてしゃがみ込んだときでございます、その透明なる宝石は輝きをそのままに、いくつもの小さなカケラへと砕けてしまっていたことに気づくのです。
「ダイヤモンド、大変言いにくいのだが……」
「ああ、そうだな。私の贈り物はまだ完成していなかったようだ。……どうやら衝撃に弱いらしい」
不運だったのでしょうか、それともこれが運命であったのでしょうか。ダイヤモンドがうっかりと宝石を落としてしまった先は、柔らかな地面から数センチ程顔を覗かせた岩の上にございました。
そしてダイヤモンドは宝石を確認することなく、見事にその状態を言い当てるのです。
「なるほど。衝撃に弱いことは気づいていたんだね。だけど、これは落とした場所が悪かったからだろう。ちょうど岩の上に落ちてしまったからで、硬度も十分のはずだ。推称様が創られた水晶も丈夫ではあるが、割れることもある。ダイヤモンドの宝は完成してい……」
「否、これを提出しようと一瞬でも迷ってしまったのは、私の心の弱さの表れだ。もっと衝撃にも強い新しい石を考えるとする」
ダイヤモンドは翡翠の言葉のみなまで聞かず、きっぱりと言い切ると、とうとうその宝を拾うどころか、視線を送ることもなく、元来た道を歩き出すのです。
「…………」
けれども、翡翠は大切な宝の忘れ物を見過ごすことは致しませんでした。手早く割れてしまった石のカケラの全てを拾い集め、黙々と進んでいくダイヤモンドを追いかけるのでございます。
「ダイヤモンド、何事も完璧でなければいけない訳ではない。創り方は覚えているのだろう? 残念ながらここにあるものは割れてしまったが、新しい石を考えずとも、これを作り直したものを提出したらいいではないか」
「否、ダメだ。無色の宝石で、衝撃にも弱いなど、宝ではない」
「……だが、一定の方向に割れている。確かに衝撃に弱いのかもしれないが、これはある種の性質だ。水晶とは違う光の屈折と輝きもある。私はこの可能性を捨てる方が弱さの表れだと思う。それこそ、ダイヤモンドらしくない」
すると、ようやくにダイヤモンドはその歩く速度を緩め、翡翠と並んで歩き出すのでございます。表情こそいつも通りにも見えますが、どこか視線は俯き気味とも言えるかもしれません。そして、珍しくもその声には迷いが滲んでいるのであります。
「完成とは……一体何を持って判断するのだろうな」
「それは、私にも分からない。それこそ、推称様であってもそうであろう。この世に存在するものの全て、本当にそれが完成形であるのかどうかなど、本当は確認のしようがないのだ。最初にそれを創った者がこれで完成だと言えば、それが完成形態となるのだから。私たちがよく口にする天桃という実も、熟れた状態で食すと大変に旨い。私たちは天桃の熟れた実をその完成形だと信じて疑わぬが、その天桃という実を最初に創った推称様からしてみれば天桃の出来栄えばそこそこで、もっと違う進化を遂げた状態が本当の完成形であったのかもしれない。もしくは、天桃など意図的に創ろうとしたものではなく、天界という世界の食物の発展の一環で勝手に出来上がったもので、推称様とて本当は完成形が何であったのかをご存じないかもしれない。もしくは、天桃の実を食べるのはただの通過点で、違う使い方をするのが本当の正しい天桃の在り方であり、それを創られた推称様はその完成形をご存知であるが、ただ私たちが天桃の実の完成というのを知らないだけかもしれない」
「……そうか。そうだな。創るとは完成を決めるということか」
ダイヤモンドのその小さな呟きに、翡翠は大きく相槌を打ちました。二人は話しながらもペースをあげて歩いておりましたので、天界へと戻るに十分な標高地点まではあと少しに差し掛かっておりました。太陽から降り注ぐ光が、ダイヤモンドの白銀の髪を、まるで彼が創った石のごとく、輝かせると共に光を屈折させるのでございます。そして、翡翠の掌にある先ほど拾い上げた石のカケラたちは、透明であるというのに、何色の色味を持ち合わせているのかというくらいに、光とその屈折が重なりあって、その一部を虹色に輝かせて見せるのでございます。
「最初に創る者とて最初であるからこそ、その完成を知りはしないが、完成を決めるから創るということ。自分でその完成を決めても良いのだから、宝を創る任というのは本当にとても簡単で、際限なく難しい任であるのだ」
翡翠はその掌の中にあるカケラをダイヤモンドの方へと差し出しました。その透明なる宝の元は、まるでカケラであるとは思えないくらいに、太陽の光を一心に浴びて、強い輝きを放っておりました。その輝きは同じ透明といっても、推称様の水晶とは違う、キラキラとした思わず見惚れてしまうような特別な何かを秘めているのです。
「この石はまるでダイヤモンドのようではないか。……ダイヤモンドはあまり目立つのは好きではないし、口数も表情も決して多くはない。だが、一度決めたことは硬く貫き、その内にたくさんの想いを秘めている。この輝きをガーネットにも見せたくて、創ったのだろう?」
「はぁ。翡翠は本当に何でもお見通しだな。私はどちらかというと、力もバランス型で目立つのが好きではないのもあるが、突出して目立つものがある訳でもないのだ。感情を出すのも得意な方ではない。だからこそ、透明であっても想いが伝わるような、何か特別な性質の宝を創りたかったのだ」
ダイヤモンドはようやく、その割れてしまった宝に目を向けると、それを翡翠から受け取るのであります。すると今度は、いつも穏やかなる笑みを浮かべる翡翠が、大層嬉しそうに珍しくも満面の笑みを浮かべるのであります。
「私はそのままでいいと思うのだ。突出して目立つものがなくバランス型というが、逆を言えば何でもできるということ。むしろ、ひとつくらい弱い部分がある方がその目立たぬ素晴らしさを引き立てるだろう。何でも黙々とこなすダイヤモンドにひとつ弱いものがあるとすれば、それはガーネットだ。そのことをガーネット以外の皆が知っている。……一途さが際立つではないか」
「なんだそれは。からかっているのか?」
すると、表情が分かりにくいはずのダイヤモンドが、明確に嫌そうな顔をするではありませんか。それをみた翡翠は、大層愉快そうに声をあげて、けれどもどこか柔く、笑うのであります。
「やはり、ガーネットが弱点だな。目立って表情が出ている。本人に伝えればいいものの」
「………。私は帰る」
「いや、本当に冗談ではない」
すぐにでも飛び発ってしまいそうなダイヤモンドでありましたが、翡翠の声が急に切り替わったからでありましょう。動きを止めて、その視線だけを、確認のため翡翠の方へと向けるのでございます。
すると、翡翠はいつになく真面目な顔をしておりました。どこかその瞳には憂いのようなものもあり、ダイヤモンドは完全に、一度飛び発つのをやめるのであります。
「私はアメシストやダイヤモンドのように、真面目でなければ、良い性格をしている訳ではないからね。……ダイヤモンドでは思いつかないような考え方を持っている。人間というのは、身体の造りが弱く、寿命もとても短い」
「…………っ」
「ほらね、私は嫌な奴だろう? 覚悟があるのならば、待てば必ず機はある。……まあ、そもそもダイヤモンドは優しいから、別れを知った後の傷ついたガーネットをひとりにはしないだろうけどね。ダイヤモンド……宝も関係性も、創るものなんだ。そして、その完成形を決めるのは私たちだ」
ダイヤモンドはその事実を重く、深く受け止めたのでありましょう。身体ごと翡翠へと向き直ると、まるで今まさに彼が創ろうとしている石のごとく、硬い意志の宿った瞳で翡翠の問うような目に視線返すのでございます。
「機は待たない」
それは翡翠が待っていた答えなのでありましょう。翡翠は柔く緩やかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと確認するように頷くのでございます。
「ガーネットは足さえ治れば、必ず戻ってくる。ここが居心地がいいのも事実なのだろう。だが、ガーネットは任を放棄するような者ではない。例え地球で過ごすことを選ぶのだとしても、必ず推称様やアクアマリン、皆に一言告げに来るはずだ。私は機を待つのではなく……ガーネットの足の怪我が治ることを待つ」
「ダイヤモンドなら、そう言うと思ってたよ。機は……待たずに動かないと、仮にその機がきたとしても、ガーネットの性格を考えると想いが届かなくなってしまうだろうからね。それで……石の方はどうするんだい?」
ダイヤモンドは返事の代わりに、返された掌にある石のカケラを、太陽の光から隠すように握りしめました。それはダイヤモンドがこれから創ろうとしていることへの、決意表明でもあると言えるでしょう。
「完成形を決めて、作り直す」
「石の方なら少しは手伝える。先ほど触らせてもらったが、これは衝撃には弱い性質があるがかなり硬いのは違いない。傷がつきにくい。むしろ石に傷をつけることの方が難しいくらいだ。ひとつのことを追及するのもまた、ダイヤモンドらしくていいかもしれないよ」
「ああ。弱い部分を、他で補おうと思う。衝撃に弱い分、硬度をあげる。もしもっと硬度をあげて、細かいカットを施せば、この石はもっと輝きを増すと思うのだ」
今度こそ天界へと飛び発つ準備を始めるダイヤモンドに、翡翠は独り言のように、けれども託すように優しい口調で、激を飛ばすのであります。
「石の方は必ず出来上がる。もう一つの方も創り直せることを願っているよ」
to be continued……

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