ループ・ラバーズ・ルール_レポート22「誤解」
―部活初日、リファ合流前、河川敷―
「お、あれユーキちゃんの車じゃね? 思ったより早かったなぁ」
「だな。まだ摩季とデコポンコンビ着いてねぇからな。待ってる間何する?」
「だなぁ」
みんなでリファたちを歓迎しようと、こっそりと大慈と祥はわざわざ授業をサボって、とある準備をしていた。
けれど、ユーキの車が到着してすぐ、階段下へと下りてくるのは周りを警戒するユーキひとりだけであった。
不思議に思いながらも黙って成り行きを見守っていると、ユーキは驚くべき言葉を口にするのだ。
「リファちゃん……すごい怪我してるんです。今、車で眠ってます。だからこの間の時間まで、休ませてあげたくて。……あと、何を聞いても、こけたとしか言わないから、だから……」
ユーキは眉を寄せ、ぐっと唇を噛んで、ひどく悔しそうに言葉を詰まらせた。その声色にはもどかしさのようなものも感じられ、きっと彼女は早く部活を、音を拾いたくて仕方がないのだろうと二人は思った。
その一方で、わざわざリファをぎりぎりまで休ませたいという言動はある意味矛盾している。察するに、リファの心のことを思えば早く部活に慣れてほしいし、リファの身体のことを思えば、一分でも長く休ませたい状況であるのだろう。
(…………)
大慈はリファが乗っているであろうユーキの自家用車へと黙って視線をやる。すると、やはり祥も珍しくも真剣な表情で車の方を見ていた。大慈は黙りこくるユーキに、努めて冷静に、けれどもなるべく丁寧に言葉を選んで応える。
「分かった。話してくれるまでは、こっちからは無理に聞き出さない。だけど……」
「ユーキちゃんたち……部活で音拾いっての、するんだろ?」
ユーキが顔をあげ、滲んだ涙を必死にこらえながら、頷いた。
「俺らからは聞き出さないけど、でも、俺らも絶対に音は拾うから」
「うんうん。あいつらにも言っとくよ。てか、まだみんな揃ってないしね~。安心して例の時間までユーキちゃんはリファちゃんの傍にいてあげて」
「はい、お願いします」
階段を駆け上がっていくユーキの姿を、大慈も祥も無言で見守っていた。
考えていることは同じなのだろう、扉の向こうで眠っているリファの姿が見えないか、二人ともがじっと注意深く観察していた。けれどもこの位置からでは到底、車の中の様子など見えるはずもなく、大慈はせめて、車の付近に先日と同じような人影が現れるのを見逃さないでおこうと、景観を意識的に確認するようにした。
祥は無言で即席で作った段ボールの椅子に埃がないか、手で払い除けて確認を。大慈はそれに姉から貰って来た綺麗なハンカチを敷いていく。
「怪我って……どうしたんだろ。……俺らも……助けてあげられること、ねぇかな……」
「わかんないけど。でも、まずは助けを求められるところまで行かねぇと、ダメなんだろうな」
大慈は昨日のことを思い返しながら息を漏らした。
それは大慈独特の、笑ったときに漏れる微かなそれではなく、明らかに溜息であった。
それが大袈裟なものではなく小さなものとなったのは、その溜息の矛先が大慈自身へのものであり、情けなさから派生するものであったからだ。
∞∞∞
―部活開始前日、ファルネ川河川敷―
思い切り振りかざしたバチは、ぶつかる位置を予定よりも数センチほど横にズレ、本来響かせたかった曲の節目の音、を曖昧にさせた。
(だああっ。ミスった)
いつもならば喜んで挑むはずのゴールデンタイムだというのに、大慈は調子が出せないまま、けれども音を出し続けた。まるで、自分の中の感情を音と共に弾かせようとするかのごとく。
「…………」
大慈はリファがここに来ること自体が当たり前ではないと、頭では分かっているのに、リファが本当にこの高架下に現れなかったことに、物足りなさを感じていたのだ。
祥も似たようなものを感じていたのかもしれない、ベースの音が少し乱れがちで、デコポンコンビと摩季はある意味普段通りであったが、大慈や祥が音を外しても何も言わないことが、やはり普段通りではなかった。
(ほんとに来なかったな。そりゃ、モゴロンのために来ただけだったもんな。初対面の俺らに頼ったりなんかしねぇよな。何、調子こいたこと思ってたんだか)
「…………」
大慈は確かに、リファを助けてやりたいと、何も事情を知らないながらに思っていた。それはきっと、相方である祥も同じ気持ちであったはずだ。
けれども、リファは嬉しそうに演奏を聴き、その後もあれほどにゴーカリマンの話で盛り上がったというのに、何の未練もなく、あっさりと、帰宅してしまったのだ。
駅まで送るとも、連絡先を渡すとも、言う隙さえ与えずに。
背後にいるやたらとこの辺りを何周もランニングする男が通過したのを見計らい、突然に帰ると言い出すと、駆けていってしまったのである。
「く、車で送るよ!」というユーキの呼びかけにも明確に首を振って。もうどれほどに急いでもゴーカリマンのアニメには間に合わない時間であったというのに、ひどく急いだ様子で。
別れ際、「毎日ここでやってるから! リファちゃん明日もおいでよ!」と祥が、「なんか困ってることあったらいつでも言ってくれたらいいから」と大慈が咄嗟に言うも、リファはそれらにもきっぱりと、躊躇いなく首を振り、行ってしまったのだ。
(あー……、なんて誘えばよかったんだろ。いや、何をこんなに気にしてんだ……。元々、あんな美人、それもジョウセイ高校の子なんて関わる機会……)
そう考えかけて、それはいつもの大慈らしい考え方であるはずなのに、ひどく一瞬でもそう思ってしまった自分自身に、抑えようのない怒りを感じ始める。
(……違う、そんなことは関係なくって。なんだ、この感覚……)
「……っつ……」
すると、最後の一音のタイミングも大きく外し、大慈が放った曲の終わりを高々と告げるはずの音は、ゴールデンタイムから大幅に食み出て強くこのオズネルの世界に放たれたのだ。
「あー……くっそー、わりぃ」
「いや、いいって。俺もミスったし。これくらいならまだバレねぇだろ」
「…………マジでわりぃ」
けれども、どれほどにミスをしようが、本当はもっと良い演奏ができる実力を持っているんだと説明しようが、時間というのは待ってはくれないのだ。
ゴールデンタイムはやり直す機会を与えてはくれず、あっさりと終わってしまったのである。
普段ならば適当な位置に腰かけて、摩季はマイクをきって、祥やデコポンも軽く弦を弾く程度に、大慈も自分の腿を使ってリズムをとって、練習を続ける。
けれど、その日は誰も、練習を続けようとはしなかった。
「あー……今日はガレージ、直行する?」
「ん~、だなぁ。ほんとわりぃ。俺も全然、今日は調子でなくって」
大慈と祥がそそくさと階段を上ろうとしたところで、摩季が言うのだ。
「どうだろ? もうちょっとここにいたら、もう一度チャンスを与えてくれるかもよ?」
「いやいやいや、ゴールデンタイム終わっちゃったし。もしチャンス待つなら明日以降に……」
摩季がそんなことを言うのは意外で、祥がそれに反応し、大慈が振り返ろうとしたその時、上の方で車のドアが閉まる音が、ファルネの通過音と通過音の間に、とてもタイミングよく、割って入ったのだ。
「本当に、毎日演奏してるんですね」
そこにいたのは、昨日リファと一緒にいたユーキという女の子だった。
思わずその背後を確認してしまったが、ユーキはそれさえもお見通しのようだった。
「リファちゃんなら今日はいませんよ。……今日は寄り道ができない日だから。あと、困ってることなんて、リファちゃんにはないんです。……困ってるっていう……認識がないから」
「……。週三日って、言ってたっけ」
大慈はふと、リファがガチャキューブを引ける日と引けない日があると話していたことを思い出したのだ。
ユーキは大慈の独り言ともいえる呟きを、どこか選別するような視線で黙って聞き流した。
(首を振ったのは……ここに……もう来るつもりはないの意味じゃなくて……明日はこれない。困ってることがないんじゃなくって……困ってる状況であることを……分かってないのか)
大慈はガツンと頭を殴られたような心地になり、いつもの冷静さを取り戻していく。
昨日、リファは泣きながらに、ユーキに対し、見張りを撒くだの、自由の時間を求めるようなことを露土していた。
それは大慈と祥が偶然に耳にしてしまっただけで、明確にリファから打ち明けられたわけではない。
それゆえに大慈は、リファは困っていると断定した上で、困っていることがないかを尋ねたのだ。
そして、それを断られたが為に、自分たちは拒まれたと、素性の分からない者に打ち明けられるようなことはないと、勝手にそういった意味に受け取ってしまったのである。
(困ってるのが分からないって……自分にとって嫌な状況というのが……当たり前になり過ぎてるのか……?)
「ね? まだガレージに行くには早すぎるでしょ? ……私後悔してたんだ。一瞬の躊躇いが、流れに乗る機会を損なわせたのかもって」
(……っつ)
摩季のその言葉に、大慈はひどく打ちのめされる。
その場で固まり立ち止まる大慈と祥をあっけなく追い越して、摩季が階段を上っていく。摩季の方が幾分か背が高く、ユーキよりも一段ほど下の方が、二人の視線は対等になるようだった。
「……お嬢ちゃんの用件、聞かせてくれる?」
ただ、摩季はユーキの信頼に足るなにかを得られたらしい。彼女は祥や大慈ではなく、摩季に向かって頭を下げたのだ。
「私、金森ユーキって言います。……単刀直入に言います。この場所、私とリファちゃんにも使わせてください」
to be continued……
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ループ・ラバーズ・ルール更新日
第2・第4土曜日