竜の宝石-Kaine no namida-後編③
―ムー王宮前噴水広場―
「テレシオ様! 僕もここまで弾けるようになった!」
「お、すごいじゃん!!」
テレシオがムーへと戻り子どもたちと音楽を楽しむひと時を、カイネは眠っていない期間であれば、必ずに時間をみつけては、視察としてやってくる。
カイネもこのトキばかりは、姫ではなく、カイネの笑顔に戻ることが多く、子どもたちもまた、姫が見に来てくれることが嬉しくて、それぞれの楽器や歌の練習を頑張るのだ。
「あ、カイネ様だ!」
ほら、やっぱり。今日は絶対にくると思ってたんだ。
精霊郷の子らの絵が、いつも以上に多かったからね。
きっと、王宮の中でひとり感情を押し殺すよりも、子どもたちと笑いあうことをカイネは選ぶと思ったんだ。
テレシオはカイネがやってきたタイミングに合わせてハープを奏で始める。ちょうど、夕暮れ時。日も沈み始め、橙色の太陽の光が、特に噴水広場に集中して降り注いでいるようだった。
城から抜けだすトキ、カイネは公の場に出るときの装いではなく、アヴァロンの街を走り回っていた時と同じように、ひとりの少女として現れる。星も国も建物の造りも、この噴水の形式も全くもって違うというのに、ここは本当にアヴァロンの街の噴水広場とよく似ているのだ。
「…………っ!」
冒頭部分のメロディを聴き、カイネが小さく息を飲む音が響いた。珍しく隠しきれなかったのだろう、その目は見開き驚きに満ちている。
なぁ、カイネ。ここがアヴァロンの噴水広場に似ているのは、やっぱりここにカイネがやって来るからだと思うよ。
どうにも、楽師はこういった場所で演奏をしたくなるのである。そして、音楽を愛する彼女はそういう場所へと自然と足が赴くのだろう。すると、彼女は素直に音楽を喜び、楽しみ、その様に惹きつけられてさらに他の人を呼び寄せてくれるのだ。そうなると自然と音楽の輪が広がり、噴水広場が賑やかになる。するとここが、皆が好きな場所へと変わっていくのだ。
「テレシオ様これ、新曲じゃん!」
「え、聴きたい! ちょっと、皆静かに! 新曲だってよぉ!」
カイネ、今日の芸術の報告はまだあるんだ。
一番の目玉だよ。
……この曲の歌詞はまだ考え中だから、ハープの演奏だけだけどね。
驚くカイネに一瞬だけ視線を向けて、テレシオは曲調の変わり目に、より一層強くハープの弦を弾く。
この曲から紡ぎ出される音楽は繊細で、どこか刹那的な寂しさを彷彿させるのだ。
「…………っつ」
けれども曲調が変わると、その音も彷彿させる感情も、寂しさをそのままに、とても情熱的な響きへと変わっていくのである。
テレシオは一音一音を丁寧に弾きながらも、その指の動きはかなり活発的だった。
……っつ、難しいんだよなぁ、コレ。
まあでも、ハープの音は優しいからきっと、この曲はピアノの次に、ハープが演奏に向いてると思う。そういうことに、しておいて。すごく練習したからさ。
『ハープ用に楽譜を作ったんだ。……演奏の練習用にでも、してくれないか?』
君の王子様からの、預かり物だよ。
ネロはあの部屋から出ることができない。けれど、時折時空間が安定しているトキを見計らって、信頼できる者があの部屋へと訪れることで、ネロがひとりきりになるのを王と友人らが懸命に防いでいる。
テレシオはその中で、テレシオ自身が音楽を預かることで、証拠の残らぬ恋文の役目を果たすことにしたのだ。
正式にムーの宮廷楽師にも任命してもらえたから、私なりに色々勉強して、本当は気づいてるし、知ってるんだ。
王族は芸術に触れる機会が多いから、カイネは本当は歌もうまいんだ。アヴァロンの王子はピアノが弾けて、本当はダンスもできるんだ。
けれども、その真実を誰かに言ってはいけない。
二人とも素直じゃないし、今はまだ素直になれない。それは二人がではなく、周りがそうさせるのだが。
ただ、これまでの二人はずっと、こうして特別を守っていたのだろう。ネロはダンスは苦手だと言って、カイネとしか踊らず、カイネは楽器は弾けないと主張して、ネロのピアノでしか歌わないのだ。
ずるいよなぁ、アヴァロンの王子は普段仏頂面で踊れないと言えば皆が納得するし、カイネは嘘をつくのが下手だから、楽器は弾けないと主張して音楽から話題を逸らして、めちゃくちゃに上手い踊りを披露するんだ。
でも、こんなコードの曲を歌おうと思ったら、絶対に上手くないと歌えない。どれほど音域が変わると思ってるんだ。
それで、あれほどまでに踊れるカイネのパートナーを務めようと思ったら、ダンスも苦手な筈はないんだ。どれほど二人のダンスは息ピッタリで皆を惹きつけたと思ってるんだ。
ああ、みんな、もう好きに踊らせてやれよ。
なあ、みんな、もう好きに歌わせてやれよ。
「すっげぇ! テレシオ様、やっぱり本当にプロなんだなぁ」
「……だから、いつもプロだって言ってるだろぉ?」
「いっつも冗談しか言わねぇじゃん! すっげぇ!」
噴水広場に人と拍手が溢れる中、いつもならばひと際大きな拍手をくれるカイネがぽつりと固まっていた。その頬には涙が伝っているのだ。
その透明な雫に、太陽の橙色の日が重なり、まるで太陽の結晶をその瞳から生み出しているようだった。
けれどもそれが頬から滴り落ちる頃には、カイネ自身の影に紛れて、透明なそれへと戻っているのである。
その透明な雫こそが、涙とはこんなにも透明なのかと思ってしまうくらいに透き通っており、とてもとても、美しい。
誰も見てはいけないと、思ってしまうくらいに。
彼女は姫である前に、ひとりの女の子なんだ。
ずっと綺麗ではあるけれど、彼女はとても強くて、脆いんだ。
だから誰かが守らないと本当の美しさを出せないんだ。
ちょうど、太陽が隠れ始めたのか、僅かに空が暗くなり始める。建物の影も大きくなり、夜のそれと同化するのは時間の問題だろう。
もうすぐ、日が沈むな。
テレシオが空を見上げた一瞬で、カイネは周りに紛れて零したその一滴を、まるでなかったかのように拭ったに違いない。再び視線を戻す頃にはいつも通りの、どちらかというと姫のそれで、朗らかな笑みを浮かべていたのだ。
「さ、今日はもうお開き! 私はデートの時間。じゃあみんな、また明日なぁ!」
「えー、ズルいんだ。……でも、もう日が沈むしなぁ。カイネ様、明日も来てね!」
「ほんとね。ふふっ、今日はちょっと来るのが遅かったみたい。明日、みんなの演奏も聞かせてね」
「うん! 私たちもカイネ様のために歌うんだ」
それぞれの親に連れられて、子どもらがひとり、ふたりと噴水広場から去っていく。一生懸命に手を振る子どもたちに、終始、笑顔でカイネは手を振り返した。
きっと、その笑顔自体に、感情自体に、嘘はない。
皆が去り、ついに日が完全に沈んで夜が訪れる頃、テレシオはカイネの肩に手を添える。これがテレシオなりの、もういいよの、合図。
カイネは真っすぐにテレシオに抱き着くと、そのまま、声を押し殺して泣き始めるのである。
辛いよなぁ、感情なんてひとつじゃないんだから。
笑顔と怒りしかないわけないんだ。
カイネは笑顔の奥底に、悲しみや涙を隠しているのだ。
眠っているか、周りを気遣って笑っているか、姫として牽制のために怒りをみせるか。
なあ、誰だって泣きたいときくらい、あるだろ?
ああ、悲しみも抑えさせたら、ダメなんだよ。
けれどテレシオから離れ、顔をあげたカイネは涙を零したままに、言うのである。繊細で、とても柔くて壊れそうなその口から、それでも愛に満ちた優しい言葉を、その心のように真っすぐ、そのままに。
「泣いてしまってごめんなさい。……あまりにも素敵な、曲で……」
「はい。とてもハープでは演奏が難しい曲です」
「涙が……止まらないの。ああ、せめてこの涙が宝石にでも変わって、誰かの役に立てばいいのに。今の私は、眠るばかりで何もできない」
そっとその頬を伝う雫を、月の王子の代わりに、テレシオは努めて優しく拭っていく。
「いいえ。その涙は誰も手にすることができない、とても美しい、宙一番の宝石だと思います」
♪♪♪
テレシオが届ける芸術は、表向き、絵や音楽であるけれど、これらは絵であって、音楽であって、それ以上の芸術なのだ。
―二度目の波到来後、ムー国敵襲中、時計盤前―
王宮の外、というよりはムー国上空からだろう。先ほどとは桁外れの砲撃の音が響いたのだ。
テレシオはその音で我に返り、メダルを握ったまま、反射的に砲撃音がした方向へと首を動かす。けれど、ちょうど廊下の窓がある位置に、ムー王がのした巨漢のピラミッドがあり、外を確認することはできなかった。ただ隙間から、サンムーンへと向かっていた宙船が好戦しているであろう様が、テレシオの視界を掠めた。
「問題ないだろう。偶然にも、あの船にはムーでも指折りの操縦者たちが乗っている。……カイネの希望に沿って、直前までサンムーンの避難誘導を手伝っていた船だ。そうでなければ、襲撃のタイミングで上空を飛んでなどおらぬ。あの船の到着が早くても遅くても、迎撃には後れをとっていただろう。このタイミングで戻ってきたからこその、運命だ」
「っつ!」
だからあんなにすぐに迎撃できたのか! それにカイネは……。
カイネがどうして海に巻き込まれたのかを想像するには易く、なぜムー国が襲撃を受けねばならないのかの理解は難しかった。
テレシオはメダルから手を離せないまま、けれどもここにおられる方の時間を一秒でも長く奪ってはいけないと、畏れ多くも顔をあげる。
「ミューク国へは帰りません。……どうか、時計盤の使用許可を頂きたくございます」
「ふんっ、メダルを持っているお前は、好きに使えるだろうが」
「御冗談を。カイネの魔力を使う訳にはいきません。元より私は図々しい楽師です。開き直っております。どうかムー王様の魔力で送ってください」
「……気に入った。ならば王命を授けよう。あの王子へ伝言をお前に預ける」
背後で再び壁が破壊され、石が割れるひどく不快な音が響き、気が付けばじいやは姿を消していた。
じいやが敵をのして巻き起こした風に違いない、男の呻き声と瓦礫を交えた灰色がかった埃が、部屋の中にまで流されて、テレシオとムー王の間を遮っていた。視界が悪い中でもくっきりと見えるのは、王の黄金色の瞳だけ。
「テレシオ=ラ=ルーレ、その命謹んでお受けいたします」
「よし、ならば言うぞ」
え!? 口頭!?
覚えられるのかと肝を冷やしたその時、王の声が、短く響くのだ。
「死んだら赦さぬ。二人で生きろ」
たちまち、その場は王の瞳と同じくして、時計盤の広間全体を黄金色に染め、次元の魔法陣が発動したのが感じられた。テレシオは眩い光に包まれ出し、王の言葉に返事をしようとするも、あまりもの圧で口が開けなかった。
けれど、王はそれさえも分かっているのだろう、今度は伝言ではなく、テレシオに向けて、言ったのだ。光に覆われて何も形を捉えられなくなっても尚、王の言葉だけはよく耳に、テレシオの心に、響いた。
「伝えたのち、戻ってこなくていい。お前はお前の役目を全うしろ。歌え。……いいか、こっちは王命ではなく私の独り言だ。お前が歌うのは私の為ではないだろう?」
はいっ!
音にもならない返事を、けれども想いを乗せて、テレシオは口を動かした。
歌う。私が歌うなら、それはカイネのためだ。
やはりそれがテレシオにとって、最高の音楽を届けることになるからである。そして、テレシオは光に包まれながら、深く、祈り、誓うのだ。
早く太陽が安心して、堂々と涙を零せるようになりますように。
早く月が夜を明かし、盛大に褒美の朝日を浴びられますように。
テレシオ=ラ=ルーレ、ムーの姫君のため、歌にのせてあなたの声を、宇宙中に届けます。
愛と平和とその一瞬一瞬の、感情の全てを、のせて。
歌う、歌うよ。
竜の宝石-Kaine no namia- 完
💓🐉🎹シリーズ及びその手に触れられなくてもは続きます🐚🎶💓

to be continued……
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秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―更新日
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